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第5章 宇都宮の陰謀 編
第52話 小さな猜疑
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家康の七回忌法要実施の一月前となり、打合せのため、家光付きの年寄、酒井忠利、他には松平信綱と阿部忠秋が日光東照宮を訪れていた。
その帰り、揃って、宇都宮城に立寄る。
藩主、本多正純は、快く三人を出迎えるのだった。
「忠利殿、お役目、ご苦労さまでございます」
「正純殿が自らでお出迎えとは、恐悦至極にございます」
「何の。いよいよ家光さまの天下となれば、年寄筆頭の忠利殿には、この正純もただ平伏するのみ。今から、その予行演習といったところです」
冗談めかして持ち上げるが、その腹の内では何を企んでいるのか。
忠利に付き従っていた、信綱は今回の普請工事に対して切り込んだ。
「この度、家光さまの御為に寝所の改装をなさっているそうですが、進捗はいかがでしょうか?」
能力はあっても、まだまだ若手である信綱のことを正純は軽く一瞥する。面倒くさそうな顔を隠そうともしないところは、完全に舐め腐っている証拠だった。
それでも、一応の礼儀をわきまえて返答はする。
「落成までは、あと一歩というところよ。途中で見るより、完全に仕上がってから、ご覧になった方がいいでしょうな」
予想通り、内部検分はさせてもらえないという感じだ。これ以上、踏み込めばいらぬ警戒を招くとして、信綱は自重することにする。
この後は、正純と忠利の上辺だけの和やかな会話に終始し、日光東照宮での事前打ち合わせの役目を終えるのだった。
丁度、その頃、福と息子・稲葉正勝は、植木藤右衛門の屋敷の中にいた。
それは正純の陰謀に関する調査結果を確認するためであったので、当然、その場には天秀と甲斐姫がいる。
その他、協力をいただいているとして、甲斐姫が福に津田算孝を紹介するのだった。
この場に至っては、福が藤右衛門を強引だが味方に引き入れたので、遠慮する必要はない。
これまでに確認できた内容を、誰に憚ることもなく話し合うことができた。
その際、不自然なほどに福が与五郎を持ち上げて話すため、初めて聞く名だが、藤右衛門の中で、好意的に与五郎のことが認識される。
これは、この会談の前に天秀から福にお願いしていたことで、お稲の協力を得るためには必要なことだと説明を受けたことを実践したのだ。
ただ、与五郎とお稲の関係は、まだ、伏せている。これは、お稲の意見を尊重した結果であった。
本題に入るまでの地ならしが大変だった分、この会談は福にとって、大変大きな収穫となる。
「思った通り、寝所に普請絵図にない仕掛けを施しているのですね」
「そうじゃ。その工事に使用している絵図を手に入れる手筈となっておる」
やはり、この二人にお願いして正解だった。その絵図があれば決定的な証拠となり、正純も追い込むことが可能となる。
その他、算孝から追加情報もあり、更に福を喜ばせた。
「堺の商人の話では、本多正純は銃、三千丁を注文したそうにございます」
幕府に申し出のない銃の購入は、御法度の一つとなる。
それが事実ならば正純を追い落とす、手札が、また一つ追加されることになるのだ。
但し、喜ばしいことばかりではない。
家康の七回忌まで、もう一月しかないのだ。
時間との勝負という側面もある。
「沢庵禅師がおっしゃったように、家光さまの宿泊場所を変更されるのも視野に入れた方がいいと思います」
天秀の意見には、福も概ね賛成だ。あと、問題なのは家光の一存で、通例を変えてよいかという一点。
何らかの説明を秀忠にしなければならなくなるのだが、最低でもその際には正純の悪行、証拠固めしておかなければならない。
とするならば、時間に追われるという点は変わらないのである。
「工程的に、工事の落成も間近というところじゃろう。何か宇都宮城内でも動きがあるかもしれん。その点、探らせよう」
とにかく、その設計絵図さえ手には入れば、大きく前進することだけは間違いない。
城内の様子と絵図の取得を最優先で当たることで、この話し合いは終わった。
最後に藤右衛門に、今日のことは他言無用と念を押して、福と正勝が屋敷を後にする。その動きに天秀、そして、甲斐姫と続いた。
そこにお稲が追いかけてやって来る。
「あの場では聞けませんでしたが、与五郎さんの様子、変わったところはありませんでしたか?」
「いや、聞いておらぬが・・・」
ここで甲斐姫の言葉が言い淀んだ。本当に大したことではないと思うのだが、気になることがあったのである。
それは、与五郎の度胸の良さというか、やけに肝が座っている点だった。
協力的なのはいいのだが、置かれている自分の状況を考えれば、もう少し、慌てふためいた様子があってもいいような気がする。
しかし、甲斐姫は頭を振ると、些末な事と決め込んだ。お稲を安心させるように笑顔を向ける。
「安心せい。何があっても、妾たちが与五郎を守るぞえ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げたお稲がいなくなると、甲斐姫はすぐに福を追いかけた。
甲斐姫には、更にもう一点、気になることがあったのである。
それは、天秀も同じ。先に福に追いついた天秀が、その件についての調査をお願いしているところを甲斐姫が目撃した。
ここに来て、二人はあの男の行動が気になる。
その調査の結果次第では、この宇都宮に渦巻く陰謀、因縁が大きく変化するかもしれない。
今回の一件、他にも何か隠されているような気が、天秀、甲斐姫ともにするのだった。
その帰り、揃って、宇都宮城に立寄る。
藩主、本多正純は、快く三人を出迎えるのだった。
「忠利殿、お役目、ご苦労さまでございます」
「正純殿が自らでお出迎えとは、恐悦至極にございます」
「何の。いよいよ家光さまの天下となれば、年寄筆頭の忠利殿には、この正純もただ平伏するのみ。今から、その予行演習といったところです」
冗談めかして持ち上げるが、その腹の内では何を企んでいるのか。
忠利に付き従っていた、信綱は今回の普請工事に対して切り込んだ。
「この度、家光さまの御為に寝所の改装をなさっているそうですが、進捗はいかがでしょうか?」
能力はあっても、まだまだ若手である信綱のことを正純は軽く一瞥する。面倒くさそうな顔を隠そうともしないところは、完全に舐め腐っている証拠だった。
それでも、一応の礼儀をわきまえて返答はする。
「落成までは、あと一歩というところよ。途中で見るより、完全に仕上がってから、ご覧になった方がいいでしょうな」
予想通り、内部検分はさせてもらえないという感じだ。これ以上、踏み込めばいらぬ警戒を招くとして、信綱は自重することにする。
この後は、正純と忠利の上辺だけの和やかな会話に終始し、日光東照宮での事前打ち合わせの役目を終えるのだった。
丁度、その頃、福と息子・稲葉正勝は、植木藤右衛門の屋敷の中にいた。
それは正純の陰謀に関する調査結果を確認するためであったので、当然、その場には天秀と甲斐姫がいる。
その他、協力をいただいているとして、甲斐姫が福に津田算孝を紹介するのだった。
この場に至っては、福が藤右衛門を強引だが味方に引き入れたので、遠慮する必要はない。
これまでに確認できた内容を、誰に憚ることもなく話し合うことができた。
その際、不自然なほどに福が与五郎を持ち上げて話すため、初めて聞く名だが、藤右衛門の中で、好意的に与五郎のことが認識される。
これは、この会談の前に天秀から福にお願いしていたことで、お稲の協力を得るためには必要なことだと説明を受けたことを実践したのだ。
ただ、与五郎とお稲の関係は、まだ、伏せている。これは、お稲の意見を尊重した結果であった。
本題に入るまでの地ならしが大変だった分、この会談は福にとって、大変大きな収穫となる。
「思った通り、寝所に普請絵図にない仕掛けを施しているのですね」
「そうじゃ。その工事に使用している絵図を手に入れる手筈となっておる」
やはり、この二人にお願いして正解だった。その絵図があれば決定的な証拠となり、正純も追い込むことが可能となる。
その他、算孝から追加情報もあり、更に福を喜ばせた。
「堺の商人の話では、本多正純は銃、三千丁を注文したそうにございます」
幕府に申し出のない銃の購入は、御法度の一つとなる。
それが事実ならば正純を追い落とす、手札が、また一つ追加されることになるのだ。
但し、喜ばしいことばかりではない。
家康の七回忌まで、もう一月しかないのだ。
時間との勝負という側面もある。
「沢庵禅師がおっしゃったように、家光さまの宿泊場所を変更されるのも視野に入れた方がいいと思います」
天秀の意見には、福も概ね賛成だ。あと、問題なのは家光の一存で、通例を変えてよいかという一点。
何らかの説明を秀忠にしなければならなくなるのだが、最低でもその際には正純の悪行、証拠固めしておかなければならない。
とするならば、時間に追われるという点は変わらないのである。
「工程的に、工事の落成も間近というところじゃろう。何か宇都宮城内でも動きがあるかもしれん。その点、探らせよう」
とにかく、その設計絵図さえ手には入れば、大きく前進することだけは間違いない。
城内の様子と絵図の取得を最優先で当たることで、この話し合いは終わった。
最後に藤右衛門に、今日のことは他言無用と念を押して、福と正勝が屋敷を後にする。その動きに天秀、そして、甲斐姫と続いた。
そこにお稲が追いかけてやって来る。
「あの場では聞けませんでしたが、与五郎さんの様子、変わったところはありませんでしたか?」
「いや、聞いておらぬが・・・」
ここで甲斐姫の言葉が言い淀んだ。本当に大したことではないと思うのだが、気になることがあったのである。
それは、与五郎の度胸の良さというか、やけに肝が座っている点だった。
協力的なのはいいのだが、置かれている自分の状況を考えれば、もう少し、慌てふためいた様子があってもいいような気がする。
しかし、甲斐姫は頭を振ると、些末な事と決め込んだ。お稲を安心させるように笑顔を向ける。
「安心せい。何があっても、妾たちが与五郎を守るぞえ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げたお稲がいなくなると、甲斐姫はすぐに福を追いかけた。
甲斐姫には、更にもう一点、気になることがあったのである。
それは、天秀も同じ。先に福に追いついた天秀が、その件についての調査をお願いしているところを甲斐姫が目撃した。
ここに来て、二人はあの男の行動が気になる。
その調査の結果次第では、この宇都宮に渦巻く陰謀、因縁が大きく変化するかもしれない。
今回の一件、他にも何か隠されているような気が、天秀、甲斐姫ともにするのだった。
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