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86.策

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「え?」

状況が飲み込めないままにユウラが目を開くと、
騎士服のマントにすっぽりと覆われて、隠し部屋へと連れ込まれる。

「ユウラ」

耳に落ちるその美声に、ユウラの心臓が跳ねる。

「オリビア皇女殿下っ!」

思わずその名を呼んでしまったユウラに、騎士服の主はがっくりと肩を落とす。

「ユウラよ、確かにそれは間違ってはいない。
 決して間違ってはいないけれどもっ!」

黒の騎士服に身を包み、
仮面をつけたその主がユウラの前で仮面を外してため息を吐く。

「お前ひょっとしてウォルフよりもオリビア女装の俺の方が
 好きなんか?」

少なからず傷ついたようにそう言った。

「そ……そんなことっ」

ユウラが口ごもる。

「それならそれで俺にも覚悟というものがある。
 本格的にオリビア女装プレイをしてみるか?」

そう言ってウォルフが遠い目をする。

「だからそんなことないわよっ! 
 今はたまたまオリビア様の騎士服を着ていたから
 それだけのことよっ!
 それよりもエマさんがっ!」

そういってユウラが涙目になる。

「大丈夫だ。それも織り込み済みの作戦だから。
 安心してお前は俺に守られていろ」

そういってウォルフは愛おしそうにユウラの額に口づけた。

◇◇◇

王宮に戻ったエドガー・レッドロラインは、
カルシアの離宮へと招集を受けた。

その庭園には色とりどりの薔薇が咲き競う。
エドガーはふと深紅に咲くアンクルウォルターの前で足を止めた。

何気なく花弁に触れようと手を伸ばすと、
思いがけず棘がその指を傷つけた。

薔薇の花弁と同じ色の血が盛り上がる。

◇◇◇

カルシアを上座にその側近たちが、会議の円卓を囲む。
これもまた戦なのだと、エドガーは思う。

国王は今、地球の本国にいて、
今回のことはその留守に起こった出来事だった。

宇宙資源を巡っての隣国との開戦により、
この国の主力部隊である第一皇女オリビアの率いる戦艦『Black Princess』を
前線に出さざる負えない状況の中、
それに呼応するかのように自国で、しかもコロニー内でテロ行為が起こった。

『解放戦線、暁の女神』テロリストたちはそう名乗り、
工業区を破壊し、数多の民間人を人質に取ってターミナルの管制塔を占拠したのだという。

その要求はレッドロラインが有する
コロニーの制御システムに使用される希少資源『Selene of crown』の自由化の撤廃と
、現国王の退位だった。

「幸い今回のテロ行為の現場とこの王宮とは距離があります。
 まずはこの王宮の守りを固めることが、必至かと」

カルシアが黒の洋扇子を、口元に翳した。
そんなカルシアを末席に座わるルークが、ぼんやりと眺めている。
カルシアもまた微笑を浮かべてルークを見つめた。

「王宮に残る近衛隊をレイランド上級大将に指揮していただきましょう」

いきなり話を振られて、ルークが目を瞬かせた。

「母上っ!」

エドガーが席を立ちあがった。
そんなエドガーにカルシアが微かに目を細めた。

「今、テロリストたちに攻められているのは、
 他国のどこか遠い出来事ではありません。
 他でもない我が国、レッドロラインなんです」

感情の激したエドガーが、テーブルを叩いた。

「自国の国民がテロリストによって多数人質として取られている今、
 私たちは王宮に引きこもってやり過ごせと?」

エドガーの言葉に、カルシアの笑みがすっと消え、
その隣に座っていた大公が、厳めしい眉を動かした。

「これはいけませんなぁ。エドガー王太子殿下はまだ若い。
 それゆえに血気にはやるのもわからないではありませんが、
 実にいけませんなぁ」

そういって大公は自身の口髭に触れる。

「テロリストたちにはすでに戦艦『White Wing』を向かわせた。
 管制塔を制圧するのも時間の問題でしょう。
 これが戦でございます。
 将たる我々がわざわざ出向くような局面ではない」

小馬鹿にするような大公の言葉に、エドガーは歯を食いしばり、
拳をきつく握りしめて耐えた。

オブザーバーの席には、
ユウラの父であるハルマ・エルドレッドも座っている。
その足には骨折の治療のための大仰なギブスが巻かれており、
伏目がちに、様子を伺っている。
 
そこに兵卒が入ってきて敬礼した。

「ご報告申し上げます。
 現在交戦中のターミナルにて、国務大臣エヴァン・ユリアス殿のご息女
 エマ・ユリアス様が拘束されました」

その報告にエドガーが目を見開いた。

「なんだと?」

エドガーの手が震える。
どうにか堪えようとしても、その震えを堪えることができない。

可愛げのない女だと思った。
乱暴だし、狂暴だし、
これっぽっちも趣味ではないはずだった。

それに自分はユウラを好きなはずだった。

しかし今、エマを失ってしまうことが怖くて仕方がないのだ。
その感情に説明がつかない。

「母上っ! エマは私の婚約者です。
 その彼女が危険な状況に置かれている今、
 婚約者であるこの私が王宮にとどまっているなど
 末代までの恥じです」

エドガーがきつくカルシアを見据えた。

「私はこれから近衛隊を率いて、
 管制塔の制圧に向かいます」

エドガーの視線を受けて、カルシアが微笑を浮かべる。

「まあエドガー、でしたらこの王宮は一体誰が守るというの?」

赤子の手をひねるごとくに、カルシアがそういうと、
ハルマ・エルドレッドが立ち上がった。

「ご心配なされますな。カルシア様。
 王宮とあなた様はこの私の部隊『雷神』が命を懸けて
 お守り監視させていだだきます」

そう言ったハルマに、カルシアがきつい視線を向けた。

「まあ、先の戦でお怪我をなさっている
 エルドレッド将軍に一体何ができて?」

カルシアの言葉に、ハルマが大仰に足に巻いていたギブスを外して見せた。

「なあに、この怪我は詭弁でございます。
 国内の情勢に懸念を示されたオリビア第一皇女殿下が、
 一足早くこの私をレッドロラインに返すための策なのでございますよ」

カルシアの顔から完全に微笑が消えた。
ハルマがそんなカルシアをきつく見据える。

エドガーは立ち上がり、自身の近衛隊を招集する。

「我々はこれから、N91ポイント工業自治区及び、
 隣接するターミナルへ向かい、自国の人質の救援に向かう!
 上級大将ルーク・レイランド、私の横について指揮を執れ!」

エドガーの声を聞きながら、カルシアは無言のままに瞳を閉じると、
テーブルの中央に生けられた、深紅の薔薇がはらりとその花弁を散らした。


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