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44.仮面

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レッドロラインのトップアカデミーで開かれている、
オリビア皇女の帰還祝いの祝賀パーティーの裏で、

仮面の女騎士、セレーネ・ウォーリアは、
請け負った闇の仕事の仕上げにかかる。

依頼主はレッドロライン国王、フランツ・レッドロラインの
第二王妃カルシア・ハイデンバーグだ。

その依頼内容は、無実の罪を着せられ、敵国に捕らえられた
レッドロライン国事務次官ハイネス・エーデンの救出だった。

カルシアのもとにハイネスを送り届けると、
その乳母経由で法外な金額が書き込まれた小切手が手渡された。

それを持って、セレーネは闇に消える。

◇◇◇

「まずは、お前の初任務の成功を祝うかな」

ここはレッドロラインの下町にある、
築45年のオンボロ長屋の一室である。

その場に不釣合いな、やたらとゴージャスな安楽椅子に、
金髪に翡翠色の瞳を持つ美しい少年が、ふんぞり返っている。

少年は手に持つシャンパングラスをセレーネに向けて掲げ、
薄い黄色い液体を飲み干した。

「ゼノア、貴様っ! 未成年のくせにっ」

セレーネがゼノアから慌ててシャンパングラスをひったくると、

「酒じゃない。ただのオロナミンCだ」

ニンマリと笑って見せる。

「ふんっ! クソガキっ! 貴様なぞ、オロナミンCでもまだ早い。
 カルピスかヤクルトにしておけ。なんなら麦茶もあるぞ」

そう言って冷蔵庫から飲み物を取り出して、
ゼノアの前に差し出した。

この仮面の女、口は悪いが、意外と面倒見はいいらしい。

「しかし、まさか国王の忠犬が、
 カルシア・ハイデンバーグとデキていたとはな。
 まさに飼い犬に手を噛まれるとはこのことか。
 フランツ国王も気の毒に」

ゼノアが低く嗤いを噛殺した。

「いや、フランツ王はすでにご存じだったのであろう。
 知っておられて、それでわざと泳がせておられるのだ」

セレーネが小さく肩をそびやかした。

「お前も、任務とはいえ、
 辛い役回りだな」

ゼノアが肘置きに頬杖をついて、
悲し気にセレーネを見つめた。

「今更……」

セレーネが笑いを忍ばせる。

「こう見えても、俺だってお前の事、
 心配してんだぜ?
 お前は俺が年下だからって認めてないようだけど、
 俺は一応、お前のお師匠様なんだから……な」

そう言って、ゼノアは子供っぽく口を尖らせた。

「そうだな。確かにお前にはいろいろと世話になった。
 礼を言う。ゼノア」

セレーネは口元に笑みを浮かべた。

わけあって、闇の仕事の請けを負わなくてはならなくなったとき、
その筋の人から紹介されたのが、このゼノア・サイファリアだった。

少年だと侮るなかれ、

ゼノアは、人攫いから、殺しまで、
果ては国家間の戦争に至るまで、
鮮やかな手腕で、
あらゆる闇の仕事を請け負う
プロフェッショナル集団、
サイファリア国の王太子にして首長おさだ。

普段はただのクソ生意気なガキのくせに、
一旦請けを負えば、極めて冷静な凄腕の殺し屋に豹変する。

そんな闇の世界に生きるゼノアは、
血も涙もない悪人かといえば、そういうわけでもない。

決してお人よしというわけではないが、
こうして末端の自分にも、
情らしきものをかけてくれる。

国の事情で最愛の妹を隣国に人質に出さなければ
ならなくなって、ひどく落ち込んだり、

最近母国に、年上の彼女ができたのだと
嬉しそうに自慢してきたり。

そんな人としての営みが、ゼノアにもある。

「っていうか、ここからだぞ?
 大変なのは」

ゼノアがため息を吐いた。

「『女神の王冠』の自由化の件か?」

セレーネの声に心配の色が滲む。

レッドロラインの英雄として称えられているオリビア皇女は、
反旗を翻したアーザス・リアンの連合国に対して、
停戦の条件として、希少資源である『女神の王冠』の自国の権利を放棄した。

以後は国連の中立組織がそれを管理し、
各国に平等に分けるのだという。

「ああ、そうだ。
 オリビア皇女の提案は俺も確かに良いものだと思う。
 だが、それを実現するのは至難の業だ。
 何せ、敵は国外ではなくて、思いっきり身内にあるのだからな」

ゼノアが重いため息を吐いた。

「しかもお前は、こっから先、
 その敵方につかなきゃならない」

部屋の壁際に置かれたチェストの上に、
写真が一枚飾られている。

セレーネはふと、
その写真に目を留めた。

それは赤の軍服を着て敬礼する、
かつての自分の写真だった。

桜の季節、その両脇には、
今よりも幼いウォルフとルークが
おどけたように笑い合っている。

アカデミーの入学式に記念に三人で撮ったものだ。

セレーネは痛みに耐えるかのように、
口を噤んだ。

「逃げても……いいんだぞ?
 俺がお前に代わって、それをやってやる」

ゼノアの翡翠色の眼差しを避けて、
セレーネは大きく息を吸った。

「すまない、大丈夫だ」

ゼノアの優しさに縋ってしまいそうになる、
自身の弱さを必死に叱咤し、
セレーネは言葉を紡ぐ。

「っていうか、ゼノア、お前は質が悪い。
 弱っている人の心理を巧妙につき過ぎだ。
 まさに拷問の極意ではないか」

そういって強がって横を向いたセレーネの仮面を、
ゼノアが取り上げた。

「ゼノア、お前、何をっ!」

その素顔が顕わになる。

濃紫の澄んだ瞳が涙に濡れている。

「無理をするな。
 泣いてしまえ、セナ・ユリアス」

セレーネを見つめるゼノアの眼差しに、
慈しみが滲んでいる。













 




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