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似た者同士

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「あれ、ここは……」

透き通った男性の声。ツバサさんの声でもマイファの声でもない。ああ、彼が起きたのだ、と思って私は読んでいた本をテーブルに置いた。

 彼は戸惑って、ルビーのように赤い目をきょろきょろと動かしている。

「倒れてたので、運んできました。……まあ運んだのは私じゃなくてツバサさんだけど」

「うわ、すいません…… ちょっと色々あって魔力が枯渇しちゃって……」

彼は申し訳無さそうに目を下に伏せている。

「いえいえ、大丈夫ですって」

彼はそう言うと少し顔を上げてえへへっ、と笑った。

「ありがとうございます。本当に助かりました。だいぶ体調もいいみたいだし、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないんで今日はお|暇(いとま)させていただきますね」

「え、でもまだ横になってたほうが…… むりやり魔力を注ぎ込んだらしいのでいきなり動くと危ないですって!」

「いやいやいや、申し訳ないんで大丈夫ですよ? 森の外に僕の馬もいますし」

強情だな、と私は眉根を寄せる。顔はまだ真っ青で動きもどこかふらついているというのに、他人に迷惑をかけまいとしている。

 ……でも私も同じようなことをやったことあるなあ、なんて思い出して苦笑する。たしか、風邪を引いたときに全く同じようなことを言ってツバサさんにものすごくお叱りを受けた。……自分が「大丈夫」と言っているときは相手のことを考えて、心配させてはいけないとか思っているけれど実際に言われると心配になって余計困るんだね、次から覚えておこう。

 私はそんなことを考えながら彼に一歩一歩ゆっくり歩み寄る。

「へぇ、私がこうやって軽く押さえただけで動けなくなるのに?」

笑顔で彼の腕を拘束して軽く押さえつけてやる。彼はそれに抵抗できずにぼふっとベッドに倒れ込んだ。決して私が怪力なわけではない。魔法で身体強化をして元からの力を少々上げてはいるが、それでもほんの少ししか押さえていないのに抵抗できなかったのだ。

「……なんで。僕をここに置いといてもいいことないでしょ」

「心配だからです。迷惑じゃないので元気になってから帰ってください」

彼の額にデコピンをかます。

「……痛いんだけど」

「心配させたんだから少しは反省しろっ、ってことで」

「じゃあ、適当にご飯持ってくるんで静かに動かず横になっていてください。絶対に! 動かないでくださいね!」

はあい、と彼が間延びした返事をして布団に潜り込んだのを確認してから私はツバサさんのいる一階までパタパタと降りる。

 おかゆのような病気の時に定番のものがこの世界にもあったらよかったのだけど、残念なことに米自体が存在しない。

「ツバサさん!」

「お、あいつ目覚めたの」

「はい。何か食べさせたいんですけど、何がいいと思いますか?」

彼は大きくため息をついて、後ろのテーブルに腰掛けた。

「もう全く。……お人好しなんだから。――りんごのすりおろしたやつとかがいいんじゃない? 風邪引いたときでも食べやすいし」

「確かに! じゃあ早速用意してくるー」

私は急いでキッチンに駆ける。

「やっぱりあいつが王子だって気づいてないんだろうなあ……」

なんてツバサさんが呟いていたことを私は知る由もなかった。


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