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12.ルーク・レイランド

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透明のクリスタルのドアを開けると、少し高くウィンドチャイムが響いた。
その澄んだ音に、胸が弾む。

ユウラ・エルドレッドは、
アカデミーのエントランスに立った。

吹き抜けになった高い天井には豪奢なシャンデリアが煌めき、
磨き抜かれた白の大理石の床に、光を反射させている。
そのサイドには二階へと続く階段が、シンメトリーをなしている。

正面には大きなステンドグラスが飾られ、
ユウラは暫しの間、感慨深げにそれに魅入った。

レッドロラインの国旗のモチーフとなった箱舟が描かれている。
箱舟と、オリーブを咥えた鳩と、神の契約の虹だ。

「ねぇ、君。ノアの物語を知っている?」

いつの間にか、白の隊服に身を包んだ
鳶色の髪の青年がユウラの横に立っていた。

「この国に生まれて、知らないわけはないよね。
 まあ、いいや」

青年は一人で納得したように続ける。

「ときに世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。
 神はノアの一族を選び、人類を救済された」

青年の一人語りに、ユウラが耳を傾ける。

「僕の友人がいうんだけどね、
 救われたところで人類なんてものは、ろくでもない。
 いくら神に言われたからって、果たしてノアの一族が、
 命をかけて守らなければならないものなのかねってさ」

少しうんざりとした口調で、青年がそう言った。

鳶色の髪に、同じ色の瞳。
隊長服を着ているということは、ユウラよりも年上のはずなのに、
幾分実年齢よりも若く見える。
それはさながら美少年の体である。

「まあ、僕の友人にはラブラブの婚約者がいてね。
 彼は今のところ、彼女さえ守れればいい、
 なーんて都合のいい、ロクでもないロマン主義者なんだけどね。
 君はどう思う?
 国を取るか、恋人を取るかって話」

鳶色の髪の青年が、悪戯っぽく笑ってユウラに問いかけた。
ユウラは暫らく考えてから言った。

「そうですね、私の知っている人だったらきっと、
 鬼の形相をしてこう言うと思います。
 『両立しろ!』ってね」

ユウラがウォルフを真似てそう言うと、鳶色の髪の青年が噴出した。
つられてユウラも笑った。

二人でひとしきり笑った後で、鳶色の髪の青年が目に涙を溜めて言った。

「あ~、笑い過ぎてお腹痛い。
 っていうか、ねえ、君、時間大丈夫? 
 新入生は講堂に集合だよ」

ユウラがはっと我に返ると、青年がユウラに歩み寄った。

「襟が少し曲がっている。
 きちんとしなければ……ね」

そういって青年は、ユウラの襟を正した。

「ありがとうございます」

ユウラは恐縮した。

「しかも君、新入生の総代だろ? はやく講堂に行きなよ」

そういって青年はひらひらと手を振った。
そこにユウラと同じ赤服を身に纏う少女が駆けてきた。

「ねえ、あなたユウラ・エルドレッドさんではなくて?」

ふわふわとした淡い水色の髪を、緩く背で結んでいる。
髪と同じ色の大きな瞳が、親し気にユウラを映し出している。

「教官からあなたをはやく
 講堂に連れてくるようにと言われたのよ」

そう言って少女は微笑んだ。

「ごめんなさい。すぐに行くわ」

ユウラは慌てて講堂に向かって走り出そうとして、
青年を振り返った。

「ユウラ・エルドレッドさん、またね」

そういって青年は、にっこりと微笑んだ。
ユウラも青年に会釈した。

◇◇◇

「ユウラ・エルドレッドさん、だってさ」

青年はエントランスの正面からは、ちょうど死角になる、
階段の踊り場に向かって白々しくそう言った。

「黙れっ! ルーク・レイランド」

不機嫌極まりない声色でそう言って返すのは、
ウォルフ・フォン・アルフォードだった。

「婚約者なんだろ? 何で逃げるのさ」

ルークが不思議そうに小首を傾げた。

「アカデミーでは、けじめをつけたいんだとよ」

ウォルフの瞳が半眼になる。

「ふ~ん、そうなんだ~」

ルークが含みを持たせるようにそう言った。

「何が言いたいんだ? ルークよ」

ウォルフが魔王の声色を使う。

「別にぃ~、ただ彼女はエライよね。
 ちゃんと君とアカデミー両立してるし」

ルークの言葉に、ウォルフが視線を泳がせた。

「彼女にだけ、強要すんの? 
 君が言うところの『両立』ってやつ」

その言葉に、ウォルフが苦虫を噛み潰したような顔をする。

「いつまで逃げ回るつもりなのさ?
 逃げたって何も解決しないことは、
 とっくに分かっているんでしょ?」

『もう一押し』というがごとくに、ルークが畳みかける。
ルークの澄んだ鳶色の瞳が、真っすぐにウォルフを映すと
ウォルフは後ずさる。

「本当に往生際が悪いんだから。
 人は皆、成すべきことを成すために生まれたのっ!
 時間の無駄だから、早くしな」

ルークが半ばうんざりしたようにそういうと、遠目に近衛隊に厳重に守られた、
レッドロラインの王太子、エドガー・レッドロラインの一行が見えた。

「君がその宿命にあくまで逆らうというのなら、
 君の婚約者のあの子、エドガーに取られちゃうよ?」

ルークの言葉に、ウォルフの瞳孔が開いた。

「メイク室に行くぞ。俺を案内しろ! ルーク」

ウォルフの言葉にルークがガッツポーズをする。

「メイク室、ウォルフ入りますっ! 
 メイクさん、スタンバイよろしくです!」

ルークの声が弾んだ。
その後で、

「しっかし君の行動基準てホントに婚約者中心なんだな。
 あまりに徹底されてて、ちょっと引くレベルだわ」

ルークが若干顔を引きつらせた。
 
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