12 / 40
第一章
七彩の光
しおりを挟む
実のところ、青も知らず知らずのうちに気を病ませている。
気概ある性格で、周りの人には気付かれないのだろうが、心の内に抱える感情に蓋をしているようだった。
このまま、小さな違和感を蔑ろにしていると自分を見失いかねない。
東は青の気を病ませている原因を突き止めてはいる。だが、今の自分にはどうしようもないことも悟っていた。
縁側に置かれた青のお守りから感じる気配に東はわずかに顔を歪める。
もっと、強くなれたら青を守れるのに、と拳を握り締め、無力感に襲われていた東は、不意に数か月前まで嵌められていた手枷の感覚を思い出した。
物心がついた頃より見ていた夢と共に。
暗闇の中で、螺旋状を描いて動く七彩の光を放つそれは、同じところをぐるぐると巡っていた。何を意味しているのかはわからないが、暗闇の中でもがいているようにも見えた。
成長するにつれて、七彩の光が予波ノ島のどこかにあるのではないかと東は思うようになった。ただの直感だった。何の確証もない。それでも気になった東は二年前に一度だけ地下室を抜け出したことがある。
家から出たのは、そのときが初めてだった。
だが、研ぎ澄まされた感覚を持って生まれた東は微量な気配でどこに何があるのか理解していた。そのおかげで、門番の隙をついて難なく屋敷を抜け出せてしまった。
罪悪感を抱きながらも、屋敷を出た後に大きく吸った空気が今でも忘れられない。
肺に蓄積されていた地下室の孤独な空気が押し出されて、澄んだ空気が肺を満たす感覚。
冴えわたる冬の気配が肌を撫でていく感覚。
裸足で地面を噛み締めるたびに心が躍り出す感覚。
すべてが新鮮だった。
泡が弾けるように全身の細胞が震えた。
解放感に満ちた軽やかな感覚に心が、魂が喜んでいた。
結局、七彩の光がどこにあるのか見つけることはできなかった。そもそも、自分の直感が当たっているかもわからない。もしかしたら、ただ外に出たかっただけなのかもしれない。
夜が明ける前に帰宅することができた東だが、朝の支度をしていた侍女に見つけられてしまい、手枷を嵌めることになってしまった。
手首に蘇る手枷の感覚を振り切るように、東は頭を一振りして腰を下ろした。
そして青のお守りを手に取る。手のひらに乗せるだけで、胸が重苦しくなるほどの念がお守りに纏わりついていた。
どうしていつもこのようなものを身に付けているのかと気にはなっていたが。
幾人もの念がこびりついていることから、昔から受け継がれてきたお守りなのだろうと東は察する。
希望に縋りついた人たちの気持ちが失望へと転じて、執念と化してしまっていた。
東は、青の眠っている気配を確認してお守りの袋を開けて中身を取り出した。
東が青の部屋と庭に結界を張ってしばらくすると青は安らかに深い眠りに就くようになった。
それでも、このお守りに付着した念が自分の拙い結界に歪をつくってしまう。
麻織物を開いた東は石を指でつまんで埃を払うように息を吹いて念を祓って、庭にぽいっと捨てる。受け継がれてきた石も砂利に溶け込んでしまえば何の変哲もない石ころだ。
そして、袂からいつも持ち歩いている緑色の石を取り出した。
この石は本土で産出される翡翠なのだそうだ。深い緑色と淡い緑の濃淡が美しいらしく、母親が蓮水家へ嫁ぐときに両親から贈られたのものだと兄の直政から聞かされた。
母親が亡くなる前に翡翠を託されていた直政は、あの騒動が起きる数日前に東に渡していた。
お守りだと言って、手のひらに乗せて翡翠を触らせてくれたことを思い出す。
冷たいだろうと思っていた翡翠だが、柔らかい温かさが帯びていた。
それは今も変わらない。
胸にじんわりと響く熱っぽさが溢れ出し、心を満たしてくれる。
顔も覚えていない母親のことを想い、直政のことを思い出した東はぎゅっと翡翠を握り締めた。
そっと手のひらを開いて、麻織物に包み込んだ。
先に入っていた石より少し大きいが問題はないだろう。
青は特別気に入ってこのお守りを身に付けているわけでもない。
お守りの中を見ることもないだろう。
そうお守りの石を取り換えてお守り袋に納めようとして手を止めた。
あることを思いついた東は再び麻織物を開いて翡翠を取り出して、屈託のない笑みを浮かべた。
気概ある性格で、周りの人には気付かれないのだろうが、心の内に抱える感情に蓋をしているようだった。
このまま、小さな違和感を蔑ろにしていると自分を見失いかねない。
東は青の気を病ませている原因を突き止めてはいる。だが、今の自分にはどうしようもないことも悟っていた。
縁側に置かれた青のお守りから感じる気配に東はわずかに顔を歪める。
もっと、強くなれたら青を守れるのに、と拳を握り締め、無力感に襲われていた東は、不意に数か月前まで嵌められていた手枷の感覚を思い出した。
物心がついた頃より見ていた夢と共に。
暗闇の中で、螺旋状を描いて動く七彩の光を放つそれは、同じところをぐるぐると巡っていた。何を意味しているのかはわからないが、暗闇の中でもがいているようにも見えた。
成長するにつれて、七彩の光が予波ノ島のどこかにあるのではないかと東は思うようになった。ただの直感だった。何の確証もない。それでも気になった東は二年前に一度だけ地下室を抜け出したことがある。
家から出たのは、そのときが初めてだった。
だが、研ぎ澄まされた感覚を持って生まれた東は微量な気配でどこに何があるのか理解していた。そのおかげで、門番の隙をついて難なく屋敷を抜け出せてしまった。
罪悪感を抱きながらも、屋敷を出た後に大きく吸った空気が今でも忘れられない。
肺に蓄積されていた地下室の孤独な空気が押し出されて、澄んだ空気が肺を満たす感覚。
冴えわたる冬の気配が肌を撫でていく感覚。
裸足で地面を噛み締めるたびに心が躍り出す感覚。
すべてが新鮮だった。
泡が弾けるように全身の細胞が震えた。
解放感に満ちた軽やかな感覚に心が、魂が喜んでいた。
結局、七彩の光がどこにあるのか見つけることはできなかった。そもそも、自分の直感が当たっているかもわからない。もしかしたら、ただ外に出たかっただけなのかもしれない。
夜が明ける前に帰宅することができた東だが、朝の支度をしていた侍女に見つけられてしまい、手枷を嵌めることになってしまった。
手首に蘇る手枷の感覚を振り切るように、東は頭を一振りして腰を下ろした。
そして青のお守りを手に取る。手のひらに乗せるだけで、胸が重苦しくなるほどの念がお守りに纏わりついていた。
どうしていつもこのようなものを身に付けているのかと気にはなっていたが。
幾人もの念がこびりついていることから、昔から受け継がれてきたお守りなのだろうと東は察する。
希望に縋りついた人たちの気持ちが失望へと転じて、執念と化してしまっていた。
東は、青の眠っている気配を確認してお守りの袋を開けて中身を取り出した。
東が青の部屋と庭に結界を張ってしばらくすると青は安らかに深い眠りに就くようになった。
それでも、このお守りに付着した念が自分の拙い結界に歪をつくってしまう。
麻織物を開いた東は石を指でつまんで埃を払うように息を吹いて念を祓って、庭にぽいっと捨てる。受け継がれてきた石も砂利に溶け込んでしまえば何の変哲もない石ころだ。
そして、袂からいつも持ち歩いている緑色の石を取り出した。
この石は本土で産出される翡翠なのだそうだ。深い緑色と淡い緑の濃淡が美しいらしく、母親が蓮水家へ嫁ぐときに両親から贈られたのものだと兄の直政から聞かされた。
母親が亡くなる前に翡翠を託されていた直政は、あの騒動が起きる数日前に東に渡していた。
お守りだと言って、手のひらに乗せて翡翠を触らせてくれたことを思い出す。
冷たいだろうと思っていた翡翠だが、柔らかい温かさが帯びていた。
それは今も変わらない。
胸にじんわりと響く熱っぽさが溢れ出し、心を満たしてくれる。
顔も覚えていない母親のことを想い、直政のことを思い出した東はぎゅっと翡翠を握り締めた。
そっと手のひらを開いて、麻織物に包み込んだ。
先に入っていた石より少し大きいが問題はないだろう。
青は特別気に入ってこのお守りを身に付けているわけでもない。
お守りの中を見ることもないだろう。
そうお守りの石を取り換えてお守り袋に納めようとして手を止めた。
あることを思いついた東は再び麻織物を開いて翡翠を取り出して、屈託のない笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~
水葉
歴史・時代
江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく
三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中
「ほんま相変わらず真面目やなぁ」
「そういう与平、お前は怠けすぎだ」
(やれやれ、また始まったよ……)
また二人と一匹の日常が始まる
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
離縁の雨が降りやめば
月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。
葵との離縁の雨は降りやまず……。

陣借り狙撃やくざ無情譚(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)
牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)猟師として生きている栄助。ありきたりな日常がいつまでも続くと思っていた。
だが、陣借り無宿というやくざ者たちの出入り――戦に、陣借りする一種の傭兵に従兄弟に誘われる。
その後、栄助は陣借り無宿のひとりとして従兄弟に付き従う。たどりついた宿場で陣借り無宿としての働き、その魔力に栄助は魅入られる。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜
八ケ代大輔
歴史・時代
徳川家康を天下に導いた十六人の家臣「徳川十六将」。そのうちの1人「槍の半蔵」と称され、服部半蔵と共に「両半蔵」と呼ばれた渡辺半蔵守綱の一代記。彼の祖先は酒天童子を倒した源頼光四天王の筆頭で鬼を斬ったとされる渡辺綱。徳川家康と同い歳の彼の人生は徳川家康と共に歩んだものでした。渡辺半蔵守綱の生涯を通して徳川家康が天下を取るまでの道のりを描く。表紙画像・すずき孔先生。
【完結】雇われ見届け人 婿入り騒動
盤坂万
歴史・時代
チャンバラで解決しないお侍さんのお話。
武士がサラリーマン化した時代の武士の生き方のひとつを綴ります。
正解も間違いもない、今の世の中と似た雰囲気の漂う江戸中期。新三郎の特性は「興味本位」、武器は「情報収集能力」だけ。
平穏系武士の新境地を、新三郎が持ち前の特性と武器を活かして切り開きます。
※表紙絵は、cocoanco様のフリー素材を使用して作成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる