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第1章 王城の悪徳卿 編

第4話 フリルの来訪

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低利貸屋のカウンター前には、冒険者の人だかりができていた。一組の冒険者パーティーが、借金の交渉をするために訪れていたのである。
相対するのは、当然、この店の主人、レイヴンだった。

「すまないが金貨で、100枚ばかり都合できないか?」

そう話すのはBランクパーティー『星屑スターダスト』のリーダー、カイシス。
その後ろでは、パーティーメンバーのメルソン、ホッグ。紅一点のシェスタらが、レイヴンの顔を覗き込む。

冒険者の中にはカイシスたちのようにチームを組んでクエストに当たる者と、ランドのように気ままにソロで挑む者がいる。
活動スタイルは、冒険者、それぞれが好きなようにしていい、まさに自由なのだ。

現在、Bランクの『星屑スターダスト』は、Aランクへの昇格間近と言われている有望パーティー。
おそらく今回、昇格への勝負をかけるため、金貨100枚もの大金を所望したのだろう。

なにせ金貨5枚もあれば、贅沢さえしないという条件付きだが、一月は生活できるこの世界。
その額から、相当準備をしてクエストに挑戦しようというカイシスの意気込みが伝わる。

レイヴンとしては、彼らの実力は十分認めており、一般的には大きな額ではあるものの、無理な投資とは考えなかった。

「ああ、分かった。全て金貨でいいか?」
「いや、多少かさばるが金貨95枚。残りは銀貨にしてくれ」
「分かったよ」

崩した銀貨500枚は、すぐに使う目途があると思われる。そのため、細かい貨幣を要求したのだ。
商売に関しては面倒がらず、レイヴンは了承する。

契約コントラクト
受諾アクセプト

取引がスムーズに行われると、カイシスたちは、礼を告げて店を出て行った。
それで、レイヴンも一息をつく。

「よし、クロウ。ティータイムとでもしゃれこもうぜ」

相棒の黒い鳥に話しかけた時、店の扉は激しく開かれた。
反射的にある人物の仕業だと思い、レイヴンは怒鳴り返す。

「おい、ランド。何回、言ったら・・・」

ただ、その言葉は途中で途切れる。店内に転がり込んできたのが、想像していた相手とはまったく違ったのだ。
なんとそこには、二度と会うことはないと思っていたフリルがいたのである。
彼女は、血相を変えて、勢いよくカウンターのレイヴンに詰め寄った。

「お願い。お父さまを助けて」
「助けてって・・・何があったんだ?」
「薬が効かなくなってきて、・・・とても、苦しそうにしているの」

『ああ、あの薬ね』と、昨日、フリルが手に持っていた瓶のことを思い出す。
だが、ここまで聞いている範囲では、レイヴンの出る幕があるとは思えなかった。

「おいおい、俺は金貸しだぜ。病気を診てほしいなら、医者か治癒師だ」
「それは分かっています。・・・でも、前のお医者さまに診てもらったら、匙を投げられてしまって・・・」

それはそうだろう。フリルが話している薬というには、末期の患者に渡す痛みを和らげるためだけの鎮痛薬。
根本的に治療するためのものではないのだ。
医者が、そんな薬を渡している以上、フリルの父親の症状が、どれほどの末期か伺い知れる。

冷たいようだが、この件は本業の金貸しに関わることではない。それにレイヴンは、困っている人を誰でも救う何でも屋を開いている訳ではなかった。
ここは、出来ることと出来ないことを、はっきりとさせておいた方がいいと考える。

「その医者が匙を投げた患者に対して、金貸しの俺に出来ることは何もない。悪いが他を当たってくれ」

止まり木にいるクロウは、何か言いたげだが、手で制した。
断ると決めた以上、中途半端な言い方よりも、はっきりと伝えた方がいいのである。

「でも、昨日、市場で男の子の怪我をレイヴンさんが治していたと聞いて・・・」
「ん?・・・それは、誰かに・・聞いたのかな?」
「ええ。スカイ商会のご子息の方から」

『ケントーーーーっ』

レイヴンは、思わず額に手を当て、天を仰いだ。正直、スキルのことは、あまり人に知られたくない。
でないと、金を借りる目的以外の客も、この店に押し寄せる可能性が出てくるからだ。

「ちなみに・・・ケントを治療したこと、市場では、結構、広まっている感じなのか?」
「さあ、それは分かりません。・・・でも、取り乱して、お医者さまを探している私に、声をかけてくれたのは、ケント君だけでした」

それならば、まだ間に合うかもしれない。ケントにはきつく口止めしておこうと思うレイヴンだった。
さて、そうなると問題は、目の前のフリル嬢である。

クロウは、『もう観念したら』と、目で物語っているが・・・
しばらく、逡巡した後、やはりレイヴンは諦める。

「分かった。案内してくれ」
「ありがとう。・・・本当にありがとう」

ホッとしたのか、フリルの目には涙が浮かんだ。ただ、気が早いとだけは言っておかなければならない。

「診るけど、治せるとは限らないぞ」
「・・・それは仕方ありません。でも、できることは何でもしたいんです」

それにしても、フリルは何とも行動力のある女性だと見直す。

事実とは言え、ケントのような小さな子供の言葉を真に受けて、レイヴンの所に来るというのは、本当に藁にもすがりたかったのか・・・
それでも、諦めない強い意志があっての事だと思う。

レイヴンも自分の目的を果たすためには、フリルを見習わなければならない部分があると考えた。
そんな考え事をしている間に、フリル親子が住んでいるという古びたアパートに着く。そこはスラム街と言われる地区の中にあった。

話し方など、上品な印象を受けるフリルが、何故、このような場所に?という疑問がなくはないが、今は別の話。
案内されるまま、部屋に中に入ると確かにベットの上で、苦しそうにしている五十代と思しき男性を認めた。

「お父さま、もう少し我慢して下さい。今、知り合いの方に診てもらいます」

言葉を発するのも辛いのか、父親はフリルの手を強く握り返すことで返事をする。
この苦しんだ顔を見ていられないのか、フリルはすぐにレイヴンに場所を譲った。
代わって、父親の症状を間近で観察したレイヴンは、思わず唸り声をあげる。

「フリル、これは病気なんかじゃないぞ」
「え?だって、こんなに苦しんでらっしゃるのに」

この状態で病気ではないとは、一体、どういう事なのか?フリルは理解ができずに混乱した。
そんな彼女にレイヴンが告げたのは、「これは、誰かに呪いをかけられている」という、思ってもいない希望を断つ言葉。

「えっ、それじゃあ、お父さまは・・・」
フリルは床に膝をつき、肩が小刻みに震えだす。静かな部屋に彼女の嗚咽だけが聞こえるのだった。
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