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65.謎の機体
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アカデミーのグランドには、敵機の残骸が煙を上げて燻っている。
今ごろになってようやく駆けつけた
レッドロライン軍の警備隊によって、厳戒態勢が敷かれ、
現場には立ち入り禁止を示す黄色いテープが張られている。
「難攻不落を謳った我が国のセキュリティーが、
こうも簡単に破られて、尚且つこれだけの数の敵機の侵入を許すと?」
そんな光景を、エマ・ユリアスは冷めた眼差しで見つめた。
「テロリストだそうよ? なんでも『暁の女神』と名乗る集団が、
30機ほどのシェバリエを従えて、このアカデミーを攻撃したそうなの」
エマの隣で、ダイアナ・ウェスレーが眉根を寄せる。
「セキュリティーの解除、そしてコロニー内への侵入。
それがあまりにも鮮やかな手腕で、誰しもが慌てふためいたそうよ。
王立のこの国の最高峰を誇るこのアカデミーですら、
反応できなかったのですもの、
エマさんが思うように、敵は相当の手練れよ」
ダイアナの言葉に、エマは少し目を細めた。
「そしてその30機の敵機を前に、一機のシェバリエが降り立った。
そのシェバリエが、たった一機でこの敵機を鎮圧したのだと。
しかもこのシェバリエには軍の認識番号も、
機体のデータもライブラリーに一切照合するものはなかったのですって」
ダイアナには、
このアカデミーの情報通信学科に所属する妹がいる。
これはその妹からの情報である。
「国家の危機を救う、謎の機体……かぁ。
でもそんなことができるのって、ルーク教官くらいじゃない?」
エマが腕を組んで考え込む。
「私も最初そう思ったのぉ。
でもねぇ、それがびっくり、ルーク教官じゃないんだよぉ」
目を丸くして、ナターシャが口をはさむ。
「だって、ルーク教官は銃撃戦で深手を負って、
戦艦『White Wing』に運ばれて行ったんだよう。
すごい血が出てたの、私見たもん。
ルーク教官大丈夫かな?」
そう言ってナターシャも、心配げに顔を曇らせる。
「そう……ルーク教官まで怪我を……」
エマも顔を曇らせ、そして、
はたと気が付いたように目を瞬かせた。
「ところでユウラさんはどこにいるの?」
言われてダイアナや、ナターシャも顔を見合わせる。
「そう言えば、見てないよね……」
◇◇◇
アカデミーの駐車場には、士官候補生たちの安否を気遣う身内の者たちが、
それぞれに迎えに来ている。
この国のトップアカデミーに通う士官候補生たちは、
国の上流階級に属する者たちの子弟である。
高級車の数々が駐車場を埋め尽くしていくのだが、
その中の一台の車の中から、マルーンの髪の美女が姿を現す。
「あら、あなたは大臣家のエマ・ユリアスさんね」
そう言って、マルーンの髪の美女が、親し気にエマに微笑みかけた。
エマ・ユリアスはとっさに身構える。
「カルシア……様」
父親に無理やりに連れて行かれた夜会で、
顔を合わせたことはある。
カルシアはこの国の王太子、エドガー・レッドロラインの生母だ。
第一王妃であるオリビアの母、シャルロット王妃が、
鬼籍に入ってしまったために迎えられた、
この国の第二王妃の称号を戴く女性。
「そんなに緊張しなくても、大丈夫よ?
でも、先ほどあんなことがあったのですもの、
きっと恐ろしい思いをなさったのね。
そうだわ、エドガー、
あなたエマさんをユリアス家までお送りしなさい」
カルシアの提案に、後部座席に座っていたエドガーが、
露骨に嫌そうな顔をする。
「結構ですわ。間もなくユリアス家の者が参ります。
エドガー様のお手を煩わせる必要はございません」
そう言って断ったエマを見つめる、
カルシアの顔からすっと笑みが引く。
「あなたは何か思い違いをしているのではなくて?
エマ・ユリアス嬢。
ユリアス家の者は参りません。
エドガーがあなたをお送りするのはすでに決定事項ですのよ?」
カルシアの艶やかなルージュが濡れている。
エマ・ユリアスは口を噤み、
その指示に従う。
エドガーはカルシアの車を降りて、
自身の愛車の前まで歩いていくと、
「乗れよ」
赤のポルシェのドアを開け、一応のエスコートをして見せる。
硬質の金色の髪は、きちんとセットされて、
上質なスーツを身に纏うエドガーは、
確かに美しい。
しかしそのエメラルドの瞳は、あまりにも無機質にエマを映している。
その表情からは、いつもの高慢さや軽薄さも消え失せてしまって、
まるで心をさえもが、そこから消え失せてしまったかのような感覚を覚え、
エマは思わず身震いした。
(まるでよく整った人形ね)
エマもまた無機質にエドガーを見つめ返した。
「あなたがわたくしを送ることは、決定事項なのですって?」
エマが少し目を細めた。
そんなエマに、エドガーはフンっと顔をエマから背ける。
「嫌なら断ればよろしいのに」
エマもうんざりとした表情で窓の外に視線を移した。
「私に意思はない」
そう言葉を紡ぐエドガーの声には抑揚がない。
「うそばっかり……。
あなたはユウラさんがお好きなのでしょう?」
エマの言葉にエドガーが咽た。
「は……はあ? お前は一体何を言って……」
そう言って、わかりやすく赤面する。
そんなエドガーを横目で見やりながら、
エマは思考の淵に沈んでいく。
難攻不落を謳ったこの国のセキュリティーを、
いとも簡単に鮮やかな手法で破って進行してきたテロリスト。
そしてそんな敵機をたった一機で撃退した謎の機体。
有事の勃発に伴い仕組まれた、自分とエドガーの因縁。
複雑に絡み合うそれぞれの思惑と、運命のいたずらを、
知ってか知らずか、
エドガーは初恋にまだ頬を赤らめている。
今ごろになってようやく駆けつけた
レッドロライン軍の警備隊によって、厳戒態勢が敷かれ、
現場には立ち入り禁止を示す黄色いテープが張られている。
「難攻不落を謳った我が国のセキュリティーが、
こうも簡単に破られて、尚且つこれだけの数の敵機の侵入を許すと?」
そんな光景を、エマ・ユリアスは冷めた眼差しで見つめた。
「テロリストだそうよ? なんでも『暁の女神』と名乗る集団が、
30機ほどのシェバリエを従えて、このアカデミーを攻撃したそうなの」
エマの隣で、ダイアナ・ウェスレーが眉根を寄せる。
「セキュリティーの解除、そしてコロニー内への侵入。
それがあまりにも鮮やかな手腕で、誰しもが慌てふためいたそうよ。
王立のこの国の最高峰を誇るこのアカデミーですら、
反応できなかったのですもの、
エマさんが思うように、敵は相当の手練れよ」
ダイアナの言葉に、エマは少し目を細めた。
「そしてその30機の敵機を前に、一機のシェバリエが降り立った。
そのシェバリエが、たった一機でこの敵機を鎮圧したのだと。
しかもこのシェバリエには軍の認識番号も、
機体のデータもライブラリーに一切照合するものはなかったのですって」
ダイアナには、
このアカデミーの情報通信学科に所属する妹がいる。
これはその妹からの情報である。
「国家の危機を救う、謎の機体……かぁ。
でもそんなことができるのって、ルーク教官くらいじゃない?」
エマが腕を組んで考え込む。
「私も最初そう思ったのぉ。
でもねぇ、それがびっくり、ルーク教官じゃないんだよぉ」
目を丸くして、ナターシャが口をはさむ。
「だって、ルーク教官は銃撃戦で深手を負って、
戦艦『White Wing』に運ばれて行ったんだよう。
すごい血が出てたの、私見たもん。
ルーク教官大丈夫かな?」
そう言ってナターシャも、心配げに顔を曇らせる。
「そう……ルーク教官まで怪我を……」
エマも顔を曇らせ、そして、
はたと気が付いたように目を瞬かせた。
「ところでユウラさんはどこにいるの?」
言われてダイアナや、ナターシャも顔を見合わせる。
「そう言えば、見てないよね……」
◇◇◇
アカデミーの駐車場には、士官候補生たちの安否を気遣う身内の者たちが、
それぞれに迎えに来ている。
この国のトップアカデミーに通う士官候補生たちは、
国の上流階級に属する者たちの子弟である。
高級車の数々が駐車場を埋め尽くしていくのだが、
その中の一台の車の中から、マルーンの髪の美女が姿を現す。
「あら、あなたは大臣家のエマ・ユリアスさんね」
そう言って、マルーンの髪の美女が、親し気にエマに微笑みかけた。
エマ・ユリアスはとっさに身構える。
「カルシア……様」
父親に無理やりに連れて行かれた夜会で、
顔を合わせたことはある。
カルシアはこの国の王太子、エドガー・レッドロラインの生母だ。
第一王妃であるオリビアの母、シャルロット王妃が、
鬼籍に入ってしまったために迎えられた、
この国の第二王妃の称号を戴く女性。
「そんなに緊張しなくても、大丈夫よ?
でも、先ほどあんなことがあったのですもの、
きっと恐ろしい思いをなさったのね。
そうだわ、エドガー、
あなたエマさんをユリアス家までお送りしなさい」
カルシアの提案に、後部座席に座っていたエドガーが、
露骨に嫌そうな顔をする。
「結構ですわ。間もなくユリアス家の者が参ります。
エドガー様のお手を煩わせる必要はございません」
そう言って断ったエマを見つめる、
カルシアの顔からすっと笑みが引く。
「あなたは何か思い違いをしているのではなくて?
エマ・ユリアス嬢。
ユリアス家の者は参りません。
エドガーがあなたをお送りするのはすでに決定事項ですのよ?」
カルシアの艶やかなルージュが濡れている。
エマ・ユリアスは口を噤み、
その指示に従う。
エドガーはカルシアの車を降りて、
自身の愛車の前まで歩いていくと、
「乗れよ」
赤のポルシェのドアを開け、一応のエスコートをして見せる。
硬質の金色の髪は、きちんとセットされて、
上質なスーツを身に纏うエドガーは、
確かに美しい。
しかしそのエメラルドの瞳は、あまりにも無機質にエマを映している。
その表情からは、いつもの高慢さや軽薄さも消え失せてしまって、
まるで心をさえもが、そこから消え失せてしまったかのような感覚を覚え、
エマは思わず身震いした。
(まるでよく整った人形ね)
エマもまた無機質にエドガーを見つめ返した。
「あなたがわたくしを送ることは、決定事項なのですって?」
エマが少し目を細めた。
そんなエマに、エドガーはフンっと顔をエマから背ける。
「嫌なら断ればよろしいのに」
エマもうんざりとした表情で窓の外に視線を移した。
「私に意思はない」
そう言葉を紡ぐエドガーの声には抑揚がない。
「うそばっかり……。
あなたはユウラさんがお好きなのでしょう?」
エマの言葉にエドガーが咽た。
「は……はあ? お前は一体何を言って……」
そう言って、わかりやすく赤面する。
そんなエドガーを横目で見やりながら、
エマは思考の淵に沈んでいく。
難攻不落を謳ったこの国のセキュリティーを、
いとも簡単に鮮やかな手法で破って進行してきたテロリスト。
そしてそんな敵機をたった一機で撃退した謎の機体。
有事の勃発に伴い仕組まれた、自分とエドガーの因縁。
複雑に絡み合うそれぞれの思惑と、運命のいたずらを、
知ってか知らずか、
エドガーは初恋にまだ頬を赤らめている。
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