宝生の樹

丸家れい

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第二章

手紙

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 於恵湖から京樂の屋敷に青と共に帰った東は、雲母を厩に預けてから部屋に戻ろうとした。が、青の部屋から只ならぬ感情の色を感じた東は顔を顰める。

 悲しみを帯びた怒りを放つ、青の気。
 
 青の身に何かあったのではないかと東が焦燥感を滲ませて駆け付けるや否や、青の低い声が地を這った。

「おい、これはどういうことだ」

 静かな怒りを灯す青の声とは裏腹に、荒々しく胸に何かを押し付けられた。

 怪訝に眉を顰めた東が手に触れると、それは紙だった。紙を辿るように手のひらの感触を探った東の全身から一気に血の気が引いた。
 次いで、じわりと背中に冷や汗が浮く。

 それは、幸子からの手紙だった。
 
 東は幼い頃に、直政から読み書きを学んでいた。弱視ならではの読み書きを直政が考案してくれたのだ。

 直政が文字の線を辿るように針を突き刺した紙を、東が指でなぞって文字を読むという手法である。針で突き刺した紙の表面にできたわずかな高低差で、文字の形を覚えた東は、文字を読むことができるようになった。

 そして、東もまた指で探りながら筆で文字を書けるように必死で訓練をした。直政に見てもらいながら何度も練習した甲斐があり、幼い頃から短い文章なら書けていた。

 しかし、文字の線を辿るように針を突き刺すのは相手も大変である。今は文字ごとに針を打つ箇所を決めており、相手に伝えれば簡単な文のやりとりができる。
 そのことを幸子に教えているため、何かあれば幸子の侍女が手紙を届けてくる。

 幸子はちまちまと針を刺すのが面倒らしく、幸子が書いた筆の上から侍女が針を打っているようではあるが。

 過去のやりとりは、当然ながら予波ノ島の屋敷に青に見つからないように隠している。

 今手元にあるのは予波ノ島から幸子が寄越してきた新しい手紙だ。
 
 東は急いで指の腹で文字を辿る。
 読み進めるにつれ、弁解の余地がないことを知った。

 手紙の内容はこうだ。

 章子が懐妊しているので、生まれたら性別関係なく殺せという趣旨のことが書かれている。あとは章子への憎しみが込められた文字が打たれていた。

 このようなこと、俺が予波ノ島に戻ってから言えばよいものを。

 しかも、宛名が書かれている気配がない。
 青の手に渡っても仕方のないことだ。章子の懐妊の知らせに腹を立てた幸子は居てもたっても居られずに手紙を寄越して来たのだろう。
 
 東は手紙をぐしゃりと握り締めた。
 つい先ほどまで恐れていた不安が現実にやってきた。それは虫の知らせだったのか、自分がこの現実を引き寄せてしまったのか。

 どちらにせよ、嫌な予見をするものではないな。

 そう東は布作面の下で苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

「おまえは……」

 青の語調が怒りに震えている。
 どんな罵詈雑言が飛んでくるのかと東は息を呑んだ。
 
 唇を戦慄かせながら青は言った。

「おまえは……何を隠している」

「……え?」

 予想外の青の言葉に腑抜けた声が出てしまった。

「おまえは、何を守っているんだと聞いている!」
 
 檄を飛ばした青に胸ぐらを掴まれた。

「おまえは自分の欲に駆られて人の命を奪うやつじゃないだろう! それくらい……何も知らない私だって、それくらいはわかる!」
 
 言え! とさらに胸ぐらを強く掴まれ、柱に押し付けられた拍子に、東の胸元からぽろぽろと何かが落ちた。畳を転がる軽い音に、しまった、と東が咄嗟に拾おうとするも、青に拒まれた。

 落ちたのは地蔵に模して作った、小指ほどの木彫りの人形三体。と言っても、自分が地蔵と思っているだけで実際は地蔵の形になどなっていないかもしれない。ただの自己満足でしかないとわかっていても、作らずにはいられなかった。
 
 それぞれの地蔵の背には命を奪ってしまった二人の名前を綴っている。最後の三体目は溜池が決壊して巻き込まれた人たちのものだ。

 それらを見た青は全てを悟っただろう。
 小さな地蔵たちを握り締めた青は低く唸る。

「……自分の口から言う気にはならんのか」

 東は無言を突き通した。

 言えるわけがない。

 沈黙に痺れを切らした青は舌打ちをして言い捨てた。

「……本当のことを言う気になるまで、金輪際、私に話かけるな」
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