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03.オオカミちゃんと嘘つき 前編

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 ランが看板に従って歩いていくと、段々と木々が少なくなり、土が踏み固められただけの道からきちんと石で整備された道へと変化していきました。色々とありましたが、ようやく森を抜けて人が住んでいる場所へと出ることが出来たのです。空を見上げるともう太陽が天の中央で燦々と輝いています。急がなければ、今日の夜までに村に帰ることが出来ません。
 ランは気合を入れなおすと、町に向けて走り始めました。森の中で暮らしていたものですから体力には自信があるのです。風と一体になってランはあっという間に町の入口が微かに見えるところまでたどり着きました。
「おーい。そこの狼のお嬢さーん」
 そんな時、ランに声をかける青年が居ました。慌ててランは足を止めると、声をかけてきた人物の方へ振り返ります。そこには少しやんちゃそうな羊飼いの青年が居ました。
の事を呼んだのは君なのだ?」
「そうそう、オレオレ。いやぁ、君ものすごい勢いで町に向かってるから知らないんだろうなぁと思って」
 ランが青年の言うことが分からず首を傾げていると、彼は肩をすくめてこう言いました。
「いやぁ実は今町には入れないんだよ。何でも、ちょー怖い盗人が入り込んだみたいでさぁ」
「え!? ほん、本当なのだ?」
「ホントホント。だから今はちゃんと身元が証明できるものを持ってる人しか中に入れてくれないんだって。持ってる? 商人登録証明書とか誰かからの紹介状とか」
 青年の言葉にランは力なくふるふると首を振りました。ランは商人でもないし、ましてや今回は村のみんなに内緒でここまで来たのです、紹介状なんて持っているはずがありません。
「あちゃー、それじゃあどうしようもないね」
「な、何とか入る方法は無いのか? できれば今日中に……」
「あー、そうだなぁ……。じゃあこうしよう! オレ門番の知り合いがいるからさ、君が仕事を手伝ってくれたらソイツ宛に紹介状を書いてやるよ」
「ほ、本当なのだ!? ありがとうなのだ!」
「いやいやー、困ったときはお互いさまって言うしね。じゃ、早速こっちに来なよ」
 そう言って青年が手招く方向へとランは足を進めました。しばらくすると、沢山の羊たちが放牧されている草原がありました。羊に呑ませるための水飲み場も、そこに水を補充するための井戸もあります。他にも人がいるようで、どうやら何人かでこの土地を共有しているようでした。
 青年がその草原の端にある羊小屋を指さして言います。
「オレはここで羊を見守ってるから、君はあそこの小屋の掃除をお願いできるかな。床の藁を敷き替えて、フンの掃除をしてくれればいいから。出来る?」
「任せて欲しいのだ!」
 そう言ってランは意気揚々と羊小屋の方へと向かっていきました。中に入ると、これまた何人かの人がそれぞれ作業をしています。きっと、この小屋もあの草原と同じように共有物なのでしょう。ランはまず床の藁を敷き替えようとしましたが、始めてきた場所ですからどこに藁があるのか分かりません。そのため、他の人に藁のある場所を聞くことにしました。何やら話をしている中年の女性二人の元へランは向かいます。
「あの、すみません」
「わっ! あ、ああ、どうしたんだ」
「床に敷く藁や掃除道具のある場所が分からないから、どこにあるか教えて欲しいのだ」
「ああ、それならあそこに全部おいてあるよ。フンや藁を捨てる場所は小屋の裏手にある」
「ありがとうなのだ!」
 教えてもらった場所に行ってみると、確かに山盛りの藁や手入れされた掃除道具が一緒に置いてありました。ランはまずフンの掃除をしようと、バケツやデッキブラシ、熊手、シャベルなんかを手押し車に入れて運び、羊たちの住処である柵の前に立ちました。まずは熊手で床の藁ごとフンを一か所にまとめます。次にスコップを使ってバケツの中にそれらを入れ、満杯になったところで言われた通り小屋の裏のゴミ捨て場に運んでいきました。それを何回か繰り返してようやく柵の中からフンやぺったんこの藁が無くなりました。ふぅ、とランが一息ついたところで先ほど掃除道具などの居場所を教えてくれた女性がこちらに近づいてきました。何だか、辺りをきょろきょろと見回して険しい顔になっています。
「なあ、アンタ。ベリエから何て言われたんだい?」
「ベリエ……って誰なのだ?」
「あの若い羊飼いだよ。茶髪で見た目と愛想だけは良いあの男だ」
 茶髪の羊飼いというと先ほどランに町の事を教えてくれた青年の事なのでしょう。しかし、そうだとするとという言葉の意味がよく分かりません。不思議そうなランの様子に気づいたのか、女性は声を潜めてこう言いました。
「ベリエはねぇ……あんな風に優しそうな風体だけど、実は大嘘つきなんだよ。何も知らない旅人や行商人を捕まえては嘘を言って働かせたり、毛皮やミルクなんかをぼったくり価格で売ったり……。アンタも町に入れないとか何とかいわれたんじゃないのかい」
「た、確かに今は町に身元を証明できるものがないと入れないって言われたのだ。でも」
「ああ、やっぱりね。それ嘘だよ。じゃなきゃ、羊毛と牛乳しか持ってないうちの旦那はとっくに町から帰ってきてるはずだもの。アンタ、騙されちまったんだねぇ」
 どうやら女性はおしゃべりが好きなようで、とうとうランが聞いていないことまで話し始めます。
「ベリエはねぇ、小さいころから嘘をついて大人を揶揄う癖があったんだけどそれが成長した今でも直らなくてねぇ。ここいらの地主の息子だから誰も何も言えないし、かといって旦那さんも奥さんもベリエの事はほったらかしで長男の事しか目に無いし。困ったもんだよ」
 そう言いながら女性は大きなため息をつきました。どうやら彼女の話ではベリエという青年は中々の厄介者な様です。
「アンタもこれ以上何か言われる前にさっさと町に行っちまった方がいいよ。ここはアタシが何とかしておくからさ」
「……お気遣いありがとうなのだ。でもは自分でやると約束したから自分でやるのだ。せっかく色々教えてくれたのにごめんなさい」
 そう言うと女性は驚いたように目を見開きました。
「良いのかい? アンタ、町に用があるんだろう。ベリエの話は嘘なんだからここで働く必要なんて無いんだよ?」
「でも約束は約束なのだ。それに……も昔よく嘘をついて大人を困らせていたから。今の話を聞いて、何となくベリエさんが嘘をつく理由が分かった気がするのだ。だから、は最後まで騙されたままでいようと思うのだ」
「そうかい。まあ、アンタがいいならアタシは良いんだけどねぇ……」
「色々とありがとうなのだ。それじゃ、は仕事に戻るのだ」
 そう言ってランはその場から離れ、水をくむためのバケツを持って小屋の外に出ました。
「なあ」
「わあ!」
 いつからいたのでしょうか、出口の側でなんとベリエが壁にもたれかかっているではありませんか。ランは驚いてバケツを落としてしまいます。ガランと音を立ててバケツが転がりました。
「び、びっくりしたのだ。驚かすのはやめてほしいのだ」
「それは……悪かったね。ごめんよ」
 そういうと、ベリエはバケツを拾ってくれました。ランがお礼を言ってそれを受取ろうとしますが、ベリエを力を込めて渡そうとしてくれませんでした。
「行かないの」
「へ?」
「聞いたんでしょ。オレが嘘ついてたこと。君がもうここに残る理由なんて無いんだよ」
「な、な、なな、何のことかさっぱり分からないのだ」
 ランはお決まりのようにそっぽを向いて口笛を吹きました。誰がどう見てもランが嘘をついていることは分かります。当然、ベリエにも。
「とぼけなくたっていいんだよ。別に、オレが最初に嘘ついてるんだから約束も何もないだろ」
「で、でも、がやりたいって思ったからやるのだ。だから良いのだ」
「君、随分と世間知らずなんだね。あのおばさんから話聞いて同情でもしたの? それとも歪んだ性根を直してやろうとでも思ってる?」
「ち、ちがうのだ。はただ、ただ……昔のを、助けたいだけなのだ」
 その言葉にベリエの眉がピクリと動きました。それに気づかずランは話しを続けます。
には弟がいるのだ。ちょっと体が弱いけどその分とっても頭が良いのだ。今はそうでもなくなったけど、小さい頃はすぐに熱が出たり病気になったり蕁麻疹が出たりして結構大変だったのだ。だから父上も母上も弟に付きっきりで、それがけっこうは寂しかったのだ。それで、二人の気を引こうとよく嘘をついていたのだ」
 少し困ったように笑いながら自分の昔について語るラン。それをベリエは黙って聞いています。
「別に大人を騙して楽しいとか思ってなかったのだ。ただちょっと、父上や母上にのこともちょっとでいいから気にして、ほしくて。……でも、結局すぐにバレて嘘つくなって怒られるだけだったからやめたのだ。あはは・・・・・・」
 ランは笑いましたがベリエはピクリとも笑いません。慌ててランは話をつづけました。
「で、でも今はちゃんと二人ともの事を愛してくれてるって分かってるのだ。ただ、あの時はちょっと忙しくて手が回らなかっただけなのだ。……それで、その、自分勝手なのは分かってるけど、ベリエさんが嘘をつくって話を聞いて昔の自分を思い出したのだ。それで、なんか、ベリエさんの嘘に付き合ってあげたら、ちょっとはあの頃のが救われるような気がして……な、なんかよく分かんないことばっかり言っててごめんなさいなのだ」
「……そんなのただの自己満足でしょ」
「ベリエさんの言うとおりなのだ……勝手に重ねてごめんなさい。でも、その自己満足での心が勝手にちょっと軽くなるだけなのだ。だから、気にしないで欲しいのだ」
 そう言ってランはすっかり力の緩んだベリエの手の中からバケツを取ると、井戸のある方向に向かって歩き始めました。そんなランの手をベリエが掴んで引き留めます。
「ど、どうしたのだ、ベリエさん」
「ベリエでいい。……君の名前をまだ聞いてなかったと思って」
「そうだったのだ! 失礼しましたなのだ。はランって名前なのだ」
「ラン」
「そうなのだ」
「……ラン」
 しばらく黙ったままの二人でしたが、ベリエが手を離したのでランは小さくお辞儀をしてから井戸のある草原の方へ向かいました。ベリエはただただ確かめるように二、三回ランの名前を呟いてから、フイっとどこかへ消えてしまいました。
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