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105.ゆりかご

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セナは騎士服を身に纏い、
仮面をつけてセレーネ・ウォーリアへと戻っていく。

ふと、セレーネは自身の顔を覆い隠す仮面に触れてみた。

それは美しくて、冷たい、月の女神の仮面。

そんなペルソナを心にも纏って、セレーネは戦場へと戻っていく。

セレーネはユウラを横抱きにして、部屋を出た。
向かう先はリアン国へと続く回廊だ。

「では、セレーネ様。
 すべては手はず通りに」

そう言って、兵士がリアン国へと続く回廊を開いた。

光の粒子が洞窟に敷かれた魔法陣の上を儚げに舞う。
セレーネは、魔法陣の上に立ち、やがて光に飲み込まれていく。

次の瞬間、セレーネが立っていたのは、
リアン国の軍事施設である古城だった。

ユウラを抱いてその場所に立ったセレーネに、
一斉に兵士たちの銃口が向けられる。

群青の軍服の一団。
カルシアの親衛隊だ。

そんな親衛隊を、セレーネが一瞥する。

「認識番号 N9875 secret guest 
 セレーネ・ウォーリアだ」

そう言ってセレーネが自身のIDカードを提示する。

「我々を召喚したのは、そちらだと認識しているが?」

そういってセレーネが肩をそびやかした。

「とぼけるな! 貴様がその腕に抱く、
 ユウラ・エルドレッドには殺害命令が出ているだろうがっ!
 なぜ貴様が抱いている?」

小隊長と思しき男が、殺気立った様子でセレーネをきつく睨みつける。

「そうカリカリするな。
 カルシア様の無聊をお慰めする為の貢ぎ物に過ぎん。
 ただ殺しただけでは芸があるまい」

そういってセレーネが低く嗤う。

「例えば……そうだな。
 この女に生体CPUとしての処置を施し、
 ウォルフ・レッドロラインを殺害させる……とか?」

しれっと不吉なことを言ってのける、
セレーネの言葉に兵士が銃口を下した。

「ふんっ! 地下のF6号室に貴様の部屋を確保してある。
 カルシア様のお心尽くしだ。 行け!」

そう言って、男はセレーネに部屋の鍵を放って寄越した。

「これは、これは」

セレーネが鍵を受け取って、ゆっくりと歩いていく。
石畳に、軍靴の音を響かせて。

◇◇◇

セレーネが向かったのは自身に宛がわれた部屋ではなく、
地下F3にある処置室だ。

そこに置かれたベッドにユウラを寝かせて、内側から部屋に鍵をかけた。

通称『ゆりかご』と呼ばれる記憶を操作する装置に電源を入れる。
透明なシールドに守られたそのベッドはさながら、棺のようだ。

目を閉じたユウラの顔に、苦悶が広がる。
声にならない言葉を唇が呟いて、
小さく首を横に振り、その頬に涙が伝う。

(ごめんっ! ユウラ。
 すぐにもとに戻すからっ! 
 だから……今だけは、本当にごめんっ!)

セレーネがきつく拳を握りしめて、胸の痛みを堪えた。

(ブロックワードは、
 あなたがこの世で一番愛している人の名前にしておくわね)

『ウォルフ・フォン・アルフォード』

その名前を入力するセレーネの指先が震えている。

ユウラは泣き止まない。
とめどなく溢れる涙が頬を伝う。

(大丈夫、大丈夫だよ、ユウラ。
 これはあなたの世界一愛おしい人の名前だよ?
 きっとすぐに思い出すからっ!
 その名を呟いたときに、
 ちゃんと全てを思い出せるようにしておくから……ね?)

セレーネはそう言ってユウラを抱きしめて涙を拭ってやり衝動に駆られるが、
ぐっと唇を噛み締めてそれに耐える。

それでもユウラは泣き止まない。
声なき声を上げて、
ユウラは悲痛なほどに泣いている。

それは魂の深い深い部分が流す、血のようにも見える。

まるでその涙の中にユウラの心が溶けて無くなってしまうかのような感覚に襲われて、
セレーネはひどく不安を覚える。

(いい? ユウラ。そんなに泣いてはいけない。
 必ず思い出すのよ。あなたは必ず、思い出すんだからね。
 そしてあなたはウォルフと結ばれて、必ず幸せになるんだからねっ!)

強くそう願って、セレーネも知らず涙を流す。
仮面の下に涙が滴っていることに気づいて、
そして自嘲する。

(この子を泣かせているのは、いや、この子たちを泣かせているのは
 他でもない私なのに)

セレーネが頼りな気に自身の膝を抱いた。

ユウラも、ウォルフも、ルークもきっとみんな泣いている。

セレーネの脳裏に、四肢を切り落としたユウラの機体に
ビームライフルを突き付けた記憶が過った。

その映像をウォルフの乗る戦艦Black Princessに送った。

(最愛の婚約者を、最も残酷な方法で奪ったテロリストの私を、
 ウォルフやルークはどう思うだろうか?
 真実を知ったところで、
 果たして彼らは私を許してくれるのだろうか?)

セレーネは膝に顔を埋めた。

(大団円なんて、あり得るのかな?)

セレーネはふとそんなことを考えてしまった。

(もう、あの頃のようには戻れない。
 無邪気に心を重ねることなんて、できやしない。
 きっと許してはくれない)

セレーネは小さく首を横に振った。

(だけど、私の心を彼らに捧げることはできる)

セレーネは膝に埋めた顔を上げた。

(それはこの命をかけて、ユウラを守り、
 ウォルフのもとに無事に返すことだ。
 それが彼らを深く傷つけてしまった自分ができる
 ただ一つの償いなのだから)

ユウラの涙は乾き、今は深い眠りの中を漂う。

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