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第1章 王城の悪徳卿 編

第14話 侵入の成果

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「君の奴隷紋は、何か特別なのかい?」

スキルが上手く機能しないことにレイヴンは、『非売品プライスレス』を疑ったのである。
ところが、カーリィから返って来た言葉は、予想外のことだった。

「奴隷紋は関係ないわ。・・・きっと私のスキルのせい」
「君のスキル?」

頷いたカーリィが続けて話す内容にレイヴンは驚く。
何と彼女のスキルは『無効インバルド』。
全てのスキルを彼女は無効にできるそうだ。

つまり、レイヴンの『買うパーチャス』は、彼女のスキルによって打ち消されたのである。
自分のスキル『基金ファンド』もとんでもないと思っていたが、彼女のそれもスキル使いにとっては、天敵といえる能力。

そんなスキルが存在するとは・・・
世の中、想像を超えることは、いくらでもあるのだと思い知らされる。

「奴隷紋が消えない限り、この屋敷から出ることは無理なのかい?」
「ええ。今の主人マスターからの許可がないと無理ね」

何とも難しい問題に直面してしまった。無理に連れ出せば、彼女は奴隷紋の制約を受けることになるだろう。
考えられる手立てとしては、その主人マスターと対決して、権利の放棄をさせるしかないようだ。

「無理は承知でお願いするわ。どうにかして、私を助けてほしいの・・・」

そう懇願するカーリィの訴えは、何かに迫られているほど切実に見える。
よほど主人マスターが気に入らないのか、それとも他に特別な理由があるのか?
その答えは、後者の方だった。

「私は街に戻って、使命を果たさなければならない。このまま、ここに閉じ込められていたら・・・」
「分かった。俺も商人の端くれ。一度、助けると約束した以上、必ず成し遂げる」

レイヴンの力強い言葉に、カーリィは目頭を熱くする。先ほど、彼女が部屋の中で嘆いていた理由も、自分の現状よりも、故郷のことを想ってのこと。

彼女の双肩に、どんな責任がのしかかっているのかまでは分からないが、人のために涙を流すなど、余程の事だ。
何としても彼女と契約している主人マスターと対峙しなければならないと、レイヴンは考える。

その時、突然、カーリィが扉の方を見つめ、狼狽うろたえだした。

「今は逃げて、主人マスターが近づいてきたわ」
「いや、それはかえって都合がいいんじゃないか。君の奴隷紋を解除させてやる」

強気のレイヴンに対して、カーリィが首を振る。

「・・・駄目よ・・・駄目」

すると、突然、部屋の壁が爆発したかのように大きな音を立てて崩れ去った。
そこから、三人の男たちが侵入してくる。
その中の灰色のフードを被った男が黒髪緋眼くろかみひのめの青年を見つけて、目を丸くした。

「これは、これはレイヴンくんだね。ネズミと思っていたが、意外と大物だったかな」
「大物なんて止めてくれよ。こっちはしがない街の金貸しだ。」

二人が言い合っているところに、巨漢の男が割って入って来る。
その目は怒りに満ちて、血走っていた。

「お前がレイヴン?弟の仇は、てめぇか!」

仇と言われても、すぐには思いつかない。レイヴンもそれなりに場数は踏んで来ているのだ。
だが、怒れる男の顔立ちは、微かに記憶の中にある。

「もしかして、俺にソファーを投げつけてきた男か?」
「そうだ。弟は『剛腕ストートアーム』のダンツ。そして、俺さまは『剛体リジットボディ』のガンツ」

紛らわしくて覚えづらい。もっとも、初めから覚える気など、さらさらないのだが・・・

「仇って、弟くんは生きているんだろ?」
「だが、二度と立てねぇ、再起不能ったやつだ」

それはご愁傷さまだが、同情する気も罪の意識もレイヴンにはない。最初に襲ってきたのは、ダンツの方なのだ。

「てめぇの体も二つに折って、ダンツと同じ目にあわせてやる」
「そこまで、知っているなら、弟がどうやってやられたのか聞いてないのかよ」

返品リターン

レイヴンが呪文を唱えると、ガンツが吹き飛び、いつの間にか修復されていた壁に激突する。
壁は無惨にも、また壊れてしまうのだった。
これで、残る二人。

そう思っていると、小柄だった男がレイヴンの視界から、突然消える。
気付いた時には、背後を取られていた。

「俺の名は、ソール。スキルは『俊足スピードスター』だ」

鋭いナイフが、レイヴンの首筋を捕らえようとした時、その動きが止まる。
カーリィの紐がソールの手首に巻き付いているのだ。

「助かったよ、カーリィ」

感謝の言葉を告げるレイヴンだが、そのカーリィの様子がおかしいことに眉をひそめる。
頭を抑えながら、苦悶の表情を浮かべているのだ。
その間、フードの男は何か呪文を唱えている。

「レイヴン、今は逃げて。・・・私のスキルで、この男の動きを封じ込めているうちに」

カーリィ自身だけではなく、その紐に触れられている者にも『無効インバルド』の効果はあるようだ。
しかし、カーリィが抑えてくれている間に制圧できそうだが、逃げてとはどういう意味だろう。
そうしている内にフードの男の呪文が完成したようだ。

「ううううっ・・・早く・・私が奴隷紋に・支配される前に・・」
「そういう事か!」

やっと理解したレイヴンだが、一足遅い。紐が一瞬、緩んだ隙に再び、ソールが襲いかかってきた。
今度は、その動きを予期していたレイヴン。

ソールのナイフを咄嗟に『金庫セーフ』から出したダガーで、何とか受け止める。
しかし、その蹴りまでは避けることができなかった。

ガンツとは反対の部屋の壁にまで吹き飛ばされてしまう。一瞬、息が出来なくなるが、すかさず自分に『買うパーチャス』をかけた。
部屋の中央には、先ほど以上に苦しむカーリィの姿がある。

「うぅう・・・」

苦痛に耐えられなくなったカーリィは床に手をつき、何とか反抗しているようだが、堕ちるのは時間の問題に見えた。
これでカーリィまで、敵に回っては完全に勝ち目はない。

「ちっ」

舌打ちと同時にレイヴンは壁をすり抜け、ソールの追撃を躱した。
この部屋に入った手段と同じ方法を一瞬でとり、部屋から脱出したのである。

「今日のところは引き上げるしかないか・・・」

後は同じ要領で、一直線で屋敷の中を突き抜けて、外に出た。
いかに『俊足スピードスター』とはいえ、障害物をすり抜けることは出来ない。
レイヴンが部屋の外に出た時点で、ソールは追いかけるのを諦めていたのだった。

何とか逃げ切るレイヴンだが、その背中越しに「畜生!」という絶叫が聞こえる。
どうやらガンツは気絶していただけで、たった今、意識を取り戻したようだ。

危なく四対一という、絶体絶命を迎える可能性があったことに冷や汗をかく。
屋敷に忍びこみ、人攫いの事実を掴んだレイヴンだったが、相手もこのまま引き下がるとは思えない。新手の強敵に、カーリィのスキル。

『これは、思っていたより、随分と面倒な事になって来たな』

ぼやくレイヴンだが、今さら、後には引けない。
とにかく冒険者ギルドに戻って、何か対策を打つ必要があると考えるのだった。
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