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第六章 リフレクション

第18話 最後の一人

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「死んでいる? ってどういうことですか」

「もう一人の犯人は鷹津たかつ圭吾けいごという男だ。元々は、サラ金に借金を繰り返しながら日雇い労働で生活しているような男だった。五年前に借金を完済してからは、埼玉で細々と警備の仕事をしていた」

 森月はスマホの写真ロールから鷹津の写真を出した。

「あれ? この男の人って、どこかで……あ! この人、潮汐へ行くときの電車にいた酔っ払いの人です。小野瀬さんとぶつかった」
 朝から缶チューハイを手にふらふらと歩いていた男だ。

「そうか、鷹津を見かけていたのか。彼はまさにその電車のトイレの中で死んでいた。急性アルコール中毒だったそうだ」
「急性アルコール中毒? たしかに朝からかなり酔っぱらってましたけど」

「鷹津は元々重度のアルコール依存症を抱えていた。だから、警察も事故として処理して事件性はないと見ていたらしい」
「でも、他の強盗犯二人が殺されたタイミングで、もう一人も亡くなっていたなんて、そんな偶然があるでしょうか」

「そうですよね。それに、手にしてたのは普通の缶チューハイでしたし、依存症があったにせよ、あれで中毒になるほどじゃない気がします」

「そうだろ。私も怪しいと思って、向こうの警察の知り合いに改めて調べてもらったんだ。そうしたら、頭を打ったような痕跡と腕の目立たない場所に注射の跡があった。おそらく、頭を打って朦朧としているところに高濃度のアルコールを注射して中毒死させたんだろう」

「頭を打った痕跡があれば事件と疑う人がいたんじゃないですか」
「山道を走る電車の車内で見つかったんだ。元々酔っぱらっていたし、揺れる車内のトイレでよろけて頭を打ったと見ていたらしい。荷物置きの棚に頭を打った形跡があったそうだ。

 しかも、その翌日にあの事件があって他殺体が二つも出てしまったから、大事件に馴れていない田舎の小さな県警ではその対処で手一杯さ。アル中の中毒死は事故で終わりと片づけた。おかげで県警の弱みを握れたわけだが」

「強盗犯が三人とも亡くなっていたとしたら、黒田さんは何をしようとしているんでしょうか」
「強盗犯は全員死んだが、黒田にとって復讐すべき人間はもう一人いる。三人を闇バイトで集めて叩きの指示をしたユウトって男だ。半グレグループのリーダーだが、闇バイトに関してはバックにいる元締めの手先みたいなもんだがな」

「そのユウトって人の情報も?」
「ああ、伝えた。ただ、ユウトのバックには反社の組織、言ってしまうが、内羽組うちばねぐみがついてるから手を出すなと黒田に忠告していたんだ。私から情報が漏れたとバレても面倒だしな」

「黒田さんは警察に追われることを覚悟の上で、行方を眩ませました。もしユウトという男を狙っているなら、後はどうなってもいいと考えているのでは」

「私もそう考えている。だから、正直に言って黒田が何をしでかすか、気が気でない」

 自ら情報を渡した後のことは気にしないと言っていながら、自分への災いは避けようとするのだから、森月はどこまでも身勝手な男だ。

「警察に通報した方がいいんじゃないですか」
「そうですね。ただ、これだけの情報で、動いてくれるかどうか」
「警察もユウトのことは掴んでいるはずだ。だが、当然ながらバックにいる内羽組の存在も知ってるってことだ。これまで地道に捜査してきた情報もあるから、手を出せるかはなんともだな」

「そんな。人の命が掛かってるのにですか?」
「警察は反社組織よりも融通が利かなくて怖い組織だってことだよ」

「……ユウトの情報はありますか?」
「家は足立区だ。住所は──」

 森月が手帳を取り出し、住所を言った。小野瀬とメモをして書き止める。小野瀬はスマホのマップで住所を確認する。住所は駅から少し離れた住宅地にあるマンションのようだ。駅までも何回か乗り継ぎが必要になりそうだ。

「とりあえず、行ってみましょう。ここからなら電車よりも、一度会社に戻って社用車を借りて行った方が早いかもしれません」

 奏明社は水道橋にあるので、ここからなら近い。
「行ってもいいが、気をつけることだな。もう一つ良い事を教えてやろう。黒田は最近大型のワンボックスカーを買っている。高級な愛車もあるのにな。どう考えても不穏な用途しか思いつかないよな」

 森月は再びカメラロールを操作して車の写真を見せてきた。小野瀬がナンバーを控える。

「なんで車のことを知っていたんですか」
「黒田が何をしようと勝手だが、飛び火が来るのは勘弁なんでね」

「嘘ですね。森月さん、あなたもしかして、黒田さんが復讐を果たしたあとに、それをスクープとして記事にするつもりだったんじゃないですか? だからあえて黒田さんを止めなかった」
「さあ、どうだろうな」
 森月は肩をすくめて誤魔化した。

 立ち去ろうとすると、小野瀬が森月の方を振り返った。
「森月さん、情報ありがとうございました。ただ、僕もあなたのような人を記者だと認めたくありません」
「なんとでもいえ」
 小野瀬と共に文啓社を出た。

「小野瀬さん、ありがとうございます」
 楓の口から自然にこぼれた。
「いえ、僕の方こそ。それよりも、行きましょう」
 楓たちは神保町を行き交う人の流れに飛び込んだ。


  *


 黒田剛臣は車を足立区へ向け、ワンボックスカーを走らせていた。

 大きくスペースを取った荷台部分には、必要な道具は全て積んである。
 事前にマンションの周囲は下調べを済ませている。駅からの道中で車が停車でき、なおかつ人通りの少ない場所を。

 通りの向こうからユウトが歩いてきた。ユウトは今日、元締めへ料を払うために帰ってきたのだ。
 元締めの事務所はマンションの数軒先にある。この辺りに人通りが少ないのは、そのためだ。ユウトの部屋も、元締めによって与えられた場所だった。

 こちらの車の様子は気にも留めていないようだ。そのはずだ、どこにでもある車なのだから。愛車のアウディであれば、この土地ではかえって目立ってしまっていただろう。

 チャンスは二回あった。自宅に入るまでと、自宅から現金を運び出す瞬間だ。運よく、ユウト以外に人の気配は全くない。最初のチャンスで済ませられそうだ。

 黒田はスタンガンを構えた。海外製で、牛でさえ気絶させられるという。いかにも犯罪者が好む謳い文句だ。

 ドアの音で気付かれぬよう、事前に車のドアは少し開けておいた。

 ユウトが通り過ぎるのを待って、すかさず車を出て背後からスタンガンを首筋へ押し付けた。閃光とバチっという音がしたあと、ユウトは小さな声を上げて崩れ落ちた。

 ぐったりとしたユウトの身体を車の後部座席に引きずり込む。ガムテープで後ろ手に縛り、足首もまとめて縛り上げた。

 口にガムテープを貼ったあと、コンビニで買った水を頭から掛けた。
 鈍い唸り声を上げて目を覚ました。まだ意識が朦朧としているようだ。

 もう一度水を顔にかけて、頭からコンビリの白いビニール袋を被せた。

「起きろ」
 拘束されていることに気付いたユウトはパニックになっているようだ。ガムテープの下で悲鳴を上げ、拘束から逃れようと身体をよじっている。

「大人しくしろ。今すぐ死にたくないだろう」
 ユウトの首に刃を突き付ける。その感触で気付いたのかユウトは大人しくなった。

「いいか。お前が闇バイトで叩きの指示をしていたことは知っている。首を振って質問に答えるんだ。弁明はいらない」

 ユウトが首を縦に振った。ビニール袋がガサっという音を立てた。

「太田洋一、清水義人、鷹津圭吾の三人を知っているな」
 Yes。
「三人が死んだことを知ってるか」
 No。
「俺が誰だか知ってるか」
 No。
「俺はな。あの三人によって殺された黒田茜の夫だよ。お前は、あの三人が茜に何をしたか知ってるか」
 No。

 ユウトは激しく首を横に振っている。
「知らないだと。なら、今から全部判らせてやるよ」

 ユウトの股間から失禁の尿が漏れていた。
 この男を断罪するために用意した車だ、どうなっても構わない。尿の不快な臭いはあるが、怒りと憎しみがそれを上回っていた。

「清水義人から全部聞いたよ。茜の身に、あの時何があったのかを」
 ガムテープで、ユウトに被せたビニール袋の口を首ごと縛った。すぐに袋は密封され、ユウトは苦しみの声を上げていた。

「あいつらは車に連れ込んだ茜を縛り、こうやって弄んだそうだ。苦しむ姿を見て楽しんでいたそうだな。知っていたか」
 No。

「そうか。なぜ知らない? お前はそれを知りもせず、あのケダモノたちをただ利用するだけ利用していたのか?」
 Yes。

「そうか。仕方ないよな。俺は普段は社長をしている。部下たちを束ね働いてもらうことは、簡単じゃない。知ってるよ。それに、俺だって部下がどんな業務をしているか仔細までは答えられないからな」

 ユウトは苦しそうに必死に首を振っていた。
「アイツらは二分間、こうやって茜を苦しめたそうだ。あと三十秒」

 暴れるユウトをシートに押し付けた。シートベルトをはめ、さらに身体を固定する。

 二分が過ぎ、黒田はビニール袋を破った。

 ユウトは必死に身体に酸素を取り込もうと荒く息をしていた。口をガムテープで塞がれているため、鼻から必死に酸素を取り込もうとしている。

「さて、次だ」
 肩を大きく上下させて苦しむユウトの身体がビクッと反応した。

「車の中で茜を何発も殴ったそうだ。残念ながら、回数は覚えていないらしい。記憶力のない部下を持つと上司は辛いな。ただ、覚えているのは自分の拳が痛くなるほどの回数殴ったそうだ」

 黒田はユウトの顔面を殴りつけた。

「まだ全然痛くならないな。いいか、さっきも言ったが上司というのは、部下の仕事を詳細に知る必要はない。では何をすればいいか、部下の行いに対しての責任を負うんだよ」

 黒田は再びユウトに拳を向けた。
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