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最終章 会津騒動 編
第128話 東慶寺の総意
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堀主水の身柄は、幕府がよく吟味した結果、会津藩に引き渡されることになった。
後は、家光が下した裁定通り、主水が切腹するだけなのだが、ここで加藤明成が暴走する。
主水を捕らえてから一年以上、待たされていたのだ。切腹など、生温いと考えたのである。
「主水は罪人だ。武士の誉れなど、させてたまるか」
「しかし、公方さまがお決めになったことでございます」
「黙っていれば、死体は語らぬわ」
明成は、そう言い放つと家臣の制止を振り切って、主水を斬首にするよう指示を出した。
勿論、実弟、多賀井又八郎と真鍋小兵衛は幕府の裁きとは違うと異議を申し立てる。
ただ、主水は二人の弟を黙らせた。
「いいのだ。死して嘉明さまの元へ行くことに変わりはない」
これ以上、騒ぐと二人まで罪人として扱われてしまう可能性がある。
自分について来てくれた身内に対して、それは忍びない話だ。
主水は、明成の処置を受け入れ、地面に正座すると黙って、首を前に出す。
物言わなくなった主水の首が、地に転がると明成は嬉々として喜ぶのだった。
会津藩、筆頭家老の出奔にまつわる一連の事件。
首謀者と首謀者格、三人の死で幕を閉じる。
誰もがそう思っていたのだが、明成だけは違った。
「逃げた主水の妻子は、まだ、引き渡されぬのか?」
明成としては、その妻子も同罪と見ており、彼女らの処断が終わらぬうちは、矛を収めるつもりはない。
しかも所在不明ならともかく、逃げ込んだ場所まで特定しているとあれば、手を緩める気は毛頭、起きなかった。
明成からすると、逆に一体、何をしているのだ?という気持ちなのである。
「東慶寺に催促をしているのですが・・・」
「何だ?」
「応じることはできないと、強く拒否されておりまして・・・」
何を尼寺ごときに、弱腰なのか!
状況を報告した家臣は、激しい叱責を受ける。
この時の明成は、完全に勘違いを起こしており、あの高野山すら自分の威光に屈服したと思い込んでいた。
実際のところは、秀吉との約定と幕府の権力に高野山が従ったまでの事。
しかし、そうとは考えない明成は、尼寺一つ、いう事をきかせられぬ家臣を怒鳴り散らすのだ。
『こうなれば、また、幕府を動かすか・・・』
そう考えたが、すぐに改める。
明成にとって、東慶寺は、所詮尼寺ごときという存在なのだ。
本気で脅しつければ、尻尾を振って要求に応じると安く見積もる。
明成の名で、正式に東慶寺に使者を出せという指示を送るのだった。
「堀主水の元妻の身柄を会津藩に引き渡してほしい」
「それは、出来かねます」
このやり取りは、既に十数回を数える。明成は強気だが、やはり幕府直轄の寺というのが、常識のある使者には、重くのしかかっていた。
だが、本日は簡単に諦めて帰る訳にはいかない。
君主・加藤明成の書状を預かって来ているのだ。
「では、この書状をこちらの住持に渡してほしい。考えを改めるのであれば、今の内がよろしいかと存じ上げる」
この会津藩藩士の対応をしていたのは、白閏尼である。
では、届けるので、お引き取りをと返したのが、天秀尼からの返答を聞くまでは帰らないと、突っぱねられた。
しかたなく、「少々お待ちを」とだけ告げて、立ち去る。
代わりの尼僧を二人ほど、つけて、この藩士がおかしな行動をとらないか監視させるのは、さすがだ。
天秀尼が信頼し、一目置くだけのことはある。
その天秀尼は、明成の書状だと言う書面を見て、苦笑いをした。
中身を要約すると、自分は四十三万石の大大名であり、その手を煩わせたのは万死に値する所業だという断罪と、いう事をきかない場合、延暦寺と同じ目にあわせるという脅迫である。
『この人、駄目な人だわ』
それが、書状を見た明成に対する天秀尼の印象だ。大大名であることに相違はないが、それは世襲により相続したもの。自身の手柄ではあるまい。
また、延暦寺と同じ目というのは、焼き討ちをするという意味だろうが、東慶寺には駿河大納言の旧邸宅が寄進されている。
もし、それに火を放てば、どうなるのか?
想像することもできないとは、お粗末としか言いようがない。
天秀尼は、逆に使者として訪れているその藩士を憐れに思えた。
ここは、自ら直接、断りを入れることで、その者の面目を立てようと考える。
男性を境内に入れる訳にはいかないため、天秀尼自ら、山門へ足を運んだ。
「遠路、鎌倉までいらした所、大変、恐縮ですが、やはり応じることはできませぬ」
「それが、東慶寺の総意ということで、間違いあるまいな」
「ええ。私、東慶寺第二十世住持、天秀法泰の名に懸けて、間違いございません」
寺の代表から、はっきり断られると、藩士は考え込む。
無理に押し入って連れ出すことが可能か、軽く算盤を弾くが、山門の下には情報を聞きつけた寺役人も集まって来ている。
どうも勝算は見込めないと諦めた。
「承知した。後で後悔だけは、なきように」
「ええ、承知しました。加藤さまにも、くれぐれも軽挙な行いはなさらぬようお伝えください。幕府直轄の寺に火を放つは、幕府に弓引くことと捉えられますよ」
「な・・・火だと?」
明成の書面の中身までは、この使者は知らなかった様子。確かに、そんな真似をすれば会津藩は、どうなるか分からない。
使者は、そそくさとその場を去って行った。
ただ、天秀尼は心配になる。
明成が主水を追った執拗さがある以上、これで諦めるとは思えない。
天秀尼は、寺社奉行にかけ合って、東慶寺の警護を厚くしていただく旨、依頼しようと思うのだった。
後は、家光が下した裁定通り、主水が切腹するだけなのだが、ここで加藤明成が暴走する。
主水を捕らえてから一年以上、待たされていたのだ。切腹など、生温いと考えたのである。
「主水は罪人だ。武士の誉れなど、させてたまるか」
「しかし、公方さまがお決めになったことでございます」
「黙っていれば、死体は語らぬわ」
明成は、そう言い放つと家臣の制止を振り切って、主水を斬首にするよう指示を出した。
勿論、実弟、多賀井又八郎と真鍋小兵衛は幕府の裁きとは違うと異議を申し立てる。
ただ、主水は二人の弟を黙らせた。
「いいのだ。死して嘉明さまの元へ行くことに変わりはない」
これ以上、騒ぐと二人まで罪人として扱われてしまう可能性がある。
自分について来てくれた身内に対して、それは忍びない話だ。
主水は、明成の処置を受け入れ、地面に正座すると黙って、首を前に出す。
物言わなくなった主水の首が、地に転がると明成は嬉々として喜ぶのだった。
会津藩、筆頭家老の出奔にまつわる一連の事件。
首謀者と首謀者格、三人の死で幕を閉じる。
誰もがそう思っていたのだが、明成だけは違った。
「逃げた主水の妻子は、まだ、引き渡されぬのか?」
明成としては、その妻子も同罪と見ており、彼女らの処断が終わらぬうちは、矛を収めるつもりはない。
しかも所在不明ならともかく、逃げ込んだ場所まで特定しているとあれば、手を緩める気は毛頭、起きなかった。
明成からすると、逆に一体、何をしているのだ?という気持ちなのである。
「東慶寺に催促をしているのですが・・・」
「何だ?」
「応じることはできないと、強く拒否されておりまして・・・」
何を尼寺ごときに、弱腰なのか!
状況を報告した家臣は、激しい叱責を受ける。
この時の明成は、完全に勘違いを起こしており、あの高野山すら自分の威光に屈服したと思い込んでいた。
実際のところは、秀吉との約定と幕府の権力に高野山が従ったまでの事。
しかし、そうとは考えない明成は、尼寺一つ、いう事をきかせられぬ家臣を怒鳴り散らすのだ。
『こうなれば、また、幕府を動かすか・・・』
そう考えたが、すぐに改める。
明成にとって、東慶寺は、所詮尼寺ごときという存在なのだ。
本気で脅しつければ、尻尾を振って要求に応じると安く見積もる。
明成の名で、正式に東慶寺に使者を出せという指示を送るのだった。
「堀主水の元妻の身柄を会津藩に引き渡してほしい」
「それは、出来かねます」
このやり取りは、既に十数回を数える。明成は強気だが、やはり幕府直轄の寺というのが、常識のある使者には、重くのしかかっていた。
だが、本日は簡単に諦めて帰る訳にはいかない。
君主・加藤明成の書状を預かって来ているのだ。
「では、この書状をこちらの住持に渡してほしい。考えを改めるのであれば、今の内がよろしいかと存じ上げる」
この会津藩藩士の対応をしていたのは、白閏尼である。
では、届けるので、お引き取りをと返したのが、天秀尼からの返答を聞くまでは帰らないと、突っぱねられた。
しかたなく、「少々お待ちを」とだけ告げて、立ち去る。
代わりの尼僧を二人ほど、つけて、この藩士がおかしな行動をとらないか監視させるのは、さすがだ。
天秀尼が信頼し、一目置くだけのことはある。
その天秀尼は、明成の書状だと言う書面を見て、苦笑いをした。
中身を要約すると、自分は四十三万石の大大名であり、その手を煩わせたのは万死に値する所業だという断罪と、いう事をきかない場合、延暦寺と同じ目にあわせるという脅迫である。
『この人、駄目な人だわ』
それが、書状を見た明成に対する天秀尼の印象だ。大大名であることに相違はないが、それは世襲により相続したもの。自身の手柄ではあるまい。
また、延暦寺と同じ目というのは、焼き討ちをするという意味だろうが、東慶寺には駿河大納言の旧邸宅が寄進されている。
もし、それに火を放てば、どうなるのか?
想像することもできないとは、お粗末としか言いようがない。
天秀尼は、逆に使者として訪れているその藩士を憐れに思えた。
ここは、自ら直接、断りを入れることで、その者の面目を立てようと考える。
男性を境内に入れる訳にはいかないため、天秀尼自ら、山門へ足を運んだ。
「遠路、鎌倉までいらした所、大変、恐縮ですが、やはり応じることはできませぬ」
「それが、東慶寺の総意ということで、間違いあるまいな」
「ええ。私、東慶寺第二十世住持、天秀法泰の名に懸けて、間違いございません」
寺の代表から、はっきり断られると、藩士は考え込む。
無理に押し入って連れ出すことが可能か、軽く算盤を弾くが、山門の下には情報を聞きつけた寺役人も集まって来ている。
どうも勝算は見込めないと諦めた。
「承知した。後で後悔だけは、なきように」
「ええ、承知しました。加藤さまにも、くれぐれも軽挙な行いはなさらぬようお伝えください。幕府直轄の寺に火を放つは、幕府に弓引くことと捉えられますよ」
「な・・・火だと?」
明成の書面の中身までは、この使者は知らなかった様子。確かに、そんな真似をすれば会津藩は、どうなるか分からない。
使者は、そそくさとその場を去って行った。
ただ、天秀尼は心配になる。
明成が主水を追った執拗さがある以上、これで諦めるとは思えない。
天秀尼は、寺社奉行にかけ合って、東慶寺の警護を厚くしていただく旨、依頼しようと思うのだった。
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