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第2章 炎の砂漠 編

第41話 新しいスキル

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『辛い、悲しい・・・どうして、私が・・・私ばかりがぁ・・・』

カーリィが精鎮の間に入るとすぐに、そんな女性の嘆き悲しむ声が頭の中に入って来た。
その時点で、精霊の霊力とは違う波動を感じ、違和感を覚える。

だが、不思議とその女性の声を無視することがカーリィには出来なかった。
なぜか?・・・その理由が、この後、古い実話をある女性目線で見せられることで理解する。

今、カーリィの目の前には、精悍な顔つきにして、しなやかな肢体。どこか草原の王者である獅子を思わせる青年が立っていた。

この女性・・・私は・・彼に好意を抱いている。だが、彼女には踏み出す勇気がなかった。
それは、自分の生まれながらの体質のため・・・

しかし、そんな事はお構いなしに彼は、徐々に距離を詰めてくる。そんな男性を拒絶する勇気も、また彼女にはないのだった。
自分の気持ちを偽ることも出来ず、次第に打ち解けあう二人。

拒否しなければならないと思いつつ、一方では、離れたくないという気持ちもある。
時間の経過とともに後者の方が強くなり、ついに彼からの永遠の愛を受け入れた。

だが・・・待っていたのは、残酷な破局。
視覚共有しているカーリィにも、彼女の深い悲しみが入り込んでくる。

しかも、その根源となっているのは、『無効インバルド』のスキル。
このスキルは能力としては、優秀だが、人を幸せにできるものではなかった。それがゆえに、このスキルホルダーは共通の悩みを持つ。

目の前で見せられた彼女の行動。一つ一つに共感するのだった。
特に好意を寄せる相手と触れあう事ができないもどかしさ・・・

つい先日、カーリィ自身も身に覚えがあった。
それは、レイヴンとの出発の儀での場面。黒髪緋眼くろかみひのめの青年が差し出した手を取るのを躊躇い、結局、止めたのだ。

『そう、『無効インバルド』のスキルがある限り、私は幸せになれない』
『その通りよ』

ベルの声がカーリィの負の感情を捕らえる。後戻りできない、一方通行の道へと導く言葉は、さながら海の藻屑へと誘うセイレーンの歌声のようだ。

カーリィはベルによって、抜け出す事ができない精神支配を受ける。
千年以上前から、『砂漠の神殿』に住み着く怨霊は、同じ境遇のカーリィに纏わりつき、離さないのだ。
そして、耳元で悪魔のごとく囁く。

『この辛い毎日から、解放される方法は、ただ一つよ。・・・私も、それで楽になったわ』

ベルが勧めるのは自裁だった。サラマンドラの霊力を中和するという名目で、歴代の『無効インバルド』のスキルを持った女性が亡くなっていたのは、全てベルが精神的に追い込んだ結果。

スキルのせいで、自分のような不幸を招くのであれば、いっその事・・・
間違った方向で、女性を救おうとするベルの信念が次の不幸を招いていたのだ。

更に厄介なのは、『無効インバルド』のスキルを持つ女性の悩みを的確についているところ。
カーリィもベルの言っていることが正しい。そんな気持ちになっていた。

『さぁ、あなたも楽になりましょう。それこそが、あなたの幸せよ』
『・・・そうね。』

カーリィは言われるがままに、紐を自分の首に巻き付けた時、精鎮の間の扉が開く。

「おいおい、人の幸せを勝手に決めつけるのは、よくないぜ」

入って来たのは、レイヴンだった。

この侵入者に対して、ベルは険しい表情を見せる。今まで、この儀式の最中、サラマンドラは一切、他者の入室を認めていなかった。
だからこそ、邪魔が入らなかったというのに・・・

『あの人は、また、私を裏切ったのね』
「いや、そうでもないぜ。はっきり言うと、助けてやってくれと頭を下げてきたよ」
『そんなことある訳ないわ』

あのプライドの高いサラマンドラが人間に頼みごとをするはずがない。ましてや、頭を下げるなど・・・

レイヴンの言葉を信じないベルは、敵愾心てきがいしんを丸出しにする。もし本当だとしても、千年以上も放置していたくせに、何を今さらといった感じだ。

その点に関しては、レイヴンも激しく同意するが、カーリィの命を奪う行為は、どんな理由があろうと承認できない。

「スキルが邪魔で、人と触れ合うことが出来ない?違うね、単に触れる勇気がなかっただけだろ」

そう言うとレイヴンは、カーリィを強く抱きしめた。虚ろだったセルリアンブルーの瞳に光が戻る。
レイヴンの両腕の中、カーリィは現実の世界に帰って来るのだった。

「レイヴン?どうして、ここに?・・・それに」

自分が抱きしめられていることに気づくと、カーリィは動揺する。
今の状態は、『スキルに愛されし者スキル・ラバーズ』のレイヴンにとって、苦痛以外の何ものでもないはずだからだ。

「お願いだから、無理をしないで」
「・・・悪いが俺は、無理をお願いするぞ。・・・カーリィ、俺のことを心配するなら、スキルをコントロールするんだ」
「スキルをコントロール?」

辛そうな表情を隠しながら、レイヴンは頷く。カーリィの『無効インバルド』は常時開放型のスキルだが、それを必要な時、もしくは対象者を絞って使用できるようにしろと言っているのだ。

『そんな派生スキルは聞いたことがない。出来るはずないわ』
「聞いたことがないんじゃない。あんたは取得しようと努力しなかっただけだ」

ベルを断罪するレイヴンだが、肝心のカーリィの方はまったく自信がない。
どのようにすれば、いいか皆目、見当もつかないのだ。

「ねぇ、スキル封じの腕輪を持っていたでしょ?あれを使って『無効インバルド』を一時的に封じて、練習をしたいのだけれど」
「・・・ああ、あれはすぐラゴスに取り上げられたよ。・・・その効力から、個人で使用していいものじゃないからな」

カーリィは、以前、奴隷紋から解放してもらった時に、レイヴンが使用した腕輪のことを話したのだが、弱気な提案はあっさりと打ち砕かれる。
泣き出しそうな砂漠の民の姫。そんな彼女にレイヴンは、苦痛の中、無理矢理に笑顔を作ると、アドバイスを一つ送った。

「いいか、カーリィ。本人には『無効インバルド』は適用されないだろ。俺を自分の体の一部だと思って、同調させるんだ」
「同調って言っても、どうすればいいのか・・・」
「・・・まずは、呼吸を合わせろ。・・・続いて、俺の鼓動のリズムを掴むんだ」

カーリィは五感の内、触感を研ぎ澄ますために目を閉じて、レイヴンを肌で感じようとする。近くで抱きしめられているせいか、頭の中にイメージはし易かった。

「大分、楽になって来た。そのまま、俺とカーリィの精神を重ね合わせるんだ」
「分かったわ」

カーリィの中に何か暖かいものが入り込んでくる。それがレイヴンの心だと思うと、カーリィは安らかな気持ちとなった。

『何て優しく暖かい魂なの・・・でも、深い傷も負っている。・・・私は、この人の全てを・・・』

カーリィがレイヴンの想いを受け入れた時、二人を中心に眩しい光が発せられる。
そして、新たなスキルを得られたことをカーリィは自覚した。

「このスキルは・・・『同期シンクロナス』」
「やったな。こうして、抱き合っていても、生命力を奪われるような虚脱感はまったくない。」

そう言った後、今さらながらカーリィの顔が近くにあることにレイヴンが照れる。
すぐに抱きしめていた手を離すのだった。

カーリィの派生スキルは、おそらく自分自身と任意の相手と波長を合わせることで、その人に対して『無効インバルド』が作用されないようにするのだろう。自由に使い分けができれば、スキルの活用の幅は広がる。

カーリィは、そんなスキルの活用よりも、これで気兼ねなく人と触れ合うことが出来る方を素直に喜んだ。
レイヴンには、感謝してもしきれない。
ただ、そんな現実を認められない者がいた。

『嘘よ・・・そんな事がある訳ないわ・・・』
「いいや、目の前で起きている事が事実だ」

動揺を隠し切れないベルは、頭を抱えて部屋中を飛び回る。
今まで、自分がしてきたことを全否定され、自我を保つことができないのだ。

『・・・全ては、私が悪いの?・・・私がぁ・・・』
「いいや、そうではない。悪いのは我である」

そこにサラマンドラがベルの悲嘆を受け止める。人の姿を模写し大精霊自身が、精鎮の間に入って来たのだった。
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