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第7章 寛永御前試合 編

第88話 大団円?

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右衛門は江戸城内に仮設された医務室の中で、敗戦を振り返った。
最後、踏み込みが甘くなったのは、左足の怪我のせいもあったが、それは理由にならない。

勝利を確信し、又右衛門の返す刀に対して、全く無防備となったのが一番の敗因なのだ。

やはり、自分は、まだ甘く、荒木又右衛門の方が数枚上手。
そういうこと何だろうと思う。

考えの途中、その又右衛門の顔が視界に入り、右衛門は驚いた。

このような試合で、勝負を決した相手と面会するのは、もともと親交がある相手以外では珍しい。
お互い感情的になり、場外試合が始まるとも限らないからだ。

だが、又右衛門は、どうしても右衛門に会って、伝えたいことがあったのである。

「先ほどの勝負、もし真剣でしたら、私は刀を振れず右衛門殿の勝ちでした」

そう言うだけあって、又右衛門の顔には悔しさが滲み出ていた。
およそ、勝者の表情とは思えない。

ましてや、右衛門が左足に怪我を負っていたと聞いては、勝利を喜ぶ心境になどなれる訳がなかった。

「いや、そもそも初めから木刀での勝負と決められていたこと。足の怪我も私の不注意によるところが大きい。この勝負、又右衛門殿の勝利に変わりませぬ」

右衛門の言葉にも納得がいかない又右衛門は、怪我が治ったあかつきには、ぜひ再戦をしたいと申し込んできた。

「ええ。こちらから、お願いいたす」
それは、右衛門も望むところと、快く了承する。

用事が済んだ又右衛門と入れ替わりで、見知った二人がやって来た。
それは、木村文吾郎と謙佑の親子である。

ここで、右衛門は、思わず目を丸くしてしまう。
何と謙佑の髪が見事に剃り落とされ、丸坊主になっているのだ。

「決めた以上、早い方がいいと思ってな」

多少、照れながら話す謙佑。甲斐姫に諭された禅の道へ、早くも足を踏み入れるようである。
その顔は、いつの間にかできた深い険がとれて、実にいい表情をしていた。

「お前なら、いつか理想に辿り着けるよ」
「再び、お前と勝負ができる。そう考えただけで、心弾む」

剣と禅。道は違えど、行きつく先は同じ。
好敵手という関係が、再び、復活するのだった。

そして、木村文吾郎は、改めて静子のことを託す。
「右衛門、どうか静子のことを幸せにしてやってくれ」
「お任せ下さい。身命を賭して、お約束いたします」

その台詞に、静子と天秀尼は抱き合って喜んだ。
「良かったですね」
「はじめは東慶寺の寺法を利用しようとしただけ・・・だけど、東慶寺を訪れてよかった。天秀さんに会えて、本当によかったわ」

「いえ、これもお二人が諦めずに頑張り抜いた結果です」
それは天秀尼の嘘偽りのない言葉。

自分は、ほんの手助けをしただけで、成果をなし得たのは二人の気持ちと努力の賜物なのだ。
二人の幸せな人生の一部に関われたこと。それだけで、天秀尼の苦労も報われるというもの。

医務室は和やかな雰囲気に包まれた。
だが、ここで、ある人物の登場で空気が変わる。

柳生新陰流の当主、宗矩が右衛門の容体を見にやって来たのだ。

木村親子は、すぐに下がり、当主に場所を譲る。すでに文吾郎の印可取り上げの沙汰は下されているため、その件ではないことは分かる。
考えられるのは、右衛門の今後の処遇についてだった。

「右衛門、見事な武技を見せてもらったぞ」
寝たままでは失礼と静子が介助しながら、半身を起こした右衛門が、頭を垂れた。

「ありがたきお言葉です」
「うむ。・・・そなたの破門の件なのだが、私は解いてもよいと思っている」

宗矩の言葉に、やはりという空気が流れる。これで、全ての念願が叶うと思われたのだが、当の右衛門は、何故か口籠った。

「その件ですが・・・」
それは、あれほど焦がれた柳生への復帰だが、今の右衛門には、何だか色褪せて見えたのである。

柳生の庄に戻るより、東慶寺にて仲間とともにいる方が、右衛門にとって有意義であること。
今回の一連の出来事で、それに気づかされたのだ。

当主、自らの恩赦に、大変心苦しいのだが、偽らざる自分の本心を右衛門は話す。

「私は柳生の庄に戻るより、今の職務を全うしたいと考えております」
「・・・やはりな」

宗矩もそのような予感があったのだろう。さして、驚いている様子はなかった。
本音を言えば、木村一門を代わりに引き継いでほしかったのだが、無理強いはしない。

「まぁ、そう言うだろうとは思っておった。・・・引き続き、精進せよ」
「肝に銘じます」

剣の道では、甲斐姫という師匠も得た。
謙佑との新たな約束もある。柳生新陰流ではなくとも、右衛門は立ち止まる気はない。

宗矩が退出する前、甲斐姫に対して一礼したのは、かつての弟子をお願いしますといったところだった。

「任せておけ」

甲斐姫が胸を叩いて請け負うのである。
これは柳生以上の修練が待っていると、右衛門は覚悟を決めるのだった。

「うむ、迷うことなくついてまいるのじゃ」
「お手柔らかに、お願いいたします」

これで、全てが、丸く収まったと思われたとき・・・

「その前に、あなたは私について来て下さい」
不意に福の声が、室内に響く。甲斐姫は、途端に、ばつの悪い顔をするのだった。

大団円だいだんえんに水を差すでない」
「私も好きで差しているわけではありませんよ。詳しい話を聞きたいだけです」

そう言われながら、甲斐姫は福に連れていかれてしまうのだ。
何とも締まらない最後となったが、笑いだけは十分に起こる。
それは、敗者がいる医務室とは思えないほどだった。
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