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第6章 悲運の姫 編

第63話 浮かび上がる首謀者

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肥後国天草の地、予想だにせず現れた明石全登。
驚く、甲斐姫と千姫を差し置いて、天秀が彼の言葉に反応する。思うところを投げ返した。

「四郎とは、先ほどの少年のことでしょうか?そうだとすると、大矢野殿と山殿は、誰かに利用されたということになりますが?」

全登は、質問を発した人物をジッと眺め見る。正直、千姫と甲斐姫しか見ておらず、この若い女性を初めて視界の中に収めたのだった。

そして、少々、時間を置いた後、ハッとする。
天秀に淀君の面影を連想させたのである。

一緒にいるのが千姫と甲斐殿であれば・・・

「もしや、秀頼公のご息女さまでしょうか?」
「明石全登殿ほどのお方に、をつけていただくような者ではございませんが、その通りです」

天秀は、謙遜して答えるが、全登の耳には、あまり入っていない様子。目を閉じて、深く考え込んでいる。
何やら口元が動いているのは、神にささげる祈りの言葉だろうか?
あまりにも小さい声なので、天秀には、よく聞き取れなかった。

「私の記憶では、名は確か、奈阿姫さま」
「今は仏門に入って、天秀を名乗っております」

名を聞き、天秀の『秀』の一文字を全登は自分の中で、ゆっくりと噛みしめる。
遠くを見つめる目となるが、ふと現実に戻り、天秀に向き直した。

「それでは天秀さま、千姫さま、甲斐殿。松右衛門のところに、ご案内いたします」

そう言うと、全登は一行を先導するように歩きだす。
話が逸れて、結局、質問には答えてくれなかったことに天秀は、気づいた。

しかし、道中、全登が寡黙を貫くため、質問し直すことを諦める。いずれ目的地に着けばわかることだと、自分に言い聞かせるのだった。

大矢野村は、天草郡の北部に位置しており、意外と早く辿り着く。
村の入り口に立つ男に、全登が何か一言二言、話をすると、すぐに村に入れてくれた。

中に足を踏み込むと、やはり、この村も見る限り貧しい村だった。
あまり、ジロジロ見ていると、心が痛むのと不審がられるのとで、天秀は下を向いて歩く。

「痛っ」

すると、突然、目の前に壁が現れて、鼻をぶつけてしまった。
それは全登の大きな背中である。

立ち止まった先に、一軒のあばら家が見えた。
全登が戸の前で、来訪の旨を告げると、すぐに中から男が出て来る。

その男は、間違いなく大矢野松右衛門、本人であった。
松右衛門は、突然の来訪者を見て、立ちすくむ。

言葉を忘れたかのように、口を開いたまま、戦慄わななかせた。
やっと、絞り出したのが、「千姫さま、忠刻さまのことは、まことに申し訳ございませんでした」であり、千姫の足元で平伏する。

千姫は、松右衛門の謝罪を受け止めると、何もない空間をジッと見つめた。

「・・・すると、あの薬は、やはり・・・」

独り言を呟いた後、誰も声を発することが出来ず、静まり返る。
控えていた三木之介が、たまらず松右衛門の胸倉を捕まえた。
そのまま、無理矢理、松右衛門を持ち上げる。

「お前のせいで、ご主君は・・・」
「・・・でも、私も知らなかったのです。あの薬が毒であるとは・・・」

怯える目つきで、松右衛門が訴えた。
それが真実であれば、あの少年の、「松右衛門と善左衛門は利用された」という発言と一致することになるが・・・

「三木之介さん、降ろしてあげて下さい。とりあえず、大矢野殿のお話を伺いましょう」

天秀の訴えに三木之介は千姫を顧みた。
主筋の許可が下りると、三木之介は松右衛門を地に放り投げる。
乱暴な解放の仕方だったが、ようやく話ができる状態となり、天秀が肝心なことを確認した。

「知らなかったとは、その薬はあなたが用意した物ではないのですね?」
「はい。私に忠刻さまへの仕官を勧めた男に渡されました」
「その人は、誰ですか?」

一番重要なところで、松右衛門が口をつぐむ。その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
何か言えない理由があるのかもしれない。
すると、全登が変わって答えた。

「実は松右衛門は、その男に人質を取られてしまったのです」
「それが、話せない理由ですか?」

全登は頷くと、周りを見回す。物珍しいのか、何人かの村人がこちらを覗いていた。

「ご覧の通り、この村は貧しい。その男から金をもらって、松右衛門を監視している者が村の中にいるのです」

それは誰かも人数も分からないから、対処ができないそうだ。
ここからは、全登が代わって、主に答えることになる。

「山殿は、どちらに?」
「この村にはいません。分散した方が、監視の目が緩くなると私が伝えましたので」

どういう経緯で全登が、松右衛門や善左衛門に力を貸すことになったのかは分からないが、その口ぶりからは、全登自身も薬を渡した男のことを知っているようだった。
松右衛門が話せないというのであれば、全登から聞くことにする。

「赤石殿の言いよう、何か含みがあるようですが・・・あなたも、その男のことをご存知なのですね?」
「ええ。よく知っております。それは千姫さまも甲斐殿も、ご存知の男です」

多少、もったいぶっている感はあるが、この後、その名前を聞いた千姫と甲斐姫は、衝撃を受けた。
よく考えれば、全登に会ったということは、あの男も生きていてもおかしくないのだが・・・

「その男とは、大野治房おおのはるふさでございます」

大野治房とは、淀君とは乳兄弟で大阪方の幹部の一人。母親が淀君の乳母を務めた大蔵卿局おおくらきょうのつぼねなのだった。

兄の治長はるながは、片桐且元かたぎりかつもとが大阪城を去ってから、城内の政務を一手に引き受けていた人物で、淀君、秀頼とともに最後、自害し果てている。

治房自身は、大阪夏の陣で燃え盛る大阪城から、いつの間にか姿を消しており、その後の消息は不明。
全登、同様、人知れず亡くなったものと思っていたが、どうやら、生きていたいようだ。

その治房が、どうして忠刻の命を狙ったのか、まったくもって謎である。
この後、天秀は全登にその確認を取るのだった。
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