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49.エドガーの勇気

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結局、アカデミーにおいてのカルシアの人事権は、
満場一致で可決承認された。

エドガーもまた、王族としてその理事席に連なりつつも、
何も言葉を発することができなかった。

東宮殿の自室に戻ったエドガーは、
寝台に身を横たえて、白けた天井を見つめた。

心は晴れない。

今日何度目なのかわからない重いため息を吐いては、
身体を起こして、頭を掻きむしった。

「ああ、もうっ! 
 あいつが余計なことを言うからっ!
 この私にどうしろっていうんだよ?」

そう言ってエドガーは自身の膝に顔を埋めた。

「自慢じゃないが、私は出来損ないの王太子で、
 ただの飾り物なんだ。
 誰も私が意思を持つことなんて、期待していないし、 
 望んでもいないっ!」

そんな言葉を吐き出すと、エドガーの頬に涙が伝った。

「誰にも……人間として扱われたことなどない。
 ただの人形なんだ」

そう呟いたエドガーの脳裏に蘇る光景がある。

幼少期に、自分の腐った性根を叩き直すと、
木刀を握った姉の姿である。

めちゃくちゃ怒られて、
だけど何がが出来た時には、
めちゃくちゃ褒めてくれた。

(いや……姉上はただ一人、
 この私を人間として扱ってくれた人だ)

エドガーは拳で涙を拭った。

(私は姉上を死なせたくはない)

エドガーは立ち上がり、東宮殿を出て単身、
オリビアの館に向かった。

◇◇◇

オリビアの館でユウラは、
古参のメイド頭スノーリア・ハイアットにより、
ドレスを着せられて、歩行の練習中である。

「私はオリビア様の専属騎士です。
 なぜこのようなドレスなどを着せられて、
 歩行の練習なんてしなきゃならないんです?」

そのスパルタ教育により、
軽く涙目で歩かされているユウラを、
オリビアが居間でコーヒーを飲みながら、
見守っている。

「お前、俺の正体知ったわけだろ?
 将来的に必ず必要になるから、今のうちに、
 スノーリアに王宮での立ち居振る舞いを
 叩き込んで貰っておけ。
 間違っても俺以外の男に『ドレスのホックが外せません』
 なんて泣きつくんじゃないぞ!」

ユウラを見つめるオリビアの目が半眼になる。

(この男、まだ根に持っていやがるっ!)

ユウラが心の中で白目を剥いた。

幼少期、ウォルフはどんなに頼んでも、
剣術や体術に関しては一切教えてくれなかったが、

ピアノやダンスなど、社交で必要になってくる技術については、
それは熱心に教えてくれたものだ。

(ちょっと待って? じゃあのときのアレは……
 ひょっとしてこの時のためだったの?)

ユウラは目を瞬かせた。

「ですが、ユウラ様は、
 大体基礎はできておりますね」

スノーリアが、銀灰の瞳を細めた。

「ふんっ! そりゃあ、そうだろう。
 何せ、この日を見越して、ユウラが六歳の頃から、
 この俺自らユウラをみっちりと教育してきたからな」

オリビアが渾身のドヤ顔で、
安楽椅子にふんぞり返えると、

「やっぱり……」

ユウラががっくりと肩を落とした。

「戦艦に乗って殺し合うだけが戦争じゃない。
 優美なドレスを身に纏い、嫋やかに微笑みを交わす
 そんな冷たい戦場が、王宮ここってわけだ」

オリビアの言葉にユウラが口を噤んだ。

「弱音吐いて、ごめん。
 あなたの隣に堂々と立てるように……、
 私もがんばるから」

そう言ってユウラは、ハイヒールを踏みしめて
歩行の練習を再開した。

ひたむきに取り組むユウラを、
オリビアが愛おしそうに見つめている。

その時、オリビア館の呼び鈴が鳴り、

執事がその対応のためにエントランスに
足早に歩いて行った。

「スノーリア、ユウラを別室へ。
 その姿を誰にも見られるな」

オリビアはそう言ってユウラを部屋から出した。

それと入れ替わるように居間に通された人物に、
オリビアが目を見開いた。

「エドガーお前……どうした?
 お前がオリビア館ここに来るなんて、
 珍しいじゃねぇか」

面食らっているオリビアに、
エドガーは厳しい表情を向ける。

「人払いをお願いします。姉上」

二人きりになってようやく、
エドガーが話を切り出した。

「母が……カルシア・ハイデンバーグが、
 アカデミーの人事権を行使しました。
 お願いです。
 逃げてください。姉上」

エドガーが青ざめた表情でオリビアを見つめている。

◇◇◇

「はあ? 何でこの僕が
 オリビア皇女の護衛を外されているの?」

ルーク・レイランドが怒りを顕わにする。

今朝付けで通達された階級の特進はともかくとして、
配属がオリビア皇女付きから、
急遽王宮の親衛隊長に配置転換されていたのである。

ルーク・レイランドがアカデミーのオリビア皇女の執務室に、
自身の通達書を叩きつけた。

「まあ、今俺の支持率がだだ下がりだからなぁ。
 これも仕方ないっちゃ仕方ないことなのかもな」

そう言って、オリビアが肩をそびやかした。

「仕方ないって、
 君は今君が置かれている状況をちゃんと理解してる?」

ルークが眉間に深く皺を寄せている。

「って、他の人事も張り出されていたけど、
 戦艦『Black Princess』の搭乗員のほとんどが、
 ハイデンバーグ大公や、カルシア第二王妃の息のかかった
 人たちばっかりじゃん。
 このままだったら、確実に死ぬよ?
 戦闘宙域で孤立させられたり、
 敵国に引き渡されたりとかしてさ」

ルークが苛立ったように、腕を組んだ。

「まあ、そうなんだろうな。
 昨日エドガーがオリビア館うちに来て、
 そんなことを言っていたし」

オリビアが思案を巡らすように、
視線を彷徨わせた。

「って、どうするつもりなのさ?
 逃げるの?」

ルークが詰め寄る。

「……いや、逃げねぇな」

少し考えてから、オリビアが首を傾げた。

「じゃあどうするの?」

ルークが目を瞬かせた。

「助けてくれる人がいないなら、
 自分で戦うしかねぇよな……って思ってる」

オリビアが、ポリポリと頬を掻いた。


 
 



 
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