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第7章 寛永御前試合 編
第81話 才能の開花
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御前試合は、勝ち抜き方式を採用していた。
勝者が残っていき、最後の一人となるまで戦い抜く。
日程は三日間、出場者は、全員で八名となっており、右衛門は初日の第二試合に振り分けられた。
宮本伊織とは山が違い、最後の決勝まで当たることはない。が、一回戦を突破すると次の相手は、おそらく荒木又右衛門が勝ち名乗りを上げてくると考えられる。
右衛門にとっては、厳しい戦いが待っていた。
「まぁ、どなたと戦っても難しいのは同じ。できるだけのことはしますよ」
特段、気負った様子がない右衛門に対して、相手の磯端伴蔵は違う。
昨日の甲斐姫の挑発が効いており、すでに臨戦態勢。
試合が始まる前から、鼻息が荒かった。
第一試合は、荒木又右衛門と東郷重位の優勝候補対決となり、家光を興奮させるが、意外と勝負はあっさりとつく。
「ちぇすとっ!」
掛け声とともに重位から放たれた渾身の一撃を、紙一重の見切りで躱すと、又右衛門は電光石火の動きで懐へと入り込む。
そのまま、木刀を相手の肩に激しく打ち込んで勝負あった。
重位は骨をやられたのか、得物を握れなくなり落としてしまう。これでは試合の続行は不可能だった。
又右衛門が審判から、勝ち名乗りを受けて、会場を去って行く。
この神業とも言える又右衛門の一連の動きには、観戦していた伊織が反応する。
「あの『後の先』へとつなぐ見切り、そして、動きは二天一流の、それに近い」
優勝候補、最筆頭と言われる又右衛門の技は、稀有の剣豪・宮本武蔵の後継者から見ても感歎するものだったようだ。
会場が沸きに沸く中、いよいよ右衛門の登場となる。
審判を挟んで、並ぶ右衛門と伴蔵。
鬼の形相の伴蔵は、右衛門に顔をぐいと近づけ、どすの利いた声を上げる。
「お前の方こそ、無名の剣士ではないか。昨晩は悔しくて眠れなかったぞ」
「それは申し訳ない。あの女性は悪い人ではないのだが、少々、桁が普通とは異なるお方。私にもどうすることができないのだ」
「知ったことか。・・・お前、柳生を破門されたそうではないか。そんな中途半端者に負けるわけにはいかぬ」
そのことに関しては右衛門も言い訳はしない。また、破門を受けてから、十年以上経過しているが、後悔したことは一度もなかった。
あの時、右衛門が助けに行かなければ静子の笑顔を、二度と見ることができなかったかもしれないのだ。
それ以上の対話には付き合わず、審判の開始の声を待つ。
「始めっ」
同時に二人は距離を詰め、激しく打ち合った。
鍔迫り合いが続く中、ふと右衛門が力を抜く。
態勢を崩した伴蔵が、闇雲に横なぎに木刀を払うが、右衛門はとっくに射程圏から離れていた。
そこで態勢を立て直した伴蔵だったが、その顔には当惑の表情が浮かぶ。
先ほどまで、そこにいたはずの右衛門の姿を見つけられないのだ。
明鏡止水の神髄。
実は右衛門は、伴蔵の目の前にいるのだが、心を静めて気配を消した姿は自然と同化する。
動揺している伴蔵では、右衛門を認識できないでいるのだ。
歩いている人が道端に石が転がっていても、それと気づかずに通り過ぎる。
そんな現象が、試合の最中に起こるとは、想像の範疇を超えていた。
自然な動きで右衛門は、ゆっくりと伴蔵に近づく。
突然、目の前に木刀が現れて、頭を軽く小突かれると、伴蔵の腰が脆くも砕けてしまった。
狐につつまれたように、驚く伴蔵は、ただ、急に登場した右衛門を驚きの表情で見上げるのみ。
「勝負あり」
息を吞むのも忘れたかのように、静まり返った会場に審判の声が響き渡る。遅れて、どよめきが津波のように押し寄せた。
動の又右衛門に対して、静の右衛門。
二試合続けての神業の応酬に、興奮が冷めやらんという感じである。
しかも前評判の高かった又右衛門と違って、右衛門は完全に無名の男。
「あの男は何者だ?」
「ぜひ、我が藩に」と、そこかしこで囁き合っている。
それを甲斐姫、天秀尼。そして、静子が誇らしげに聞いていた。
右衛門は間違いなく天才剣士。その才能が、僅か一月の甲斐姫との修行で開花したのである。
これには家光の隣で観戦していた柳生宗矩も唸り声を上げた。
右衛門の才能は、宗矩も見抜いてはいたのだが、まさか、これほどとは・・・
流派の秩序を守るために、心を鬼にして破門を言い渡したのだが、これほどの剣術を見せられては、再考を検討する必要がある。
僅か一試合で、右衛門は当主の気持ちを翻意させることに成功したのだ。
拍手喝さいが生まれる中、この光景を苦々しく見つめる人物が一人。
それは、静子の兄、木村謙佑だった。
「私から剣を奪っておいて、お前は表舞台で輝くというのか・・・」
怒りに肩を震わせる。息子の異常を気づいた文五郎は、心配して声をかけるのだが、「ほっといて下さい」と、一顧だにせず、杖をついて歩いて行った。
その背中を文五郎は、心配の色を増した目で見送る。
父として情けないが、謙佑にかける言葉が見つからないのだ。
右衛門が輝くほどに謙佑の闇は深くなる。
正直、右衛門が悪いわけではないと知っているのだが・・・
どうすることもできない自分を嘆く。
『いつから、こうなったのか・・・』
ただ、何事も大事なく、この御前試合が終わること。
その一点のみを祈るしか出来ないのだった。
勝者が残っていき、最後の一人となるまで戦い抜く。
日程は三日間、出場者は、全員で八名となっており、右衛門は初日の第二試合に振り分けられた。
宮本伊織とは山が違い、最後の決勝まで当たることはない。が、一回戦を突破すると次の相手は、おそらく荒木又右衛門が勝ち名乗りを上げてくると考えられる。
右衛門にとっては、厳しい戦いが待っていた。
「まぁ、どなたと戦っても難しいのは同じ。できるだけのことはしますよ」
特段、気負った様子がない右衛門に対して、相手の磯端伴蔵は違う。
昨日の甲斐姫の挑発が効いており、すでに臨戦態勢。
試合が始まる前から、鼻息が荒かった。
第一試合は、荒木又右衛門と東郷重位の優勝候補対決となり、家光を興奮させるが、意外と勝負はあっさりとつく。
「ちぇすとっ!」
掛け声とともに重位から放たれた渾身の一撃を、紙一重の見切りで躱すと、又右衛門は電光石火の動きで懐へと入り込む。
そのまま、木刀を相手の肩に激しく打ち込んで勝負あった。
重位は骨をやられたのか、得物を握れなくなり落としてしまう。これでは試合の続行は不可能だった。
又右衛門が審判から、勝ち名乗りを受けて、会場を去って行く。
この神業とも言える又右衛門の一連の動きには、観戦していた伊織が反応する。
「あの『後の先』へとつなぐ見切り、そして、動きは二天一流の、それに近い」
優勝候補、最筆頭と言われる又右衛門の技は、稀有の剣豪・宮本武蔵の後継者から見ても感歎するものだったようだ。
会場が沸きに沸く中、いよいよ右衛門の登場となる。
審判を挟んで、並ぶ右衛門と伴蔵。
鬼の形相の伴蔵は、右衛門に顔をぐいと近づけ、どすの利いた声を上げる。
「お前の方こそ、無名の剣士ではないか。昨晩は悔しくて眠れなかったぞ」
「それは申し訳ない。あの女性は悪い人ではないのだが、少々、桁が普通とは異なるお方。私にもどうすることができないのだ」
「知ったことか。・・・お前、柳生を破門されたそうではないか。そんな中途半端者に負けるわけにはいかぬ」
そのことに関しては右衛門も言い訳はしない。また、破門を受けてから、十年以上経過しているが、後悔したことは一度もなかった。
あの時、右衛門が助けに行かなければ静子の笑顔を、二度と見ることができなかったかもしれないのだ。
それ以上の対話には付き合わず、審判の開始の声を待つ。
「始めっ」
同時に二人は距離を詰め、激しく打ち合った。
鍔迫り合いが続く中、ふと右衛門が力を抜く。
態勢を崩した伴蔵が、闇雲に横なぎに木刀を払うが、右衛門はとっくに射程圏から離れていた。
そこで態勢を立て直した伴蔵だったが、その顔には当惑の表情が浮かぶ。
先ほどまで、そこにいたはずの右衛門の姿を見つけられないのだ。
明鏡止水の神髄。
実は右衛門は、伴蔵の目の前にいるのだが、心を静めて気配を消した姿は自然と同化する。
動揺している伴蔵では、右衛門を認識できないでいるのだ。
歩いている人が道端に石が転がっていても、それと気づかずに通り過ぎる。
そんな現象が、試合の最中に起こるとは、想像の範疇を超えていた。
自然な動きで右衛門は、ゆっくりと伴蔵に近づく。
突然、目の前に木刀が現れて、頭を軽く小突かれると、伴蔵の腰が脆くも砕けてしまった。
狐につつまれたように、驚く伴蔵は、ただ、急に登場した右衛門を驚きの表情で見上げるのみ。
「勝負あり」
息を吞むのも忘れたかのように、静まり返った会場に審判の声が響き渡る。遅れて、どよめきが津波のように押し寄せた。
動の又右衛門に対して、静の右衛門。
二試合続けての神業の応酬に、興奮が冷めやらんという感じである。
しかも前評判の高かった又右衛門と違って、右衛門は完全に無名の男。
「あの男は何者だ?」
「ぜひ、我が藩に」と、そこかしこで囁き合っている。
それを甲斐姫、天秀尼。そして、静子が誇らしげに聞いていた。
右衛門は間違いなく天才剣士。その才能が、僅か一月の甲斐姫との修行で開花したのである。
これには家光の隣で観戦していた柳生宗矩も唸り声を上げた。
右衛門の才能は、宗矩も見抜いてはいたのだが、まさか、これほどとは・・・
流派の秩序を守るために、心を鬼にして破門を言い渡したのだが、これほどの剣術を見せられては、再考を検討する必要がある。
僅か一試合で、右衛門は当主の気持ちを翻意させることに成功したのだ。
拍手喝さいが生まれる中、この光景を苦々しく見つめる人物が一人。
それは、静子の兄、木村謙佑だった。
「私から剣を奪っておいて、お前は表舞台で輝くというのか・・・」
怒りに肩を震わせる。息子の異常を気づいた文五郎は、心配して声をかけるのだが、「ほっといて下さい」と、一顧だにせず、杖をついて歩いて行った。
その背中を文五郎は、心配の色を増した目で見送る。
父として情けないが、謙佑にかける言葉が見つからないのだ。
右衛門が輝くほどに謙佑の闇は深くなる。
正直、右衛門が悪いわけではないと知っているのだが・・・
どうすることもできない自分を嘆く。
『いつから、こうなったのか・・・』
ただ、何事も大事なく、この御前試合が終わること。
その一点のみを祈るしか出来ないのだった。
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