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第5章 宇都宮の陰謀 編
第48話 与五郎を探す男
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「瓢太さん、どうしてここに?」
甲斐姫との二人旅だとばかり思っていた天秀は、突然、瓢太が現れたことに驚いた。
しかも、その変装があまりにも見事で、瓢太の声を知る天秀だからこそ、やっと本人と気付いたのである。
「何だ、知らなかったのか?古寺でもちゃんと話を聞いていたぜ。あの和尚に捕まりそうになったけどな」
それはおそらく沢庵禅師のことだろう。天秀は今まで、まったく気づかず、愕然とした。
そんな二人のやり取りは置いておき、甲斐姫が本題を告げる。
「宇都宮城に潜入し、工事の様子を探れるかえ?」
「まぁ、やれると思うぜ。任せてくれ」
「さすがに正純も警戒しておるじゃろ。無理と思えば、すぐに撤退するのじゃぞ」
瓢太の「分かった」という返事は、その姿がいつの間にかいなくなってからのことだった。
いつ見ても風魔の技は、というか瓢太の技しか見ていないが、天秀は感心させられる。
「では、妾たちは宿で瓢太の帰りを待つといたすぞ」
とりあえず、今日のところは、打つ手も全て打ち、することがなくなったため、甲斐姫の提案通り宿へ向うことにした。
往来を歩いていると、先ほどの蕎麦屋の前を通過する。
その時であった。突然、店の外にまで、怒鳴り声が聞こえてきたのだ。
何事かと思い店を覗くと、騒ぎの主は、先ほど甲斐姫に投げ飛ばされた男だと分かる。
五十代と思しき男の胸倉を掴んで、喚きたてていた。
「いや、私は与五郎のことを聞こうと思っただけで・・・」
「あいつの話は、もうしたくねぇんだよ」
甲斐姫に投げ飛ばされて、よほど悔しかったのだろうか?与五郎の話に対して、拒否反応を起こしているようである。
そこに、甲斐姫と天秀の存在に気づくと、ばつが悪そうな顔をした。
すると、「与五郎のことだったら、あの人たちが何か知っているかもしれないぜ」と、勝手に紹介して、自席に戻り酒をかっ喰らっている。
一体、何時間、蕎麦屋に屯するつもりかと、甲斐姫は呆れるのだった。
絡まれていた男の方は、ジッと天秀と甲斐姫のことを見ている。
話しかけていいものか、迷っているようだが、何だか無視するのも申し訳ない気がした。
天秀の方から、声をかける。
「与五郎さんのお知り合いの方でしょうか?」
それには、男の方もホッとした様子。すぐに返事か帰って来た。
「与五郎とは、地元が一緒なんです。まぁ、親代わりと自負していたのですが、数年前に黙って家を飛び出して行ったものですから・・・」
方々探した末、ようやく宇都宮で手がかりを得たとのこと。途中、間は空いたりするものの、かれこれ五年以上探し続けていたそうだ。
「それは大変じゃったのう。しかし、与五郎という名は、それほど珍しくはないぞ」
「ええ。ですから、今回も外れかもしれませんが、こちらの与五郎さんは流れ者だと聞いています。もしかしたら、可能性は高いのかと思いまして・・・」
話を聞いていると、この男の苦労がしのばれ、天秀は心から同情する。
しかし、ここで残念なお知らせをしなければならなかった。
「申し上げにくいのですが、実は、与五郎さん。宇都宮城の普請工事に参加しまして、一カ月近く、外部と連絡をとることができないらしいんですよ」
「連絡がとれない?それは、また、どうしてですか?」
「工事を取仕切るお城の方で、大工の皆さんに対して、そういう規制をかけているそうなんです」
天秀の言葉に男は首を傾げる。やはり、どう考えても普通の工事とは思えない今回の警戒ぶり。
「秘密厳守と言っても、工事が終われば解散なのでしょう。情報の保持は難しいと思いますがね」
男に言われて、そのことに気づいた。言われてみれば、確かにそうである。
一カ月間の拘束に意味はないのだ。
では、他に何か目的があるのだろうか?
「ちょっと、私の方でも調べてみます」
男の方は何か気になることがあったのかもしれない。与五郎が宇都宮城で仕事をしていると聞いた時、一瞬、表情が強張ったのだ。
頭を下げて、この場を去ろうとするのを天秀が呼び止める。
「すいません。私は東慶寺の天秀という者です。失礼ですが、お名前を伺ってもいいですか?」
「ああ、私は津田算孝という者です。どうか、お見知りおき下さい」
算孝は、そのまま足早にいなくなる。その後ろ姿を見ながら、甲斐姫は妙に納得しているのだった。
「どうかしましたか?」
「いや、あの男、どうも硝煙の臭いが染みついていると思うたら、津田とはのう。それならば、話が分かる」
分からないのは天秀。詳しい説明を求めた。
甲斐姫の話では、鉄砲の技術に長けた根来衆という集団が紀伊国にいるらしく、彼らが扱う砲術を津田流と呼ぶらしい。
流祖は津田算長という紀伊国の土豪。おそらく算孝はその流れをくむ者だと推測したのだ。
とすれば、与五郎もその一族の一人なのだろうか?
何だか急に情報が増えたため、収拾がつかなくなる。
天秀と甲斐姫は、一旦、宿に向かって、落ち着くことにした。
何にせよ情報の整理が必要である。
「まぁ、瓢太の帰りも待たねばならん。それまで、のんびりするぞえ」
二人が宿泊するのは、温泉で有名な宿であった。
甲斐姫は着くなり、早速、満喫する様子。
まぁ、鎌倉から、ここまで歩き通しである。
しばしの休息も必要と、天秀も後を追い、名湯を堪能するのだった。
甲斐姫との二人旅だとばかり思っていた天秀は、突然、瓢太が現れたことに驚いた。
しかも、その変装があまりにも見事で、瓢太の声を知る天秀だからこそ、やっと本人と気付いたのである。
「何だ、知らなかったのか?古寺でもちゃんと話を聞いていたぜ。あの和尚に捕まりそうになったけどな」
それはおそらく沢庵禅師のことだろう。天秀は今まで、まったく気づかず、愕然とした。
そんな二人のやり取りは置いておき、甲斐姫が本題を告げる。
「宇都宮城に潜入し、工事の様子を探れるかえ?」
「まぁ、やれると思うぜ。任せてくれ」
「さすがに正純も警戒しておるじゃろ。無理と思えば、すぐに撤退するのじゃぞ」
瓢太の「分かった」という返事は、その姿がいつの間にかいなくなってからのことだった。
いつ見ても風魔の技は、というか瓢太の技しか見ていないが、天秀は感心させられる。
「では、妾たちは宿で瓢太の帰りを待つといたすぞ」
とりあえず、今日のところは、打つ手も全て打ち、することがなくなったため、甲斐姫の提案通り宿へ向うことにした。
往来を歩いていると、先ほどの蕎麦屋の前を通過する。
その時であった。突然、店の外にまで、怒鳴り声が聞こえてきたのだ。
何事かと思い店を覗くと、騒ぎの主は、先ほど甲斐姫に投げ飛ばされた男だと分かる。
五十代と思しき男の胸倉を掴んで、喚きたてていた。
「いや、私は与五郎のことを聞こうと思っただけで・・・」
「あいつの話は、もうしたくねぇんだよ」
甲斐姫に投げ飛ばされて、よほど悔しかったのだろうか?与五郎の話に対して、拒否反応を起こしているようである。
そこに、甲斐姫と天秀の存在に気づくと、ばつが悪そうな顔をした。
すると、「与五郎のことだったら、あの人たちが何か知っているかもしれないぜ」と、勝手に紹介して、自席に戻り酒をかっ喰らっている。
一体、何時間、蕎麦屋に屯するつもりかと、甲斐姫は呆れるのだった。
絡まれていた男の方は、ジッと天秀と甲斐姫のことを見ている。
話しかけていいものか、迷っているようだが、何だか無視するのも申し訳ない気がした。
天秀の方から、声をかける。
「与五郎さんのお知り合いの方でしょうか?」
それには、男の方もホッとした様子。すぐに返事か帰って来た。
「与五郎とは、地元が一緒なんです。まぁ、親代わりと自負していたのですが、数年前に黙って家を飛び出して行ったものですから・・・」
方々探した末、ようやく宇都宮で手がかりを得たとのこと。途中、間は空いたりするものの、かれこれ五年以上探し続けていたそうだ。
「それは大変じゃったのう。しかし、与五郎という名は、それほど珍しくはないぞ」
「ええ。ですから、今回も外れかもしれませんが、こちらの与五郎さんは流れ者だと聞いています。もしかしたら、可能性は高いのかと思いまして・・・」
話を聞いていると、この男の苦労がしのばれ、天秀は心から同情する。
しかし、ここで残念なお知らせをしなければならなかった。
「申し上げにくいのですが、実は、与五郎さん。宇都宮城の普請工事に参加しまして、一カ月近く、外部と連絡をとることができないらしいんですよ」
「連絡がとれない?それは、また、どうしてですか?」
「工事を取仕切るお城の方で、大工の皆さんに対して、そういう規制をかけているそうなんです」
天秀の言葉に男は首を傾げる。やはり、どう考えても普通の工事とは思えない今回の警戒ぶり。
「秘密厳守と言っても、工事が終われば解散なのでしょう。情報の保持は難しいと思いますがね」
男に言われて、そのことに気づいた。言われてみれば、確かにそうである。
一カ月間の拘束に意味はないのだ。
では、他に何か目的があるのだろうか?
「ちょっと、私の方でも調べてみます」
男の方は何か気になることがあったのかもしれない。与五郎が宇都宮城で仕事をしていると聞いた時、一瞬、表情が強張ったのだ。
頭を下げて、この場を去ろうとするのを天秀が呼び止める。
「すいません。私は東慶寺の天秀という者です。失礼ですが、お名前を伺ってもいいですか?」
「ああ、私は津田算孝という者です。どうか、お見知りおき下さい」
算孝は、そのまま足早にいなくなる。その後ろ姿を見ながら、甲斐姫は妙に納得しているのだった。
「どうかしましたか?」
「いや、あの男、どうも硝煙の臭いが染みついていると思うたら、津田とはのう。それならば、話が分かる」
分からないのは天秀。詳しい説明を求めた。
甲斐姫の話では、鉄砲の技術に長けた根来衆という集団が紀伊国にいるらしく、彼らが扱う砲術を津田流と呼ぶらしい。
流祖は津田算長という紀伊国の土豪。おそらく算孝はその流れをくむ者だと推測したのだ。
とすれば、与五郎もその一族の一人なのだろうか?
何だか急に情報が増えたため、収拾がつかなくなる。
天秀と甲斐姫は、一旦、宿に向かって、落ち着くことにした。
何にせよ情報の整理が必要である。
「まぁ、瓢太の帰りも待たねばならん。それまで、のんびりするぞえ」
二人が宿泊するのは、温泉で有名な宿であった。
甲斐姫は着くなり、早速、満喫する様子。
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