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第10章 次代の幕あけ 編
第120話 島原の乱
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1637年、備前国島原半島、備後国天草諸島の領民たちが武器を手に取り蜂起し、支配する大名に対して反乱を起こした。
世に言う『島原の乱』である。
当初、かの地にはキリシタンが多く、その弾圧による反発と思われたこの内乱。
しかし、実態は過酷な重税と、苛烈極まりない取立てに領民が不満を爆発させた結果、未曽有の内戦に発展したという史上最大規模の一揆なのだった。
主な舞台となる島原を治めていたのは、島原藩主・松倉家。
先代の松倉重政の圧政もひどかったが、二代目の勝家は、更に輪をかけた悪政を敷く。
1634年に、島原地方を悪天候が襲い、農作物は不作が続いた。
領民は食べる物がなく、一大飢饉が巻き起こるのだが、勝家は救いの手を一切、差し伸べない。
逆に凶作によって、下がった税収を補填すべく、あらゆるものに税金をかけて領民から絞り取ろうとしたのだ。
子供が生まれれば人頭税。建物を修繕しようものなら住宅税。極めつけは、亡くなり遺体を埋めようとした場合、墓穴税が徴収される。
しかも、税金の支払いが滞ると妻子を人質に取られた。これは労働力の低下を伴うため、悪循環なのだが、藩主は領民の生活など顧みないため、そのことすら気づかない。
最終的には、未納者を火あぶりにするという極刑に処すのだ。
その処刑方法は極めて残忍で、後ろ手に縛られたまま、乾いた蓑を着せられると、その状態で火をつけられた。
藁で出来た蓑は、よく燃えるのだが、手を縛られているため脱ぎ去ることができない。
あまりの熱さで、のたうち回る状況を指して、『蓑踊りの刑』と称されていた。
悪政で領民をいたぶる表現に『生かさず殺さず』とよくあるが、島原の領民にとっては、もう死ぬしかない状況にまで、追い込まれていた。
そして、いよいよ我慢の限界を越えるきっかけが島原の有馬村で起こる。
年貢の未納者が複数人出た村の代表、庄屋の娘を代官がいつものように人質に取ったのだ。
村人たちは、すぐに集まって、何とか庄屋の娘を取り返すための相談をする。
その急いだ理由というのは、その娘が妊娠しており、お腹に子を宿していたためだった。
何とか村中からかき集め、刻限までに必要な米を持って、代官のいる詰所を庄屋たちは訪れる。
そこで年貢を納め、一息つくも肝心の娘が、なかなか戻って来なかった。
不審に思った庄屋は、代官に尋ねる。
「娘は、何かの準備に手間取っているのでしょうか?」
「いや、娘なら来んぞ。昨日、牢の中で息絶えた。・・・まぁ、特別に墓穴税だけは、許してやろう」
代官の詳しい話では、捕まった娘は水牢に入れられたとのことだった。
長い時間、水の中に入れられ、母体が冷えた結果、お腹の子が流れてしまったらしい。
それを嘆き悲しんだ娘が牢の中で、自殺を図ったということだった。
よく、そんな説明を明るく話せるものだ・・・
庄屋は、この代官の下にいる限りは、生きていくのは無理だと悟る。
一緒に同行していた村人も気持ちは同じだ。
昨日まで、庄屋と一緒に地面に額を擦り付けながら、必死になって集めた年貢。
あの苦労は、一体何だったのか?
怒りに震える村人たちの目に、憎悪の炎が燃え上がる。
「庄屋さん、もう限界だ」
「ああ、分かっている」
庄屋と村人数名は、この場で代官を殴り殺した。
この事件をきっかけに、反乱の嵐が一気に島原半島を襲う。
島原の乱に触発されたように、数日遅れで天草諸島においても、島をあげての一揆が勃発した。
この二つの勢力は、有明海を渡って合流する。
島原にある原城を根城としたのだった。
ここまでが、玉縄城で天秀尼が松平正綱から聞いた話である。
参勤交代の事件から親しくなった二人は、たまに正綱の居城で談話をするまでの関係となった。
「聞くところによりますと、伊豆守さまが後詰で島原に行かれるとか?」
「うむ。戦況が思わしくないので、信綱の派遣が決まったそうだが、あやつも戦の経験はないからのう」
老中・松平信綱は正綱の養子である。義父として、信綱の安否を気遣っているようだった。
だが、家光の懐刀にして知恵伊豆とまで称される男。
正綱の心配は杞憂に終わる。
信綱が島原に到着し、指揮を執ると一揆軍に対して兵糧攻めを敢行した。
それが功を奏し、原城に籠った三万七千が次第に無力化されていく。
幕府軍の勝利で、この一揆を鎮めると、捕らえられた者も全てが処刑された。
後に天秀尼は、この話を東慶寺で聞く。
以前、大野治房の事件で出会った、大矢野深恵はどうなったのか?
一揆軍の総大将が、あの時、助言をくれた四郎少年ではないかとも思い、心を痛める。
『もしも』という言葉を使っても詮無きことだと、理解しているが・・・
珠代を救った件で松倉勝家と対峙した時、最後まで、天秀尼の思いのたけをぶつけていたら、勝家は領民を慰撫するよう心変わりしただろうか?
島原、天草の民は一揆という手段を用いずに済んだのだろうか?
それは、誰にも分からないが、天秀尼には思うところがある。
更に後、この一揆の原因を作ったとして、勝家が斬首されたとも聞いた。
切腹ではなく、首を斬られたということは、武士としてではなく罪人として命を落としたことになる。
島原、天草の民だけではなく勝家も救えなかった。
傲慢に聞こえるかもしれないが、天秀尼は、自分に足りない何かがあるのだろうと思い悩む。
それからというもの、一心不乱に修行日励み、徳を重ねようとする天秀尼だった。
世に言う『島原の乱』である。
当初、かの地にはキリシタンが多く、その弾圧による反発と思われたこの内乱。
しかし、実態は過酷な重税と、苛烈極まりない取立てに領民が不満を爆発させた結果、未曽有の内戦に発展したという史上最大規模の一揆なのだった。
主な舞台となる島原を治めていたのは、島原藩主・松倉家。
先代の松倉重政の圧政もひどかったが、二代目の勝家は、更に輪をかけた悪政を敷く。
1634年に、島原地方を悪天候が襲い、農作物は不作が続いた。
領民は食べる物がなく、一大飢饉が巻き起こるのだが、勝家は救いの手を一切、差し伸べない。
逆に凶作によって、下がった税収を補填すべく、あらゆるものに税金をかけて領民から絞り取ろうとしたのだ。
子供が生まれれば人頭税。建物を修繕しようものなら住宅税。極めつけは、亡くなり遺体を埋めようとした場合、墓穴税が徴収される。
しかも、税金の支払いが滞ると妻子を人質に取られた。これは労働力の低下を伴うため、悪循環なのだが、藩主は領民の生活など顧みないため、そのことすら気づかない。
最終的には、未納者を火あぶりにするという極刑に処すのだ。
その処刑方法は極めて残忍で、後ろ手に縛られたまま、乾いた蓑を着せられると、その状態で火をつけられた。
藁で出来た蓑は、よく燃えるのだが、手を縛られているため脱ぎ去ることができない。
あまりの熱さで、のたうち回る状況を指して、『蓑踊りの刑』と称されていた。
悪政で領民をいたぶる表現に『生かさず殺さず』とよくあるが、島原の領民にとっては、もう死ぬしかない状況にまで、追い込まれていた。
そして、いよいよ我慢の限界を越えるきっかけが島原の有馬村で起こる。
年貢の未納者が複数人出た村の代表、庄屋の娘を代官がいつものように人質に取ったのだ。
村人たちは、すぐに集まって、何とか庄屋の娘を取り返すための相談をする。
その急いだ理由というのは、その娘が妊娠しており、お腹に子を宿していたためだった。
何とか村中からかき集め、刻限までに必要な米を持って、代官のいる詰所を庄屋たちは訪れる。
そこで年貢を納め、一息つくも肝心の娘が、なかなか戻って来なかった。
不審に思った庄屋は、代官に尋ねる。
「娘は、何かの準備に手間取っているのでしょうか?」
「いや、娘なら来んぞ。昨日、牢の中で息絶えた。・・・まぁ、特別に墓穴税だけは、許してやろう」
代官の詳しい話では、捕まった娘は水牢に入れられたとのことだった。
長い時間、水の中に入れられ、母体が冷えた結果、お腹の子が流れてしまったらしい。
それを嘆き悲しんだ娘が牢の中で、自殺を図ったということだった。
よく、そんな説明を明るく話せるものだ・・・
庄屋は、この代官の下にいる限りは、生きていくのは無理だと悟る。
一緒に同行していた村人も気持ちは同じだ。
昨日まで、庄屋と一緒に地面に額を擦り付けながら、必死になって集めた年貢。
あの苦労は、一体何だったのか?
怒りに震える村人たちの目に、憎悪の炎が燃え上がる。
「庄屋さん、もう限界だ」
「ああ、分かっている」
庄屋と村人数名は、この場で代官を殴り殺した。
この事件をきっかけに、反乱の嵐が一気に島原半島を襲う。
島原の乱に触発されたように、数日遅れで天草諸島においても、島をあげての一揆が勃発した。
この二つの勢力は、有明海を渡って合流する。
島原にある原城を根城としたのだった。
ここまでが、玉縄城で天秀尼が松平正綱から聞いた話である。
参勤交代の事件から親しくなった二人は、たまに正綱の居城で談話をするまでの関係となった。
「聞くところによりますと、伊豆守さまが後詰で島原に行かれるとか?」
「うむ。戦況が思わしくないので、信綱の派遣が決まったそうだが、あやつも戦の経験はないからのう」
老中・松平信綱は正綱の養子である。義父として、信綱の安否を気遣っているようだった。
だが、家光の懐刀にして知恵伊豆とまで称される男。
正綱の心配は杞憂に終わる。
信綱が島原に到着し、指揮を執ると一揆軍に対して兵糧攻めを敢行した。
それが功を奏し、原城に籠った三万七千が次第に無力化されていく。
幕府軍の勝利で、この一揆を鎮めると、捕らえられた者も全てが処刑された。
後に天秀尼は、この話を東慶寺で聞く。
以前、大野治房の事件で出会った、大矢野深恵はどうなったのか?
一揆軍の総大将が、あの時、助言をくれた四郎少年ではないかとも思い、心を痛める。
『もしも』という言葉を使っても詮無きことだと、理解しているが・・・
珠代を救った件で松倉勝家と対峙した時、最後まで、天秀尼の思いのたけをぶつけていたら、勝家は領民を慰撫するよう心変わりしただろうか?
島原、天草の民は一揆という手段を用いずに済んだのだろうか?
それは、誰にも分からないが、天秀尼には思うところがある。
更に後、この一揆の原因を作ったとして、勝家が斬首されたとも聞いた。
切腹ではなく、首を斬られたということは、武士としてではなく罪人として命を落としたことになる。
島原、天草の民だけではなく勝家も救えなかった。
傲慢に聞こえるかもしれないが、天秀尼は、自分に足りない何かがあるのだろうと思い悩む。
それからというもの、一心不乱に修行日励み、徳を重ねようとする天秀尼だった。
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