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最終章 会津騒動 編
第125話 主水の行方
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東慶寺に入寺した堀主水の妻子、お葉と千代は、御用宿での身元調べを終えた後、第二十世住持である天秀尼の前に通された。
「これからお世話になるお葉と千代です。どうぞ、よろしくお願いいたします」
二人、揃って三つ指をつく姿に、武家としての礼儀作法が小さな娘にまで、しっかりと行き届いているのだと感心する。
さぞや、堀主水という方は、立派な方なのだと想像できた。
ただ、東慶寺の中では、もう少し肩の力を抜いていただいて構わない。畏まって挨拶するお葉と千代に、そう助言した。
自分の家と言えば、少々、大袈裟だが、東慶寺で預かった以上、何の心配もせず、気楽に生活してほしいのである。
「御用宿のお多江さんから聞いています。会津から鎌倉まで、さぞ大変だったでしょう。まずは、旅の疲れを癒して下さい」
「ありがとうございます。ただ、私どもは、追われている身ですが、よろしいのですか?」
お葉が一番気にしていたのは、その点であった。東慶寺の立場に立つと、厄介者を預かってしまったという、煩わしさを感じても致し方のない状況。
しかし、天秀尼には、そういった様子はまったく見られなかった。
当初、上辺だけ、そう繕っているのかと疑ったが、話していく内に、そうではないとお葉は気づく。
「この寺を頼りにされる女性のほとんどは、誰かに追われてやって参ります。お葉さんだけでは、ありませんのでご安心ください」
妻に未練を抱く亭主の類と四十万石の大大名を同じく言うとは・・・
本当に理解しているのか疑いたくなるのだが、天秀尼の微笑は、何故か安心感を与えるのだ。
それだけで、お葉は東慶寺にやって来てよかったと考える。
「それにしても心配なのは、堀さまのことですね。無事に高野山に辿り着けばいいのですが・・・」
「あの人は高い堀から落ちても怪我をするでもなく、敵を討ち取って、武功を上げた人です。運だけは、いいはずですから・・・」
気丈に振舞う姿に、そうは言っても心配なのだろうと慮った。そんなお葉の心情を安んじる方法はないものかと天秀尼は思案する。
紀州には、以前、宇都宮城の事件の時に協力してくれた根来衆の本拠・根来寺があるはずだ。
根来寺は、高野山と同じ真言宗を教義としている。
但し、この二つの宗教都市は対立関係にあった。
それは、空海以来の才と謳われた覚鑁が、弘法太子亡き後、堕落した高野山を立てなそうとした際に、反対反勢力によって焼き討ちを受けたことから始まる。
『錐もみの乱』と呼ばれた事件で、命からがらお山を下りた覚鑁が、豊福寺や円明寺を中心として仏門に励んだのが、根来寺の開山につながったのだ。
これは五百年近く前の話なのだが、双方の対立は、今も根強く残っている。
そういった間柄であればこそ、高野山の情報を掴んでいる可能性が高いと踏んだのだ。
天秀尼は、久しぶりに津田算孝と連絡を取ってみる。
すると、返って来た返事には、天秀尼の住持就任への言祝ぎと与五郎、お稲の間に子が三人も授かっていることなどが書かれており、天秀尼の顔をほころばせた。
肝心の主水の行方だが、漏れなく、その点も記載がされており、二百から三百の集団が高野山に入山したという情報は、根来寺でも掴んでいるのこと。
はっきり、主水たちであるという確証はないが、時期や人数からいって、まず間違いがないと思われる。
その報告をお葉にすると、一安心している様子だった。
普通に考えれば、これで加藤明成は主水に手を出せなくなったはずなのだが、天秀尼は、何故かすっきりとしない。
お葉から聞く明成像では、執拗に追いすがる粘着質な人物に思えたからだ。
果たして、この後、明成はどう出てくるのか?
天秀尼は、目を光らせることにした。
江戸にいる明成に主水の行方について報告が上がったのは、丁度、天秀尼が情報を掴んだのと、ほぼ同時期であった。
相手は『無縁』の高野山。まともに考えれば分が悪い。
そこで明成が考えついたのは、幕府を巻き込むことだった。
さすがの高野山も時の権力者に対しては、従順な対応を示すことが多い。
幕府の圧力によって、主水を炙り出そうとしたのだ。
ただ、ここで問題なのは、そうなるとお家騒動。つまり、城内の醜聞も報告しなければならないことである。
下手をすれば、明成まで叱責を受ける可能性が高い。
間違っても、そんな事態となっては、本末転倒なのだ。
明成は、何とか自分の失態を報告せずに幕府を巻き込む方法に頭脳を費やす。
そして、悪魔のひらめきが舞い降りるのだった。
「至急、主水が通った橋と関所の修復に取りかかるのだ」
「はて、一切、壊れておりませんが?」
「直して新しくしておけば、主水が壊していったのだと、いくらでも言いつくろうことができるであろうが!」
明成に怒鳴られた家臣は、慌てて、指示通りの手配を始める。
「できるだけ、急がすのだぞ」
「承知いたしました」
追加の指示もしっかりと行い、これで、明成は工事完了の報告を待って、幕府に上申するだけとなった。
主水を徹底的に非道な人物に仕立て上げることで、自分の失政には目を行かぬようにしたのである。
「ふっふっふ。高野山に入り、さぞ、安心しているところだろうが、そうはいかぬ。主水、お前の首は必ず、手に入れてみせるぞ」
明成の狂気じみた笑い声が、会津藩上屋敷の中に響きわたるのだった。
「これからお世話になるお葉と千代です。どうぞ、よろしくお願いいたします」
二人、揃って三つ指をつく姿に、武家としての礼儀作法が小さな娘にまで、しっかりと行き届いているのだと感心する。
さぞや、堀主水という方は、立派な方なのだと想像できた。
ただ、東慶寺の中では、もう少し肩の力を抜いていただいて構わない。畏まって挨拶するお葉と千代に、そう助言した。
自分の家と言えば、少々、大袈裟だが、東慶寺で預かった以上、何の心配もせず、気楽に生活してほしいのである。
「御用宿のお多江さんから聞いています。会津から鎌倉まで、さぞ大変だったでしょう。まずは、旅の疲れを癒して下さい」
「ありがとうございます。ただ、私どもは、追われている身ですが、よろしいのですか?」
お葉が一番気にしていたのは、その点であった。東慶寺の立場に立つと、厄介者を預かってしまったという、煩わしさを感じても致し方のない状況。
しかし、天秀尼には、そういった様子はまったく見られなかった。
当初、上辺だけ、そう繕っているのかと疑ったが、話していく内に、そうではないとお葉は気づく。
「この寺を頼りにされる女性のほとんどは、誰かに追われてやって参ります。お葉さんだけでは、ありませんのでご安心ください」
妻に未練を抱く亭主の類と四十万石の大大名を同じく言うとは・・・
本当に理解しているのか疑いたくなるのだが、天秀尼の微笑は、何故か安心感を与えるのだ。
それだけで、お葉は東慶寺にやって来てよかったと考える。
「それにしても心配なのは、堀さまのことですね。無事に高野山に辿り着けばいいのですが・・・」
「あの人は高い堀から落ちても怪我をするでもなく、敵を討ち取って、武功を上げた人です。運だけは、いいはずですから・・・」
気丈に振舞う姿に、そうは言っても心配なのだろうと慮った。そんなお葉の心情を安んじる方法はないものかと天秀尼は思案する。
紀州には、以前、宇都宮城の事件の時に協力してくれた根来衆の本拠・根来寺があるはずだ。
根来寺は、高野山と同じ真言宗を教義としている。
但し、この二つの宗教都市は対立関係にあった。
それは、空海以来の才と謳われた覚鑁が、弘法太子亡き後、堕落した高野山を立てなそうとした際に、反対反勢力によって焼き討ちを受けたことから始まる。
『錐もみの乱』と呼ばれた事件で、命からがらお山を下りた覚鑁が、豊福寺や円明寺を中心として仏門に励んだのが、根来寺の開山につながったのだ。
これは五百年近く前の話なのだが、双方の対立は、今も根強く残っている。
そういった間柄であればこそ、高野山の情報を掴んでいる可能性が高いと踏んだのだ。
天秀尼は、久しぶりに津田算孝と連絡を取ってみる。
すると、返って来た返事には、天秀尼の住持就任への言祝ぎと与五郎、お稲の間に子が三人も授かっていることなどが書かれており、天秀尼の顔をほころばせた。
肝心の主水の行方だが、漏れなく、その点も記載がされており、二百から三百の集団が高野山に入山したという情報は、根来寺でも掴んでいるのこと。
はっきり、主水たちであるという確証はないが、時期や人数からいって、まず間違いがないと思われる。
その報告をお葉にすると、一安心している様子だった。
普通に考えれば、これで加藤明成は主水に手を出せなくなったはずなのだが、天秀尼は、何故かすっきりとしない。
お葉から聞く明成像では、執拗に追いすがる粘着質な人物に思えたからだ。
果たして、この後、明成はどう出てくるのか?
天秀尼は、目を光らせることにした。
江戸にいる明成に主水の行方について報告が上がったのは、丁度、天秀尼が情報を掴んだのと、ほぼ同時期であった。
相手は『無縁』の高野山。まともに考えれば分が悪い。
そこで明成が考えついたのは、幕府を巻き込むことだった。
さすがの高野山も時の権力者に対しては、従順な対応を示すことが多い。
幕府の圧力によって、主水を炙り出そうとしたのだ。
ただ、ここで問題なのは、そうなるとお家騒動。つまり、城内の醜聞も報告しなければならないことである。
下手をすれば、明成まで叱責を受ける可能性が高い。
間違っても、そんな事態となっては、本末転倒なのだ。
明成は、何とか自分の失態を報告せずに幕府を巻き込む方法に頭脳を費やす。
そして、悪魔のひらめきが舞い降りるのだった。
「至急、主水が通った橋と関所の修復に取りかかるのだ」
「はて、一切、壊れておりませんが?」
「直して新しくしておけば、主水が壊していったのだと、いくらでも言いつくろうことができるであろうが!」
明成に怒鳴られた家臣は、慌てて、指示通りの手配を始める。
「できるだけ、急がすのだぞ」
「承知いたしました」
追加の指示もしっかりと行い、これで、明成は工事完了の報告を待って、幕府に上申するだけとなった。
主水を徹底的に非道な人物に仕立て上げることで、自分の失政には目を行かぬようにしたのである。
「ふっふっふ。高野山に入り、さぞ、安心しているところだろうが、そうはいかぬ。主水、お前の首は必ず、手に入れてみせるぞ」
明成の狂気じみた笑い声が、会津藩上屋敷の中に響きわたるのだった。
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