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第一章 寄稿者の失踪
第2話 寄稿者を追って
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翌日。
季節はすっかり秋めいてきた。残暑がしばらく残っていたが、今はもうその名残はない。
夏が好きな楓にとって、秋から冬に移り行く季節は寂しい気持ちになる。尤も、夏を好む理由の一つは夏服の方が安上がりだからだ。コートやニット、ブーツもそろそろ限界に近い。いくらフリーライターで在宅が多いとはいえ、取材となれば外出だって必要になる。
秋の行楽シーズンとなり、いくつか取材に行く予定もある。原稿料は安いが話題のグルメスポットや観光スポットに経費で行けるのは嬉しい。
ネットでセールの情報を眺めていると、メッセージが入った。坪川からで「これから時間ある?」という内容だった。オペランドを退職してからも、稼ぎの少ない楓のために坪川が外部ライターとして仕事を回してくれることがある。今回もその類だろう。
華月町の事件は解決を見るまで記事にできる内容が少なく、奏明社側で事件を取り上げることは見送っていた。それを坪川がオペランドで引き取るという話に持って行った。
しかし、事件の全容が明らかになったことを踏まえ、坪川の判断で奏明社に話を戻したのだ。それでなければ、楓の記事は奏明社ではなく、オペランドに掲載されていた。
御徒町にあるオペランドの事務所へ寄って、帰りに上野で洋服を探そう。予定を決めて坪川へ返事を返す。薄手のニットにフレアスカートを合わせ、練馬のマンションを出た。
風の湿度が秋を告げていた。近年は春と秋が短くなったように思う。残暑が続いたと思ったら、数日の秋らしい気候の後、すぐに冬の寒さがやってくる。
いつものように上野で降りて散歩をしながらオペランドへ向かうことにした。
相変わらず平日でも人の出が多い。動物園の他にもいくつもの大きな美術館があり、子どもからお年寄りまで幅広い人々が楽しそうな顔を浮かべながら歩いている。
二十分ほど歩いて御徒町の路地にあるオペランドへ到着した。こちらも相変わらず、ボロボロの雑居ビルの三階にオペランドの事務所がある。
「あら。楓ちゃん、いらっしゃい」
階段を上がると、事務所の入口で米沢真理子が箒を持って立っていた。米沢はオペランドの経理と庶務を担っている。経費削減に目を光らせていて、〈断捨離の米沢〉と呼ばれている。米沢に挨拶を返して中に入る。
楓はここに三年しか通っていないが、退職してからもちょくちょく顔を出しているせいで、あまり退職した実感が湧かない。
中に入ると坪川が立っていた。
「おう、いらっしゃい。じゃあ打合せコーナー行こうか」
飯田拓海の姿はないので、どうやら外出しているようだ。
オペランドは社長である坪川、坪川の右腕である飯田と米沢の三人しかいない。坪川と飯田で構成から印刷までのほとんどを手掛けているので多忙だ。
雑誌の記事も二人が手掛けているものもあるが、多くは外注のライター頼みだ。
「忙しいとこ悪いがライターとしての仕事じゃなく、頼まれごとをしてもらえるか」
打合せコーナーで向かい合うと坪川が言った。
「ライターとしてではなく、ってなんですか」
「うちで不定期連載してもらってるヨーイチって名前のライターがいるんだが」
「ヨーイチ、廃墟とかの記事を書いてる人ですよね」
楓も知っている名前だった。彼は廃墟マニアで、どこから仕入れてきたか判らないような廃墟を、その廃墟のエピソード交じりに書いて不定期で寄稿していた。不定期と言いながらも、月刊誌の『オペランド』で掲載率はかなり高かったはずだ。
「そうだ。次号に掲載する予定だったんだけど、連絡が取れなくなっちまってな。住所は判るから、調べてみて欲しいんだ」
「私がですか?」
「俺が行こうと思ったんだけど、印刷所への納期が切羽詰まっててな。これから別件で出掛けないといけないんだ。経費と謝礼は出すから見てきてくれないか」
「謝礼が出るなら行きます」
二つ返事で答える。
「助かった。もし連絡が取れなければ、その穴埋めもお願いするかもしれないから、ネタを考えておいてくれ」
「わかりました」
フリーライターとして収入の安定しない楓は、依頼された仕事は全て請け負うつもりでいる。
「本名は太田洋一って名前で、住所は八王子だ。家に行ってみて、いなければ今回の記事は見送りにするから、楓ちゃんに頼むよ。マンションの住所はこれだ」
坪川から住所と連絡先が書かれた紙を受け取り、オペランドを後にした。
スマホで経路検索をして、御徒町から神田で中央線に乗り換えて向かうことにした。
御徒町の駅もアメ横や百貨店で買い物をしてきた人々や、営業マンたちで混み合っている。乗った山手線の車内も同様に、人がそれなりに乗っていた。
神田の駅で降りる。方向音痴の楓にとって、乗換一つとっても油断ならないが、無事に中央線の下り電車に乗ることができた。
八王子駅までは一時間以上あり、その間に住所を地図アプリに入力して調べる。太田洋一の自宅マンションは駅から歩いて十分ほどのところにあるようだ。
八王子に到着し、北口のロータリーに出た。案内の近辺地図と見比べてマンションの場所を確認した。買い物客や学生が行き交い、上野に負けず劣らず人が多い。
多少迷ったものの、なんとかマンションに辿り着いた。
エントランスで施錠がされているため、インターホンで太田の部屋を呼び出すが、誰も出ない。坪川からもらった資料によると太田洋一の本業は在宅トレーダーとのことだった。なので、仕事に出ているということはないが、一時的に外出しているという可能性はある。
数回呼び出しても反応がなかった。楓は郵便受けを確認した。
三桁のダイアルロックが掛かっていたが、入りきらなかった郵便物がはみ出していた。これだけ溜まっているということは、しばらく家には戻っていないということだろうか。
坪川は用事があると言っていたので、メッセージアプリで不在だったことと郵便物が溜まっていたことを伝えた。
商店街を歩いていると、良い薫りがした。見ると、お饅頭屋さんのようだ。ガラス越しに機械が稼働して、出来上がったお饅頭が次々と運ばれていく。
直径五センチ、厚さ一・五センチほどの一口大の大きさのお饅頭だった。匂いにつられて思わず買って帰ることにした。どうしても温かいうちに食べたくなり、一つ包み紙から出して口に入れる。ふんわりとした皮に、中の優しい甘さの白餡がマッチして、とても美味しいお饅頭だった。
残りのお饅頭の袋を手に駅まで戻り、上り電車に乗る。坪川から「お疲れさん。無駄足させて悪かった」と返信が来ていた。おそらく自分が穴埋めの記事を書くことになりそうなので、車内で何を書くか考えることにした。
それにしても、太田洋一はどこへ行ってしまったのだろうか。廃墟好きということで、色々な廃墟に出入りしていたようだ。以前廃村で貯水槽に落ちる経験をした楓の脳裏に、一人で廃墟に行って事故に遭ったのではないかという想像が過った。
しかしながらもし仮にそうだったとしても、太田がどこへ行ったかさえ判らない状態では探しようがない。
太田の自宅を訪ねた夜、坪川から正式に仕事の依頼が来た。
翌朝から楓はその仕事に取り掛かっていたが、昼頃に電話が入った。坪川からだった。
「月島です」
「楓ちゃんか。ちょっと伝えたいことがあるんだが、いま大丈夫か」
「大丈夫ですよ」
「昨日調べてもらった件なんだが、ちょっと気になることがあるんだ。ある男からタレコミがあって、動画サイトで廃墟に行くという生配信を見てたら、途中で変なことが起きたって言ってるんだが、その配信者の名前がヨーイチだったんだ」
「ヨーイチ、しかも廃墟って、もしかして?」
「太田洋一の可能性が高い」
「変なことって何があったんですか?」
「動画のコメント欄に変なメッセージが出たあと、ヨーイチが何者かに襲われたような感じになったらしい」
「襲われた? それなら警察に通報した方がいいんじゃないですか」
「生配信だったから、流れたきりでアーカイブにも残ってないんだとよ。証拠もないし、ヨーイチがどこの誰かも、どこで撮影してたかも判らないから無理って話だ。とりあえず連絡先を伝えるから、話を訊いてもらえるか?」
いよいよ自分が本当はオペランドを退職していなかったのではないかと思えるようになってきた。だが明日の生活のために断ることはしない。
坪川に連絡先を教えてもらう。
伊藤公平という北関東に住む大学生だった。携帯の番号へ電話を入れると、伊藤はすぐに電話に出た。
「もしもし。私、オペランドの坪川から紹介を受けた月島と申します。伊藤さんでしょうか?」
「あ、はい」
伊藤の声がする。昼を過ぎたのに、寝起きのような声だ。
「今お時間よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「廃墟探索の配信を見ていたということですが」
それから伊藤に経緯を訊いた。
「──じゃあ最後に、『いるよ』という声がしたんですね」
「そ、そうですね。訳がわからなくて」
矢継ぎ早に投稿されたコメント、謎の声。たしかに不気味だが、どこか安いホラードラマの演出のような話だ。
楓は手元のノートパソコンで動画サイトにアクセスした。《散廃チャンネル》はすぐに見つかった。
「あれ?」
楓はあることに気付いた。
「動画、更新されてますよ?」
「え、まさか」
チャンネルのトップページに最新の動画がアップされていた。『視聴者提供! 山奥の廃村に隠された戦慄の事件』というタイトルで、三十分ほどの動画のようだ。動画の投稿日時を確認すると、一時間ほど前になっていた。
「本当ですね」
どうやら伊藤も同じ画面を確認したようだ。
「この動画って、生配信のものでしょうか?」
「……同じ、みたいですね」
「動画の中身を見て、改めて連絡させていただいていいですか?」
「はい。大丈夫です。自分も確認してみます」
伊藤との通話を一度切った。動画が配信されたのならば、配信者のヨーイチは無事だったということだ。もしヨーイチが太田洋一だったとしたら、家に戻っているだろうか。
何かしらの事故に遭ってしまいそのまま入院していたという可能性もある。念のため太田の携帯へ掛けてみたが、相変わらず電話は繋がらなかった。
配信された内容を確認する。
ヨーイチの声は早口で少しこもっている。こういった形で喋ることになれていないのだろう。
殺人事件が起きたという廃村を探索するという内容だった。
しかしながら、動画はほとんど編集されてないようで、全体的に暗いなか素人の手ブレが強いカメラの映像ばかりが続くので見ていて酔いそうになる。
ある廃屋に入った後、ヨーイチは何者かの気配を感じて叫び声を上げるシーンが入っていた。
『なんですか、このコメント。誰か、悪戯してるなら、そういうのはやめてください』
動画の中でヨーイチが叫ぶ。これが伊藤の言っていたコメントの連続投稿か。残念ながらコメントはアーカイブされていないようだ。
しかし画面は乱れていってしまう。何が映っているか判らなくなりそうなノイズの画面が数秒続いたかと思うと、画面がいきなり真っ暗になった。中央に丸くなった矢印が突然現れて驚いたが、それは動画が終了して再度視聴するための機能のものだった。
伊藤の話ではこの後に何者かの「いるよ」という声がしたそうだ。しかし動画ではその手前で途切れてしまっている。
頃合いを見て伊藤に再び電話を入れた。
「動画、見ました。生配信のもののようですね」
「僕が見たのと同じでした。編集もされてないと思います。最後だけなくなってましたけど」
「でも、さっき投稿がされたなら、本人は大丈夫ってことですかね?」
伊藤は戸惑っているようで、しばらくしてから「はい」と答えた。
伊藤も何を言ったらいいかわかなくなってしまったようで、そこまでで電話を終了した。そのまま坪川へ電話をする。
「月島です。伊藤さんと連絡ついたんですが──」
楓は坪川へ先ほどの話を伝えた。
「なんだそりゃ。ガセとは言わないが、空振りかあ」
「でも、もしヨーイチさんが太田洋一だったとしたら、こっちに連絡がないのも不思議ですよね」
「まあな。でも廃墟探索をするなんて趣味のやつだからな、そういう変わったところもあるのかもしれないぞ」
自らオカルト雑誌の会社を立ち上げ、楓を廃墟や廃村に連れまわした男の台詞とは思えない。
「とりあえず、ありがとう。この件は終わりにするか。でも一応俺もその動画見てみるよ」
そう言って坪川は電話を切った。
季節はすっかり秋めいてきた。残暑がしばらく残っていたが、今はもうその名残はない。
夏が好きな楓にとって、秋から冬に移り行く季節は寂しい気持ちになる。尤も、夏を好む理由の一つは夏服の方が安上がりだからだ。コートやニット、ブーツもそろそろ限界に近い。いくらフリーライターで在宅が多いとはいえ、取材となれば外出だって必要になる。
秋の行楽シーズンとなり、いくつか取材に行く予定もある。原稿料は安いが話題のグルメスポットや観光スポットに経費で行けるのは嬉しい。
ネットでセールの情報を眺めていると、メッセージが入った。坪川からで「これから時間ある?」という内容だった。オペランドを退職してからも、稼ぎの少ない楓のために坪川が外部ライターとして仕事を回してくれることがある。今回もその類だろう。
華月町の事件は解決を見るまで記事にできる内容が少なく、奏明社側で事件を取り上げることは見送っていた。それを坪川がオペランドで引き取るという話に持って行った。
しかし、事件の全容が明らかになったことを踏まえ、坪川の判断で奏明社に話を戻したのだ。それでなければ、楓の記事は奏明社ではなく、オペランドに掲載されていた。
御徒町にあるオペランドの事務所へ寄って、帰りに上野で洋服を探そう。予定を決めて坪川へ返事を返す。薄手のニットにフレアスカートを合わせ、練馬のマンションを出た。
風の湿度が秋を告げていた。近年は春と秋が短くなったように思う。残暑が続いたと思ったら、数日の秋らしい気候の後、すぐに冬の寒さがやってくる。
いつものように上野で降りて散歩をしながらオペランドへ向かうことにした。
相変わらず平日でも人の出が多い。動物園の他にもいくつもの大きな美術館があり、子どもからお年寄りまで幅広い人々が楽しそうな顔を浮かべながら歩いている。
二十分ほど歩いて御徒町の路地にあるオペランドへ到着した。こちらも相変わらず、ボロボロの雑居ビルの三階にオペランドの事務所がある。
「あら。楓ちゃん、いらっしゃい」
階段を上がると、事務所の入口で米沢真理子が箒を持って立っていた。米沢はオペランドの経理と庶務を担っている。経費削減に目を光らせていて、〈断捨離の米沢〉と呼ばれている。米沢に挨拶を返して中に入る。
楓はここに三年しか通っていないが、退職してからもちょくちょく顔を出しているせいで、あまり退職した実感が湧かない。
中に入ると坪川が立っていた。
「おう、いらっしゃい。じゃあ打合せコーナー行こうか」
飯田拓海の姿はないので、どうやら外出しているようだ。
オペランドは社長である坪川、坪川の右腕である飯田と米沢の三人しかいない。坪川と飯田で構成から印刷までのほとんどを手掛けているので多忙だ。
雑誌の記事も二人が手掛けているものもあるが、多くは外注のライター頼みだ。
「忙しいとこ悪いがライターとしての仕事じゃなく、頼まれごとをしてもらえるか」
打合せコーナーで向かい合うと坪川が言った。
「ライターとしてではなく、ってなんですか」
「うちで不定期連載してもらってるヨーイチって名前のライターがいるんだが」
「ヨーイチ、廃墟とかの記事を書いてる人ですよね」
楓も知っている名前だった。彼は廃墟マニアで、どこから仕入れてきたか判らないような廃墟を、その廃墟のエピソード交じりに書いて不定期で寄稿していた。不定期と言いながらも、月刊誌の『オペランド』で掲載率はかなり高かったはずだ。
「そうだ。次号に掲載する予定だったんだけど、連絡が取れなくなっちまってな。住所は判るから、調べてみて欲しいんだ」
「私がですか?」
「俺が行こうと思ったんだけど、印刷所への納期が切羽詰まっててな。これから別件で出掛けないといけないんだ。経費と謝礼は出すから見てきてくれないか」
「謝礼が出るなら行きます」
二つ返事で答える。
「助かった。もし連絡が取れなければ、その穴埋めもお願いするかもしれないから、ネタを考えておいてくれ」
「わかりました」
フリーライターとして収入の安定しない楓は、依頼された仕事は全て請け負うつもりでいる。
「本名は太田洋一って名前で、住所は八王子だ。家に行ってみて、いなければ今回の記事は見送りにするから、楓ちゃんに頼むよ。マンションの住所はこれだ」
坪川から住所と連絡先が書かれた紙を受け取り、オペランドを後にした。
スマホで経路検索をして、御徒町から神田で中央線に乗り換えて向かうことにした。
御徒町の駅もアメ横や百貨店で買い物をしてきた人々や、営業マンたちで混み合っている。乗った山手線の車内も同様に、人がそれなりに乗っていた。
神田の駅で降りる。方向音痴の楓にとって、乗換一つとっても油断ならないが、無事に中央線の下り電車に乗ることができた。
八王子駅までは一時間以上あり、その間に住所を地図アプリに入力して調べる。太田洋一の自宅マンションは駅から歩いて十分ほどのところにあるようだ。
八王子に到着し、北口のロータリーに出た。案内の近辺地図と見比べてマンションの場所を確認した。買い物客や学生が行き交い、上野に負けず劣らず人が多い。
多少迷ったものの、なんとかマンションに辿り着いた。
エントランスで施錠がされているため、インターホンで太田の部屋を呼び出すが、誰も出ない。坪川からもらった資料によると太田洋一の本業は在宅トレーダーとのことだった。なので、仕事に出ているということはないが、一時的に外出しているという可能性はある。
数回呼び出しても反応がなかった。楓は郵便受けを確認した。
三桁のダイアルロックが掛かっていたが、入りきらなかった郵便物がはみ出していた。これだけ溜まっているということは、しばらく家には戻っていないということだろうか。
坪川は用事があると言っていたので、メッセージアプリで不在だったことと郵便物が溜まっていたことを伝えた。
商店街を歩いていると、良い薫りがした。見ると、お饅頭屋さんのようだ。ガラス越しに機械が稼働して、出来上がったお饅頭が次々と運ばれていく。
直径五センチ、厚さ一・五センチほどの一口大の大きさのお饅頭だった。匂いにつられて思わず買って帰ることにした。どうしても温かいうちに食べたくなり、一つ包み紙から出して口に入れる。ふんわりとした皮に、中の優しい甘さの白餡がマッチして、とても美味しいお饅頭だった。
残りのお饅頭の袋を手に駅まで戻り、上り電車に乗る。坪川から「お疲れさん。無駄足させて悪かった」と返信が来ていた。おそらく自分が穴埋めの記事を書くことになりそうなので、車内で何を書くか考えることにした。
それにしても、太田洋一はどこへ行ってしまったのだろうか。廃墟好きということで、色々な廃墟に出入りしていたようだ。以前廃村で貯水槽に落ちる経験をした楓の脳裏に、一人で廃墟に行って事故に遭ったのではないかという想像が過った。
しかしながらもし仮にそうだったとしても、太田がどこへ行ったかさえ判らない状態では探しようがない。
太田の自宅を訪ねた夜、坪川から正式に仕事の依頼が来た。
翌朝から楓はその仕事に取り掛かっていたが、昼頃に電話が入った。坪川からだった。
「月島です」
「楓ちゃんか。ちょっと伝えたいことがあるんだが、いま大丈夫か」
「大丈夫ですよ」
「昨日調べてもらった件なんだが、ちょっと気になることがあるんだ。ある男からタレコミがあって、動画サイトで廃墟に行くという生配信を見てたら、途中で変なことが起きたって言ってるんだが、その配信者の名前がヨーイチだったんだ」
「ヨーイチ、しかも廃墟って、もしかして?」
「太田洋一の可能性が高い」
「変なことって何があったんですか?」
「動画のコメント欄に変なメッセージが出たあと、ヨーイチが何者かに襲われたような感じになったらしい」
「襲われた? それなら警察に通報した方がいいんじゃないですか」
「生配信だったから、流れたきりでアーカイブにも残ってないんだとよ。証拠もないし、ヨーイチがどこの誰かも、どこで撮影してたかも判らないから無理って話だ。とりあえず連絡先を伝えるから、話を訊いてもらえるか?」
いよいよ自分が本当はオペランドを退職していなかったのではないかと思えるようになってきた。だが明日の生活のために断ることはしない。
坪川に連絡先を教えてもらう。
伊藤公平という北関東に住む大学生だった。携帯の番号へ電話を入れると、伊藤はすぐに電話に出た。
「もしもし。私、オペランドの坪川から紹介を受けた月島と申します。伊藤さんでしょうか?」
「あ、はい」
伊藤の声がする。昼を過ぎたのに、寝起きのような声だ。
「今お時間よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「廃墟探索の配信を見ていたということですが」
それから伊藤に経緯を訊いた。
「──じゃあ最後に、『いるよ』という声がしたんですね」
「そ、そうですね。訳がわからなくて」
矢継ぎ早に投稿されたコメント、謎の声。たしかに不気味だが、どこか安いホラードラマの演出のような話だ。
楓は手元のノートパソコンで動画サイトにアクセスした。《散廃チャンネル》はすぐに見つかった。
「あれ?」
楓はあることに気付いた。
「動画、更新されてますよ?」
「え、まさか」
チャンネルのトップページに最新の動画がアップされていた。『視聴者提供! 山奥の廃村に隠された戦慄の事件』というタイトルで、三十分ほどの動画のようだ。動画の投稿日時を確認すると、一時間ほど前になっていた。
「本当ですね」
どうやら伊藤も同じ画面を確認したようだ。
「この動画って、生配信のものでしょうか?」
「……同じ、みたいですね」
「動画の中身を見て、改めて連絡させていただいていいですか?」
「はい。大丈夫です。自分も確認してみます」
伊藤との通話を一度切った。動画が配信されたのならば、配信者のヨーイチは無事だったということだ。もしヨーイチが太田洋一だったとしたら、家に戻っているだろうか。
何かしらの事故に遭ってしまいそのまま入院していたという可能性もある。念のため太田の携帯へ掛けてみたが、相変わらず電話は繋がらなかった。
配信された内容を確認する。
ヨーイチの声は早口で少しこもっている。こういった形で喋ることになれていないのだろう。
殺人事件が起きたという廃村を探索するという内容だった。
しかしながら、動画はほとんど編集されてないようで、全体的に暗いなか素人の手ブレが強いカメラの映像ばかりが続くので見ていて酔いそうになる。
ある廃屋に入った後、ヨーイチは何者かの気配を感じて叫び声を上げるシーンが入っていた。
『なんですか、このコメント。誰か、悪戯してるなら、そういうのはやめてください』
動画の中でヨーイチが叫ぶ。これが伊藤の言っていたコメントの連続投稿か。残念ながらコメントはアーカイブされていないようだ。
しかし画面は乱れていってしまう。何が映っているか判らなくなりそうなノイズの画面が数秒続いたかと思うと、画面がいきなり真っ暗になった。中央に丸くなった矢印が突然現れて驚いたが、それは動画が終了して再度視聴するための機能のものだった。
伊藤の話ではこの後に何者かの「いるよ」という声がしたそうだ。しかし動画ではその手前で途切れてしまっている。
頃合いを見て伊藤に再び電話を入れた。
「動画、見ました。生配信のもののようですね」
「僕が見たのと同じでした。編集もされてないと思います。最後だけなくなってましたけど」
「でも、さっき投稿がされたなら、本人は大丈夫ってことですかね?」
伊藤は戸惑っているようで、しばらくしてから「はい」と答えた。
伊藤も何を言ったらいいかわかなくなってしまったようで、そこまでで電話を終了した。そのまま坪川へ電話をする。
「月島です。伊藤さんと連絡ついたんですが──」
楓は坪川へ先ほどの話を伝えた。
「なんだそりゃ。ガセとは言わないが、空振りかあ」
「でも、もしヨーイチさんが太田洋一だったとしたら、こっちに連絡がないのも不思議ですよね」
「まあな。でも廃墟探索をするなんて趣味のやつだからな、そういう変わったところもあるのかもしれないぞ」
自らオカルト雑誌の会社を立ち上げ、楓を廃墟や廃村に連れまわした男の台詞とは思えない。
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