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24.王太子エドガー、うっかりユウラを好きになる。

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ウォルフはアカデミーの士官室にて、
ユウラに差し入れてもらった弁当を頬張りながら、
同僚たちに愛妻弁当を自慢する。

「たこさんウィンナーに、ハンバーグ、
 俺の好きなもんばっかり入れてくれてんだぜ?
 ああ、愛を感じるな」

ウォルフがじ~んと、涙ぐむ。

「極め付けが、ほらっ! これ見てみろ、これ!
 卵焼きがハート型なんだぜ?
 ハート型! どうするよ、これっ!」

そのテンションはとどまる所を知らない。

「どうするって言われても……」

同僚たちがリアクションに困る。

「いいよなァ、お前は。
 あんな美人の彼女がいてさ」

そう言って、
鼻の頭に憎たらし気に皺を寄せる。

内心きっと『滅べ! リア充!!!』と
念じているに違いない。

そこにルークが通りかかり、
ひょいと横からウォルフの弁当に入っていた、
卵焼きを指で摘まむと、ぱくりと口に放り込んだ。

「んっ! 美味しい」

にっこりと顔を綻ばせる。

「あーーーーーーーー!!!」

朝の士官室に、ウォルフの絶叫が響き渡る。

朝食を食べ終えると、
ウォルフは控室にて、
『チームオリビア』の手により、
絶世の美女へと変貌を遂げる。

「お迎えに上がりました。
 オリビア第一皇女殿下」

ルークがオリビアの前に敬礼する。

「あ~らら、ウォルフ。
 こりゃまた随分可愛くなっちゃって」

ルークが半笑いで、小さく囁くと、

「うるっせぇ……」

憎々し気に、オリビアが舌打ちした。

「それで、戦況は?」

口調を改め、オリビアがルークに問う。

「アーザス、リアンの連合による一方的な宣戦布告の後、
 レッドロライン領内の小惑星に、
 強引に軍を展開してきたようだね。
 こちらも軍事要塞セムから兵を向かわせたけど、
 現在苦戦を強いられている」

ルークが厳しい表情をする。

会議室に向かう途中、エントランスでユウラの姿を見つけ、
オリビアが声をかける。

「ユウラ!」

ユウラはオリビアに気がつかない。
ぼんやりとした表情でその前を通り過ぎた。

「ん? あいつ、なんか変じゃないか?」

オリビアが目を瞬かせた。

「そう?」

そんなオリビアに、ルークが小首を傾げた。

◇◇◇

「エドガー様、お茶が入りました」

アカデミーの理事室に、
秘書が紅茶を運んできた。

「ああ」

エドガーは秘書に気のない返事をする。
秘書は一礼して、部屋を出た。

エドガーは頬杖をついて、
ぼんやりと窓の外に視線をやった。

春爛漫。
桜の花が今が盛りと咲き誇る。

明けた窓から、一片の桜の花弁が舞い込んでくると、
エドガーは掌の上にそれを拾い上げた。

顔を上げると、
校庭で新入生が剣術の稽古に勤しんでいるのが見えた。

エドガーの視線が知らずユウラを追う。

「ふぅん、綺麗なフォルムだな」

ユウラの剣の構えに驚嘆の声を上げる。

しかしその眼差しの優しさに、
エドガー自身も気づいてはいない。

それは様々なものを脱ぎ捨てた、
年相応の少年の眼差しだった。

甘やかな胸の疼きと、体温の上昇を感じながら、
ただ視線がユウラを追う。

その鮮やかな赤い髪の在処を、一途なまでに追ってしまうのだ。

(私は、一体何をしているのだ?)

秘書が淹れてくれた紅茶は、すっかり冷めてしまっている。
エドガーは冷めた紅茶を飲み干した。

「うん、不味いな」

ミルクも砂糖も入っていない、
冷めたダージリンはなんだか味気なかった。

しかしそれ以上にエドガーの胸が苦かった。
冷めた紅茶を飲みながら、なぜだかエドガーの頬に涙が伝う。

「え? なんだこれ?」

エドガーはその掌で涙を拭うと、じっとその掌を見つめた。
エドガー自身がその化学変化に戸惑いを覚える。
しかし涙はとめどなく、頬を伝って流れ落ちる。

『エドガー様、彼女ユウラ・エルドレッドはその……、
 すでに国王陛下公認のもと、婚約者がおりまして』

エドガーは執事の言葉を思い出した。

『婚約者、ねぇ。別に、いいんじゃないか?
 私は気にしないが? というかむしろNTR的な展開に萌える』

そして自身の発した言葉を思い出す。

(そんな台詞は本当に相手を好きでないから言えるのだ。
 表面的な恋の駆け引きは、適度に刺激的で確かにこの身を酔わせる。
 しかし一時の満足感は得られても、
 決してこの心の深い渇きを癒すことはできない)

エドガーは自嘲した。

(ならばなぜ、今私はユウラ・エルドレッドを想って涙を流すのだ?)

エドガー自身にもその答えは分からなかった。

ユウラの澄んだ鳶色の瞳が、
自分を映していないことはわかる。

しかし自分ではない、他の誰かを映すその鳶色の瞳を
エドガーはひどく美しいと思ってしまった。

そのことに躊躇いを覚える。

(これはつまり……。
 私は生まれて初めて恋をして、
 その瞬間に玉砕したということなのか?)

エドガーは自問する。

(しかもそれを受け入れた上で、涙を流しているのか?)

エドガーは目を瞬かせる。

(いやいやいやいやいや……。
 ないないないないない)
 
エドガーは必至に頭を横に振った。

「そもそもこの私がそんなに人格ができているわけ
 ないではないか。
 いや、じゃなくて、
 私はこの国の王太子だぞ? 
 誰もがこの足元にひれ伏す存在なんだぞ?
 その私があの赤毛の女に……など」

エドガーは目を伏せた。
そしてその心の深い所を探る。

果たして自分が本当に求めたのは、
王太子という肩書だけにつられた
ハイエナのような卑しい女の下心であったのか?

エドガーは寂しい笑みを浮かべる。

(自分が王太子でないのなら、
 きっと誰も自分を求めはしない)

エドガーの頬に熱い涙が伝った。

それは実の母親であるカルシアですら、そうなのだ。
エドガーは自身の中にある、深い闇に蹲りそうになる。
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