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最終章 会津騒動 編

第129話 凶変

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「それでは、どうあっても会津藩の申し出には応じないということだな」
「はい。公方さまが問題視された若松城への銃撃は、堀さまの判断でございます。そこに妻のお葉さまは関与しておりませぬゆえ」
「まぁ、そうよなぁ」

これは、寺社奉行・安藤重長あんどうしげながの元を天秀尼が訪れ、東慶寺の警護について相談している最中の会話である。

重長に少々困った口調が垣間見えるのは、実は加藤明成自身が重長の邸宅にやって来て、苦言を呈したという事があったようだ。

しかし、重長も天秀尼の意見には、概ね賛同しているため、取り立てて東慶寺の対応を問題にする事はない。
ただ、これからも何かと明成が邸宅を訪れてくる可能性を考え、やや憂慮したことによる言葉使いであった。

「加藤さまは、安藤さまに何と申してきたのでしょうか?」
「ああ、堀主水は罪人ゆえ、妻子も連座で罪に問わねばならぬと申してな・・・」
「連座とは、また大仰な事を・・・」

明成は、主水の行為は謀反であり、連座を適用すべきと主張しているようだが、家光の裁定では、そこまで言っていない。
『家臣にあるまじき行為』に留まっている。故に切腹を命じたのだ。

風の噂では、独断で罪人として主水の首を斬ったという話もあるようだが、それはあくまでも明成の判断。
幕府の公式見解では、謀反とまで判断していないのだ。

「そのお話を聞いただけでも、何やら加藤さまの強い執念を感じます。どういう行動を起こすか読めぬ以上、どうか、東慶寺の警護に気を配ってはいただけないでしょうか?」
「うむ。天秀住持が受け取った書状を拝見したが、加藤殿は常軌を逸しているとしか思えん。必ず、対応しよう」

寺社奉行としても東慶寺に火をかけられ、旧忠長邸宅が燃やされたとあっては、どのような責任追及があるか分からない。
当然ながら、他人事ではなく重長も警護の件は、優先してあたる重要事項という認識を持っていた。

「ありがとうございます。では、これにて失礼いたします」

重長から色よい返事をいただいた天秀尼が、謝意を述べて立ち去ろうとした時、屋敷の外から、「侵入者あり」という大きな声が上がる。

どうやら、その者は、門番の制止を振り切り、一目散に屋敷の中に飛び込んだようだ。重長邸は、一時騒然となる。
すると、突然、一人の男が天秀尼と重長の前に転がり込んできた。

「きゃっ」

驚く天秀尼の声と同時に重長は、刀掛けにある愛刀に手を伸ばす。
すかさず抜き身にして、男に向かって刃先を向けた次の瞬間、天秀尼が、その男の元へ走り寄る姿が見えた。

「下がれ、天秀殿」
「いえ、この者は私の知り合いです」

その言葉を聞いて重長は刀を下すと、成り行きを見守ることにする。
一旦、刀を鞘の中に収めるのだった。

「瓢太さん、どうしたんですか?」

息を切らせて倒れ込んでいる男は、何と東慶寺にいるはずの瓢太だったのである。
風魔一族の末裔で、体力に自信がある瓢太が、ここまで消耗して天秀尼の前に現れた。
何か不吉な予感がしてならない。

「天秀・・・すまない。会津の奴らにやられた」
「一体、何があったのですか?」
「・・・お葉さんと千代が、・・・連れ去られた」

瓢太の口から出たのは、驚き内容だった。
東慶寺の中にいる二人を無理矢理、連れ去るなど、通常できるわけがない。

もし、それを実現しようとするならば、男子禁制を破り、境内の中に兵を侵入させなければ無理な話だ。
そして、事実は天秀尼が想像した通りのことが起きてしまったようだった。

まず、寺役人の詰所に人を送り、足止めしている隙に、別の者たちが東慶寺に押入ったとのこと。
瓢太は、その場におらず、後からこの事を知り、慌てて天秀尼に報せにきたようだ。

運悪く、今回、甲斐姫も天秀尼とともに江戸に来ている。今は、春日局の所にいるはずで、寺の中が手薄だったと言えなくもない。

だが、それにしても・・・
許せないのは明成の所業。

天秀尼が、これほど人に対して、怒りを覚えるのは初めてのことだった。
見た目、怒気を抑えた天秀尼は、この一大事を知らせてくれた瓢太を労わる。

鎌倉から江戸まで、男の足で旅した場合でも、一日半の距離。
それをおそらく、短時間で走破してきたのだろう。
でなければ、瓢太がここまで疲れ果てることはない。

「瓢太さん、ありがとうございます。ゆっくり、休んでください」
そう話した天秀尼は、重長に向き直した。

「これより、東慶寺に戻り、ことの次第を確認してまいります」
「分かった。何かあれば、すぐに報せよ」
「承知いたしました。申し訳ございませんが、瓢太さんの看護もお願いいたします」

静かにだが、怒れる天秀尼の背中に重長は圧倒される。
何か空気が薄くなったような気がして、自分の心拍数も上がったように感じた。

『これが、太閤の血脈か・・・』

大権現さまは、国松丸を処刑する際、豊臣家は三代続けて駿馬を輩出したかと、舌を巻いたそうだが・・・
ここに残る最後の血筋も、それに匹敵する紛れもない本物。
重長は、そう思わされながら、天秀尼を見送るのだった。
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