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68.赤き薔薇の騎士団

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「え~、ルーク教官って、甘い物好きなんですか?
 なんか意外です」

ナターシャ・ラヴィエスが好奇心にその瞳を輝かせた。

「そう? なんだか恥ずかしいな」

ナターシャに見つめられたルークが、何気に頬を赤面させた。

「そうですよぅ、レッドロラインの鬼神と畏れられる教官が、
 こんな美少年で、しかもスイーツ男子だなんて絶対誰も思いませんって」

ダイアナ・ウェスレーも目を白黒させている。
そんな友人たちをユウラが、微笑まし気に眺めている。

「でもぉ、なんかルーク教官、可愛いです」

そう言ってナターシャがにっこりと笑った。
刹那、ユウラは背後にそこはかとない殺気を感じ、その場に固まった。

「今夜の夜会は楽しんで頂けて? ご同輩」

エマが抜き身の剣を握りしめて背後に立っていた。

「ま……まあ、エマさん、まるで正義の女神のようよ」

ユウラが引きつった笑みを浮かべる。

「ありがとう、ユウラさん。それよりも何のお話?」

エマの瞳孔が開いている。

「ええ、レイランド教官がスイーツがお好きなのだと伺って」

ユウラはエマの迫力に押されて、その視線が泳ぐ。

「わたくし、学級委員として、
 レイランド教官に対する無礼は許しませんことよ?」

エマが抜き身の剣で、ナターシャの頬をぺちぺちと叩いた。

「ご……ごめんなさい」

ナターシャが涙目になる。

「まあまあ、ユリアスさん。それよりも、君が持っているその剣は、
 ひょっとしてエル・シッドの名剣かな?」

ルークがさり気なく話題を変えた。
ルークに名前を呼ばれて、エマが赤面する。

「まあ、お恥ずかしい。ティソーナ炎の剣です」

エマがミリタリーマニアのルークの気を引くために、
オークションで大枚を叩いたことは周知の事実だ。

「ところでユリアスさんはどうしてこの場所で、
 そんなものを持っているんだい?」

ルークが不思議そうにエマに問うた。

「ああ、これですか? わたくしは騎士を志す者。
 剣は騎士たるものの魂ですもの。
 というのは建前で、エドガー様との見合い話をぶち壊すために、
 果し合いを挑もうかと思っていたのですが、どうやら平和的に解決しそうなので、
 オークションで大枚を叩いたこの愛剣の出番も今夜はなさそうです」

エマが肩を竦めた。
その後ろで、エドガーが思いっきり顔を顰めた。

「は? 何、お前そんな物騒なこと考えてたのか?
 私はどこからどう見ても優男だろうが。
 絶対にそんな果たし合いは受けないぞ?」

エドガーの言葉に、級友たちが思わず噴き出した。

「ダッサ。ところでエドガー様は王太子という肩書以外に、
 誇れるものってないんですか?」

エマが腕を組んで、柳眉を顰めて見せた。

「美貌かな? この容姿と金と権力があれば、
 私は最強だろが」

エドガーに軽薄さと高慢さが戻った。
不快なはずのその軽口に、エマは何処か安堵を覚えた。

「キッモ! 実力が全く伴ってないじゃないですか」

エマはエドガーに容赦なく悪態を吐く。
しかしエドガーはどこかそれを面白がっているようだ。

「だから王太子という肩書に執着しているんだ。
 なにせ王太子として皆にチヤホヤされないと
 私は生きていけないからな」

エドガーの言葉に皆がまた笑う。

「ああやっぱり、今この場でエドガー様の腐りきった性根を、
 叩きのめして差し上げたい」

エマが悔し気に、剣を握りしめた。

「嫌なこった。私は正々堂々と権力を笠に着て、
 王太子権限を行使するぞ!
 そうだな、さしずめ、この場では私の代理として、ルーク貴様を立てるぞ?」

エドガーがにやりと人の悪い笑みを浮かべた。

いきなり話をふられたルークが、
食べかけの抹茶プリンを喉に詰まらせた。

「ふぐっ! え? 僕ですか? 別に構いませんけど。
 日々丹精込めて指導している愛弟子に、果し合いを挑まれるなんて、
 ちょっと憧れちゃうシチュエーションだな」

まんざらでもない様子でルークが頬を染めて応答すると、
エマがぎこちなくその動きを停止させた。

「レ……レレレレ……レイランド教官に個人授業をしてもらえるなんて……、
 そ、そんなわたくしっ……心の準備が」

エマが恋する乙女の眼差しでルークを見つめると同時に、
エドガーが悲鳴を上げる。

「痛い痛い痛い痛い痛い……抜き身の剣で私を突くな」

エドガーの瞳が恐怖で引きつる。

「う~ん、個人授業はまだ早いかな? 
 この場にいる赤服全員が一斉にかかってきたとして、
 ようやく授業になるかな、といったところかな」

ルークが思案を巡らせる。
ルークの言葉にエマが破顔し、
夢見るような眼差しを友人たちに向けて、胸で手を組んだ。

「ご同輩の皆さん、よろしくて?
 レイランド教官が特別に授業をしてくださるそうよ?
 すぐに用意をなさって?」

エマの言葉に、一同が凍り付く。

「え?」

しかしエマが異を唱えることを決して許してはくれないことを、
その場にいる全員が理解していた。

「わたくし、いつの日にか皆さまと私設自警団を結成しようと、
 密やかに皆さまのユニフォームを制作済ですの。
 こちらに着替えてくださいませ。
 赤薔薇をイメージした軍服ですの」

そして控室に連れていかれた、赤服のメンバーは、
エマが私的にデザインした軍服を手渡された。

「何気にサイズがぴったりなんですけど」

鏡に映るその姿に、誰もが口を噤んだ。

ルーク以下、赤服の乙女たちとエドガーは、
地下にあるユリアス家のトレーニングルームに案内された。

「なんか……私たち報われない地下アイドルみたい……」

ダイアナ・ウェスレーが鏡に映る自身の姿に哀愁を込めて呟いた。

「まあ、アイドルだなんて、心外だわ。
 そんな俗的なものと一緒にしないでいただけるかしら。
 わたくしたちはこの国を守るという崇高な志のもとに、
 神聖なる騎士を目指す者なのよ」

エマ・ユリアスがきっとダイアナを睨みつけた。

「ええ、この国を守る崇高なる騎士団、
 その先駆けとしてわたくしは、
 ご同輩の皆様とぜひ私設自警団を結成したいのよ」

エマが胸で手を組んでうっとりと夢見る眼差しを潤ませる。

しかしエマの話が熱を帯びれば帯びるほど、
乙女たちは遠くに視線を彷徨わせる。

「ユリアスさん、それは面白い発想だよね」

唯一その場でルークだけが、ノリのいいトークを展開する。

「やっぱりレイランド教官は分かってくださると思っていました。
 わたくしすでに名前も決めてありますの。
 赤服の乙女たちで結成する自警団ですから、
 『赤き薔薇の騎士団』というのはどうかしら?」

凍り付く乙女たちを置いてけ掘りにして、エマのトークは更に熱を帯びる。

「いいんじゃ、ないかな?
 戦場に咲く気高い赤薔薇。
 とてもいいネーミングだと思う」

エマに呼応するかのように、ルークもまたその口調に熱をこめる。
そして二人だけの世界を形成していく。

「団長はもちろん、ユウラさん、お願いね」

エマの言葉に、適当に意識を飛ばしていたユウラが正気に戻った。

「え? 私ですか?」

いきなり話を振られて、ユウラの表情が引きつる。

「ええ、そうよ。
 だってユウラさんが一番の実力者なのですもの。
 戦略、剣術、統率力、どれをとってもあなたの右に出る者はいないわ。
 アカデミーの入学試験でのユウラさんの実技に、わたくし心から心酔しておりますの。
 あのときに、わたくし是非この方と共に志を一つにして、戦ってみたいと、
 そう思ってしまったのですもの」

エマのアクアブルーの澄んだ瞳が、ユウラを真っすぐに映し出した。

(どうしよう……。すごく嬉しいかも)

ユウラの胸が知らず、高鳴る。

「女の人にこんな言い方は適切ではないのかもしれない。
 ですが、有体に言うとわたくし、あなたに惚れてしまったのですわ」

エマがにっこりとユウラに笑いかけた。

「あなたを団長に据えるその代償に、
 わたくしの命をあなたに賭けさせていただくわ。
 あなたの背中はわたくしが、きっちり守って差し上げる」

そう言ってエマが自身の剣に口付けた。

「エマさんたらずるいわ!
 ユウラさんとのお付き合いは私のほうが長いのよ?
 ユウラさんの後ろは私が守るんだからっ!」

エマの言葉にダイアナが頬を膨らませた。

「そんなぁ、私だってユウラさんに憧れて、
 アカデミーに入学したのに」

ナターシャ・ラヴィエスも唇を尖らせた。

「ああん? お前たち、何勝手なことを言っているんだ。
 赤毛の後ろはこの俺が守るんだろうが」

エドガーまでもが参戦してくる。

「じゃあ、これで決まりね。
 我らユウラ・エルドレッドの名のもとに集いて、
 此処に赤き薔薇の騎士団を結成する」

エマがそう言って自身の剣を掲げると、
乙女たちとエドガーがそこに自身の剣を重ねた。

「我ら一同、生まれたときは違えども、
 同じ時その瞬間に共に死することを願わん」

ルークがうっとりとその光景を眺めている。

「桃園の誓い……か。いいねぇ、若いねぇ」

ルークもまた愛剣を鞘から静かに引き抜いた。



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