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第2章 炎の砂漠 編

第21話 新たな旅へ

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エウベ大陸、南部に伝わる童話があった。それは『勇敢な王と悪賢い魔女』というお話。

【不思議な能力を持った王さまは、身分を隠して旅をする。そして、休息がてら、ある小さな町に立寄った。
そこで、偶然、知り合った町娘に心惹かれ、千年の恋が始まる。やがて二人は、永遠の愛を誓い、ともに暮らすことを約束するのだ。

だが、いつまでも身分を隠すことができない王さまは、満点の星空の下、ついに自分の正体を彼女に明かす。
町娘は驚くも、それで愛が冷めることはないと訴えた。但し、逆に身分の違いを苦慮する。

それこそ、杞憂きゆうに過ぎないと王さまが町娘を、この手で初めて抱きしめた瞬間、呪いにより不思議な能力が奪われてしまった。

実は町娘は、悪い魔女で王さまの正体を知りながら、わざと近づいたのである。虎視眈々こしたんたんと狙っていた、この機会に目的を達成したのだ。

能力を失った王さまだったが、勇気をもって悪賢い魔女に立ち向かう。何とか魔女を討ち倒すことに成功すると、その能力を取り戻したのだった。

それからの王さまは、今回の件を教訓に軽率な行動を慎んで、国のために働くことを誓う。
王さまの国は、末永く栄えるのだった。】

当時、勝手な話だと思いながら読んでいた本を、枕代わりにしていたレイヴン。
そんな彼の安眠を妨げる者がいた。

パチンと大きな音が、レイヴンのおでこから鳴ったのである。勿論、そんな機能を有している人がいる訳もなく、それは誰かの手によって、叩かれた結果だった。
驚いて見上げた先には、赤髪にセルリアンブルーの瞳の女性が、丸めた雑誌を片手に立っている。

「何だよ、カーリィ」
「気持ちよさそうに寝ていたものだから、つい・・・」

ついの意味が分からない。この太々ふてぶてしい同居人をレイヴンは恨めしそうに見つめるのだった。


イグナシア王国の内務卿が関わった人攫い事件の解決から、ひと月が経過する。
ラゴス王はカーリィとの約束通り、不当に奴隷の身分に堕とされた、ヘダン族の民を全て解放するのだった。

それで、一件落着。
レイヴンが、その事件に大きく関与したとはいえ、それ以上、関わり合いになる必要はないはずだ。

ところが、そうは言っていられない事情が起きる。
あれからというもの何故かカーリィが、レイヴンの店に居ついてしまったのだ。

「おい、地元に戻って部族を助ける使命があるとか、言っていなかったか?」
「それは、本当よ。今、その準備をしているところ」
「準備ねぇ」

そうは言うものの、カーリィは、ほとんどレイヴンの店から出ることはない。
出るとすれば、一緒に外食に出かける時くらいだ。

そんな彼女の代わりに、専ら動いているのは・・・

「姫さま、ただいま、戻りました」

今、帰って来た同じヘダン族の娘。カーリィ付きの侍女メラだった。
カーリィと同じ赤髪のショートヘア、瞳の色は黒である。

丁度、レイヴンとは髪の色と目の色が正反対の彼女は、ニードルと呼ばれる武器を扱う針使いニードルマスター
但し、スキルホルダーではなかった。

主筋に当たるカーリィが『無効インバルド』のスキルを持っているため、彼女のお世話をする事を考えれば、その方が何かと都合がいいのである。

カーリィに対して盲目なまでに従順なため、レイヴンがカーリィを奴隷にしていると知った時、彼女に無数のニードルを投げつけられて閉口したものだ。

今は、その奴隷契約を解除しているため助かっているのだが、たまにカーリィがふざけて、レイヴンの事を『ご主人さまマイ・マスター』と呼ぶものだから、その度に睨まれている。
カーリィを助けてあげただけなのに、全く苦労に見合わないとレイヴンは嘆くのだった。

「これで、準備はほぼ完了しました」
「そう。ご苦労さま・・・それじゃあ、出発は明後日くらいにする?」

カーリィが、そう話した後、店の中は、しばらく沈黙が続く。何やら、視線を感じたレイヴンは、慌てて確認した。

「まさか、俺に言っているのか?」
「そうよ、ご主人さまマイ・マスター

メラのニードルがキラリと光る。本気で、その冗談は止めてほしいと思うレイヴンだった。

それよりも、どうしてレイヴンが付き合う必要があるのか?
そちらの方を教えてほしい。

「ビルメスの話では、あいつらの組織では『無効インバルド』のスキルホルダーを、血眼になって探していたみたいなの」
「つまり、『アウル』の連中が、またカーリィを捕らえにくる可能性があるってことか?」

頷くカーリィにレイヴンは考え込む。彼が追いかけるミューズ・キテラが、『アウル』という組織に所属しているならば、接触できるかもしれない機会を、みすみす逃す手はなかった。
となると、必然的にカーリィとともに行動をしていた方が得のようである。

「レイヴンと私は、運命で結ばれているの。だから、諦めて」
「・・・分かったよ。俺もヘダン族の街に行こう」

カーリィとともに砂漠の民が住むというダネス砂漠に向かうことを、レイヴンが決断した。
そんな矢先、低利貸屋の扉が開く。

やって来たのは、ランドだった。
この若い冒険者が口を開く前に、先にレイヴンの方から謝罪する。

「悪いな、ランド。俺はしばらく旅に出ることになった。だから、金貸しもその間、休業だ」
「えーっ。金貨3枚でいいんだ。・・・いや、2枚。何とか都合してくれよ」
「いつ戻れるか分からない。今度にしてくれ」

どうしても借りられないと知るとランドは、顔が青くなった。続いて、泣き顔に変わる。
真っ青になったり、赤くなったり、何とも忙しい表情だ。

「頼むよー。俺を見捨てないでくれ」
「見捨てる訳じゃない。放せよ」

レイヴンにランドがすがりつくと、がっちりと掴んで離さない。冒険者だけあって、その力は、なかなか強いのだ。
そうこうしている内に、別の冒険者が店にやって来る。

男二人が身を寄せ合っている光景には、ちょっと引くが、その後、低利貸屋が休業する件を聞くと、ランドと同じ行動にでた。
その冒険者も困ると言って、譲らないのである。

こんな時に限って、商売は大繁盛。
次々に冒険者が金を借りに来ては、レイヴンが休業すると知ると、「金を貸してくれ!」の大合唱が始まる。
どうにも収拾がつかなくなり、ついにレイヴンの方が折れた。

「分かった、ちょっと、待っていろ。エイミさんと話をつけてくる」

そう言うと騒がしい店を出て、冒険者ギルドへと駆け込むのだった。
そこで、エイミに相談を持ちかける。

「エイミさん、俺はしばらく旅に出ることになったんだ。それで、ある程度、まとまったお金をギルドに預けるから、俺の所と同じルールで皆にお金を貸してあげてほしいんだ」
「まぁ・・・それは、構わないけど」

エイミは、この提案に驚きながらも承諾する。そして、まじまじとレイヴンを見つめた。
こんなに他人を気遣うお金貸しなんて、聞いたことがない。

「いつの間にか、ウチのギルドは、こんなにもレイヴンくんに依存していたのね」
「俺にお金がある内だけですよ」

うそぶくレイヴンだが、クエストでの生存率を守るためだという真意は、誰にでもすぐ分かる。
ギルド職員としては、何ともありがたい心配りだ。

「そんな事ないわ。それじゃ、無事に帰って来てね」
「大丈夫ですよ。カーリィの話じゃ、そこまで危険はなさそうだから」

カーリィの名前が出て、赤髪でスタイルのいい女性の姿がエイミの頭に浮かぶ。
彼女との旅なら、男性としてはさぞ楽しいでしょうねと、少々、妬けた気分となった。
ちょっと、からかってやろうとエイミはレイヴンを抱きしめる。

「それでも何かあるか分からないわ」
「ちょ・・・だ、大丈夫ですよ」

赤面するレイヴンに、エイミは内心、舌を出した。
もう十分と判断したエイミは、離れて一言、つけ足す。

「待っている。無事戻って来たら、またギルド宿を綺麗にしてね」
「それが目的かよ」

笑って立ち去るレイヴンを見ながら、エイミはちょっと、後悔した。
いつも大事なところで、気持ちを誤魔化すような発言をしてしまうのである。

まぁ、今はギルドの受付嬢と近所の金貸しの店長。
その距離感でいいのだと思う。

ただ、無事に帰ってきてほしいという気持ちは本当である。
旅たちの日には、見送りに出ようと思うエイミだった。
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