【完結】二つに一つ。 ~豊臣家最後の姫君

おーぷにんぐ☆あうと

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第8章 兄弟の絆 編

第94話 兄弟初対面

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家光は高遠藩たかとうはんより、保科正之を江戸城へと招くことを決めた。

天樹院に相談した結果、兄弟云々の真偽は、父秀忠に配慮して、すぐに確かめるのは止めることとする。
但し、一度、会ってみて正之という人物を見極めなさいとの助言をもらったからだ。

天樹院は、実際に会っており、信用に足る人となりということは承知しているが、あえて何も伝えない。
変な先入観を持たず、家光自身の目で、正之を見てほしかったのだ。

そして、ある吉日、江戸城大広間にて、家光と正之は、ついに初対面を果たす。
正装で身を正した正之は、高揚する気持ちを落ち着けながら、家光のはるか手前に着座した。続けて、うやうやしく頭を下げる。

「面を上げよ」

ここで、家光と正之の目が合った。
家光は、正之の輝く瞳の奥に温良恭倹おんりょうきょうけんな人柄を感じる。

体から、強く放たれる覇気が、野心的に映らないのは、正之を包む柔和な雰囲気がなせる業かもしれない。
謙虚にして強い意志を持つ。家光は、そんな若者と見て取った。

「余が徳川幕府・三代目征夷大将軍、徳川家光である」
「ご尊顔を拝しまして、恐悦至極に存じます。私が信濃国高遠藩藩主、保科正光が嗣子。正之にございます」
「であるか」

これが、二人が初めて交わした会話となる。
お互い、自然と笑みがこぼれるのは、血の繋がりのせいか。それとも、心が通じ合った証拠なのかは分からない。

ただ、家光は、確信めいたものを感じた。
正之が血を分けた兄弟であり、これから、かけがえのない人物へと成長することを・・・
家光が頼りとする股肱の臣の一人になるとまで、直感する。

短い時間の邂逅かいこうであったが、二人にとっては十分だった。
問題があるとすれば、大御所である秀忠が正之のことを庶子と認めていないこと。

故に、家光が勝手に兄弟と公表するわけにはいかないのだ。
だが、公にするかしないかは、今の所、さほど大きな問題ではない。
家光、正之。二人がお互いに認識し合うことが、この場合、重要なのである。

実りのある謁見を終えると、正之を待っていたのは、もう一人の腹違いの兄、徳川忠長とくがわただながだった。
忠長は、駿河国するがのくにを領地としていたことにより、駿河大納言するがだいなごんの通称で呼ばれることが多い。

この時、忠長は、正之が江戸城に登城することを、どこかで聞きつけて、わざわざ自領からやって来たのだ。
勿論、正之の出自に関しても調べ尽くしている。

「お前が俺の弟か!」

この場所は、城内で人の往来のある廊下。そこで、大きな声で徳川の秘事を話す忠長に正之は冷や汗をかいた。
否定も肯定もできずに黙っている正之に対して、忠長は肩を叩いて歓迎する。

それから、忠長が部屋住み時代に使用していた広間に案内されると、そこで、腰を落としてじっくりと話し合うのだった。

結論から言うと、忠長も正之のことを大層気に入って、所蔵の家康の遺品を与える約束をするまでに至る。
しかし、実際、口を開いて話すのは、忠長の方で、正之は上手に話を合わせるのに終始した。

それは、忠長が癇癪持かんしゃくもちであると知らされていたため、出過ぎた発言をするのを警戒したためである。
忠長の危うさに、心を削られて、何を話したのか正直、覚えていなかった。

噂では、忠長は秀忠に百万石の所領もしくは、大阪城を無心したと、およそ考えられない要求をしたと聞く。
当初、尾ひれがついた与太話と信じていなかったが、この会談以降、正之は、あながち実話ではないかと思うようになった。

破天荒といえば聞こえはいいが、自制が利かないさまは、まるで薄氷が張る湖の上を割れるのを気にせず歩くに近い。
豪快さを紙一重で破ってしまっている感じである。

とにかく、この面談を乗り切った正之は、どっと疲れを覚えたのだった。

これで、後は城下に一泊した後、高遠藩に戻るだけとなる。だが、その前に、今回の最大の恩人に対して、挨拶をすることにした。
それは竹橋御殿に住まう天樹院である。

そもそも成就院での一件がないと、正之は家光に認識されることはなかったのだ。
お膳立てをしてくれた天樹院には、いくら感謝してもしきれない。

「姉上、この度は、大変なご尽力、ありがとうございました」
「私は家族が家族として、当たり前の姿になることを望んだだけです。けして、正之のためだけではありませんよ」

そう言うことで、正之の気持ちを楽にさせようとしたのだが、聡い正之は、それも看破して恐縮する。
賢いってことは、時には困ったものねと、天樹院は苦笑いをした。

「であれば、以前、天秀を救うのに合力してくれたでしょ。今回、彼女も一役、買っているの。これで、お相子よ」
「天秀殿も関わっているのですが・・・高遠藩に戻ったら、お礼の文を送っておきます」
「ええ、それがいいわね」

姉弟、水入らずの時間を過ごし、天樹院は正之をもてなす手料理を振舞う。
これには正之は、大袈裟ながらも感涙がとまらないのだった。

このまま、竹橋御殿で一泊を勧めるが、世間的には、まだ姉弟と公表していないため、いらぬ邪推を招くとして、正之は料理を満喫した後、屋敷を辞す。
実に充実した一日を過ごしたのだった。

数年前では、考えられない現実が、自分の目の前に起こっている。
正之は、自分を助けてくれる周囲の人間に感謝し、夜空を見上げるのだった。
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