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第二章
京樂
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國保の死から三年後に保親の正室である章子は懐妊し、男児を生んだ。が、間もなくして突然亡くなってしまった。二度に渡って我が子を失い、悲しみにくれた章子は塞ぎ込みがちになり、自分の母親である幸子が我が物顔で屋敷内を歩いている。
次期当主の母だとでも言いたげに。
そのような浅はかな態度を示す幸子に嫌気が差していた青だが、事実、自分が次期当主だと自覚せねばならない。
保親の跡を継ぐのはまだ先であるが、次期当主として保親と行動を共にする機会も増え、今も保親の補佐役として京樂へ赴いていた。
美弥藤家の屋敷がある上尾から京樂までは、七日あれば辿り着く距離である。陸路は馬を走らせ、海路は通行料に上乗せして賃金を支払い、水先案内人を雇って渡って向かう。
予波ノ島と本土の間に横たわる内海――速津内海には海賊と呼ばれる武装集団が跳梁している。彼らは武士団と変わらず弓矢や刀を持ち、内海を渡る官の荷を乗せた船を襲撃していたらしい。
しかし、それも過去の話。
今では通行料さえ支払えば、穏便に海を渡らせてくれる。稀に通行料を支払わずに内海を強引に渡ろうとする船を焼討ちにすることもあるらしいが。
何はともあれ、無事に京樂に辿り着いた美弥藤家一行は、天皇が住まう御所の周辺に建てられた公家町に滞在していた。
賜姓皇族である美弥藤家の屋敷も構えられており、予波ノ島の屋敷とは比べ物にならないくらい広大な敷地である。松の木が植えられ、白い砂利を敷き詰められただけの中庭も、静と動、光の影の均衡が瀟洒たる景色を作り出していた。
丁寧に手入れが成されている京樂の屋敷には、保親の弟・保典が住んでいる。武術を好まない保典はもっぱら文学に触れたり、自らが庭の手入れをしたりと悠々自適に過ごしていた。
一度妻を娶った保典ではあるが数年前に離縁しており、子もおらず独り身を貫く保典に呆れた保親は、青に予波ノ島を託したのちは京樂の屋敷に住むのだそうだ。
保典のことを案じてのことだろうが、青は考え直してほしいと切に願っている。
遥々予波ノ島から京樂にやってきたのは、今の世を治める神志名天皇の招集があったからだ。会合には、朝廷に仕える公家と地方で政を行っている国守が参加する。
もちろん、予波ノ島国守である保親も深緋色の束帯を身に着けて朝廷に参じていた。
束帯の色は朝廷が決めた二十以上もの序列――位階によって定められており、保親が身につけた深緋色の束帯は、正四位の中級貴族が身に着けるものである。
因みに序列が最も高い正一位は深紫色と決まっているが、天皇と親しくなれば、束帯の色も定められたものではなく、自分の好みの束帯で参じても良いとされているらしい。
いつか自分も会合に参じることになるのだろうと思うと青は気が重かった。
まず、女子である自分が保親と同じ束帯を身に着けることはできない。
公家女子の正装といえば衣を何枚も重ねる裳唐衣だ。床を擦るほど長い表衣、袿を着なければならない。
青は自分が裳唐衣を身に着けた姿を想像して、顔を歪めた。
正直、煌びやかな着物を羽織ることに憧れがないとは言わない。人並みに着てみたいと思う自分もいる。だが、やはり、どうしても抵抗があるのだ。
ちらつく母親の面影を振り払うように、青は頭を一振りした。
次期当主の母だとでも言いたげに。
そのような浅はかな態度を示す幸子に嫌気が差していた青だが、事実、自分が次期当主だと自覚せねばならない。
保親の跡を継ぐのはまだ先であるが、次期当主として保親と行動を共にする機会も増え、今も保親の補佐役として京樂へ赴いていた。
美弥藤家の屋敷がある上尾から京樂までは、七日あれば辿り着く距離である。陸路は馬を走らせ、海路は通行料に上乗せして賃金を支払い、水先案内人を雇って渡って向かう。
予波ノ島と本土の間に横たわる内海――速津内海には海賊と呼ばれる武装集団が跳梁している。彼らは武士団と変わらず弓矢や刀を持ち、内海を渡る官の荷を乗せた船を襲撃していたらしい。
しかし、それも過去の話。
今では通行料さえ支払えば、穏便に海を渡らせてくれる。稀に通行料を支払わずに内海を強引に渡ろうとする船を焼討ちにすることもあるらしいが。
何はともあれ、無事に京樂に辿り着いた美弥藤家一行は、天皇が住まう御所の周辺に建てられた公家町に滞在していた。
賜姓皇族である美弥藤家の屋敷も構えられており、予波ノ島の屋敷とは比べ物にならないくらい広大な敷地である。松の木が植えられ、白い砂利を敷き詰められただけの中庭も、静と動、光の影の均衡が瀟洒たる景色を作り出していた。
丁寧に手入れが成されている京樂の屋敷には、保親の弟・保典が住んでいる。武術を好まない保典はもっぱら文学に触れたり、自らが庭の手入れをしたりと悠々自適に過ごしていた。
一度妻を娶った保典ではあるが数年前に離縁しており、子もおらず独り身を貫く保典に呆れた保親は、青に予波ノ島を託したのちは京樂の屋敷に住むのだそうだ。
保典のことを案じてのことだろうが、青は考え直してほしいと切に願っている。
遥々予波ノ島から京樂にやってきたのは、今の世を治める神志名天皇の招集があったからだ。会合には、朝廷に仕える公家と地方で政を行っている国守が参加する。
もちろん、予波ノ島国守である保親も深緋色の束帯を身に着けて朝廷に参じていた。
束帯の色は朝廷が決めた二十以上もの序列――位階によって定められており、保親が身につけた深緋色の束帯は、正四位の中級貴族が身に着けるものである。
因みに序列が最も高い正一位は深紫色と決まっているが、天皇と親しくなれば、束帯の色も定められたものではなく、自分の好みの束帯で参じても良いとされているらしい。
いつか自分も会合に参じることになるのだろうと思うと青は気が重かった。
まず、女子である自分が保親と同じ束帯を身に着けることはできない。
公家女子の正装といえば衣を何枚も重ねる裳唐衣だ。床を擦るほど長い表衣、袿を着なければならない。
青は自分が裳唐衣を身に着けた姿を想像して、顔を歪めた。
正直、煌びやかな着物を羽織ることに憧れがないとは言わない。人並みに着てみたいと思う自分もいる。だが、やはり、どうしても抵抗があるのだ。
ちらつく母親の面影を振り払うように、青は頭を一振りした。
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