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第7章 寛永御前試合 編
第79話 代理出場
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甲斐姫による一カ月の指導、猛特訓を終え、右衛門の剣は更に磨きがかかった。
いよいよもって、『寛永御前試合』の日が近づく。
右衛門は期待に胸を膨らませながら、江戸に向けて旅立った。
同行するのは、天秀尼と甲斐姫。
そして、瓊山尼に事情を話し、特別に静子も一緒に江戸へ行く許可をもらう。
縁切り寺を利用した夫婦が、手を取り合って旅をする。
それは通常では、絶対に考えられない光景だった。
「静子、疲れていませんか?」
「私は、大丈夫でございます」
ただ、これを道中、ずっと見せつけられるかと思うと、さすがの天秀尼も甘い気持ちで胸焼けを起こしそうな気がする。
もし、佐与がこの場にいたら、盛大に羨ましがるが、憤然と文句を言うかのどちらかだろう。
そんなことを考えながら進むうち、日々も過ぎ、一行は江戸城へと到着した。
天秀尼たちが着くと、わざわざ福が出迎えてくれる。それは、無理なお願いをしたという自覚があったせいかもしれない。
ところが、甲斐姫を見るなり、その表情は一変した。
「あなた、その腕は、一体、どうしたのです?」
甲斐姫の右腕は、三角巾で吊られ、隙間からは包帯が覗く。
これは甲斐姫が右衛門を代理と立てるための仮病なのだが、福はそうと知らない。
「うむ。稽古で、ちと張りきりすぎてのう・・・ご覧の通りじゃ」
甲斐姫は、腕が上がらないという仕草を見せた。
それには、福も嘆息混じりに皮肉を込める。
「天下無敵と言っても、寄る年波は勝てぬということですね」
一瞬、カチンとくるが、右衛門のためにも懸命に堪えると、甲斐姫は代理となる者を紹介した。
「まぁ、運が悪かった。・・・代わりに、こやつが出場するゆえ、大目に見てほしい」
破門の後、拾ってくれた恩人である福に右衛門は頭を下げる。
そんな彼を一瞥すると、福は再び大きな溜息を漏らすのだった。
「仕方ありませんね。対戦に穴をあける訳にもいきません。認めましょう」
右衛門の剣の腕前は、福も承知している。甲斐姫のように有名でも華があるわけでもないが、将軍の御前試合の出場者としては、十分な実力を有していると認めていた。
福の承認を得たことで、まずは第一関門の突破である。
後は、右衛門が剣の実力を示せばいいだけとなった。
天秀尼たちは、早速、出場者の控室に向かうことにする。
本日は、対戦相手の抽選を行うのみで、試合は明日からということだった。
控室の大広間には、すでに出場者とその関係者で、人が溢れんばかりである。
将軍の御前試合だけあって、出場者は錚々たる者たちが揃っていた。
まず目についたのが、槍の宝蔵院流からは、『槍の又兵衛』こと、高田又兵衛。
一説には剣豪・宮本武蔵と勝負つかずの一番を繰り広げたという槍の名手だ。
続いて、遠く薩摩の地よりやって来た示現流剣術の開祖・東郷重位。
剣聖・上泉信綱の高弟、丸目蔵人のタイ捨流に工夫を重ね編み出した示現流は、後に薩摩藩の御留流とされる。
その他、目立つところでは、馬庭念流の樋口貞勝、浅山一伝流の浅山重晨などが存在感を放っていた。
有名どころが、数多く居並ぶだけに、どこを見渡しても強そうな人ばかり。
右衛門の強さを知っているとはいえ、天秀尼は少々不安になる。
そんな中、一人の少年が近づいて来た。
「天秀殿ですね。義兄がお世話になりました」
そう言って頭を下げられるのだが、相手のことがまったく分からない。
戸惑っているところ、気を利かせて、名を名乗ってくれた。
「私、二天一流の宮本伊織でございます」
よく見れば、三木之介と同じく上着には九曜巴紋があしらわれている。
宮本武蔵の関係者だと、早々に気づくべきだった。
三木之介の最後を、義母の天樹院から聞いており、天秀尼は神妙な面持ちとなる。
「三木之介さんのことは、・・・惜しい人を亡くしました」
「なに、武士の勤めを果たしただけ。お気になさらずとも結構です」
ことさら明るく言い放つ。無理してる様子はなく、これが真の武士の生き方なのだろうと感じた。
「甲斐殿が出場されると聞いて、楽しみにしていたのですが・・・しかし、代理の方も強そうですね」
有名無名に限らず、飽くなき武の鍛錬に身を投じる者には、相手の力量が分かるものなのだろう。
伊織は、一目で右衛門の強さを看破した。
「宮本武蔵殿の高弟の方に、そのように言っていただくとは光栄ですね」
「まぁ、でも本番で当たった時は、負けませんよ」
二天一流からは武蔵ではなく、養子の伊織が出場するようである。
まだ、若いとはいえ武蔵が出場を認めたと考えれば、おのずと武技の高さは知れるというもの。
強敵であることは間違いない。
そして、ある人物が控室に入ることで、全ての注目を集めた。
それは柳生新陰流からの出場、荒木又右衛門である。
十代の内に中条流、神道流を極めた後、柳生宗矩の門人となった天才剣士だ。
才能という点だけを言えば、間違いなく、この中で一番の逸材かもしれない。
その又右衛門の付き添いで登場したのは、木村文吾郎。静子の父親にして、右衛門の元師匠筋に当たる人物だった。
周囲の者には分からないが、目が合い文吾郎と右衛門の間に緊張が走る。
静子との離縁話があるため、微妙な空気となるのは仕方がない。
だが、右衛門は、意を決すると文吾郎に向かって、歩いて行くのだった。
いよいよもって、『寛永御前試合』の日が近づく。
右衛門は期待に胸を膨らませながら、江戸に向けて旅立った。
同行するのは、天秀尼と甲斐姫。
そして、瓊山尼に事情を話し、特別に静子も一緒に江戸へ行く許可をもらう。
縁切り寺を利用した夫婦が、手を取り合って旅をする。
それは通常では、絶対に考えられない光景だった。
「静子、疲れていませんか?」
「私は、大丈夫でございます」
ただ、これを道中、ずっと見せつけられるかと思うと、さすがの天秀尼も甘い気持ちで胸焼けを起こしそうな気がする。
もし、佐与がこの場にいたら、盛大に羨ましがるが、憤然と文句を言うかのどちらかだろう。
そんなことを考えながら進むうち、日々も過ぎ、一行は江戸城へと到着した。
天秀尼たちが着くと、わざわざ福が出迎えてくれる。それは、無理なお願いをしたという自覚があったせいかもしれない。
ところが、甲斐姫を見るなり、その表情は一変した。
「あなた、その腕は、一体、どうしたのです?」
甲斐姫の右腕は、三角巾で吊られ、隙間からは包帯が覗く。
これは甲斐姫が右衛門を代理と立てるための仮病なのだが、福はそうと知らない。
「うむ。稽古で、ちと張りきりすぎてのう・・・ご覧の通りじゃ」
甲斐姫は、腕が上がらないという仕草を見せた。
それには、福も嘆息混じりに皮肉を込める。
「天下無敵と言っても、寄る年波は勝てぬということですね」
一瞬、カチンとくるが、右衛門のためにも懸命に堪えると、甲斐姫は代理となる者を紹介した。
「まぁ、運が悪かった。・・・代わりに、こやつが出場するゆえ、大目に見てほしい」
破門の後、拾ってくれた恩人である福に右衛門は頭を下げる。
そんな彼を一瞥すると、福は再び大きな溜息を漏らすのだった。
「仕方ありませんね。対戦に穴をあける訳にもいきません。認めましょう」
右衛門の剣の腕前は、福も承知している。甲斐姫のように有名でも華があるわけでもないが、将軍の御前試合の出場者としては、十分な実力を有していると認めていた。
福の承認を得たことで、まずは第一関門の突破である。
後は、右衛門が剣の実力を示せばいいだけとなった。
天秀尼たちは、早速、出場者の控室に向かうことにする。
本日は、対戦相手の抽選を行うのみで、試合は明日からということだった。
控室の大広間には、すでに出場者とその関係者で、人が溢れんばかりである。
将軍の御前試合だけあって、出場者は錚々たる者たちが揃っていた。
まず目についたのが、槍の宝蔵院流からは、『槍の又兵衛』こと、高田又兵衛。
一説には剣豪・宮本武蔵と勝負つかずの一番を繰り広げたという槍の名手だ。
続いて、遠く薩摩の地よりやって来た示現流剣術の開祖・東郷重位。
剣聖・上泉信綱の高弟、丸目蔵人のタイ捨流に工夫を重ね編み出した示現流は、後に薩摩藩の御留流とされる。
その他、目立つところでは、馬庭念流の樋口貞勝、浅山一伝流の浅山重晨などが存在感を放っていた。
有名どころが、数多く居並ぶだけに、どこを見渡しても強そうな人ばかり。
右衛門の強さを知っているとはいえ、天秀尼は少々不安になる。
そんな中、一人の少年が近づいて来た。
「天秀殿ですね。義兄がお世話になりました」
そう言って頭を下げられるのだが、相手のことがまったく分からない。
戸惑っているところ、気を利かせて、名を名乗ってくれた。
「私、二天一流の宮本伊織でございます」
よく見れば、三木之介と同じく上着には九曜巴紋があしらわれている。
宮本武蔵の関係者だと、早々に気づくべきだった。
三木之介の最後を、義母の天樹院から聞いており、天秀尼は神妙な面持ちとなる。
「三木之介さんのことは、・・・惜しい人を亡くしました」
「なに、武士の勤めを果たしただけ。お気になさらずとも結構です」
ことさら明るく言い放つ。無理してる様子はなく、これが真の武士の生き方なのだろうと感じた。
「甲斐殿が出場されると聞いて、楽しみにしていたのですが・・・しかし、代理の方も強そうですね」
有名無名に限らず、飽くなき武の鍛錬に身を投じる者には、相手の力量が分かるものなのだろう。
伊織は、一目で右衛門の強さを看破した。
「宮本武蔵殿の高弟の方に、そのように言っていただくとは光栄ですね」
「まぁ、でも本番で当たった時は、負けませんよ」
二天一流からは武蔵ではなく、養子の伊織が出場するようである。
まだ、若いとはいえ武蔵が出場を認めたと考えれば、おのずと武技の高さは知れるというもの。
強敵であることは間違いない。
そして、ある人物が控室に入ることで、全ての注目を集めた。
それは柳生新陰流からの出場、荒木又右衛門である。
十代の内に中条流、神道流を極めた後、柳生宗矩の門人となった天才剣士だ。
才能という点だけを言えば、間違いなく、この中で一番の逸材かもしれない。
その又右衛門の付き添いで登場したのは、木村文吾郎。静子の父親にして、右衛門の元師匠筋に当たる人物だった。
周囲の者には分からないが、目が合い文吾郎と右衛門の間に緊張が走る。
静子との離縁話があるため、微妙な空気となるのは仕方がない。
だが、右衛門は、意を決すると文吾郎に向かって、歩いて行くのだった。
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