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47.世界を敵にまわしても

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寝台に横たわるウォルフは、
腕に抱くユウラを引き寄せる。

眦に涙を溜めて眠るユウラには、
疲労の色が濃く滲んでいる。

最後までいかなかったとはいえ、
初めての行為であったのに、
優しくなんかは、まったくできなかった。

迸る激情をユウラにぶつけ、
貪り尽くして、今に至る。

(どうして俺はいつもこうなんだろう……)

ウォルフは軽く自己嫌悪に陥る。

雰囲気ムードもへったくれもなく、
 結構強引にヤっちまったぞ? 俺……)

ユウラは自分にとって世界一大切な存在で、
嫌われることが死ぬほど怖いくせに、
こういう大事な場面に限って、感情が暴走して
自分でも信じられないことをしでかしてしまう。

(嗚呼、俺のバカ……)

ウォルフは両の掌で顔を覆った。

「まだ泣いているの? ウォルフ」

そう言って、ユウラがウォルフをそっと胸に抱きしめた。

「悲しい?」

ユウラにそう問われて、ウォルフは目を伏せる。

「いや、そうではなくて、
 自己嫌悪に陥っていた。
 お前に無理を強いてしまったなと……」

ウォルフはユウラの胸の中で口ごもる。

「後悔……しているの?」

ユウラの言葉に、ウォルフは身体を起こした。

「違うっ! 俺は後悔などしていない。
 ただお前の意思も聞かずに、俺は強引にお前をっ……!
 だから……そのっ……」

ウォルフが顔を真っ赤にして、
泣きそうになっている。

「ウォルフ、愛しています」

そう言ってユウラも身体を起こし、
ウォルフの頬を包み込んで、その唇に口づけた。

「えっ?」

見開いたウォルフの漆黒の瞳から涙が零れ堕ちる。

「ウォルフは私の意思をちゃんと聞いたじゃない。
 そして私はあなたに生涯の愛を誓った。
 これはその結果でしょう?」

ユウラの鳶色の瞳が、
真っすぐにウォルフを映し出している。

「俺は……お前のその言葉だけで、生きられる。
 たとえ世界を敵に回しても」

ウォルフの闇色の瞳に強い光が宿る。

◇◇◇

アカデミーの講義室の前の掲示板に、
でかでかとオリビアの写真が張り出され、

『今世紀最大のカップル誕生か?!』

そんな見出しに、士官候補生たちが騒めく。

オリビアの隣には、
ルーク・レイランドが映っており、
優し気な笑みを称えてオリビアをエスコートしている。

その写真を見たユウラが、喉を詰まらせて咽た。

「皇女殿下とそれをお守りする騎士様……か。
 素敵ねぇ」

ダイアナがうっとりと記事の写真に見入った。

「違うと思うけどなぁ」

エマがぽそりと呟いた。

「わ……私もそう思う」

ユウラが赤面し、
気まずそうに視線を彷徨わせる。

「超現実主義のエマちゃんはわかるんだけど、
 あれあれ? ユウラさんも?」

ナターシャが小首を傾げた。

「あっそうか、
 ユウラさんはオリビア様の専属騎士だったわね」

合点がいったというごとくに、
ナターシャがポンと手を打った。

「おりょおりょ?
 それになんだか顔が赤いような」

ナターシャが小首を傾げて、ユウラの顔を覗き込む。

「そっそんなことないわよ、ナターシャさん」

ユウラが最上級に赤面しながら、
ぶんぶんと顔を横に振る。

「さては……何か知っているのね?
 オリビア様の本当の恋人のこととか?」

ナターシャが悪い笑みを浮かべて、
ユウラににじり寄る。

言えるわけがない。
オリビア皇女の本当の恋人が自分だなどと。

ユウラが高速で目を瞬かせた。

幼馴染でチートな婚約者の正体が、
オリビア皇女殿下であったなどと。

しかも自分はその皇女殿下と、昨日……などと。

ユウラは不意に黒板に爪を立てて、
引っかきたい衝動に駆られた。

「ユ……ユウラさん? 大丈夫?」

エマが心配げに、ユウラを見つめた。

「えっ……ええ、平気よ? エマさん。
 少し、黒歴史を更新してしまっただけだから」

ユウラが少し疲れた眼差しを、宙に彷徨わせると、

「え? 黒歴史?」

エマがポカンとする。

◇◇◇

昼休みにもう一度、掲示板の前を通りかかると、
何者かにオリビアの記事が破かれて、その横にスプレーで
『売国奴』と書かれてあった。

ユウラは掌を口に当てて、息を飲んだ。

「ひどいっ! 誰がこんなことを……」

ユウラの頬に涙が伝う。

「ユ……ユウラさん」

エマがユウラに駆け寄り、
その肩を優しく抱きしめる。

「これはひどいな」

いつの間にか掲示板の前にエドガーが立って、
厳しい眼差しを向けた。

「お遊びでは済まされないぞ?
 王族不敬罪で起訴してやる」

エドガーは眉を吊り上げるが、
渡り廊下のあたりで数人の男子の士官候補生たちが、

「エドガー王太子殿下万歳!」

などと雄たけびを上げている。

その声を聞いたエドガーが、
不機嫌に顔を背けた。

「これだから群衆は嫌いなんだ。
 昨日まで英雄だともてはやしていたくせに、
 少し風向きが悪くなると、すぐに掌を返しやがる。
 売国奴ってなんなんだよっ!
 よく事情も知りもせずに、
 好き勝手なこと言ってんじゃねぇぞ!」

悔し気に拳を握りしめるエドガーを、
エマが注視する。

「なっ……なんだよ」

エドガーが居心地悪そうに、エマを睨んだ。

「いえ……別に。
 ですがそのようなことは
 ここで言っても仕方ないのではありませんか?
 彼らには聞こえませんよ?」

エマが小さく肩をそびやかした。

「ふんっ! 俺がそれを言ってどうなる?
 何かが変わるのか?
 この世界が変わるのか?」

エドガーが吐き捨てるようにそう言った。

「さあ? それは分かりかねますが、
 何かを変えようという志を持って、
 言葉をお伝えになったのが、
 オリビア皇女殿下であり、
 自分には到底無理だと
 最初はなから尻尾を巻いておしまいになったのが、
 あなた様ですわね」

エマのアクアブルーの瞳が、
エドガーをまっすぐに見つめた。
 





 








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