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リリーシェ王国・婚約編

閑話 トール、舞台裏の会議にて

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「トール」

「どうした、アリア」

いつもは楽しげで笑顔を浮かべていることが多い彼女の面持ちが、明らかに緊張していて硬い。重要な話だ、と察して僕は襟を正して向き直った。

「少しいい? アイミヤのことなの」

「もちろんいいよ」

「あの、魅了魔法って……知ってる?」

魅了魔法。それは、高い闇属性を有する者しか使えない、特殊な精神操作魔法の一つだ。光属性を持たない、つまり闇属性に耐性のない相手に盲目的な好意や信頼、依存を生むことができる代物だ。解除は本人か高度な光属性の術者にしか不可能だ。それ故に、とても危険なものと判断されていてリリーシェでもフェルシアでも禁止されているので、使った者は厳罰に処されることになっている魔法である。

 ……ここでそれを話に出す、ということはアイミヤが魅了魔法を使っているのでは、と疑っているということか。

 確かに、アイミヤに対して寄せられる好意は明らかにおかしいところがある。奴はどうしようもない馬鹿王子だから、ということにして深く考えていなかったが、あの普通ならしない婚約破棄もそうなのかもしれない。フィティアの両親の差別もそうだと言われれば納得がいく。

 でも。

「捕まったら厳罰なのに、そこまでするかな? 僕だったらしないけれど。飲み物に惚れ薬でも混ぜたり、催眠でもかけたりするとか他の方法を取ることだってできるのに」

「……そんなすらすら出てくるって、まさかやったことあるの……?」

「あるわけないだろ、ただの例だよ!」

「ま、それは置いといて。この前ね、ちょっと試してみたの」

魅了魔法を解こうとしたわけ、とアリアは悪戯に微笑んだ。……そうか、アリアは光属性の魔法を使えるから。

「アイミヤの盲目的な信者と化して貢ぎまくってた子爵令息に試しに掛けてみたら、当たりだったの」

「なるほどね、なら確実だね」

「そういうこと。……結構前からそうなんじゃないか、とは思ってたの。周りにいる人みーんながどんどんアイミヤを好きになっていくのは見てて違和感しかなかったからさ。でも確証はなかったから誰にも言ったことはなかったんだけれどね。……だから、一応これ」

手出して、と言われて差し出した手のひらの上に置かれたのは、青く輝く宝石の嵌った指輪。フィティアの瞳の色と同じそれにはどことなく見覚えがあった。

「これ、全属性の魔石?」

そう頻繁に手にするものではないが、よく防御用のお守りとして使われることの多い、超強力な魔石だ。全属性の魅力が込められているおかげでどの属性の魔法でも吸収して無効化したり跳ね返したりができる優れもの。

 ……ただ、その高い効果と比例するように非常に高価なのだ。魔石に込められる属性には、魔石を作る術者の属性が反映される。属性を意図的に減らしてその属性に特化させることはできても、自らの持たない属性の魔石を作ることは不可能。そして、この国に全属性の者がフィティアと彼女の祖母しかいないように、全属性持ちは物凄く希少。だから、段違いに高いのだ。

「おー、よく分かったね。魅了魔法を完全に無効化するにはこれが一番確実かなぁと思って。結構高かったから一つしか手に入らなかったし、小さい石だから魅了魔法のみに効力を発するって効果を限定しても、防ぐ上限は3回までにしかできなかったんだけどね」

魅了魔法を無効化するにつれてだんだん黒くなっていって、最後は真っ黒になるらしい。そうなったらもうただの石だから気をつけろとのこと。……そんな高いものを貰うわけには、と思ったものの、今はそんなことを言っていられない状況だというのも確か。時間もないから、受け取ることに決めた。

「ありがたく貰っておくよ。光属性、持ってないしね。魔石代はフェルシアの方で返すよ。……これがあれば証拠を作ってアイミヤ嬢を罪に問うことができるから助かった」

魅了魔法の行使は犯罪だ。それを理由にして彼女を牢に入れられたら、もうフィティアに辛い思いをさせないで済む。

 フィティアは優しいから、あれだけ虐めてきたアイミヤ相手でも処罰なんてできないだろう。

 だから、僕が代わりにやってやる。元々計画はしたことが何度もあるのだ、アイミヤに抜け目がなかったせいで実行できずにいただけで。理由さえあれば、できる。

「わー悪い顔」

茶化すアリアの言葉は受け流して、指輪を嵌める。

「そうだ、トール」

「ん?」

「フィティアのこと、傷つけたら許さないからね! もしそんなことしたら、顔の原型が分からなくなるまで引っぱたくから!」

「当たり前。任しといてよ」


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