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最終章 会津騒動 編
第126話 主水の決意
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「それでは、逃走した堀主水は謀反人ということか?」
「はい。若松城に銃を放ち、通った橋を焼き払いました。最後には止める役人に狼藉を働き、関所を押し破っております」
加藤明成の訴えを聞いているのは、大老の酒井忠勝である。
大老の立場の忠勝は、普段から江戸城に常勤している訳ではないが、たまたま城内に居合わせたため、大名からの陳情を受けたのだ。
明成が語る内容は、一見筋が通っているように思われるのだが、どうも胡散臭い。
忠勝が知る限り、主水が出奔してから、とうに三カ月以上は過ぎていた。
ここに来て急に謀反人呼ばわりし、幕府に訴え出るのは、不自然でならない。
忠勝は、家光の懐刀・知恵伊豆こと松平信綱をも諭すことができる見識高い男。
明成の話をそのまま、鵜呑みにせず、一旦、預かると伝えて、独自で調査を行うことにした。
そこで、判明したのは、橋の焼き払いや関所破りに関しては、不審な点が多く虚偽報告の疑いが高い。但し、一点、若松城に向けて銃を放ったということだけは、真実のようだという事だった。
後日、改めて明成を江戸城へ呼んだ忠勝が、さて、どうしたものかと思案しているところ、若松城主はとんでもない事を言い始める。
「会津の所領に代えましても主水だけは、捕縛します。お許しいただければ、高野山に兵を向けたいと存じ上げます」
秀吉の紀州征伐以降、高野山は大人しくしていた。ここで、寝ている獅子を起こすなど、もっての外の所業である。
また、島原の乱が終わって、まだ間もない時期であり、幕府としては宗教団体との武力衝突は、極力避けなければならないのだ。
明成の暴走で、第二の島原の乱が起きてしまっては、目も当てられない。
「分かった。それでは、幕府から正式に高野山に使者を出そう。厳に伝えておくが、人が信仰を寄せる地へ兵を入れるなどと、愚かな行為、二度と考えるでないぞ」
「承知いたしました。明成、この胸にしかと刻みまする」
表向き忠勝の言葉を神妙に受け止める明成だが、内心、幕府を動かすことなど造作もないとほくそ笑む。
その様子、忠勝はしっかりと見極めて釘を刺した。
「但し、堀主水の身柄は、一旦、幕府預かりとする。じっくり、吟味した後、必要があれば会津藩へ引き渡そう」
「それは・・・いえ、しかと、承知いたしました」
反論しようとした明成は、忠勝に睨まれ、仕方なく承服する。ここが落としどころと諦めたようだ。
ただ、返事の内容とは裏腹に明成の顔には、明らかに不満の色が出ている。忠勝の必要があればという言葉に引っ掛かりを覚えるのだ。
『万が一にも、ここで主水を手中にできないようなことがあれば、悔やんでも悔やみきれぬぞ』
退室する明成を見ながら、忠勝はため息を漏らす。
父親であった嘉明は立派な武将であり、徳川家からの信頼も篤かった。それは、家光が元服した際の鎧着初で具足親を任されることからも、伺い知れる。
それに引き換え、今の明成はと思わずにはいられないのだ。
主水が出奔した理由も、概ね、忠勝には想像がつく。ただ、主水の行いにも問題があった。
幕府預かりとした後、どのような裁定を下すべきか・・・
忠勝は考え込むのだった。
「高野山で匿っている堀主水。この者、謀反人の嫌疑がかかっている。よって、引き渡しを要求する」
高野山に幕府の使者が訪れて、そう伝えられた。
主水が謀反人となれば、確かに庇うことはできない。その昔、秀吉と交わした約定に違反するからだ。
しかし、助けを求めてきた窮鳥を無下に差し出すのも、さすがに憚かられる。
そこで高野山の僧たちが悩んで出した答えは、時間稼ぎであった。
その間に主水ら一党を高野山から逃がそうと画策するのである。
だが、そうは言っても、高野山に匹敵するほどの逃げ場など、そう見つかるものではない。
悩みぬいた主水は、紀伊国和歌山藩藩主・徳川頼宣に訴え出ることにした。
家康の十男として生まれた頼宜は、幼少の折りから父親の寵愛を受け、僅か二歳の身ながら水戸藩二十万石の大名となる。
以降、駿府藩五十万石を経て、和歌山藩五十五万石へと転封。紀州徳川家の家祖となり、和歌山藩の繁栄の基礎を築いた。
剛毅な性格でいながら、家臣の言葉にもよく耳を傾ける誠実な男との評判である。
主水は、自分の言い分を最後まで聞いてくれるのではないかと、期待を寄せたのだ。
庇護を求めるため、高野山を降りて、一路、和歌山城を目指す。
ところが、そこまでの行動を忠勝は読んでいた。
先回りして、和歌山藩にも使者を送っていたのである。
こうも先手を打たれていては、さすがの頼宜も手の施しようがなかった。
主水ら一党が和歌山城に着くや否や、江戸への送還が余儀なくされる。
ここで頼宜が考えたのは、せめて一泊、ゆっくりしてから江戸へ戻ること。
庇護を受けることは叶わなかったが、頼宜の温情に主水は感謝する。
そして、腹を据えて覚悟を決めるのだ。
「己の罪なきよしを申してまいります」
翌朝、挨拶の折り、頼宜につげた主水の言葉は、非常に心強いものに聞こえる。
何もできぬ頼宜だが、穏便に話が済むことを祈るのだった。
「はい。若松城に銃を放ち、通った橋を焼き払いました。最後には止める役人に狼藉を働き、関所を押し破っております」
加藤明成の訴えを聞いているのは、大老の酒井忠勝である。
大老の立場の忠勝は、普段から江戸城に常勤している訳ではないが、たまたま城内に居合わせたため、大名からの陳情を受けたのだ。
明成が語る内容は、一見筋が通っているように思われるのだが、どうも胡散臭い。
忠勝が知る限り、主水が出奔してから、とうに三カ月以上は過ぎていた。
ここに来て急に謀反人呼ばわりし、幕府に訴え出るのは、不自然でならない。
忠勝は、家光の懐刀・知恵伊豆こと松平信綱をも諭すことができる見識高い男。
明成の話をそのまま、鵜呑みにせず、一旦、預かると伝えて、独自で調査を行うことにした。
そこで、判明したのは、橋の焼き払いや関所破りに関しては、不審な点が多く虚偽報告の疑いが高い。但し、一点、若松城に向けて銃を放ったということだけは、真実のようだという事だった。
後日、改めて明成を江戸城へ呼んだ忠勝が、さて、どうしたものかと思案しているところ、若松城主はとんでもない事を言い始める。
「会津の所領に代えましても主水だけは、捕縛します。お許しいただければ、高野山に兵を向けたいと存じ上げます」
秀吉の紀州征伐以降、高野山は大人しくしていた。ここで、寝ている獅子を起こすなど、もっての外の所業である。
また、島原の乱が終わって、まだ間もない時期であり、幕府としては宗教団体との武力衝突は、極力避けなければならないのだ。
明成の暴走で、第二の島原の乱が起きてしまっては、目も当てられない。
「分かった。それでは、幕府から正式に高野山に使者を出そう。厳に伝えておくが、人が信仰を寄せる地へ兵を入れるなどと、愚かな行為、二度と考えるでないぞ」
「承知いたしました。明成、この胸にしかと刻みまする」
表向き忠勝の言葉を神妙に受け止める明成だが、内心、幕府を動かすことなど造作もないとほくそ笑む。
その様子、忠勝はしっかりと見極めて釘を刺した。
「但し、堀主水の身柄は、一旦、幕府預かりとする。じっくり、吟味した後、必要があれば会津藩へ引き渡そう」
「それは・・・いえ、しかと、承知いたしました」
反論しようとした明成は、忠勝に睨まれ、仕方なく承服する。ここが落としどころと諦めたようだ。
ただ、返事の内容とは裏腹に明成の顔には、明らかに不満の色が出ている。忠勝の必要があればという言葉に引っ掛かりを覚えるのだ。
『万が一にも、ここで主水を手中にできないようなことがあれば、悔やんでも悔やみきれぬぞ』
退室する明成を見ながら、忠勝はため息を漏らす。
父親であった嘉明は立派な武将であり、徳川家からの信頼も篤かった。それは、家光が元服した際の鎧着初で具足親を任されることからも、伺い知れる。
それに引き換え、今の明成はと思わずにはいられないのだ。
主水が出奔した理由も、概ね、忠勝には想像がつく。ただ、主水の行いにも問題があった。
幕府預かりとした後、どのような裁定を下すべきか・・・
忠勝は考え込むのだった。
「高野山で匿っている堀主水。この者、謀反人の嫌疑がかかっている。よって、引き渡しを要求する」
高野山に幕府の使者が訪れて、そう伝えられた。
主水が謀反人となれば、確かに庇うことはできない。その昔、秀吉と交わした約定に違反するからだ。
しかし、助けを求めてきた窮鳥を無下に差し出すのも、さすがに憚かられる。
そこで高野山の僧たちが悩んで出した答えは、時間稼ぎであった。
その間に主水ら一党を高野山から逃がそうと画策するのである。
だが、そうは言っても、高野山に匹敵するほどの逃げ場など、そう見つかるものではない。
悩みぬいた主水は、紀伊国和歌山藩藩主・徳川頼宣に訴え出ることにした。
家康の十男として生まれた頼宜は、幼少の折りから父親の寵愛を受け、僅か二歳の身ながら水戸藩二十万石の大名となる。
以降、駿府藩五十万石を経て、和歌山藩五十五万石へと転封。紀州徳川家の家祖となり、和歌山藩の繁栄の基礎を築いた。
剛毅な性格でいながら、家臣の言葉にもよく耳を傾ける誠実な男との評判である。
主水は、自分の言い分を最後まで聞いてくれるのではないかと、期待を寄せたのだ。
庇護を求めるため、高野山を降りて、一路、和歌山城を目指す。
ところが、そこまでの行動を忠勝は読んでいた。
先回りして、和歌山藩にも使者を送っていたのである。
こうも先手を打たれていては、さすがの頼宜も手の施しようがなかった。
主水ら一党が和歌山城に着くや否や、江戸への送還が余儀なくされる。
ここで頼宜が考えたのは、せめて一泊、ゆっくりしてから江戸へ戻ること。
庇護を受けることは叶わなかったが、頼宜の温情に主水は感謝する。
そして、腹を据えて覚悟を決めるのだ。
「己の罪なきよしを申してまいります」
翌朝、挨拶の折り、頼宜につげた主水の言葉は、非常に心強いものに聞こえる。
何もできぬ頼宜だが、穏便に話が済むことを祈るのだった。
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