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109.イザベラ・ウェラルド

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「あなたが、サイファリアのっ!」

クライス・ライディーンは思わず息をのんだ。

(女……だと?)

クライスは一瞬眉を顰めた。

「ええ、生憎、我らサイファリアの首長おさ
 ゼノア・サイファリアは留守をしておりまして」

そう言って目の前に対峙する泣き黒子の美女が妖艶な笑みを浮かべた。

華奢な体躯に黒のビロードのドレスを身に纏い、
漆黒の髪に、漆黒の瞳を持つ
この泣き黒子の女性はどこからどう見ても絶世の美女だ。

しかしその眼差しはどこか危うい光を宿す。

(果たしてこの人物は信頼に値するのか)

クライスは注意深く目の前に対峙する美女を注視する。

クライス・ライディーンは、
ミレニス公国第四皇女レーナ・リリアンヌ・ミレニスの専属騎士だ。

拡大する戦火で亡くなった人々の追悼慰霊団の代表として、
この国に入った主、レーナ・リリアンヌ・ミレニスが、突如何者かに攫われた。

追跡の結果、レーナを攫ったのは、
銀河に蔓延る闇市場ブラック マーケットの雄、
イシュマエル商船であることが判明した。

とても小国のミレニス公国が太刀打ちできる組織ではない。

それでもクライスは、レーナの命を諦めることはできなかった。

幸いミレニス公国は豊富な資源により、潤った国であり、
潤沢な資金がある。

クライスは闇の仕事を請け負うという、
サイファリアに『請け』の依頼を要請した。

そして現れたのが、この美女だったというわけである。

(迷うわけにはいかない)

クライスは腹を括った。

「『請け』の内容は、レーナ・リリアンヌ・ミレニスの救済、でよろしいのね」

美女が洋扇子をはらりと開いた。
仄かに香る麝香の匂いがクライスの鼻を掠める。

「はい、そうです。
 しかし相手は『死の商人』と悪名高いイシュマエル商船です」

クライスが厳しい表情を浮かべるが、
そんなクライスを美女が冷笑する。
 
「悪名などは関係ありませんわ。
 立ちはだかるのであれば、沈めるまでのことです。
 単純でしょう?」

そういって、美女がほほと笑う。
唇に引かれたルージュが濡れていて、
ひどく官能的だ。

そんな艶めかしい光景が、
麝香の残り香とともにクライスの脳裏に焼き付いて離れない。

(ああ、これは死を纏う者の香りなのだ)

なぜだか、クライスはそう思った。

「方法は、お任せします」

クライスはそう言って目礼した。

「承りました。
 これにて商談成立ですわね。
 わたくしの名はイザベラ・ウェラルド、以後お見知りおきを」

イザベラはそういって、
ドレスの端を軽く持ち上げて艶やかにクライスに会釈した。

そこからのイザベラの戦術に、クライスは戦慄を覚えた。

自身の乗る戦艦の主砲を、敵艦の駆動系に叩き込み、
動きを完全に停止させた後、自身の部隊を敵艦に送り込んで制圧させるまで、
ものの5分もかからなかった。

◇◇◇

「きゃっ!」

レーナ・リリアンヌ・ミレニスがユウラに抱き着いて、悲鳴を上げた。

「今の揺れは、一体何だったのかしら?」

そう言って不安げな眼差しを彷徨わせる。
しばらくすると、部屋の前で慌ただしい足音が聞こえた。

「こっちだ!」

荒ぶる男たちの声がする。

「ああ、もうだめよ」

レーナが頭を抱えて震えている。

「大丈夫、私があなたを守ります」

そう言ってユウラが、その背にレーナを庇い、身構える。

部屋の扉が蹴破られた。
黒の領巾で口を覆った武装兵が部屋の中に雪崩れ込んでくる。

「我らはサイファリア国第十二支団、イザベラ・ウェラルド様の部隊だ。
 この中におられるミレニス国皇女、
 レーナ・リリアンヌ・ミレニス様のお命を守りするようにと
 家臣であるクライス・ライディーン殿より『請け』の依頼を受けた。
 なお、この船は間もなく沈む。
 別の船を横づけしているので直ちに避難されたしっ!」

捕らわれていた少女たちは、武装兵に伴われて無事に別の船へと移された。
間もなく、少女たちが捕らわれていたイシュマエル商船は火柱を上げて、沈んでいく。

黒のビロードのドレスを身に纏った泣き黒子の美女が、戦艦の艦長席に座し、
その光景を無機質な眼差しで見つめていた。

「船が沈んでいくわね、死の商人を乗せた船が……」

何かに酔ったように、美女が呟く。
そして微笑を浮かべる。

「いいえ、沈んでいくのは船だけではないわ。
 これは始まりにすぎない。
 火柱を上げて沈んでいくのはサイファリアよ」

泣き黒子の美女はその光景を眩し気に眺めた。

◇◇◇

「姫様っ! よくぞご無事で!」

レーナの姿を見つけて、青年が駆け寄りひしとレーナを抱きしめた。

「もぅ! クライスのバカバカバカ! 怖かったんだからね、
 もう二度とわたくしを離してはダメ」

そう言ってレーナがクライスの胸に顔を埋める。
そんな二人を遠目に見ながら、ユウラは安堵の吐息を漏らす。

一国の皇女と、その騎士。
身分は違えど二人は深く愛し合っているんだなと、ユウラは思う。

(良かった。レーナ様は愛する人のもとに帰ることができたんだ)

ユウラはほっと胸を撫で下ろす。
同時に帰る場所のない自身の身の上を思い、途方に暮れる。

(これから、どうしよう)

ユウラが頼りなく自身の腕を抱いた。

「ねぇ、クライス。
 わたくしこの子をミレニス公国に連れて帰るわ!」

そう言ってレーナがむんずとユウラの腕を掴んだ。

「は?」

ユウラの目が点になる。

「わたくしがあなたの家族になってあげる!
 ユウラ、あなたを一人にはしなくてよ」
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