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第八章 終章
第23話 茜
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*
「茜さんのことは私が守ります。この命に代えても」
古屋誠二は不動産業を生業にしていた。その縁で黒田剛臣の父親である黒田達希と知り合った。
達希は旅館業を営んでいた父親から会社を継いだ。達希は経営の拡大を図り、全国でグループ事業を展開させようとしていた。その土地探しで関わらせてもらっていた。
多少立地が悪くて交通の便が不便でも、そこにバリューさえあれば人は集まるというのが、黒田達希の信念だった。
達希とは仕事上の良きパートナーでありながらも、歳が近かったこともあり、良き友人でもあった。
音楽が共通の趣味で、私はジャズを、達希はクラシックのレコードを集めていたので、お互いに貸し借りをしながら楽しんでいた。
そのこともあり、家にもよく招かれた。いつしか夫婦の付き合いとなり、互いに子どもが生まれれば親子の付き合いとなっていった。
二つ歳の離れた茜と剛臣は、とても仲が良かった。幼い頃は「茜ちゃんと結婚する」と言って騒いでいた。
年齢を重ねるとお互い忙しくなり、交流は減っていった。子どもたちも思春期になったこともあり、それぞれの道を歩んでいた。
黒田家と再会したのは達希の葬儀の日だった。リゾート業が軌道に乗り、世間でも認知され始めた矢先のことだ。達希の死因は虚血性心疾患だった。
茜と剛臣は、葬儀で再会し連絡を取り合うようになったという。剛臣は亡き父親の意志を継ぐべく、仕事に打ち込んだ。
そのまま社長職に、という提案を断り、自身が成長して社長に見合う人間になるまでは父の跡は継げないと言っていた。
その姿に、茜は彼を支えたいという想いを抱いたという。黒田リゾートの経営は、当時専務役員だった者が引き継ぐこととなった。
剛臣は一社員としていくつかのプロジェクトを任され、成功させる。同僚の社員たちからも厚い信頼を得て、剛臣が代表取締役になる日は、確実に近づいていた。
茜との結婚の申し出があったのはその頃だ。断る理由などなかった。
茜に支えてもらった分を、これから自分が茜を支えて返していきたいと何度も言っていた。そのたびに茜は「私は支えられるほど弱い女じゃないわ」と冗談を返していたという。
親バカではあるが、娘二人は立派に成長してくれた。自分たちの娘とは思えないほど立派に。
茜と剛臣は籍を入れ、同棲の準備をしていた。同棲が遅れたのは剛臣が新規プロジェクトのために出張が増えていたためだった。
不在になることが多かったので、茜は実家に戻っていた。剛臣が「茜がふざけて『実家に帰らせていただきます』と言ってるですよ」と言っていたのを覚えている。
そう言いながら茜は剛臣の不在が寂しかったようで、帰ってくる間際ははしゃいで待っていた。
剛臣の携わったプロジェクトも落ち着き始めた頃、茜が妊娠したことが判った。二人は家探しの条件を変更し、子どもと一緒に住むマンションを探した。
だが二ヶ月後、茜が体調を崩し、その身体に宿っていた命は流れてしまった。二人は失意のどん底に落ちていた。
「茜を守ると言っておきながら、申し訳ございませんでした」
剛臣は私たちに謝罪したが「誰の責任でもない。私たちは運命に抗うことはできないんだ」となだめた。「運命に抗うことはできない」という言葉が、まさか後に自分たちを呪いで縛り付ける言葉になるとは、思いもしなかった。
辛い経験を乗り越え、茜の身体に再び新しい命が宿った。
その頃には剛臣の手掛けていたプロジェクトも終盤になり、出張もなくなっていた。そこで探して見つけた部屋が、あの杉並にあるマンションだった。
ようやく歩みを進められそうになっていた矢先、あの事件が起きたのだった。
不幸なら、茜たちは最初の流産で、十分に受け取った。そのはずだったのに。
それが私たちの娘が迎えるべき避けられない運命だったのだろうか。
茜が死んだことは、運命だったのだろうか。
では、茜を殺した犯人たち、そして剛臣の運命はどうなのだろうか。
誰も茜を守れなかったのだろうか。
誰が茜を守れたのだろうか。
黒田の復讐に協力すると申し出た。赦されざる強盗犯たちを裁くためだ。
しかし、同時に剛臣も私たちにとって赦されざる者であると考えていた。
あの時、剛臣は茜へ何もしてやれなかった。命に代えても守ると誓った茜に対して。ならば、茜のいなくなってしまった世界で、剛臣に残されたのは、茜の命を守ることができなかった罪だけだ。
剛臣は実行犯三人だけでなく、そのバックにいたユウトという指示役の男も同罪だと語っていた。
そして会社を統べる者として、剛臣は縦割りの責任を強く説いていた。だからこそ、指示した男も赦せなかったのだろう。
しかし、私たちにとって重要なのは、あの場にいた当事者たちの行動に対する責任なのだ。
実際に茜を殺した男たちはもちろん、何も出来ずに茜をみすみす連れ去られた剛臣も同罪だ。約束さえ守れない男に茜の人生を託したのが間違いだった。
私たちにとって《亡霊》として裁くべき最後の対象は、ユウトではなく剛臣だったのだ。
*
剛臣は腰を雅子に刺され、床に崩れ落ちた。身体を起こさせ仰向けに寝かせた。埃とカビが積もった床に血が広がっていく。剛臣は痛みと混乱で目の焦点が合っていないようだ。
「剛臣くん。君は言っていたね。『命に代えても茜を守る』と。それが出来なかった。私たちは、その言葉を信じて大切に育ててきた茜を君に託したんだ」
雅子から包丁を受け取る。黒田が用意したものと同じメーカーのものだ。
「君は茜のために色々と尽くしてくれたことは知っているし、感謝もしている。けれど、憎しみも同じくらい、消えないんだ。どうしたって。全て、終わらせよう」
包丁を構え、剛臣の胸に狙いを定める。先ほど剛臣がユウトを刺した箇所だ。
天国に行った茜と、人を殺めた私たち。もう二度と会うことはできない。それは、この世でも同じだ。剛臣を殺したあとは、雅子と二人で死ぬつもりでいる。
外に人の気配がした。誰かがこちらへ向かってきている。誰かは判らないが、時間はない。構えた包丁を一気に振り下ろす。
「やめて!」
その声が聞こえた瞬間、身体が固まった。
中に飛び込んできたのは、月島楓と小野瀬崇彦だった。
*
「古屋さん、もうやめてください」
小野瀬の言葉の後。カランという音がした。古屋誠二が持っていた包丁を床に落としたのだ。
「黒田さん!」
床には二人の人物が倒れていた。ユウトと、もう一人は黒田だ。
ユウトは目を見開き、死んでいるようだが、黒田はまだ生きていた。しかし、怪我をしているのか、苦痛に顔を歪めている。
床には血が広がっていた。
小野瀬が黒田に駆け寄る。
「腰の辺りを刺されているようです。救急車を」
小野瀬の言葉に、慌ててスマホを取り出して消防と警察に連絡した。
「黒田さん! もうすぐ救急車が来ます! それにしても、小野瀬さんこれって、どういうことですか」
小野瀬の傍らに置かれたスマホの画面の中では、まだユウトは生きている。しかし、床に突っ伏して死んでいる男は、どう見てもユウトそのものだ。
「これは、生配信じゃなかったんですね。おそらく、少し前に撮影されたものを、時間に合わせて流したのでしょう」
楓と小野瀬はずっとリアルタイムの映像だと思っていたが、違っていたのだ。
「じゃあ、私たちが配信に気付いた時にはもう」
「おそらく、ユウトは死んでいたんでしょう」
いずれにせよ、間に合わなかったのだ。先ほどまで黒田たちを止めようとしていた想いは空転し、行き場所を失ってしまった。
「あ……茜」
誠二と雅子は我を失ったように呆然としていた。
「いや……駄目だ……茜。剛臣くんを裁かなきゃいけないんだ」
誠二が独り言を言いながら落とした包丁を拾おうとしたので、楓は咄嗟に包丁を取り上げた。
「なんで……なんでこんな……お願いだ……殺させてくれ……」
その後、言葉にならない嗚咽を溢しながら、古屋夫妻は肩を抱き合い、床に崩れ落ちた。
「お二人は、茜さんを守れなかった黒田さんも恨んでいたんですか」
小野瀬の言葉に、涙ながらに誠二が答えた。
「そうだ。命に代えても茜を守ると言っていたのに。それに彼は、ユウトを殺して復讐を終わらせようとしていた。でも、私たちはそれで終われないんだ。私たちにとっては、彼も罪人なのだから」
「これを、見てください」
小野瀬が片方の手で拾い上げ、古屋夫妻に向けた。いつしか画面はユウトではなく、スーツ姿の黒田の姿が映っていた。先ほどの動画のさらに前に撮影したものなのだろうか。
『──そのために、私は実行犯である彼ら三人と、指示役の仁藤優斗の殺害を決意し、実行しました。全ては私一人の責任であり、私が犯した罪です』
「なんだ、これは。こんなの聞いてないぞ」
「先ほどの配信映像が切れて、これが流れ始めました。黒田さんによる、今回の事件の独白です」
「そんな……馬鹿な。じゃあ、私たちのことも」
「いえ、今も言ってましたが犯行は全て自分一人で行ったと明言してます」
「剛臣さんは、私たちのことを……守ろうと?」
「そうです。それに、内容を聞く限り、これはただの罪の告白ではありません。これは、おそらく黒田さんの遺書でもあります」
「遺書? じゃあ彼は死ぬつもりだったのか?」
「ええ、おそらく。黒田さんは全ての罪を背負って、茜さんが亡くなったこの場所で、死ぬつもりだったんでしょう」
「彼は、逃げずに罪と向き合うつもりだったのか……」
楓は肩を落とした古屋夫妻と向き合った。
「……黒田さんは、責任感が強くてとても優しい人でした。私は数回しか話したことはないですけど、いつも周りに気を配っていて、仕事は徹底してるけど、裏ではとても気さくな方でした。とても素敵で魅力的な男性なんだなって、私にもわかりました。だって、優しいお二人の娘さんが選んだ方なんですから。素敵に決まってます」
楓の言葉に、古屋夫妻は目を伏せて床に崩れ落ちた。
古屋夫妻も黒田も、とても優しい人たちだ。茜さんのことで人を殺すまでに至るほどの怒りと憎しみを抱えたのだから。それほど人を思いやれる人たちだからこそ、優しさを憎しみに変えて生きて欲しくなかった。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
「黒田さん! もうすぐ救急車が来ます! 頑張ってください!」
黒田は朦朧とした意識の中で「茜……」と呟き、意識を失った。
「茜さんのことは私が守ります。この命に代えても」
古屋誠二は不動産業を生業にしていた。その縁で黒田剛臣の父親である黒田達希と知り合った。
達希は旅館業を営んでいた父親から会社を継いだ。達希は経営の拡大を図り、全国でグループ事業を展開させようとしていた。その土地探しで関わらせてもらっていた。
多少立地が悪くて交通の便が不便でも、そこにバリューさえあれば人は集まるというのが、黒田達希の信念だった。
達希とは仕事上の良きパートナーでありながらも、歳が近かったこともあり、良き友人でもあった。
音楽が共通の趣味で、私はジャズを、達希はクラシックのレコードを集めていたので、お互いに貸し借りをしながら楽しんでいた。
そのこともあり、家にもよく招かれた。いつしか夫婦の付き合いとなり、互いに子どもが生まれれば親子の付き合いとなっていった。
二つ歳の離れた茜と剛臣は、とても仲が良かった。幼い頃は「茜ちゃんと結婚する」と言って騒いでいた。
年齢を重ねるとお互い忙しくなり、交流は減っていった。子どもたちも思春期になったこともあり、それぞれの道を歩んでいた。
黒田家と再会したのは達希の葬儀の日だった。リゾート業が軌道に乗り、世間でも認知され始めた矢先のことだ。達希の死因は虚血性心疾患だった。
茜と剛臣は、葬儀で再会し連絡を取り合うようになったという。剛臣は亡き父親の意志を継ぐべく、仕事に打ち込んだ。
そのまま社長職に、という提案を断り、自身が成長して社長に見合う人間になるまでは父の跡は継げないと言っていた。
その姿に、茜は彼を支えたいという想いを抱いたという。黒田リゾートの経営は、当時専務役員だった者が引き継ぐこととなった。
剛臣は一社員としていくつかのプロジェクトを任され、成功させる。同僚の社員たちからも厚い信頼を得て、剛臣が代表取締役になる日は、確実に近づいていた。
茜との結婚の申し出があったのはその頃だ。断る理由などなかった。
茜に支えてもらった分を、これから自分が茜を支えて返していきたいと何度も言っていた。そのたびに茜は「私は支えられるほど弱い女じゃないわ」と冗談を返していたという。
親バカではあるが、娘二人は立派に成長してくれた。自分たちの娘とは思えないほど立派に。
茜と剛臣は籍を入れ、同棲の準備をしていた。同棲が遅れたのは剛臣が新規プロジェクトのために出張が増えていたためだった。
不在になることが多かったので、茜は実家に戻っていた。剛臣が「茜がふざけて『実家に帰らせていただきます』と言ってるですよ」と言っていたのを覚えている。
そう言いながら茜は剛臣の不在が寂しかったようで、帰ってくる間際ははしゃいで待っていた。
剛臣の携わったプロジェクトも落ち着き始めた頃、茜が妊娠したことが判った。二人は家探しの条件を変更し、子どもと一緒に住むマンションを探した。
だが二ヶ月後、茜が体調を崩し、その身体に宿っていた命は流れてしまった。二人は失意のどん底に落ちていた。
「茜を守ると言っておきながら、申し訳ございませんでした」
剛臣は私たちに謝罪したが「誰の責任でもない。私たちは運命に抗うことはできないんだ」となだめた。「運命に抗うことはできない」という言葉が、まさか後に自分たちを呪いで縛り付ける言葉になるとは、思いもしなかった。
辛い経験を乗り越え、茜の身体に再び新しい命が宿った。
その頃には剛臣の手掛けていたプロジェクトも終盤になり、出張もなくなっていた。そこで探して見つけた部屋が、あの杉並にあるマンションだった。
ようやく歩みを進められそうになっていた矢先、あの事件が起きたのだった。
不幸なら、茜たちは最初の流産で、十分に受け取った。そのはずだったのに。
それが私たちの娘が迎えるべき避けられない運命だったのだろうか。
茜が死んだことは、運命だったのだろうか。
では、茜を殺した犯人たち、そして剛臣の運命はどうなのだろうか。
誰も茜を守れなかったのだろうか。
誰が茜を守れたのだろうか。
黒田の復讐に協力すると申し出た。赦されざる強盗犯たちを裁くためだ。
しかし、同時に剛臣も私たちにとって赦されざる者であると考えていた。
あの時、剛臣は茜へ何もしてやれなかった。命に代えても守ると誓った茜に対して。ならば、茜のいなくなってしまった世界で、剛臣に残されたのは、茜の命を守ることができなかった罪だけだ。
剛臣は実行犯三人だけでなく、そのバックにいたユウトという指示役の男も同罪だと語っていた。
そして会社を統べる者として、剛臣は縦割りの責任を強く説いていた。だからこそ、指示した男も赦せなかったのだろう。
しかし、私たちにとって重要なのは、あの場にいた当事者たちの行動に対する責任なのだ。
実際に茜を殺した男たちはもちろん、何も出来ずに茜をみすみす連れ去られた剛臣も同罪だ。約束さえ守れない男に茜の人生を託したのが間違いだった。
私たちにとって《亡霊》として裁くべき最後の対象は、ユウトではなく剛臣だったのだ。
*
剛臣は腰を雅子に刺され、床に崩れ落ちた。身体を起こさせ仰向けに寝かせた。埃とカビが積もった床に血が広がっていく。剛臣は痛みと混乱で目の焦点が合っていないようだ。
「剛臣くん。君は言っていたね。『命に代えても茜を守る』と。それが出来なかった。私たちは、その言葉を信じて大切に育ててきた茜を君に託したんだ」
雅子から包丁を受け取る。黒田が用意したものと同じメーカーのものだ。
「君は茜のために色々と尽くしてくれたことは知っているし、感謝もしている。けれど、憎しみも同じくらい、消えないんだ。どうしたって。全て、終わらせよう」
包丁を構え、剛臣の胸に狙いを定める。先ほど剛臣がユウトを刺した箇所だ。
天国に行った茜と、人を殺めた私たち。もう二度と会うことはできない。それは、この世でも同じだ。剛臣を殺したあとは、雅子と二人で死ぬつもりでいる。
外に人の気配がした。誰かがこちらへ向かってきている。誰かは判らないが、時間はない。構えた包丁を一気に振り下ろす。
「やめて!」
その声が聞こえた瞬間、身体が固まった。
中に飛び込んできたのは、月島楓と小野瀬崇彦だった。
*
「古屋さん、もうやめてください」
小野瀬の言葉の後。カランという音がした。古屋誠二が持っていた包丁を床に落としたのだ。
「黒田さん!」
床には二人の人物が倒れていた。ユウトと、もう一人は黒田だ。
ユウトは目を見開き、死んでいるようだが、黒田はまだ生きていた。しかし、怪我をしているのか、苦痛に顔を歪めている。
床には血が広がっていた。
小野瀬が黒田に駆け寄る。
「腰の辺りを刺されているようです。救急車を」
小野瀬の言葉に、慌ててスマホを取り出して消防と警察に連絡した。
「黒田さん! もうすぐ救急車が来ます! それにしても、小野瀬さんこれって、どういうことですか」
小野瀬の傍らに置かれたスマホの画面の中では、まだユウトは生きている。しかし、床に突っ伏して死んでいる男は、どう見てもユウトそのものだ。
「これは、生配信じゃなかったんですね。おそらく、少し前に撮影されたものを、時間に合わせて流したのでしょう」
楓と小野瀬はずっとリアルタイムの映像だと思っていたが、違っていたのだ。
「じゃあ、私たちが配信に気付いた時にはもう」
「おそらく、ユウトは死んでいたんでしょう」
いずれにせよ、間に合わなかったのだ。先ほどまで黒田たちを止めようとしていた想いは空転し、行き場所を失ってしまった。
「あ……茜」
誠二と雅子は我を失ったように呆然としていた。
「いや……駄目だ……茜。剛臣くんを裁かなきゃいけないんだ」
誠二が独り言を言いながら落とした包丁を拾おうとしたので、楓は咄嗟に包丁を取り上げた。
「なんで……なんでこんな……お願いだ……殺させてくれ……」
その後、言葉にならない嗚咽を溢しながら、古屋夫妻は肩を抱き合い、床に崩れ落ちた。
「お二人は、茜さんを守れなかった黒田さんも恨んでいたんですか」
小野瀬の言葉に、涙ながらに誠二が答えた。
「そうだ。命に代えても茜を守ると言っていたのに。それに彼は、ユウトを殺して復讐を終わらせようとしていた。でも、私たちはそれで終われないんだ。私たちにとっては、彼も罪人なのだから」
「これを、見てください」
小野瀬が片方の手で拾い上げ、古屋夫妻に向けた。いつしか画面はユウトではなく、スーツ姿の黒田の姿が映っていた。先ほどの動画のさらに前に撮影したものなのだろうか。
『──そのために、私は実行犯である彼ら三人と、指示役の仁藤優斗の殺害を決意し、実行しました。全ては私一人の責任であり、私が犯した罪です』
「なんだ、これは。こんなの聞いてないぞ」
「先ほどの配信映像が切れて、これが流れ始めました。黒田さんによる、今回の事件の独白です」
「そんな……馬鹿な。じゃあ、私たちのことも」
「いえ、今も言ってましたが犯行は全て自分一人で行ったと明言してます」
「剛臣さんは、私たちのことを……守ろうと?」
「そうです。それに、内容を聞く限り、これはただの罪の告白ではありません。これは、おそらく黒田さんの遺書でもあります」
「遺書? じゃあ彼は死ぬつもりだったのか?」
「ええ、おそらく。黒田さんは全ての罪を背負って、茜さんが亡くなったこの場所で、死ぬつもりだったんでしょう」
「彼は、逃げずに罪と向き合うつもりだったのか……」
楓は肩を落とした古屋夫妻と向き合った。
「……黒田さんは、責任感が強くてとても優しい人でした。私は数回しか話したことはないですけど、いつも周りに気を配っていて、仕事は徹底してるけど、裏ではとても気さくな方でした。とても素敵で魅力的な男性なんだなって、私にもわかりました。だって、優しいお二人の娘さんが選んだ方なんですから。素敵に決まってます」
楓の言葉に、古屋夫妻は目を伏せて床に崩れ落ちた。
古屋夫妻も黒田も、とても優しい人たちだ。茜さんのことで人を殺すまでに至るほどの怒りと憎しみを抱えたのだから。それほど人を思いやれる人たちだからこそ、優しさを憎しみに変えて生きて欲しくなかった。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
「黒田さん! もうすぐ救急車が来ます! 頑張ってください!」
黒田は朦朧とした意識の中で「茜……」と呟き、意識を失った。
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