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トール
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私を聖女様と呼んだ私と同い年くらいの少年、いや男性を私はただただじっと見つめて立ち尽くす。引きこもりのコミュ障に他人と自分から話すなんてこと出来るわけないのだ。そんな私と同じように彼は男性にしては長い白い髪を指で弄りながらルビーのような瞳を兎みたいに不安げに揺らして見つめ返してくる。
「……あ、あの、驚かせちゃいましたよね、ごめんなさい……」
発されたのは、触れたら壊れてしまいそうだなんて思ってしまうほどのか細い声。この世界には声変わりという概念がないのだろうか、殆どの男性が多少の差があれど声が高い。そのせいで余計か細く、弱々しく聞こえるのだ。
そんな彼と自分自身を重ねてしまったのかもしれない。本当はさっさと逃げ帰るつもりだったのに私はいつの間にか言葉を返していた。
「い、いや、その、大丈夫です、気にしないでください……」
彼は俯いてオドオドしている。そんな様子を見て私は察した。……ああ、彼もコミュ障で私と同類なのだ、と。やはりコミュ障同士ではそれ以上を中々話すことができず黙り込んでしまって埒が明かない。
「あのっ!」
勇気を出して私は叫ぶ。が、運が悪いことに相手も私と同じように言って重なってしまう。そして再び訪れる沈黙。……う、居心地が悪い。居た堪れない。
「……えっと、お先にどうぞ」
白髪の少年がルビーの瞳を揺らして私に言った。ここで『いやいや私はいいのでお先にどうぞ』的なことを言ったらまた沈黙が訪れる。先に話したいわけでは断じてないけれども、雰囲気を取り敢えず変えたい。黙り込んで気まずくなるのは避けたい。沈黙って一番怖いじゃないか。雄弁は銀、沈黙は金というくらいなのだから。私は彼の言葉に甘えて先に言わせてもらうことにした。
「ほんっとうに大したことでも何でもないんですけど、えっと、その、名前をお伺いしたいな…… と思いまして……」
彼はルビーの瞳を大きく見開いてきょとんとする。そして数秒後、気分が悪くなってしまうんじゃないかと心配になってしまうほどに頭を上下に振って謝り始めた。
……どうしたらいいんだろ。誰かこの人の取扱説明書をください! コミュ障引きこもりには分かりません、人との交流を持たないんです。誰か助けておくれ。
困って誰かいないか周りを軽く見回すが、やはり誰もいなかった。何か困ったことがあったら誰かに助けてもらえるような愛され系ヒロインじゃないからね、仕方ない。
「ごめんなさい本当にごめんなさい。名前も言わずに話しかけてくるなんて気持ち悪かったよね…… 僕はトールです」
数分後、漸く頭を上げて私と目を合わせて彼はそう言った。私はトール、という名前を頭の中で何度も復唱する。いつもならここで逃げ帰っただろうし、話そうなんてしないんだけれど、彼からは何となく私と同じものを感じたのだ。この人と話してみたいと、そう思った。
「私はシオンです。あ、えっと、トールさん、よろしくお願いします」
彼はぱあっと顔を明るくして可愛らしく笑った。……顔面凶器ってこのことでしょうか。彼は白髪に赤い瞳というアルビノのような神秘的な配色に一つ一つ整ったパーツ、そして完璧な配置。要するにイケメンなのだ。トールはこの世界に来て私が出会った中で一番好感度が高くイケメンな人かもしれない。聖女になれとか無理強いしないし、私と同じようなペースでゆったり話してくれるし。あれ、いいとこしかない気がする。悪いところが見つからない。そんなことを考えてぼうっと見つめていると彼は小さく笑って手を差し伸べてきた。
「ふふっ、こちらこそ。もう遅いし部屋まで送るよ。僕は大抵此処にいるから、気が向いたら来て」
可愛らしく、花の咲くような笑顔で彼は笑った。それが、何よりも綺麗で、私はただただぼうっと見惚れていた。
「……うん、明日も、来るね。明日はもう少し一杯話そ」
こんなことを言うつもりじゃなかった。嫌いじゃないけどまた会おうなんて思っていなかった。なのにその言葉が口から飛び出していた。やっぱり、いつもと違う。何時もならこんなこと言わないのに。でも、不思議と心地よく感じられた。
「じゃあ、送るね。部屋どこだっけ。あーっと、多分花鷺の間の近くだよね…… それ以外来客用の部屋は空いてなかったはずだし……」
「……え!? もう道覚えてるし大丈夫ですよ!? トールさんも忙しいだろうし」
色々と抵抗して一人で帰れると主張したが、結局私は彼の言葉に甘えて送ってもらうこととなった。
「夜、か……」
彼、トールに送ってもらい暫くしたらもう外は暗くなっていた。既にテーブルの上に置かれていた夕食を食べてから、バルコニーのようなところが部屋についていたので出て空を眺める。二つの満月が私を薄らと照らした。一つは前の世界と同じような白銀に光っているが、もう一つは薄らと赤みがかかって血のような色だな、と思ってしまった。向こうに見える湖も月の光で不気味に赤く揺らめいていた。……やっぱり、ここは異世界なのか。否応なしにそう思わされる。
「あーもうっ!」
普段の自分ではありえない程大きな声。こんな滅茶苦茶なところにいるせいだ。別に元の世界に戻りたいとは思わない。でも、此処にいるのも怖い。……私はどうすればいいんだろう。
何年も愛用しているヘッドホンをそうっと外す。……あの子とお揃いでオーダーメイドしたんだっけ。
『詩音とお揃いにしたいの。私の初めての友達だから』
なんて、向こうの世界の唯一の友だった咲楽に言われたのは記憶に新しい。……嬉しかったんだよなあ。私にも友達と言っていい存在はほぼ居ないようなものだったし。……でも、咲楽だけは私を「友達」の輪に入れてくれた。……急に居なくなったこと、心配してるかな。
また、お揃いのヘッドホンを見つめる。紺色に黒のライン。そして耳当ての部分には銀で描かれた流れ星。咲楽は私と逆で黒に紺のラインだったっけ。そうやって咲楽のことを考えていると寂しくなって、あのヘッドホンを胸元で抱えて抱きしめた。
……元の世界のもので私が持っているのは服とこのヘッドホンだけだ。前の世界と違うことがひしひしと伝わってきて、常に不安に苛まれてはいる。こうやって既に寂しくもなっている。でも、トールとの会話を思い返すと何故か自然と口角が上がって、寂しさがましになっていくような気がした。
「……あ、あの、驚かせちゃいましたよね、ごめんなさい……」
発されたのは、触れたら壊れてしまいそうだなんて思ってしまうほどのか細い声。この世界には声変わりという概念がないのだろうか、殆どの男性が多少の差があれど声が高い。そのせいで余計か細く、弱々しく聞こえるのだ。
そんな彼と自分自身を重ねてしまったのかもしれない。本当はさっさと逃げ帰るつもりだったのに私はいつの間にか言葉を返していた。
「い、いや、その、大丈夫です、気にしないでください……」
彼は俯いてオドオドしている。そんな様子を見て私は察した。……ああ、彼もコミュ障で私と同類なのだ、と。やはりコミュ障同士ではそれ以上を中々話すことができず黙り込んでしまって埒が明かない。
「あのっ!」
勇気を出して私は叫ぶ。が、運が悪いことに相手も私と同じように言って重なってしまう。そして再び訪れる沈黙。……う、居心地が悪い。居た堪れない。
「……えっと、お先にどうぞ」
白髪の少年がルビーの瞳を揺らして私に言った。ここで『いやいや私はいいのでお先にどうぞ』的なことを言ったらまた沈黙が訪れる。先に話したいわけでは断じてないけれども、雰囲気を取り敢えず変えたい。黙り込んで気まずくなるのは避けたい。沈黙って一番怖いじゃないか。雄弁は銀、沈黙は金というくらいなのだから。私は彼の言葉に甘えて先に言わせてもらうことにした。
「ほんっとうに大したことでも何でもないんですけど、えっと、その、名前をお伺いしたいな…… と思いまして……」
彼はルビーの瞳を大きく見開いてきょとんとする。そして数秒後、気分が悪くなってしまうんじゃないかと心配になってしまうほどに頭を上下に振って謝り始めた。
……どうしたらいいんだろ。誰かこの人の取扱説明書をください! コミュ障引きこもりには分かりません、人との交流を持たないんです。誰か助けておくれ。
困って誰かいないか周りを軽く見回すが、やはり誰もいなかった。何か困ったことがあったら誰かに助けてもらえるような愛され系ヒロインじゃないからね、仕方ない。
「ごめんなさい本当にごめんなさい。名前も言わずに話しかけてくるなんて気持ち悪かったよね…… 僕はトールです」
数分後、漸く頭を上げて私と目を合わせて彼はそう言った。私はトール、という名前を頭の中で何度も復唱する。いつもならここで逃げ帰っただろうし、話そうなんてしないんだけれど、彼からは何となく私と同じものを感じたのだ。この人と話してみたいと、そう思った。
「私はシオンです。あ、えっと、トールさん、よろしくお願いします」
彼はぱあっと顔を明るくして可愛らしく笑った。……顔面凶器ってこのことでしょうか。彼は白髪に赤い瞳というアルビノのような神秘的な配色に一つ一つ整ったパーツ、そして完璧な配置。要するにイケメンなのだ。トールはこの世界に来て私が出会った中で一番好感度が高くイケメンな人かもしれない。聖女になれとか無理強いしないし、私と同じようなペースでゆったり話してくれるし。あれ、いいとこしかない気がする。悪いところが見つからない。そんなことを考えてぼうっと見つめていると彼は小さく笑って手を差し伸べてきた。
「ふふっ、こちらこそ。もう遅いし部屋まで送るよ。僕は大抵此処にいるから、気が向いたら来て」
可愛らしく、花の咲くような笑顔で彼は笑った。それが、何よりも綺麗で、私はただただぼうっと見惚れていた。
「……うん、明日も、来るね。明日はもう少し一杯話そ」
こんなことを言うつもりじゃなかった。嫌いじゃないけどまた会おうなんて思っていなかった。なのにその言葉が口から飛び出していた。やっぱり、いつもと違う。何時もならこんなこと言わないのに。でも、不思議と心地よく感じられた。
「じゃあ、送るね。部屋どこだっけ。あーっと、多分花鷺の間の近くだよね…… それ以外来客用の部屋は空いてなかったはずだし……」
「……え!? もう道覚えてるし大丈夫ですよ!? トールさんも忙しいだろうし」
色々と抵抗して一人で帰れると主張したが、結局私は彼の言葉に甘えて送ってもらうこととなった。
「夜、か……」
彼、トールに送ってもらい暫くしたらもう外は暗くなっていた。既にテーブルの上に置かれていた夕食を食べてから、バルコニーのようなところが部屋についていたので出て空を眺める。二つの満月が私を薄らと照らした。一つは前の世界と同じような白銀に光っているが、もう一つは薄らと赤みがかかって血のような色だな、と思ってしまった。向こうに見える湖も月の光で不気味に赤く揺らめいていた。……やっぱり、ここは異世界なのか。否応なしにそう思わされる。
「あーもうっ!」
普段の自分ではありえない程大きな声。こんな滅茶苦茶なところにいるせいだ。別に元の世界に戻りたいとは思わない。でも、此処にいるのも怖い。……私はどうすればいいんだろう。
何年も愛用しているヘッドホンをそうっと外す。……あの子とお揃いでオーダーメイドしたんだっけ。
『詩音とお揃いにしたいの。私の初めての友達だから』
なんて、向こうの世界の唯一の友だった咲楽に言われたのは記憶に新しい。……嬉しかったんだよなあ。私にも友達と言っていい存在はほぼ居ないようなものだったし。……でも、咲楽だけは私を「友達」の輪に入れてくれた。……急に居なくなったこと、心配してるかな。
また、お揃いのヘッドホンを見つめる。紺色に黒のライン。そして耳当ての部分には銀で描かれた流れ星。咲楽は私と逆で黒に紺のラインだったっけ。そうやって咲楽のことを考えていると寂しくなって、あのヘッドホンを胸元で抱えて抱きしめた。
……元の世界のもので私が持っているのは服とこのヘッドホンだけだ。前の世界と違うことがひしひしと伝わってきて、常に不安に苛まれてはいる。こうやって既に寂しくもなっている。でも、トールとの会話を思い返すと何故か自然と口角が上がって、寂しさがましになっていくような気がした。
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