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シンデレラの継姉は弄ばれる
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「さあ。姉妹の仲睦まじきお喋りもいいが、そろそろ今日のメインイベントと行こうじゃないか」
場の雰囲気を切り替えるようにアレクサンドリア殿下が手を叩いた。と、同時に待機していた楽団が曲を奏で始める。舞踏会の時と同じワルツだった。観客がわぁっと騒がしくなり、広間の真ん中を開けて、我も我もと踊り始める。
「どうも、私とエラが踊って以来この曲に妙な逸話がつくようになってね。何でも好きな相手と一緒に踊ると、その恋が叶って愛し合う人とずっと一緒にいれるのだそうだよ」
そう言ってアレクサンドリア殿下は私達を見てお茶目にウインクをする。そして、エラの手を握って跪くと彼女の目を見てこう言った。
「そういう訳だから、この愛に溺れる哀れな男と一緒に踊ってくださいませんか。美しき我が女神よ」
そう言ってエラの手にキスをする。エラは少し照れたように顔を赤らめてから、小さく頷いた。そのれを確認したアレクサンドリア殿下がエラをエスコートして、広間の中央部分へと向かっていった。
「ん」
テオドアが急にハンカチを差し出す。自分の持ってるからと伝えると、もうびしょびしょじゃねえかと交換された。正直なところ、もう涙を吸収してくれなかったので助かる。
「フッ、涙やら何やらでひでー顔だな」
「……うるさい」
ようやく涙も収まりかけてきたが、彼の言う通り私の顔面は酷いありさまだった。涙で化粧が崩れてぐちゃぐちゃ、鼻水は出てるし、目も少し腫れぼったい。今、優雅なワルツが流れているが流石にこの状態で踊るわけにはいかないだろう。
「顔……隠したいな。なんか袋とか持ってない?」
「袋でどうすんだよ。被ったらそれこそ目立つだろ。……どっかの部屋借りて化粧し直せば良いじゃねえか」
「えー、良いのかな」
「未来の王妃様の姉だぞ。良いにきまってんだろ。行くぞ」
そういってテオドアが近くの使用人に声をかける。すると、快くドレッサーのある部屋へと案内してくれた。広間の喧騒が遠くに聞こえる、パタリ、と扉が閉じて部屋は私とテオドアだけになった。
「テオドア、重大なことに気付いたんだけど」
「なんだ」
「私、化粧道具もって無いや」
「んなこと分かってるわ。俺が持ってるからちょっと待ってろ。さっきの奴が取りに行ってるから」
「え、本当? 助かるわー」
しばらくすると、先ほど案内してくれた人が黒い鞄を持ってきてくれた。テオドアがそれを受け取って、中から小さな箱を取り出した。ふたを開けると、中には小さな瓶やコンパクトがずらりと並んでいる。
「珍しいね。テオドアがそういうの持ってるって」
「アルペンハイムの新商品だからな。今回のパーティーで売り込むために試供品を持ってきてたんだよ」
「え、じゃあ私に使っちゃダメなんじゃ」
「じゃあ、お前がそのドレスと一緒に宣伝してくれ。アルペンハイムの化粧品とドレスはとっても素敵ですってな」
そう言ってテオドアが化粧落とし用のクリームとタオルを渡してきた。が、私は直ぐに洗面所に行かなかった。
「あの、テオドア」
「なんだ」
「助けてもらっておいてなんだけど、スッピン見られたくないので出て行ってもらってもいいですか……」
「ああ、それもそうか。すまん、気が利かなくて。じゃあ、俺は部屋の前で待ってるから、何かあったら呼んでくれ」
そう言ってテオドアが部屋から出て行ってくれた。私は早速隣接された洗面所に行き、タオルを濡らしてから、顔にクリームを付けた。そのまま化粧とクリームの油分を馴染ませてからタオルでふき取っていく。鏡を見て確認すれば、すっきりした私の顔がそこにあった。
貰った化粧品をドレッサーの台の上に並べて一つずつ中身を確認してから顔に付けていった。下地を塗って、白粉を付けて、紅を引いて……そうしながら考えるのは先ほど廊下でテオドアと話していたこれからのことだった。
話していた限りだとテオドアは私の事を気にしてくれているようだ。だが、何故そもそもあんな芝居をしたのだろう。もしや、私の事を心配して彼らの元から離してくれたのだろうか。でも、テオドアの前でいつもみたいに罵倒されたり恥をかかされたりしたことってあんまりないし、やるにしてもテオドアらしくないちょっと強引な手段だったような……。
「謎だなぁ」
最後に髪の毛をちょっと整えてから、鏡で確認する。ここに来た時と同じ、いやそれ以上に上手くできた気がする。この化粧品のおかげか、それとも心配事がなくなっていつになくスッキリしているからか。どちらにせよ、ちょっと気分が上がる。
……気分が上がったついでに、テオドアをダンスにでも誘ってみようか。そうだ、踊ればドレスも目立つし良い宣伝になるだろう。決してアレクサンドリア殿下が言っていた例の噂とは関係ないぞ。うん。
私はドキドキしながら扉の向こうにいる彼に声をかけた。中に入った彼が私をじっと見て、満足したように頷く。
「よし、それなら大丈夫だな」
「あ、あのさ、テオドア!」
緊張で思ったよりも声が大きくなってしまったし、上ずっている。けれど、それでも私は伝えた。
「も、戻ったら一緒にダンスを踊りませんか……? ほら、ドレスの良い宣伝になると思うし、アレクサンドリア殿下もメインイベントって言ってたから、せっかくだし」
焦るあまり早口で色々と喋ってしまう。出来る限りテオドアも提案に乗ってくれるように色々とメリットを提示したつもりだったが――彼の反応はあまり良くなかった。
「いや、あんまり必要ねえんじゃねえかな」
「え、や、でも」
「ドレスの宣伝なら大勢に紛れて踊るよりも一人一人に会って話して、確実に印象に残らせていった方がいい。それに、今日はアレクサンドリア殿下たちが主役だからな、踊って目立とうにも観客の視線は視線とそっちに行っちまうだろ」
「そ、そっか」
さっきまでの意気揚々とした気持ちはテオドアの言葉によってあっという間に沈んでしまった。まあ……そんなに事が上手くいくはずもないか……。そう思って落ち込んでいるが、テオドアは何事もなく話を続ける。
「それに、なぁ」
テオドアが私に近づいて、手を取った。そしてそのまま手を引っ張られてバランスを崩した私は思わず彼の胸の中に飛び込んでしまった。一気に心臓がどくどくと脈打ち、顔に熱が集まる。
そして次の瞬間、衝撃的な言葉が私の耳に入った。
「あの逸話とやらは多分俺たちには効果ないぜ。――だって、俺、昔からローズに惚れてんだからな」
「……はい!?」
惚れてんだからな、ほれてんだからな、ホレテンダカラナ……頭の中で何度も言葉が反芻する。しばらくその単語の意味を理解するのに時間がかかって、それからテオドアの発言の真意を考えて、結局何が起こっているのかさっぱりわからなかった。
「は、へ、な、何」
「シンプルにしてやろうか? 俺はお前が好き、お前は俺が好き。とっくに両思いなんだから恋が叶うなんて噂、アテにする必要ねえだろ」
「なん、バレ……!?」
「そりゃお前あんだけ好き好きオーラ出されてたら分かるにきまってんだろ。裏は取ってあるしな」
「裏!?」
そんなに私は分かりやすかったのだろうか。というか、裏ってなんだ。私はこの気持ちを誰にも話したことは無いぞ!
「あー、やっと言えたぜ。まじで長かった……。こうでもしねえとお前受け入れてくんねえだろ。お前の家バケモンばっかだしな」
「――あ、まさかそのためにあんな芝居を!?」
「そーだよ。俺としちゃあ長期戦も覚悟してたんだがあんなに早く縁を切ってくれて助かったぜ。お前としちゃあ複雑だろうけどな」
「いや、思うところがないと言えば嘘になるけど、でも多分テオドアが思ってるより何の感傷もないかな。おー、ついに言ったかって感じ」
「……お前って時々妙に冷静と言うか、淡白なところあるよな。まあ傷ついてないならいいんだが」
そこまで言うとテオドアが不意にこちらを見つめる。心底嬉しそうに、そして愛おしいを見つめるようなその目に私は言葉が詰まった。ああ、この人は本当に私の事が好きなのだと、心がそう叫んでいる。不意にテオドアの顔が近づいた。私はそれが何を意味するのか分かって、心臓が破裂しそうなくらい高鳴るのを感じながら、スッと目を閉じた。彼の手が私の頬を撫でる、そしてそのまま――。
「取り込み中のところ申し訳ないが! 一応ここは王城なんでね!」
唇が触れる、と言うところでアレクサンドリア殿下の声が室内に響いた。私は驚いて目を開き、慌ててテオドアから離れた。テオドアの顔が途端に歪み、大きく舌打ちをする。
「アレックス、てめぇ……」
「おっと、そう睨まないでくれよテオドア。私は至極まっとうなことを言っただけだ」
「嘘つけ。だったら何でそんなにイキイキしてんだよこのサディストが」
「ハッハッハッ! ヘタレな君には言われたくないなぁ」
「俺はお前と違って慎重なんでな。分かったらとっとと出てけ」
「おお、怖い。薔薇の御方と通じ合えたのがそんなに嬉しいのか。良かったな」
薔薇の御方。そういえば何故私がそう言われているのかまだテオドアから聞いていない気がする。
「テオドア、そういえば薔薇の御方って何?」
「バッ、今聞くな!」
「おや、君まだ理由を話していなかったのかい」
テオドアに名前の理由を聞くと、何故か彼は焦り、代わりに殿下は楽しそうな笑みを浮かべた。そして素早くテオドアの背後に回ると、彼の口をハンカチでふさぎ、手をひとまとめにする。
「んんー!」
テオドアが怒って肘打ちをしたが、殿下は何事もなかったかのように笑って説明をし始めた。え、強……。
「テオドアが私と一緒に学園に通っていたことは知っているかい?」
「あ、はい。同級生だったんですよね」
「そうそう。意外なことに私達は結構ウマがあって仲良くなったんだ。それで一緒に居て気づいたんだけど、テオドアって結構モテてね。彼は学園にいた時からテーラーとして名を馳せていたから、階級問わず結構な人数から好意を寄せられていたんだよ」
「そんな気はします。テオドア優しいですもんね」
「優しいかどうかは置いといて、そういう訳だから告白されることも多かったんだ。でも、その全てをテオドアは断ってた。理由はその時々だったんだけど、あまりにも脈が無いものだから彼には学外に好きな人が居るんじゃないかって噂が立ったんだ。で、ある日同級生の一人がね、学校の人気のない場所で愛おしそうな顔をしながら手紙を読むテオドアを目撃してしまったんだ。そして手紙を読み終えると、一言『ローズ』と切なそうに呟いた。この情報に学園中は大騒ぎだよ。何せ噂は本当だったわけだからね。けど、その愛しい相手のことを僕たちは知らない。中にはテオドア本人に聞きに来た猛者もいたけど、何も聞きだせないまま追い返されていたよ。それで、私達は影も形も知らないテオドアの相手を、彼が呟いた『ローズ』という言葉にちなんで薔薇の御方と呼び始めた、という訳さ。……おや、二人とも顔が真っ赤だね?」
――――確かに、私は彼に手紙を送っていた。これは私が学校に通うことが出来なくて、せめて繋がりが途切れないようにと思って思いついたのが文通だったのだ。大体一週間に一回の頻度で手紙を出していたけど、まさかそんなことになっていたとは……。
「そういう訳だから、今後君が薔薇の御方と呼ばれるようなことがあったら殆どテオドアの知り合いだと思うよ。これで謎は解けたかな」
「……はい」
「いやー良かった良かった。テオドアもそんなに睨まなくても良いじゃないか」
「お、前なぁ!」
ようやく拘束から逃れたテオドアが殿下に掴みかかるが、殿下はそれをひょいと避けて部屋の出口の方へさっさと歩いてしまう。
「こらこらテオドア、王族の胸ぐらをつかもうとするなんて不敬罪だよ」
「なっ、ぐ……!」
「なんてね、私は友人とのじゃれ合いにまでそんな事を言うほど狭量ではないから安心してよ。じゃ、そろそろ私の女神が待ってるから! 人の家で不純異性交遊しちゃだめだよー」
「いいからさっさと行け!」
殿下が去ったと、取り残された私たちの間に妙な空気が漂った。何というか、恥ずかしさやら気まずさやらでお互いの顔を見れない。
「あ、あのさ」
しかしこのままではいけないはずだ。何とかこの場の空気を変えようと私を勇気をもって口を開いた!
「えーと、薔薇の香水とか付けといたほうがいいかな」
「勘弁してくれ」
はい。
場の雰囲気を切り替えるようにアレクサンドリア殿下が手を叩いた。と、同時に待機していた楽団が曲を奏で始める。舞踏会の時と同じワルツだった。観客がわぁっと騒がしくなり、広間の真ん中を開けて、我も我もと踊り始める。
「どうも、私とエラが踊って以来この曲に妙な逸話がつくようになってね。何でも好きな相手と一緒に踊ると、その恋が叶って愛し合う人とずっと一緒にいれるのだそうだよ」
そう言ってアレクサンドリア殿下は私達を見てお茶目にウインクをする。そして、エラの手を握って跪くと彼女の目を見てこう言った。
「そういう訳だから、この愛に溺れる哀れな男と一緒に踊ってくださいませんか。美しき我が女神よ」
そう言ってエラの手にキスをする。エラは少し照れたように顔を赤らめてから、小さく頷いた。そのれを確認したアレクサンドリア殿下がエラをエスコートして、広間の中央部分へと向かっていった。
「ん」
テオドアが急にハンカチを差し出す。自分の持ってるからと伝えると、もうびしょびしょじゃねえかと交換された。正直なところ、もう涙を吸収してくれなかったので助かる。
「フッ、涙やら何やらでひでー顔だな」
「……うるさい」
ようやく涙も収まりかけてきたが、彼の言う通り私の顔面は酷いありさまだった。涙で化粧が崩れてぐちゃぐちゃ、鼻水は出てるし、目も少し腫れぼったい。今、優雅なワルツが流れているが流石にこの状態で踊るわけにはいかないだろう。
「顔……隠したいな。なんか袋とか持ってない?」
「袋でどうすんだよ。被ったらそれこそ目立つだろ。……どっかの部屋借りて化粧し直せば良いじゃねえか」
「えー、良いのかな」
「未来の王妃様の姉だぞ。良いにきまってんだろ。行くぞ」
そういってテオドアが近くの使用人に声をかける。すると、快くドレッサーのある部屋へと案内してくれた。広間の喧騒が遠くに聞こえる、パタリ、と扉が閉じて部屋は私とテオドアだけになった。
「テオドア、重大なことに気付いたんだけど」
「なんだ」
「私、化粧道具もって無いや」
「んなこと分かってるわ。俺が持ってるからちょっと待ってろ。さっきの奴が取りに行ってるから」
「え、本当? 助かるわー」
しばらくすると、先ほど案内してくれた人が黒い鞄を持ってきてくれた。テオドアがそれを受け取って、中から小さな箱を取り出した。ふたを開けると、中には小さな瓶やコンパクトがずらりと並んでいる。
「珍しいね。テオドアがそういうの持ってるって」
「アルペンハイムの新商品だからな。今回のパーティーで売り込むために試供品を持ってきてたんだよ」
「え、じゃあ私に使っちゃダメなんじゃ」
「じゃあ、お前がそのドレスと一緒に宣伝してくれ。アルペンハイムの化粧品とドレスはとっても素敵ですってな」
そう言ってテオドアが化粧落とし用のクリームとタオルを渡してきた。が、私は直ぐに洗面所に行かなかった。
「あの、テオドア」
「なんだ」
「助けてもらっておいてなんだけど、スッピン見られたくないので出て行ってもらってもいいですか……」
「ああ、それもそうか。すまん、気が利かなくて。じゃあ、俺は部屋の前で待ってるから、何かあったら呼んでくれ」
そう言ってテオドアが部屋から出て行ってくれた。私は早速隣接された洗面所に行き、タオルを濡らしてから、顔にクリームを付けた。そのまま化粧とクリームの油分を馴染ませてからタオルでふき取っていく。鏡を見て確認すれば、すっきりした私の顔がそこにあった。
貰った化粧品をドレッサーの台の上に並べて一つずつ中身を確認してから顔に付けていった。下地を塗って、白粉を付けて、紅を引いて……そうしながら考えるのは先ほど廊下でテオドアと話していたこれからのことだった。
話していた限りだとテオドアは私の事を気にしてくれているようだ。だが、何故そもそもあんな芝居をしたのだろう。もしや、私の事を心配して彼らの元から離してくれたのだろうか。でも、テオドアの前でいつもみたいに罵倒されたり恥をかかされたりしたことってあんまりないし、やるにしてもテオドアらしくないちょっと強引な手段だったような……。
「謎だなぁ」
最後に髪の毛をちょっと整えてから、鏡で確認する。ここに来た時と同じ、いやそれ以上に上手くできた気がする。この化粧品のおかげか、それとも心配事がなくなっていつになくスッキリしているからか。どちらにせよ、ちょっと気分が上がる。
……気分が上がったついでに、テオドアをダンスにでも誘ってみようか。そうだ、踊ればドレスも目立つし良い宣伝になるだろう。決してアレクサンドリア殿下が言っていた例の噂とは関係ないぞ。うん。
私はドキドキしながら扉の向こうにいる彼に声をかけた。中に入った彼が私をじっと見て、満足したように頷く。
「よし、それなら大丈夫だな」
「あ、あのさ、テオドア!」
緊張で思ったよりも声が大きくなってしまったし、上ずっている。けれど、それでも私は伝えた。
「も、戻ったら一緒にダンスを踊りませんか……? ほら、ドレスの良い宣伝になると思うし、アレクサンドリア殿下もメインイベントって言ってたから、せっかくだし」
焦るあまり早口で色々と喋ってしまう。出来る限りテオドアも提案に乗ってくれるように色々とメリットを提示したつもりだったが――彼の反応はあまり良くなかった。
「いや、あんまり必要ねえんじゃねえかな」
「え、や、でも」
「ドレスの宣伝なら大勢に紛れて踊るよりも一人一人に会って話して、確実に印象に残らせていった方がいい。それに、今日はアレクサンドリア殿下たちが主役だからな、踊って目立とうにも観客の視線は視線とそっちに行っちまうだろ」
「そ、そっか」
さっきまでの意気揚々とした気持ちはテオドアの言葉によってあっという間に沈んでしまった。まあ……そんなに事が上手くいくはずもないか……。そう思って落ち込んでいるが、テオドアは何事もなく話を続ける。
「それに、なぁ」
テオドアが私に近づいて、手を取った。そしてそのまま手を引っ張られてバランスを崩した私は思わず彼の胸の中に飛び込んでしまった。一気に心臓がどくどくと脈打ち、顔に熱が集まる。
そして次の瞬間、衝撃的な言葉が私の耳に入った。
「あの逸話とやらは多分俺たちには効果ないぜ。――だって、俺、昔からローズに惚れてんだからな」
「……はい!?」
惚れてんだからな、ほれてんだからな、ホレテンダカラナ……頭の中で何度も言葉が反芻する。しばらくその単語の意味を理解するのに時間がかかって、それからテオドアの発言の真意を考えて、結局何が起こっているのかさっぱりわからなかった。
「は、へ、な、何」
「シンプルにしてやろうか? 俺はお前が好き、お前は俺が好き。とっくに両思いなんだから恋が叶うなんて噂、アテにする必要ねえだろ」
「なん、バレ……!?」
「そりゃお前あんだけ好き好きオーラ出されてたら分かるにきまってんだろ。裏は取ってあるしな」
「裏!?」
そんなに私は分かりやすかったのだろうか。というか、裏ってなんだ。私はこの気持ちを誰にも話したことは無いぞ!
「あー、やっと言えたぜ。まじで長かった……。こうでもしねえとお前受け入れてくんねえだろ。お前の家バケモンばっかだしな」
「――あ、まさかそのためにあんな芝居を!?」
「そーだよ。俺としちゃあ長期戦も覚悟してたんだがあんなに早く縁を切ってくれて助かったぜ。お前としちゃあ複雑だろうけどな」
「いや、思うところがないと言えば嘘になるけど、でも多分テオドアが思ってるより何の感傷もないかな。おー、ついに言ったかって感じ」
「……お前って時々妙に冷静と言うか、淡白なところあるよな。まあ傷ついてないならいいんだが」
そこまで言うとテオドアが不意にこちらを見つめる。心底嬉しそうに、そして愛おしいを見つめるようなその目に私は言葉が詰まった。ああ、この人は本当に私の事が好きなのだと、心がそう叫んでいる。不意にテオドアの顔が近づいた。私はそれが何を意味するのか分かって、心臓が破裂しそうなくらい高鳴るのを感じながら、スッと目を閉じた。彼の手が私の頬を撫でる、そしてそのまま――。
「取り込み中のところ申し訳ないが! 一応ここは王城なんでね!」
唇が触れる、と言うところでアレクサンドリア殿下の声が室内に響いた。私は驚いて目を開き、慌ててテオドアから離れた。テオドアの顔が途端に歪み、大きく舌打ちをする。
「アレックス、てめぇ……」
「おっと、そう睨まないでくれよテオドア。私は至極まっとうなことを言っただけだ」
「嘘つけ。だったら何でそんなにイキイキしてんだよこのサディストが」
「ハッハッハッ! ヘタレな君には言われたくないなぁ」
「俺はお前と違って慎重なんでな。分かったらとっとと出てけ」
「おお、怖い。薔薇の御方と通じ合えたのがそんなに嬉しいのか。良かったな」
薔薇の御方。そういえば何故私がそう言われているのかまだテオドアから聞いていない気がする。
「テオドア、そういえば薔薇の御方って何?」
「バッ、今聞くな!」
「おや、君まだ理由を話していなかったのかい」
テオドアに名前の理由を聞くと、何故か彼は焦り、代わりに殿下は楽しそうな笑みを浮かべた。そして素早くテオドアの背後に回ると、彼の口をハンカチでふさぎ、手をひとまとめにする。
「んんー!」
テオドアが怒って肘打ちをしたが、殿下は何事もなかったかのように笑って説明をし始めた。え、強……。
「テオドアが私と一緒に学園に通っていたことは知っているかい?」
「あ、はい。同級生だったんですよね」
「そうそう。意外なことに私達は結構ウマがあって仲良くなったんだ。それで一緒に居て気づいたんだけど、テオドアって結構モテてね。彼は学園にいた時からテーラーとして名を馳せていたから、階級問わず結構な人数から好意を寄せられていたんだよ」
「そんな気はします。テオドア優しいですもんね」
「優しいかどうかは置いといて、そういう訳だから告白されることも多かったんだ。でも、その全てをテオドアは断ってた。理由はその時々だったんだけど、あまりにも脈が無いものだから彼には学外に好きな人が居るんじゃないかって噂が立ったんだ。で、ある日同級生の一人がね、学校の人気のない場所で愛おしそうな顔をしながら手紙を読むテオドアを目撃してしまったんだ。そして手紙を読み終えると、一言『ローズ』と切なそうに呟いた。この情報に学園中は大騒ぎだよ。何せ噂は本当だったわけだからね。けど、その愛しい相手のことを僕たちは知らない。中にはテオドア本人に聞きに来た猛者もいたけど、何も聞きだせないまま追い返されていたよ。それで、私達は影も形も知らないテオドアの相手を、彼が呟いた『ローズ』という言葉にちなんで薔薇の御方と呼び始めた、という訳さ。……おや、二人とも顔が真っ赤だね?」
――――確かに、私は彼に手紙を送っていた。これは私が学校に通うことが出来なくて、せめて繋がりが途切れないようにと思って思いついたのが文通だったのだ。大体一週間に一回の頻度で手紙を出していたけど、まさかそんなことになっていたとは……。
「そういう訳だから、今後君が薔薇の御方と呼ばれるようなことがあったら殆どテオドアの知り合いだと思うよ。これで謎は解けたかな」
「……はい」
「いやー良かった良かった。テオドアもそんなに睨まなくても良いじゃないか」
「お、前なぁ!」
ようやく拘束から逃れたテオドアが殿下に掴みかかるが、殿下はそれをひょいと避けて部屋の出口の方へさっさと歩いてしまう。
「こらこらテオドア、王族の胸ぐらをつかもうとするなんて不敬罪だよ」
「なっ、ぐ……!」
「なんてね、私は友人とのじゃれ合いにまでそんな事を言うほど狭量ではないから安心してよ。じゃ、そろそろ私の女神が待ってるから! 人の家で不純異性交遊しちゃだめだよー」
「いいからさっさと行け!」
殿下が去ったと、取り残された私たちの間に妙な空気が漂った。何というか、恥ずかしさやら気まずさやらでお互いの顔を見れない。
「あ、あのさ」
しかしこのままではいけないはずだ。何とかこの場の空気を変えようと私を勇気をもって口を開いた!
「えーと、薔薇の香水とか付けといたほうがいいかな」
「勘弁してくれ」
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