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プロローグ
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「はい。というわけで散廃チャンネルのヨーイチです。今回も廃墟探索を始めたいと思います」
伊藤公平は真っ暗な画面の中から流れる、早口でぼそぼそとした喋り方の男の声を聞いていた。その声は廃墟という静かな空間に配慮した声というわけではなく、普段からこのような喋り方をするような人間なのだろう。
《散廃チャンネル》とは、動画共有サイトで廃墟探索の動画をアップしているチャンネルで、ヨーイチはチャンネル配信者の名前だ。
廃墟探索をしている動画配信者は何人かいるが、このチャンネルは開設から四ヶ月で、動画はまだ十本ほどしかアップされていない。そのため登録者数や再生回数もまだまだ少ない。
伊藤がこの配信を見ていたのは、廃墟探索の生配信をするという予告を見たからだ。
元々廃墟に興味があり、廃墟探索に関するブログや動画を見ることが多かった。《散廃チャンネル》はまだマイナーな部類だが、前回アップされた動画が、たまたま伊藤が住む町の近くにある廃旅館だったことをきっかけに見始めた。その動画の最後に、次回予告として生配信のお知らせがあったのだ。
リアルタイムの廃墟探索がどんなものになるか興味を持ち、予定を合わせて週末の夜にパソコンに向かっていた。ただでさえニッチな廃墟探索という内容で、無名に近い配信者だっただけに生配信が始まっても、見ている人数は二十人前後を推移するほどだった。
普段の動画も再生回数がせいぜい数百回というところで、これでよくモチベーションが保てるものだと感心してしまう。
「いやあ、天気もなんとか崩れずに済んで良かったです。一日ずれてたら雨予報だったんで。今回はタレコミをいただいた物件に来ております。場所は、日本の某所としか教えられません」
生配信を行っているのは、山奥にある廃村だという。
「この村では以前、殺人事件が起きました。痴情のもつれによって、一人の女性が殺されてしまいました。殺した男は死体を埋めてしまい、女の死体は今も見つかっていないそうです。人がいなくなってしまったこの村で、成仏できない女の魂だけが今も彷徨っているといいます。では、行ってみましょう」
話を聞いて伊藤は苦笑した。死体が見つかっていないなら、なんでそんな噂話が起きたというのだろうか。大方、ありがちなただの作り話だろう。
画面には懐中電灯の明かりだけが映っている。落ち葉がかなり積もっていて、地面さえよく見えない。
配信にはコメントが投稿できるが、『頑張ってください』『寒いですか?』『楽しみです』というコメントが三件しか投稿されていない。
秋も深まり、山奥の廃村はかなり寒いはずだ。そんな中、家でぬくぬくとしている自分のような暇人たちのためにやっているヨーイチという男に、同情というよりは哀れみに近い感情を抱いてしまう。
廃村には何軒かボロボロになった廃屋が遺されていて、その内の一軒がライトの明かりに照らし出された。
壁は一部が崩れ落ち、全体的に斜めに傾いてしまっているように見える。壁の木材も、貼られた青いトタンも色がくすんでおり、廃屋になってかなりの年数が経過しているようだ。
玄関から中に入ると、床の木材もかなり腐敗しているように見える。どうやら中に入ろうとしているらしい。腐った廊下に足を下ろすと、ギシッという音をマイクが拾った。ありきたりな幽霊話よりも、危険な箇所を歩こうとしている配信者の方にハラハラとさせられてしまう。
外も暗かったが、屋内は更に暗さが増している。どす黒く塗られた闇をヨーイチのライトが照らしていく。廃屋に遺物はほとんど残っていないようで、壊れかけた箪笥や棚などの家具が残されているだけだった。
「床が抜けそうで危険なので、一旦外に出ようと思います」
ヨーイチの声がする。やはり床の木が限界に近いようだ。
入ってきた玄関から外に出る。
「誰だっ!」
ヨーイチが突然上げた声に伊藤は驚かされた。
「あれ? 誰かそこにいたような気が……したのに」
ヨーイチのカメラが先ほどの廃屋の中を照らすが、何も映ってはいない。
いきなり、ヨーイチのカメラが振り返る。
木々が照らされるが、どこにカメラを向けても闇が広がるばかりだ。
「カメラに映ってましたかね。何か、音がした気がするんですけど」
少なくとも伊藤のパソコンからはその音が聞こえなかった。
ゆらゆらと揺れるカメラが収めたのは、ヨーイチの荒い息遣いの声だけだ。
素人の手持ちカメラ映像をずっと見ていたので、伊藤は少し画面酔いをしてきた。
それに、よくも悪くも編集されていない映像は、冗長に感じてしまう。
同じように飽きてきた視聴者も多いのか、閲覧数も一桁になりかけている。
伊藤も見るのをやめようかと考えた。そこに気になるコメントがアップされた。『さっき廃屋の中で白いものが映らなかった?』という内容だ。伊藤は全く気付かなかったが、とても興味をそそられた。
もし霊が映っているならば、とんでもない瞬間に立ち会ったことになる。後日アーカイブとしてアップされることになれば、これをリアルタイムで見ていたということは貴重な体験だ。
伊藤は、我慢してもう少し続きを見ることにした。
先ほど聞こえたという音にヨーイチは動揺しているようだ。カメラのブレがより酷くなる。
「ええ、誰かがいた気がしたんですが、動物か何かだったのかもしれません。少し奥に来たのですが、ちょっと電波が怪しくなってきたので、映像が乱れるかもしれません。ダメだったら後日、動画をアップします。あ、コメントありがとうございます。白いもの? やめてくださいよ、怖いなあ」
ヨーイチがわざとおどけて見せるが、その声はどこか震えている。ヨーイチが落ち葉を踏み鳴らす音が響く。これだけ落ち葉があれば、誰かがいたとしたら足音で気付くだろう。
数歩進むと『パァン!』という音がした。
「え? 何? 今の音?」
ヨーイチが困惑して辺りを照らす。
先ほどまで止まっていたコメント欄が動き出す。
『ああ にくい』
『はいったやつは だれだ』
『つみびとは だれだ』
『ゆるさない』
『ぜったいに』
意味不明なコメントが続けざまにアップされた。
「なんですか、このコメント。誰か、悪戯してるなら、そういうのはやめてください」
ヨーイチが声を荒げた。
『きこえた』
『いた』
『そこに いるのか』
『みつけた』
『うごくな』
『いま いくから』
コメントは止まらない。電波が安定しないのか、画面は乱れて、時折固まってしまう。
『ちかくにいる』
『にげられないよ』
『ぼうれいから』
「やめろよ! こんな悪戯。まさか、亡霊なんているわけないだろ!」
「いるよ」
その声は、明らかにヨーイチのものとは違っていた。
カメラが振り向いた瞬間、画面は真っ暗になった。「うわあああ」というヨーイチの声だけが響き、カメラは地面に落ちた。
落ちた懐中電灯が地面を照らしているが、ヨーイチの姿はどこにも映っていない。電波が安定しないのか、画面にはブロックノイズのようなものが混じりだす。
突然何かが割れるような音がしたかと思うと、画面が真っ黒になり、そのまま配信が停止してしまった。配信に使っていた携帯が壊れてしまったのだろうか。
「なんだよ……なんだよ、これ……」
真っ黒な画面を見ながら伊藤は呟く。
外では、予報よりも早く雨が降り出していた。
伊藤公平は真っ暗な画面の中から流れる、早口でぼそぼそとした喋り方の男の声を聞いていた。その声は廃墟という静かな空間に配慮した声というわけではなく、普段からこのような喋り方をするような人間なのだろう。
《散廃チャンネル》とは、動画共有サイトで廃墟探索の動画をアップしているチャンネルで、ヨーイチはチャンネル配信者の名前だ。
廃墟探索をしている動画配信者は何人かいるが、このチャンネルは開設から四ヶ月で、動画はまだ十本ほどしかアップされていない。そのため登録者数や再生回数もまだまだ少ない。
伊藤がこの配信を見ていたのは、廃墟探索の生配信をするという予告を見たからだ。
元々廃墟に興味があり、廃墟探索に関するブログや動画を見ることが多かった。《散廃チャンネル》はまだマイナーな部類だが、前回アップされた動画が、たまたま伊藤が住む町の近くにある廃旅館だったことをきっかけに見始めた。その動画の最後に、次回予告として生配信のお知らせがあったのだ。
リアルタイムの廃墟探索がどんなものになるか興味を持ち、予定を合わせて週末の夜にパソコンに向かっていた。ただでさえニッチな廃墟探索という内容で、無名に近い配信者だっただけに生配信が始まっても、見ている人数は二十人前後を推移するほどだった。
普段の動画も再生回数がせいぜい数百回というところで、これでよくモチベーションが保てるものだと感心してしまう。
「いやあ、天気もなんとか崩れずに済んで良かったです。一日ずれてたら雨予報だったんで。今回はタレコミをいただいた物件に来ております。場所は、日本の某所としか教えられません」
生配信を行っているのは、山奥にある廃村だという。
「この村では以前、殺人事件が起きました。痴情のもつれによって、一人の女性が殺されてしまいました。殺した男は死体を埋めてしまい、女の死体は今も見つかっていないそうです。人がいなくなってしまったこの村で、成仏できない女の魂だけが今も彷徨っているといいます。では、行ってみましょう」
話を聞いて伊藤は苦笑した。死体が見つかっていないなら、なんでそんな噂話が起きたというのだろうか。大方、ありがちなただの作り話だろう。
画面には懐中電灯の明かりだけが映っている。落ち葉がかなり積もっていて、地面さえよく見えない。
配信にはコメントが投稿できるが、『頑張ってください』『寒いですか?』『楽しみです』というコメントが三件しか投稿されていない。
秋も深まり、山奥の廃村はかなり寒いはずだ。そんな中、家でぬくぬくとしている自分のような暇人たちのためにやっているヨーイチという男に、同情というよりは哀れみに近い感情を抱いてしまう。
廃村には何軒かボロボロになった廃屋が遺されていて、その内の一軒がライトの明かりに照らし出された。
壁は一部が崩れ落ち、全体的に斜めに傾いてしまっているように見える。壁の木材も、貼られた青いトタンも色がくすんでおり、廃屋になってかなりの年数が経過しているようだ。
玄関から中に入ると、床の木材もかなり腐敗しているように見える。どうやら中に入ろうとしているらしい。腐った廊下に足を下ろすと、ギシッという音をマイクが拾った。ありきたりな幽霊話よりも、危険な箇所を歩こうとしている配信者の方にハラハラとさせられてしまう。
外も暗かったが、屋内は更に暗さが増している。どす黒く塗られた闇をヨーイチのライトが照らしていく。廃屋に遺物はほとんど残っていないようで、壊れかけた箪笥や棚などの家具が残されているだけだった。
「床が抜けそうで危険なので、一旦外に出ようと思います」
ヨーイチの声がする。やはり床の木が限界に近いようだ。
入ってきた玄関から外に出る。
「誰だっ!」
ヨーイチが突然上げた声に伊藤は驚かされた。
「あれ? 誰かそこにいたような気が……したのに」
ヨーイチのカメラが先ほどの廃屋の中を照らすが、何も映ってはいない。
いきなり、ヨーイチのカメラが振り返る。
木々が照らされるが、どこにカメラを向けても闇が広がるばかりだ。
「カメラに映ってましたかね。何か、音がした気がするんですけど」
少なくとも伊藤のパソコンからはその音が聞こえなかった。
ゆらゆらと揺れるカメラが収めたのは、ヨーイチの荒い息遣いの声だけだ。
素人の手持ちカメラ映像をずっと見ていたので、伊藤は少し画面酔いをしてきた。
それに、よくも悪くも編集されていない映像は、冗長に感じてしまう。
同じように飽きてきた視聴者も多いのか、閲覧数も一桁になりかけている。
伊藤も見るのをやめようかと考えた。そこに気になるコメントがアップされた。『さっき廃屋の中で白いものが映らなかった?』という内容だ。伊藤は全く気付かなかったが、とても興味をそそられた。
もし霊が映っているならば、とんでもない瞬間に立ち会ったことになる。後日アーカイブとしてアップされることになれば、これをリアルタイムで見ていたということは貴重な体験だ。
伊藤は、我慢してもう少し続きを見ることにした。
先ほど聞こえたという音にヨーイチは動揺しているようだ。カメラのブレがより酷くなる。
「ええ、誰かがいた気がしたんですが、動物か何かだったのかもしれません。少し奥に来たのですが、ちょっと電波が怪しくなってきたので、映像が乱れるかもしれません。ダメだったら後日、動画をアップします。あ、コメントありがとうございます。白いもの? やめてくださいよ、怖いなあ」
ヨーイチがわざとおどけて見せるが、その声はどこか震えている。ヨーイチが落ち葉を踏み鳴らす音が響く。これだけ落ち葉があれば、誰かがいたとしたら足音で気付くだろう。
数歩進むと『パァン!』という音がした。
「え? 何? 今の音?」
ヨーイチが困惑して辺りを照らす。
先ほどまで止まっていたコメント欄が動き出す。
『ああ にくい』
『はいったやつは だれだ』
『つみびとは だれだ』
『ゆるさない』
『ぜったいに』
意味不明なコメントが続けざまにアップされた。
「なんですか、このコメント。誰か、悪戯してるなら、そういうのはやめてください」
ヨーイチが声を荒げた。
『きこえた』
『いた』
『そこに いるのか』
『みつけた』
『うごくな』
『いま いくから』
コメントは止まらない。電波が安定しないのか、画面は乱れて、時折固まってしまう。
『ちかくにいる』
『にげられないよ』
『ぼうれいから』
「やめろよ! こんな悪戯。まさか、亡霊なんているわけないだろ!」
「いるよ」
その声は、明らかにヨーイチのものとは違っていた。
カメラが振り向いた瞬間、画面は真っ暗になった。「うわあああ」というヨーイチの声だけが響き、カメラは地面に落ちた。
落ちた懐中電灯が地面を照らしているが、ヨーイチの姿はどこにも映っていない。電波が安定しないのか、画面にはブロックノイズのようなものが混じりだす。
突然何かが割れるような音がしたかと思うと、画面が真っ黒になり、そのまま配信が停止してしまった。配信に使っていた携帯が壊れてしまったのだろうか。
「なんだよ……なんだよ、これ……」
真っ黒な画面を見ながら伊藤は呟く。
外では、予報よりも早く雨が降り出していた。
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