97 / 118
97.雑踏
しおりを挟む
「ユウラ! こちらへ」
ウォルフがユウラの手を取り、自身のほうへと引き寄せる。
地響きとともに、窓の外にシェバリエが闊歩する様が飛び込んでくる。
「商業区に敵のシェバリエの侵入を許しているというのかっ!」
ウォルフが驚愕に目を見開いた。
刹那、式場のエントランスで、小規模な爆発が起こった。
「ウォルフ様、ユウラ様、ここは我々に任せて、
裏口よりお逃げください」
そう言ってウォルフのSPが二人を裏口から逃がした。
「行くぞ! ユウラ。
商業区の宇宙港にBlack Princessを向かわせている。
お前も俺と共に」
ウォルフがユウラの手をしっかりと掴んで走り出す。
ビル群の間を縫って、シェバリエの巨体が地響きを上げながら
走っていく。
その上空には戦闘機が隊列を成して
シェバリエに容赦なくミサイルの雨を降らせると、
焼け焦げたシェバリエが、不自然に動きを止めた。
一方では道路を走っていた自動車が、
別のシェバリエに蹴り上げられておもちゃのようにひっくり返っている。
銃撃戦の後なのか、道路が抉れて、あちこちで黒煙を上げている。
ユウラは何か特撮の映画でも観ているかのような感覚に陥る。
頭では理解していても、どこか麻痺して鈍化した感覚に
そこに命があるということを、受け止めることができない。
レッドロラインは、銀河に誇る美しい先進国だ。
神に選ばれし民、ノアの一族の英知によって比類なき発展を遂げた国。
国民の誰もが、そう信じて疑わなかった。
今攻撃を受けている商業区もまた、銀河有数の最先端衛星都市として、
その名声を欲しいままにしていた。
『レッドロラインの抱く宝玉』と呼ばれたこの街が、
今、敵の攻撃によって崩れ落ちようとしている。
コロニーという脆弱な箱舟の中で、
人の手によって作られた平和が未来永劫に続くと信じてやまない住民たちは、
今の今まで思い思いにショッピングを、それぞれの生活を楽しんでいたことだろう。
しかし住民たちのそんな平穏な生活は、一発の銃声とともに踏みにじられた。
無敵を謳ったレッドロラインのセキュリティーが、こうもいとも簡単に破られて、
自身の身を護るはずの武器によって、
かえってその生命を危険にさらされている。
信じてやまなかった張りぼての平和が音を立てて、崩れてゆく。
その様に住民たちは少なからずパニックに陥った。
人々の群れが我先にと脱出用シャトルを求めて、
宇宙港へと向かっている。
「すごい人ね」
ユウラが目を丸くした。
「ユウラっ! こっちへ……」
ウォルフがユウラを自身の方に引き寄せようとするが、
何せこの人ごみである。
自身が身動ぎすることさえも、困難を極める。
「ユウラっ! 絶対に手を離すなよ」
ウォルフが鋭く叫ぶが、その声もまた雑踏の中にかき消されてしまう。
「ウォルフっ!」
人に揉まれて、ユウラが泣きそうな声を上げた。
刹那、きつく握っていたはずのウォルフの手から、ユウラの手が解けた。
ウォルフが呆然と立ち尽くす。
ユウラの姿が見えない。
「ユウラっ! ユウラっ!」
ウォルフがいくら叫んでみても、その声は届かない。
仮面をはりつけたような見知らぬ顔ばかりが、
青ざめて言葉少なく歩みを進めている。
ユウラがいない。
ウォルフが先ほどまで、必死に握っていたその掌を見つめた。
脳裏にユウラの温もりを思い出すことは容易にできる。
しかし、今、その掌にユウラの温もりはない。
ウォルフは足元から、せりあがってくるような不安に押しつぶされそうになって、
思わず自分自身を抱きしめた。
戦場においても、こんな思いはしたことがない。
絶体絶命の修羅場を潜り抜けてきたことも、一度や二度ではない。
そんな自分が、である。
(ヤバいな、俺)
その心の振れ幅に、ウォルフ自身が動揺を隠せない。
この後、戦艦Black Princessに合流後には、自分はオリビアとして、
一国の元帥として、軍の総指揮を執らなくてはならない。
個人の感傷に浸っている暇はないのだ。
(しっかりしろ! 俺)
ウォルフはそんな自分を叱咤する。
自身の抱えるひどく脆い部分をそっと隠して、
ウォルフも心に仮面を被る。
国民が求める絶対守護者であり、
無敗の元帥、第一皇女オリビア・レッドロラインとしての仮面だ。
(まずはこの国を守らなければ話にならない。
アイツのこともまもれないってことだ)
ウォルフがきっと前をを見据えた。
(大丈夫だ、大丈夫なはずだ。
きっとあいつはどこか安全な場所に避難して、
難が去ったらちゃんと笑顔で俺のもとに帰ってくるはずだ)
ウォルフは自身の心に募る不安をかき消すように、必死に自分にそう言い聞かせて、
戦艦Black Princessの待つ宇宙港へと向かった。
◇◇◇
「ユウラ・エルドレッド様ですね」
ウォルフとはぐれた直後、そう言ってユウラに近寄り、
ユウラをメインストリートの人ごみから裏道に連れ出した人物があった。
硬質な金色の髪に、すっと通った鼻筋、形のよい薄い唇。
その容貌にユウラは覚えがある。
ユウラの脳裏に、エドガーの面影が過った。
(似ている)
ユウラが息をのんだ。
ちょうどエドガーが少し年を重ねたような、そんな容姿である。
しかし薄い銀縁の眼鏡が、その知性を際立たせて、
エドガーよりも冷たい目をしている。
「お初にお目にかかります。
私はハイネス・エーデン。
以後お見知りおきを」
そんな有体な挨拶の後で、
何かの液体を沁み込ませた布がユウラの口元に宛がわれた。
「何を……?」
そう呟いて、ユウラの意識が途切れた。
ウォルフがユウラの手を取り、自身のほうへと引き寄せる。
地響きとともに、窓の外にシェバリエが闊歩する様が飛び込んでくる。
「商業区に敵のシェバリエの侵入を許しているというのかっ!」
ウォルフが驚愕に目を見開いた。
刹那、式場のエントランスで、小規模な爆発が起こった。
「ウォルフ様、ユウラ様、ここは我々に任せて、
裏口よりお逃げください」
そう言ってウォルフのSPが二人を裏口から逃がした。
「行くぞ! ユウラ。
商業区の宇宙港にBlack Princessを向かわせている。
お前も俺と共に」
ウォルフがユウラの手をしっかりと掴んで走り出す。
ビル群の間を縫って、シェバリエの巨体が地響きを上げながら
走っていく。
その上空には戦闘機が隊列を成して
シェバリエに容赦なくミサイルの雨を降らせると、
焼け焦げたシェバリエが、不自然に動きを止めた。
一方では道路を走っていた自動車が、
別のシェバリエに蹴り上げられておもちゃのようにひっくり返っている。
銃撃戦の後なのか、道路が抉れて、あちこちで黒煙を上げている。
ユウラは何か特撮の映画でも観ているかのような感覚に陥る。
頭では理解していても、どこか麻痺して鈍化した感覚に
そこに命があるということを、受け止めることができない。
レッドロラインは、銀河に誇る美しい先進国だ。
神に選ばれし民、ノアの一族の英知によって比類なき発展を遂げた国。
国民の誰もが、そう信じて疑わなかった。
今攻撃を受けている商業区もまた、銀河有数の最先端衛星都市として、
その名声を欲しいままにしていた。
『レッドロラインの抱く宝玉』と呼ばれたこの街が、
今、敵の攻撃によって崩れ落ちようとしている。
コロニーという脆弱な箱舟の中で、
人の手によって作られた平和が未来永劫に続くと信じてやまない住民たちは、
今の今まで思い思いにショッピングを、それぞれの生活を楽しんでいたことだろう。
しかし住民たちのそんな平穏な生活は、一発の銃声とともに踏みにじられた。
無敵を謳ったレッドロラインのセキュリティーが、こうもいとも簡単に破られて、
自身の身を護るはずの武器によって、
かえってその生命を危険にさらされている。
信じてやまなかった張りぼての平和が音を立てて、崩れてゆく。
その様に住民たちは少なからずパニックに陥った。
人々の群れが我先にと脱出用シャトルを求めて、
宇宙港へと向かっている。
「すごい人ね」
ユウラが目を丸くした。
「ユウラっ! こっちへ……」
ウォルフがユウラを自身の方に引き寄せようとするが、
何せこの人ごみである。
自身が身動ぎすることさえも、困難を極める。
「ユウラっ! 絶対に手を離すなよ」
ウォルフが鋭く叫ぶが、その声もまた雑踏の中にかき消されてしまう。
「ウォルフっ!」
人に揉まれて、ユウラが泣きそうな声を上げた。
刹那、きつく握っていたはずのウォルフの手から、ユウラの手が解けた。
ウォルフが呆然と立ち尽くす。
ユウラの姿が見えない。
「ユウラっ! ユウラっ!」
ウォルフがいくら叫んでみても、その声は届かない。
仮面をはりつけたような見知らぬ顔ばかりが、
青ざめて言葉少なく歩みを進めている。
ユウラがいない。
ウォルフが先ほどまで、必死に握っていたその掌を見つめた。
脳裏にユウラの温もりを思い出すことは容易にできる。
しかし、今、その掌にユウラの温もりはない。
ウォルフは足元から、せりあがってくるような不安に押しつぶされそうになって、
思わず自分自身を抱きしめた。
戦場においても、こんな思いはしたことがない。
絶体絶命の修羅場を潜り抜けてきたことも、一度や二度ではない。
そんな自分が、である。
(ヤバいな、俺)
その心の振れ幅に、ウォルフ自身が動揺を隠せない。
この後、戦艦Black Princessに合流後には、自分はオリビアとして、
一国の元帥として、軍の総指揮を執らなくてはならない。
個人の感傷に浸っている暇はないのだ。
(しっかりしろ! 俺)
ウォルフはそんな自分を叱咤する。
自身の抱えるひどく脆い部分をそっと隠して、
ウォルフも心に仮面を被る。
国民が求める絶対守護者であり、
無敗の元帥、第一皇女オリビア・レッドロラインとしての仮面だ。
(まずはこの国を守らなければ話にならない。
アイツのこともまもれないってことだ)
ウォルフがきっと前をを見据えた。
(大丈夫だ、大丈夫なはずだ。
きっとあいつはどこか安全な場所に避難して、
難が去ったらちゃんと笑顔で俺のもとに帰ってくるはずだ)
ウォルフは自身の心に募る不安をかき消すように、必死に自分にそう言い聞かせて、
戦艦Black Princessの待つ宇宙港へと向かった。
◇◇◇
「ユウラ・エルドレッド様ですね」
ウォルフとはぐれた直後、そう言ってユウラに近寄り、
ユウラをメインストリートの人ごみから裏道に連れ出した人物があった。
硬質な金色の髪に、すっと通った鼻筋、形のよい薄い唇。
その容貌にユウラは覚えがある。
ユウラの脳裏に、エドガーの面影が過った。
(似ている)
ユウラが息をのんだ。
ちょうどエドガーが少し年を重ねたような、そんな容姿である。
しかし薄い銀縁の眼鏡が、その知性を際立たせて、
エドガーよりも冷たい目をしている。
「お初にお目にかかります。
私はハイネス・エーデン。
以後お見知りおきを」
そんな有体な挨拶の後で、
何かの液体を沁み込ませた布がユウラの口元に宛がわれた。
「何を……?」
そう呟いて、ユウラの意識が途切れた。
10
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
結婚相手の幼馴染に散々馬鹿にされたので離婚してもいいですか?
ヘロディア
恋愛
とある王国の王子様と結婚した主人公。
そこには、王子様の幼馴染を名乗る女性がいた。
彼女に追い詰められていく主人公。
果たしてその生活に耐えられるのだろうか。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】私が貴方の元を去ったわけ
なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」
国の英雄であるレイクス。
彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。
離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。
妻であった彼女が突然去っていった理由を……
レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。
◇◇◇
プロローグ、エピローグを入れて全13話
完結まで執筆済みです。
久しぶりのショートショート。
懺悔をテーマに書いた作品です。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる