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最終章 会津騒動 編
第127話 家光の裁定
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堀主水が江戸へ強制送還された情報は、東慶寺にも届く。
人づてに話を聞いた、主水の妻であるお葉は動揺を隠せなかった。
「あの人が捕まっているのに・・・私も江戸へ行ってまいります」
「それは駄目です」
天秀尼は、はっきりとお葉に言い切る。それは会ったことはないが、おそらく主水の意思に背く行為に思えたからだ。
「でも、私だけが、ここで安穏に暮らすわけにはいきません」
「それでもです」
お葉の気持ちは痛いほど分かるが、東慶寺を出ることは認められない。主水とは、ともに生き抜く約束を交わしたと聞いていた。
ならば、お葉はお葉で、その約束を守るために、ここは耐え忍ばなければならない。
それがお互い生きるということを誓い合った者同士の勤めなのだ。
天秀尼は、自分が幼いころに経験した大阪城脱出の時と、今のお葉の状況を重ね合わせる。
あの時、父である秀頼や母小石、祖母の淀君は、兄と天秀尼に生き延びるよう懇願した。
残念ながら兄の国松丸は、その後、六条河原で処刑されてしまったが、天秀尼は兄の分も懸命に生きている。
託された想いを無駄にしないために・・・
「それに堀さまの処遇が決まったわけではありません。ここは、大人しく静観しておりましょう。東慶寺は、あなたの味方です。決して一人じゃない」
不安を抱えるお葉を、天秀尼は懸命に励ます。
ここまで、主水ほど強い要請ではないが、お葉の身柄も加藤明成は要求していると、境内で小耳に挟んだことがあった。
その度に、この若い住持は、応じず突っぱねていると聞く。
そんな天秀尼の言葉だからこそ、お葉は従おうと思った。
「分かりました。軽率な行動は控えます」
「それを聞いて安心いたしました。まずは、堀さまのご無事を祈りましょう」
二人は、鎌倉の地から、江戸の主水の身を思いやるのだった。
江戸に送られた主水は、忠勝が明成に宣言した通り、幕府預かりとなる。
これに主水は、正直、ホッとして胸をなでおろした。
いきなり明成に引き渡されれば、ろくに取り調べをされることなく打首となる可能性が高い。
しかし、幕府預かりとなれば、少なくとも自分の言い分は聞いてくれると考えたからだ。
主水を詮議する場には、大老・土井利勝、酒井忠勝、老中、松平信綱、阿部忠秋、堀田正盛と錚々たる顔ぶれがそろう。
これは大藩、会津藩の筆頭家老であった実績を鑑みてのことと思われる。
司会進行は、切れ者信綱によって、淀みなく行われた。
まず、そもそもの始まりとなる出奔の経緯を詳しく説明するよう主水に求める。
「私は常々、明成さまに藩政を見直すよう諫言してまいりました」
「具体的には、どういうことか?」
「年貢の取立て厳しく、あらゆる物に税をかけるため商業発展の妨げとなっておりました」
藩主の圧政には、今、幕府は敏感になっていた。島原藩、唐津藩が悪しき前例として、記憶に残っているのである。
「して、加藤殿の対応は、如何に?」
「改善されることは、まったくございませんでした」
「ふぅむ」
居並ぶ幕閣からは、呆れ果てたような溜息が漏れた。
そこで、主水は出奔を決意した、あの刃傷事件にも触れる。本来、公正に裁かねばならないが、主水に同情し明成に落ち度ありという空気が流れるのだった。
だが、主水有利と思われた時、ある質問から潮目が変わる。
「では、会津を出る時、橋を焼いたのは、如何なる理由か?」
「そのような事、しておりませぬ」
「関所を破ったのは?」
「身に覚えのない濡れ衣にございます」
明成が流した醜聞を主水は、真っ向から否定するのだが、最後の質問だけは頷くしかなかった。
「若松城に向けて、銃を撃ったのは?」
「・・・それにつきましては、真でございます」
そこは、先代、嘉明への想いを断つためだったと説明するも、幕閣の御歴々は、銃を実際に撃ったという事実を重く見た。
但し、主水の言い分にも一定の理解を示した様子。この場では沙汰が決まることはなかったのだ。
この件、幕府の詮議が長くかかる。実際に裁定が下りたのは、主水が若松城を出奔してから二年後、1641年のこと。
主水自身に沙汰を言い渡すのは、将軍・家光が自ら行うという気の使い方となる。
それだけ、幕府の中でも判断が難しかったことの現われだった。
家光の前で、平伏する主水は、黙って声がかかるのを待つ。
それは永遠とも思えるほど、主水にとって長く感じる時間だった。
「沙汰を言い渡す」
「はっ」
主水の返事を聞いて、一拍、待った家光は苦渋の決断を言い渡す。
「主水の言い分、いちいち理に適うものである。しかし、家臣はどのような主君であっても従わなければならない。ましてや城に向けて銃を撃つなど、もっての外である」
そう言うと主水に切腹を命じるのだった。
今回、家光がそう判断したのは、もし主水を許した場合、理由があれば謀反も止む無しという流れができることを懸念してのこと。
秩序を守るためには、この裁断以外は考えられないのだ。
将軍家光から下された裁定を主水は、素直に受け入れる。
嘉明への想いを断つためであったが、やはり嘉明からは離れられないのだと解釈した。
『嘉明さま。少々遅くなりましたが、主水はあなたさまの傍に参ります』
主水は、心の中で、そう呟くのだった。
人づてに話を聞いた、主水の妻であるお葉は動揺を隠せなかった。
「あの人が捕まっているのに・・・私も江戸へ行ってまいります」
「それは駄目です」
天秀尼は、はっきりとお葉に言い切る。それは会ったことはないが、おそらく主水の意思に背く行為に思えたからだ。
「でも、私だけが、ここで安穏に暮らすわけにはいきません」
「それでもです」
お葉の気持ちは痛いほど分かるが、東慶寺を出ることは認められない。主水とは、ともに生き抜く約束を交わしたと聞いていた。
ならば、お葉はお葉で、その約束を守るために、ここは耐え忍ばなければならない。
それがお互い生きるということを誓い合った者同士の勤めなのだ。
天秀尼は、自分が幼いころに経験した大阪城脱出の時と、今のお葉の状況を重ね合わせる。
あの時、父である秀頼や母小石、祖母の淀君は、兄と天秀尼に生き延びるよう懇願した。
残念ながら兄の国松丸は、その後、六条河原で処刑されてしまったが、天秀尼は兄の分も懸命に生きている。
託された想いを無駄にしないために・・・
「それに堀さまの処遇が決まったわけではありません。ここは、大人しく静観しておりましょう。東慶寺は、あなたの味方です。決して一人じゃない」
不安を抱えるお葉を、天秀尼は懸命に励ます。
ここまで、主水ほど強い要請ではないが、お葉の身柄も加藤明成は要求していると、境内で小耳に挟んだことがあった。
その度に、この若い住持は、応じず突っぱねていると聞く。
そんな天秀尼の言葉だからこそ、お葉は従おうと思った。
「分かりました。軽率な行動は控えます」
「それを聞いて安心いたしました。まずは、堀さまのご無事を祈りましょう」
二人は、鎌倉の地から、江戸の主水の身を思いやるのだった。
江戸に送られた主水は、忠勝が明成に宣言した通り、幕府預かりとなる。
これに主水は、正直、ホッとして胸をなでおろした。
いきなり明成に引き渡されれば、ろくに取り調べをされることなく打首となる可能性が高い。
しかし、幕府預かりとなれば、少なくとも自分の言い分は聞いてくれると考えたからだ。
主水を詮議する場には、大老・土井利勝、酒井忠勝、老中、松平信綱、阿部忠秋、堀田正盛と錚々たる顔ぶれがそろう。
これは大藩、会津藩の筆頭家老であった実績を鑑みてのことと思われる。
司会進行は、切れ者信綱によって、淀みなく行われた。
まず、そもそもの始まりとなる出奔の経緯を詳しく説明するよう主水に求める。
「私は常々、明成さまに藩政を見直すよう諫言してまいりました」
「具体的には、どういうことか?」
「年貢の取立て厳しく、あらゆる物に税をかけるため商業発展の妨げとなっておりました」
藩主の圧政には、今、幕府は敏感になっていた。島原藩、唐津藩が悪しき前例として、記憶に残っているのである。
「して、加藤殿の対応は、如何に?」
「改善されることは、まったくございませんでした」
「ふぅむ」
居並ぶ幕閣からは、呆れ果てたような溜息が漏れた。
そこで、主水は出奔を決意した、あの刃傷事件にも触れる。本来、公正に裁かねばならないが、主水に同情し明成に落ち度ありという空気が流れるのだった。
だが、主水有利と思われた時、ある質問から潮目が変わる。
「では、会津を出る時、橋を焼いたのは、如何なる理由か?」
「そのような事、しておりませぬ」
「関所を破ったのは?」
「身に覚えのない濡れ衣にございます」
明成が流した醜聞を主水は、真っ向から否定するのだが、最後の質問だけは頷くしかなかった。
「若松城に向けて、銃を撃ったのは?」
「・・・それにつきましては、真でございます」
そこは、先代、嘉明への想いを断つためだったと説明するも、幕閣の御歴々は、銃を実際に撃ったという事実を重く見た。
但し、主水の言い分にも一定の理解を示した様子。この場では沙汰が決まることはなかったのだ。
この件、幕府の詮議が長くかかる。実際に裁定が下りたのは、主水が若松城を出奔してから二年後、1641年のこと。
主水自身に沙汰を言い渡すのは、将軍・家光が自ら行うという気の使い方となる。
それだけ、幕府の中でも判断が難しかったことの現われだった。
家光の前で、平伏する主水は、黙って声がかかるのを待つ。
それは永遠とも思えるほど、主水にとって長く感じる時間だった。
「沙汰を言い渡す」
「はっ」
主水の返事を聞いて、一拍、待った家光は苦渋の決断を言い渡す。
「主水の言い分、いちいち理に適うものである。しかし、家臣はどのような主君であっても従わなければならない。ましてや城に向けて銃を撃つなど、もっての外である」
そう言うと主水に切腹を命じるのだった。
今回、家光がそう判断したのは、もし主水を許した場合、理由があれば謀反も止む無しという流れができることを懸念してのこと。
秩序を守るためには、この裁断以外は考えられないのだ。
将軍家光から下された裁定を主水は、素直に受け入れる。
嘉明への想いを断つためであったが、やはり嘉明からは離れられないのだと解釈した。
『嘉明さま。少々遅くなりましたが、主水はあなたさまの傍に参ります』
主水は、心の中で、そう呟くのだった。
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