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リリーシェ王国・婚約編

お茶会

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「どうぞ、お掛けになって。今用意するわ」

「……ええ」

甘ったるい花の香りが鼻につく。香が焚かれているらしい。部屋中にいかにも可愛らしい、といったものばかりが置かれていて、いかにも部屋だった。

 ふと、部屋の端にある棚に目を向ける。

 ふわふわといった印象のする部屋にはそぐわない、簡素な白い木棚。

 壊れた櫛、綿の飛び出たぬいぐるみ、腕のなくなった人形。色褪せてほつれたドレス。

 そこには、そんな数々のものが置かれていて。

 ──全て、私のものだった。

 アイミヤに、いつかに奪われたものたちだ。

 動悸と吐き気。視界が狭まっていくような気さえする。

 あぁ、どうして。こんな無惨に。

 言いたいことが胸の底からこんこんと湧き上がって止まらない。

 なのに、なのに。

 喉でつっかえて、言葉は一つも発することができなかった。

「あぁ、それ? 昔にお姉様が下さったものよ。ちょっと壊れちゃったけど、はい。返してあげる」

さも愉快そうでご機嫌な声色でそう歌うように話しながら、アイミヤはゆったりと立ち上がり、腕いっぱいにそれらを抱える。

 そして、気持ち悪さと恐怖で動けなくなった私の上に全て落とした。

「っ」

体中にそれらがぶつかった痛みと吐きそうなほどの苦しい感情で涙がじわりと滲む。

 ……泣いてなるものか。アイミヤに屈してなるものか。そう必死に念じても、ぽろぽろと零れ落ちていく。

「嬉しいでしょう、お姉様」

ふふふ、と歪んだ笑みで、座り込んでしまった私をアイミヤは見下ろしている。

「…………貴方は、何がしたいの? 私は貴方に何もしていないのに、どうしてこんな、」

「ずるいもの」

私の言葉を途中で遮って、アイミヤはそう言い放った。毒々しい笑顔で、吐き捨てるように。

「……どういうこと?」

「お姉様は何もしなくても愛されるじゃない。私よりも優秀だし。だから、全部盗ることにしたの」

意味がわからない。そんな表情を浮かべていたことが分かったのか、やはり吐き捨てるようにしてアイミヤは私に言葉を投げる。

「お姉様には分からなくて結構よ」

それからアイミヤはゆったりとした動きで、私へと一歩、二歩と近づいてくる。

 怖い。立ち上がって後ずさるけれど、壁に当たってしまう。

 アイミヤは口元を歪めて、金の腕輪を私の前に掲げた。

 ……あれ、何だろう。見たことはあるんだろうけれど、名前が思い出せない。

 でも、確実に良くないものなのは間違いない。

 逃げようと身じろぎした瞬間、アイミヤはそれを私に勢いよく振りかざす。

 そして、唱えた。

「腕輪よ、彼の者を拘束せよ」

魔力封じの指輪だ。そう気づいたときにはもう遅い。右腕にそれは嵌ってしまっていた。

 ……最悪だ。闇の魔法で作られたこの代物は非常に厄介で、術式を全て分析して分解せねば外せない。そのうえ、魔力を封じられてほとんど使えなくなるため、ものすごい時間がかかるのだったはず。授業で一度だけ見て説明してもらったことがあるだけだから、そもそも外せるかどうかも怪しい。

 でも、外さないと。アイミヤが何をしたいのかは全くもって分からないが、いいことではないのは確実だ。

「外そうとしても無駄よ。お姉様相手だから、とっても効果が高いものを手に入れたんだから。すぐには外せないわ」

「……アイミヤ、貴方、何をしようと……!」

「お姉様のものを全部私のにするのよ。全部終わったら出してあげるわ」

トールもアリアも、みんな奪ってあげる。

 そう言ったアイミヤは明らかに異常だった。……これ以上ここにいてはいけない。逃げなければ。

 とにかく部屋から出ようと立ち上がって走り出した私を見て、アイミヤは思い出したように部屋の脇に置かれていた鳥籠を手に取った。

「……っ、開かない……!」

「鍵をかけておいたもの、残念だったわね」

解錠の魔法を使うため呪文を唱えようとした私めがけて、アイミヤは鳥籠を放り投げた。

 その瞬間、鳥籠は膨れ上がった。白かったはずの格子は光沢のある艷やかな黒に変わっている。

 私の背よりも大きくなったそれの中に、気づけば私はいた。

「そこの中で大人しくしていてね、お姉様。全てが終わったら出してあげるから。あぁ、あと叫んでも無駄よ。防音結界を張っておくから」

「アイミヤ!」

鳥籠を部屋の真ん中の方に移動させてから、アイミヤはいくら私が叫んでも振り返ることなく、軽い足取りで部屋を出ていってしまった。


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