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第一章 寄稿者の失踪

第3話 特定された廃村

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 電話が再び鳴ったのは、それから数時間後だった。外はもう夕焼けが空を染めていた。
「さっきの動画見たんだけどよ」
 坪川はいきなり本題に入った。
「なんか違和感あるんだよな」
「違和感ってなんです?」

「画面見れるか?」
 楓はファッションの通販ページから動画サイトに切り替え、ヨーイチチャンネルの画面を出した。
「出したか? 動画の一覧で見ると、なんか違和感ないか?」
 動画の一覧を見るがよくわからない。
「他の動画とサムネの画像の雰囲気違うだろ」

 確かに他の動画のサムネイルにはどれも赤い文字で『潜入! 遊園地廃墟』『首のない地蔵』など内容に因んだものが書かれているが、今回の動画は何も書かれていない、何が映っているかもよくわからないほとんど黒いサムネイルだ。
「動画サイトでサムネは再生回数に影響する重要な要素だ。けど、他の動画はそれなりにやってるのに、これだけこんなデフォルトのやっつけみたいなサムネっておかしくないか」

「言われてみれば、たしかに。でも偶然じゃないですか?」
「それともう一つ。他の動画は、素人くさいが一応は編集がされている。ただ歩いているような場面をカットして削って詰めてるし、よくわからないセンスのBGMもついてる。でも、あれだけは素材まんまって感じだ」
 先ほどから要所要所でヨーイチへの貶しが入るが、言ってることには頷ける。

「偶然じゃないですか。生配信は初めてだったみたいですし、その雰囲気を残すのにわざと編集しなかった可能性もありますし」
「それも有り得るな。でも、あの妙なぶつ切りの終わり方といい、なんか俺のシックスセンスが呼びかけてる気がする」
 そう言う坪川には霊感は全くない。幽霊でさえ不要にこの男には近づかないのだ。
「ま、俺の思い過ごしかもしれない。色々とありがとな」

 通話を切り、スマホをテーブルへ置いた。
 太田洋一からの連絡は依然としてない。
 第六感があるわけではないが、釈然としない何かが靄となって楓の心を覆っていた。


 坪川から「話したい事があるから、来てくれ」というメッセージが届いたのは、それから二日後だった。
 呼び出されたのは日暮里の駅前にあるチェーンのコーヒーショップだった。
 坪川はすでに来ていて、席に着くなり「特定した」と言った。

「何がですか」
「あの廃村の場所だよ。どこか判ったんだ」
「凄いじゃないですか、どうやったんですか」
 あれだけ真っ暗な映像で、どうやって見つけたのだろうか。

「廃墟は日本中にあるが、廃村はそう多くないからな。それに他の動画から判ったんだが、ヨーイチは廃墟へはバイクで行ってるらしい。だから、どれも関東圏の廃墟で、極端な遠出はない。そこから推測して関東圏の廃村をしらみ潰しにしていった。そうしたら、たまたま廃墟探索のブログでヨーイチが入った家らしき写真を上げてる記事が見つかったんだ」

「それにしたって凄いですよ、その執念」
「当たり前だ。うちを支えるライターの一人なんだぞ。もちろん、定期購読者でもあるし」

 坪川がオカルトを推したのは、オカルトがどんな世の中になっても、一定数の熱心なオカルト好きがいるという点だった。そのような人々は、このご時世にわざわざ紙の雑誌を定期購読している。
 おかげで、多少の上下はありつつも、一定の読者によって支えられる雑誌となったのだ。

「でも、動画がアップされてたんだし、そのヨーイチさんって無事だったんじゃないですか」
「だが、うちの記事をすっ飛ばした太田洋一とはまだ連絡が取れないままだ」
「そもそもヨーイチが太田洋一さんだって確定したわけじゃないですよね」
「いや、確定した」
「そうなんですか?」

「チャンネルのプロフィール欄にアドレスが載ってたんだ。それが、太田洋一がうちに送ってきていたメールアドレスと一致した」
 ならばヨーイチ=太田洋一という説は本当だったということか。

「それに、変なんだ。その廃村について調べてみても、殺人事件がかつてあったなんて話、存在しない」
「じゃあ、ヨーイチの言ってたタレコミというのは、ガセだったってことですか」
「そうなる。まあ噂話程度の話を聞かされたって可能性も高いが、不自然な点が多すぎる。死体が今も見つかってないのに殺人事件があったとか意味が判らないしな。ということで」
「ということで?」
「楓ちゃん、廃村に行ってみてくれないか」
「はあ? なんで私が行くんですか。坪川さんが行けばいいじゃないですか」

「飯田が、風邪でダウンしちまった」
「え、大丈夫なんですか」
「ああ、たぶん疲労が溜まってたからだろう。それに、気候も急に涼しくなったしな」
「疲労って、社長を補佐し続けた精神的な苦痛からきてるんじゃ」
 心の声がそのまま漏れていた。
「あ? なんか言ったか。違うよ。俺から見てもアイツは頑張り屋さんすぎるんだ」
「坪川さんと比べたらキリギリスだって働き者ですよ」
「俺だって色々苦労してるんだよ。タダでとは言わん」
「またオペランドへ寄稿ですか? ギャラは必要ですけど、もう社員じゃないんですから」

 食い扶持は必要だが、いつまでもオカルト記事を書いているわけにいかないと退職したのに、これでは前の生活と変わらなくなってしまう。

「甘い! 実はその廃村の近くには温泉地があるんだが、そこに黒田くろだリゾートが潮汐ちょうせきという新しい温泉旅館をオープンする予定なんだ」
「黒田リゾートって、あの黒田ですか?」

 黒田リゾートは国内有数の総合リゾート運営会社だ。ここ十年ほどで一気に事業を拡大し、全国にホテルや旅館などをオープンしている。あえて高級路線を前面に出し、プライベートビーチやスキー場など土地ごとに合わせたレジャー施設を併設させ、宿泊者限定で利用できるサービスを行っているのがウリだ。当然ながら、楓には縁がない場所である。

「そうだ。そのプレオープンのイベントに招待されてな。日程は三日後なんだが、俺はこの通り、仕事でレジャーどころじゃない。しかも、ただでさえ忙しいのに廃村を調べるのにかなり時間を浪費した」

「なんで坪川さんが招待されることになったんですか」
「前に取材で現社長の黒田剛臣たけおみと関わったことがあって、今でも飲み友達なんだ。それで、ここにチケットが一枚ある」
 坪川の差し出した封筒には『招待券在中』と書かれていた。

 奏明社にいた頃から坪川の人脈はすごいと噂があったらしい。事実、オペランドが成り立っているのは、坪川の人脈が奏明社を退職してからも太く繋がっていることにもある。

 一般的に表には出ないようなネタが舞い込んできて、『オペランド』がオカルト雑誌でありながら、他とは一線を画す雑誌と評価されているのだ。もっとも、それは一部の好事家の間でだけだが。

「ありがとうございます。私は坪川さんのことを前から尊敬できる人だと思ってました」
 シフラットの音符を横一列に並べた調子で楓は言いながら、封筒を奪うように受け取った。
「お前な。都合のいい時だけ」

 一人なのは寂しいが、高級リゾートに誰かを気軽に誘うのは忍びない。どちらにせよ廃村にも行かなくてはならないので、付き合わせてしまうのも申し訳ない。今回は一人で思いっきり羽根を伸ばそう。廃村は適当に済ませればいい。
 取材ではなく、プライベートで高級リゾートを満喫できる機会など、見逃すわけにはいかない。
「ま、何にせよ。ゆっくりしてきてくれ。ほれ、電車の券も一緒に渡しておく」
「どうしたんですか。電車の券まで、しかも特急の指定席じゃないですか。米沢さんに怒られますよ」

 ジリ貧の出版社のために、経理の米沢は経費については厳しいチェックを入れる。特急、しかも指定席など、オペランドではもっての外だ。
「安心しろ。俺の奢りだ。色々手伝ってもらったしな」
「本当ですか! どうしたんですか急に」
「気にすんな。けど、指定席だから絶対に遅れるなよ」
「はい、気をつけます。ありがとうございます」
 手伝っていることもたしかだが、急にこんな施しを受けると、どこか不信になってしまう。


 三日後。
 プレオープンイベントの日がやってきた。ソワソワとした気持ちでホームに向かう。
 ホームに出ると、空風が頬を撫でた。
 電車は到着していて、発車準備に入っている。楓も買い込んできた朝食代わりの弁当とお菓子を準備ばっちりに揃えていた。
 週末ともあって、車内には多くの乗客がいて賑わっている。

 指定された座席を見つけて座る。発車を待ちながら楓は考えていた。
 プライベートで旅行なんて、いつぶりだろう。
 発車時刻が近づくにつれて、通路を行き交う人の往来も増えてきた。すると、突然声をかけられた。

「隣、失礼します」
「あ、どうぞ」
 棚に荷物を乗せた後、隣の空席に男が座った。
 反射的に楓が目を向けると、隣の席に座った男と目が合った。

「つ、月島さん……?」
「お、小野瀬さん……?」
 同時に声が出た。

 隣に座ったのは、奏明社編集部の小野瀬崇彦だった。
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