117 / 134
第10章 次代の幕あけ 編
第116話 大名行列の横切り
しおりを挟む
参勤交代については、庶民の方にも守らなければならない決まりがあった。
それは、ただ一点、通行の邪魔をしないこと。故に大名行列の前を横切る行為などは、もっての外であり、無礼討ちで斬られても仕方がなかった。
庶民は、大名行列に出くわすと路肩に身を寄せ道を開けて、ジッとやり過ごすのである。
但し、後に譜代大名にまで、参勤交代が義務付けられるようになると事情が、少々変わる。
その大名が徳川御三家であった場合は、路肩に退けるだけではなく、その場で土下座をして敬わなければならないのだ。
庶民にとって、他の大名と尾張徳川家、紀伊徳川家、水戸徳川家の区別が簡単につく訳がない。
そこで、行列本隊より遥か先に道を誘導する者を置き、その者が大声で、「下へ、下へ」と叫べば徳川御三家。ただ「のけ、のけ」と叫べば他の大名。
そういった使い分けで、わざわざ大名側が庶民に知らせていた。
何故、偉いはずの大名がそこまで、庶民に気を使うのかというと、そこには日程の問題がある。
江戸まで、予定の期日で到着しない場合、罰を与えられることがあったのだ。
道中、余計なことで時間を割き、それが元で遅れる訳にはいかないのである。大名側もできるだけ、揉め事は避けたいのだ。
そんな参勤交代の決まりごとが浸透し始めた矢先、事件が起きる。
それは備前国島原藩藩主・松倉勝家の行列が東海道を通り、相模国に入った時のことだった。
いつものように領民が道を譲り、大名行列が過ぎるのを、今か今かと待っていた。
東海道は、家康が行った五街道の整備以降、江戸の日本橋から京都の三条大橋を結ぶ主要道路。
多くの大名が参勤交代のために、この街道を利用する。
大名行列も、今月になって勝家の行列で二度目のこと。慣れもあり、一種の風物詩のような情景として、地元の領民は眺めていたのだ。
その中に八兵衛と珠代という親子がおり、小さな娘の手には子猫が抱かれている。
二人は父子家庭ではなく、足の悪い八兵衛の代わりに母親が家計の負担を担って、生計を立てていた。
その母親は、出稼ぎ先にいて不在。父と娘で行列を眺めていたのである。
この時、陽気に誘われたのか蝶々が、ふわふわと飛んで来た。そして、何を思ったか、珠代が抱く子猫の鼻先に止まったのである。
驚いた子猫が暴れたはずみに、珠代の腕からこぼれ落ちると、道の真ん中へと飛び出してしまった。
「たま、駄目だよ」
咄嗟に珠代が追いかけ、たまを捕まえたのは、大名行列を誘導する者が目前に迫った頃。
「退かぬか、娘!」という、叫びに珠代の体は固まってしまった。
足の悪い八兵衛は思うように助けに行けず、大名行列と鉢合わせかと思われた時、風が吹く。
いつの間にか、珠代は、元の道端に戻されていた。
一瞬の出来事で、何が起きたのか理解が追い付かない八兵衛。
珠代本人に確認するも、その答えは、まるで要領を得なかった。
「何か、ぐっと抱えられて、ふわっと空を飛んだの」
「誰か人がいたのかい?」
まぁ、誰かが珠代を戻してくれたのでなければ説明がつかない。
ただ、あまりにも早すぎで、その人物の姿を誰も目撃できないでいたのだ。
しかし、何にせよ大事にならずに済んだと、胸を撫で下ろす。
大名行列の本隊は、まだ、到着しておらず、珠代は、横切りをした訳でもなかった。
八兵衛は、どこの誰かは分からないが、娘の窮地を救ってくれた人物に感謝するのだった。
ところが、安堵する親子の笑顔が凍りつく。
「今、行列の前にいた娘は、この者か?」
松倉家の家臣と思しき者が、八兵衛親子の前に現れたのである。
「そ、そうでございますが・・・どうか、お許しください」
「私では判断できぬ故、この娘を連れ行くぞ」
有無を言わさず、珠代は連れていかれてしまった。予想外のことに泣き叫ぶ娘を前にして、何もできない八兵衛は悲嘆にくれる。
その後、珠代は勝家が宿泊する本陣に連れていかれたことが判明し、村の庄屋と一緒に引き取りに向かった。
大名行列を子供が横切った場合、親や村役人が叱責された後、戻されるのが通例だと人から聞いたため、八兵衛は庄屋に頼み込んだのである。
何と言っても、この時代、子は宝。それに八兵衛から、聞いた話では珠代は行列を横切っていないという。
庄屋もそれならば、穏便に済ませてもらえるだろうという腹積もりで、引き受けたのだった。
ところが、現実は甘くなかった。
道中、水嵩が増した酒匂川で川止めをくらった勝家の機嫌は、すこぶる悪い。
幕府に自然災害による遅参を報告する羽目となっていたのだ。
前もって報告しておけば、お咎めはないのだが、真っ先に江戸を訪れて、家光のご機嫌伺いをするつもりであった勝家としては、非常に面白くないのである。
この八つ当たりをこうむる形で、珠代の返還を断られたのだ。
このまま、黙っていれば、いずれ珠代は斬首されてしまうかもしれない。
大声で泣く八兵衛を庄屋は落ち着かせると、まずは領主である玉縄藩藩主・松平正綱さまに相談すべきだと持ちかけた。
それで、娘が助かるならばと、八兵衛は直ぐに役人の元へ走る。
そして、この件は出稼ぎに出ている妻にも知らせなければならない。
やることが見つかった八兵衛は、とりあえず涙を拭き、行動に移していくのだった。
それは、ただ一点、通行の邪魔をしないこと。故に大名行列の前を横切る行為などは、もっての外であり、無礼討ちで斬られても仕方がなかった。
庶民は、大名行列に出くわすと路肩に身を寄せ道を開けて、ジッとやり過ごすのである。
但し、後に譜代大名にまで、参勤交代が義務付けられるようになると事情が、少々変わる。
その大名が徳川御三家であった場合は、路肩に退けるだけではなく、その場で土下座をして敬わなければならないのだ。
庶民にとって、他の大名と尾張徳川家、紀伊徳川家、水戸徳川家の区別が簡単につく訳がない。
そこで、行列本隊より遥か先に道を誘導する者を置き、その者が大声で、「下へ、下へ」と叫べば徳川御三家。ただ「のけ、のけ」と叫べば他の大名。
そういった使い分けで、わざわざ大名側が庶民に知らせていた。
何故、偉いはずの大名がそこまで、庶民に気を使うのかというと、そこには日程の問題がある。
江戸まで、予定の期日で到着しない場合、罰を与えられることがあったのだ。
道中、余計なことで時間を割き、それが元で遅れる訳にはいかないのである。大名側もできるだけ、揉め事は避けたいのだ。
そんな参勤交代の決まりごとが浸透し始めた矢先、事件が起きる。
それは備前国島原藩藩主・松倉勝家の行列が東海道を通り、相模国に入った時のことだった。
いつものように領民が道を譲り、大名行列が過ぎるのを、今か今かと待っていた。
東海道は、家康が行った五街道の整備以降、江戸の日本橋から京都の三条大橋を結ぶ主要道路。
多くの大名が参勤交代のために、この街道を利用する。
大名行列も、今月になって勝家の行列で二度目のこと。慣れもあり、一種の風物詩のような情景として、地元の領民は眺めていたのだ。
その中に八兵衛と珠代という親子がおり、小さな娘の手には子猫が抱かれている。
二人は父子家庭ではなく、足の悪い八兵衛の代わりに母親が家計の負担を担って、生計を立てていた。
その母親は、出稼ぎ先にいて不在。父と娘で行列を眺めていたのである。
この時、陽気に誘われたのか蝶々が、ふわふわと飛んで来た。そして、何を思ったか、珠代が抱く子猫の鼻先に止まったのである。
驚いた子猫が暴れたはずみに、珠代の腕からこぼれ落ちると、道の真ん中へと飛び出してしまった。
「たま、駄目だよ」
咄嗟に珠代が追いかけ、たまを捕まえたのは、大名行列を誘導する者が目前に迫った頃。
「退かぬか、娘!」という、叫びに珠代の体は固まってしまった。
足の悪い八兵衛は思うように助けに行けず、大名行列と鉢合わせかと思われた時、風が吹く。
いつの間にか、珠代は、元の道端に戻されていた。
一瞬の出来事で、何が起きたのか理解が追い付かない八兵衛。
珠代本人に確認するも、その答えは、まるで要領を得なかった。
「何か、ぐっと抱えられて、ふわっと空を飛んだの」
「誰か人がいたのかい?」
まぁ、誰かが珠代を戻してくれたのでなければ説明がつかない。
ただ、あまりにも早すぎで、その人物の姿を誰も目撃できないでいたのだ。
しかし、何にせよ大事にならずに済んだと、胸を撫で下ろす。
大名行列の本隊は、まだ、到着しておらず、珠代は、横切りをした訳でもなかった。
八兵衛は、どこの誰かは分からないが、娘の窮地を救ってくれた人物に感謝するのだった。
ところが、安堵する親子の笑顔が凍りつく。
「今、行列の前にいた娘は、この者か?」
松倉家の家臣と思しき者が、八兵衛親子の前に現れたのである。
「そ、そうでございますが・・・どうか、お許しください」
「私では判断できぬ故、この娘を連れ行くぞ」
有無を言わさず、珠代は連れていかれてしまった。予想外のことに泣き叫ぶ娘を前にして、何もできない八兵衛は悲嘆にくれる。
その後、珠代は勝家が宿泊する本陣に連れていかれたことが判明し、村の庄屋と一緒に引き取りに向かった。
大名行列を子供が横切った場合、親や村役人が叱責された後、戻されるのが通例だと人から聞いたため、八兵衛は庄屋に頼み込んだのである。
何と言っても、この時代、子は宝。それに八兵衛から、聞いた話では珠代は行列を横切っていないという。
庄屋もそれならば、穏便に済ませてもらえるだろうという腹積もりで、引き受けたのだった。
ところが、現実は甘くなかった。
道中、水嵩が増した酒匂川で川止めをくらった勝家の機嫌は、すこぶる悪い。
幕府に自然災害による遅参を報告する羽目となっていたのだ。
前もって報告しておけば、お咎めはないのだが、真っ先に江戸を訪れて、家光のご機嫌伺いをするつもりであった勝家としては、非常に面白くないのである。
この八つ当たりをこうむる形で、珠代の返還を断られたのだ。
このまま、黙っていれば、いずれ珠代は斬首されてしまうかもしれない。
大声で泣く八兵衛を庄屋は落ち着かせると、まずは領主である玉縄藩藩主・松平正綱さまに相談すべきだと持ちかけた。
それで、娘が助かるならばと、八兵衛は直ぐに役人の元へ走る。
そして、この件は出稼ぎに出ている妻にも知らせなければならない。
やることが見つかった八兵衛は、とりあえず涙を拭き、行動に移していくのだった。
1
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
東洲斎写楽の懊悩
橋本洋一
歴史・時代
時は寛政五年。長崎奉行に呼ばれ出島までやってきた江戸の版元、蔦屋重三郎は囚われの身の異国人、シャーロック・カーライルと出会う。奉行からシャーロックを江戸で世話をするように脅されて、渋々従う重三郎。その道中、シャーロックは非凡な絵の才能を明らかにしていく。そして江戸の手前、箱根の関所で詮議を受けることになった彼ら。シャーロックの名を訊ねられ、咄嗟に出たのは『写楽』という名だった――江戸を熱狂した写楽の絵。描かれた理由とは? そして金髪碧眼の写楽が江戸にやってきた目的とは?
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
淡き河、流るるままに
糸冬
歴史・時代
天正八年(一五八〇年)、播磨国三木城において、二年近くに及んだ羽柴秀吉率いる織田勢の厳重な包囲の末、別所家は当主・別所長治の自刃により滅んだ。
その家臣と家族の多くが居場所を失い、他国へと流浪した。
時は流れて慶長五年(一六〇〇年)。
徳川家康が会津の上杉征伐に乗り出す不穏な情勢の中、淡河次郎は、讃岐国坂出にて、小さな寺の食客として逼塞していた。
彼の父は、淡河定範。かつて別所の重臣として、淡河城にて織田の軍勢を雌馬をけしかける奇策で退けて一矢報いた武勇の士である。
肩身の狭い暮らしを余儀なくされている次郎のもとに、「別所長治の遺児」を称する僧形の若者・別所源兵衛が姿を見せる。
福島正則の元に馳せ参じるという源兵衛に説かれ、次郎は武士として世に出る覚悟を固める。
別所家、そして淡河家の再興を賭けた、世に知られざる男たちの物語が動き出す。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる