転生治癒師は平穏に暮らしたい〜前世は最強と謳われた魔術師だった私、聖女としての力が目覚めたらしいけど厄介事に巻き込まれるのは御免です〜

水無瀬流那

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逃亡と謎の男

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 魔法でさっと走るスピードを上げる。城の構造はどこもかしこも同じような石造りな感じだから出るのも難しいのだ。……もう少し単純にしてくれたらいいのに! そうしているうちにもどんどん私を追う兵士は増えていく。……出口はどこだ。

「あれか!」

人が出入りしている大きな扉から周りの人をかき分けて外へ出る。……馬に乗ろう。早く行けば逃げられるかもしれない。

 城を出たすぐに停められていた馬に飛び乗る。領地が田舎だったのが幸いした。乗馬はお手の物なのである。

「行って!」

目的地は王都の外れにある、隣国につながる森。「惑わしの森」と呼ばれるようになるほど道らしき道のない恐ろしい地である。真っ白い霧が立ち込めていて、森に慣れた冒険者でも迷って出てこられなくなることもあるくらい。でも、惑わしの森を突っ切れば、すぐに隣国へ入れるのだ。隣国の領地に入ってしまえば追ってこれなくなる。そうすればどうにかなるはずだ。

 聖女なんかになって、自由が無くなるのはいやだ。ステラ・フェルシアがどれだけ苦しんだのかが記憶を少し探っただけでよく分かった。彼女の立場も聖女と対して変わらないもの。国のため、国のため。それだけしか考えさせてくれないのだ。いくらステラ・フェルシアが国を愛していたとはいえ、苦しかったことに変わりはない。国に貢献していることに満足しているものの、どこかで彼女は自由を欲していたことが、記憶を見て強く分からされた。――今度はそんなことになりたくない。そんな声が聞こえた気がした。

 馬を鞭で叩いてその方向へ走らせる。ここまで全力で走らせることはないので今にも振り落とされそうだ。運が良かったことに、馬は気性が荒くはあるものの足はほかと比べ物にならないほど群を抜いて早かった。

「アスランに乗ったぞ! あいつは速いから厄介だ!」

「ご令嬢があいつをそんな上手く操縦なんかできないだろ! 全力で走らせたら追いつける!」

「惑わしの森に入る気だ! 入ってしまう前に捕らえよ! 隣国の領地に入られたら面倒だ!」

諦めばいいのに、と私は馬に振り落とされないようしがみつきながら思う。風を切るヒュッという音が耳で鳴り響いている。

 この国は言うのも何だが小国だ。王都もそこまで大きくない。馬を全力で走らせれば十分ほどで森が見えてくる。

「もっと早く……」

パチン、と鞭を振るうと馬が痛そうに身を捩らせながら更に早く進んでいく。……ごめんね。馬は相当に痛いだろう。いくら女の力と言えども、鞭は明らかに手入れされたものだった。

 馬は思い切り叩いたせいで痛みが引かないのか、目の前に草や木が生い茂っているのにも関わらず全力で走り続ける。

「危な……!」

木の枝に服の袖が引っかかり、馬と引き離される。枝を外して前を見たときにはもう馬はいなかった。……やばい。

 まだこれでは国境を越えられていない。……捕らえられる。走りにくいヒールを脱いで投げ捨てる。できるだけ奥へ行かなければ。逃げなければ。それだけを考えて奥に進むけれど、足場は悪くてすぐに転びかけるし、ヒールを脱いだせいでほぼ裸足のような状態で走ったので足は血だらけだ。

「いたぞ!」

非情にも、兵士たちはすぐに私に追いついてしまった。そりゃ相手は馬で私は自分の足。追いつかれるのは自明の理だ。……連れ帰られる。

 魔法を使えばいい。……そう、思いはしたけれど、そんなことをしたら、まだこの体で、この人生で慣れていない魔法を使えば暴走して傷付けてしまうかも。そう考えると、使えなかった。

「お願いしま、す。見逃して、ください」

もうできるのはこうして無様にお願いするくらいだ。

「逃がすわけねぇだろ……!」

……もう、駄目だ。捕らえられる。ぎゅっと目を瞑って捕まえられるのを待つ。

「――なに、隣の国は女の子を追い詰めて賭けでもしてるわけですか? それとも狩りの延長線上? ……どちらにしても最低ですね」

後ろから、守るように腕が伸ばされて抱き上げられた。閉じていた目を開けると、そこには陽に照らされて煌めいている白髪とルビーのような瞳を持つ男性がいた。

「お前は誰だ! そいつはこちらの国の者だ、置いていけ」

兵士が今にも掴みかかりそうな勢いで白髪の男性に詰め寄る。

「そっか。でもごめんね、僕は困ってる女の子を見捨てられるほど薄情じゃないんです、兵士さんたち」

彼は抱き上げていた私をそっと降ろし、兵士から背を向けて私の方を向き直る。

「ねえ君はさ、彼らのところに帰りたい? 帰りたいんなら置いていくし、嫌ならどうにかしてあげる。……どうする?」

ルビーの瞳で見つめられて、そう問われる。選べ、と。

 この人は、悪い人かもしれない。私を騙そうとしてるのかもしれない。実は盗賊だったり人売りだったりするかもしれない。

 でも、戻ったってあるのは自由のない最悪な未来だけだ。……こうして出てきた時点で腹は括っているのだから。進むしかない。

「……帰りたくないです。助けて、ください」

「ふふ、いーよ」

私を抱き上げたまま、彼は脇に停めていた、これまた髪色と同じ白い馬に乗る。さっきの恐ろしい兵士の手と違って、優しい。――きっとこの人なら大丈夫。信じたって大丈夫。

「スピカ、走って」

白髪の人は鞭打つこともなく、そう馬に呼びかけるだけで走らせる。ものすごい速さなのに、振り落とされる恐怖は一切なくて。彼の腕の中は安心感に満ちていた。

「待て!」

怖い声は同じスピードで追ってくる。……やだ、怖い。怖い。

「大丈夫だよ、すぐ撒くから」

白髪の彼は私を抱きしめる手を強め、更に馬のスピードを上げた。


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