【完結】二つに一つ。 ~豊臣家最後の姫君

おーぷにんぐ☆あうと

文字の大きさ
上 下
82 / 134
第7章 寛永御前試合 編

第81話 才能の開花

しおりを挟む
御前試合は、勝ち抜き方式を採用していた。
勝者が残っていき、最後の一人となるまで戦い抜く。

日程は三日間、出場者は、全員で八名となっており、右衛門は初日の第二試合に振り分けられた。

宮本伊織とは山が違い、最後の決勝まで当たることはない。が、一回戦を突破すると次の相手は、おそらく荒木又右衛門が勝ち名乗りを上げてくると考えられる。
右衛門にとっては、厳しい戦いが待っていた。

「まぁ、どなたと戦っても難しいのは同じ。できるだけのことはしますよ」

特段、気負った様子がない右衛門に対して、相手の磯端伴蔵いそばたばんぞうは違う。
昨日の甲斐姫の挑発が効いており、すでに臨戦態勢。
試合が始まる前から、鼻息が荒かった。

第一試合は、荒木又右衛門と東郷重位とうごうしげかたの優勝候補対決となり、家光を興奮させるが、意外と勝負はあっさりとつく。

「ちぇすとっ!」

掛け声とともに重位から放たれた渾身の一撃を、紙一重の見切りでかわすと、又右衛門は電光石火の動きで懐へと入り込む。
そのまま、木刀を相手の肩に激しく打ち込んで勝負あった。

重位は骨をやられたのか、得物を握れなくなり落としてしまう。これでは試合の続行は不可能だった。
又右衛門が審判から、勝ち名乗りを受けて、会場を去って行く。
この神業とも言える又右衛門の一連の動きには、観戦していた伊織が反応する。

「あの『後の先』へとつなぐ見切り、そして、動きは二天一流の、それに近い」

優勝候補、最筆頭と言われる又右衛門の技は、稀有の剣豪・宮本武蔵の後継者から見ても感歎するものだったようだ。

会場が沸きに沸く中、いよいよ右衛門の登場となる。
審判を挟んで、並ぶ右衛門と伴蔵。
鬼の形相の伴蔵は、右衛門に顔をぐいと近づけ、どすの利いた声を上げる。

「お前の方こそ、無名の剣士ではないか。昨晩は悔しくて眠れなかったぞ」
「それは申し訳ない。あの女性は悪い人ではないのだが、少々、桁が普通とは異なるお方。私にもどうすることができないのだ」

「知ったことか。・・・お前、柳生を破門されたそうではないか。そんな中途半端者に負けるわけにはいかぬ」

そのことに関しては右衛門も言い訳はしない。また、破門を受けてから、十年以上経過しているが、後悔したことは一度もなかった。

あの時、右衛門が助けに行かなければ静子の笑顔を、二度と見ることができなかったかもしれないのだ。

それ以上の対話には付き合わず、審判の開始の声を待つ。

「始めっ」
同時に二人は距離を詰め、激しく打ち合った。

鍔迫つばぜり合いが続く中、ふと右衛門が力を抜く。
態勢を崩した伴蔵が、闇雲に横なぎに木刀を払うが、右衛門はとっくに射程圏から離れていた。

そこで態勢を立て直した伴蔵だったが、その顔には当惑の表情が浮かぶ。
先ほどまで、そこにいたはずの右衛門の姿を見つけられないのだ。

明鏡止水めいきょうしすいの神髄。
実は右衛門は、伴蔵の目の前にいるのだが、心を静めて気配を消した姿は自然と同化する。
動揺している伴蔵では、右衛門を認識できないでいるのだ。

歩いている人が道端に石が転がっていても、それと気づかずに通り過ぎる。
そんな現象が、試合の最中に起こるとは、想像の範疇を超えていた。

自然な動きで右衛門は、ゆっくりと伴蔵に近づく。
突然、目の前に木刀が現れて、頭を軽く小突かれると、伴蔵の腰が脆くも砕けてしまった。

狐につつまれたように、驚く伴蔵は、ただ、急に登場した右衛門を驚きの表情で見上げるのみ。

「勝負あり」

息を吞むのも忘れたかのように、静まり返った会場に審判の声が響き渡る。遅れて、どよめきが津波のように押し寄せた。

動の又右衛門に対して、静の右衛門。
二試合続けての神業の応酬に、興奮が冷めやらんという感じである。

しかも前評判の高かった又右衛門と違って、右衛門は完全に無名の男。
「あの男は何者だ?」
「ぜひ、我が藩に」と、そこかしこで囁き合っている。

それを甲斐姫、天秀尼。そして、静子が誇らしげに聞いていた。
右衛門は間違いなく天才剣士。その才能が、僅か一月の甲斐姫との修行で開花したのである。

これには家光の隣で観戦していた柳生宗矩も唸り声を上げた。
右衛門の才能は、宗矩も見抜いてはいたのだが、まさか、これほどとは・・・

流派の秩序を守るために、心を鬼にして破門を言い渡したのだが、これほどの剣術を見せられては、再考を検討する必要がある。
僅か一試合で、右衛門は当主の気持ちを翻意させることに成功したのだ。

拍手喝さいが生まれる中、この光景を苦々しく見つめる人物が一人。
それは、静子の兄、木村謙佑だった。

「私から剣を奪っておいて、お前は表舞台で輝くというのか・・・」

怒りに肩を震わせる。息子の異常を気づいた文五郎は、心配して声をかけるのだが、「ほっといて下さい」と、一顧だにせず、杖をついて歩いて行った。

その背中を文五郎は、心配の色を増した目で見送る。
父として情けないが、謙佑にかける言葉が見つからないのだ。

右衛門が輝くほどに謙佑の闇は深くなる。
正直、右衛門が悪いわけではないと知っているのだが・・・
どうすることもできない自分を嘆く。

『いつから、こうなったのか・・・』

ただ、何事も大事なく、この御前試合が終わること。
その一点のみを祈るしか出来ないのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。 当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。 そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。 旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。 つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。 この小説は『カクヨム』にも投稿しています。

日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!― 栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。 それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。 月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...