【完結】二つに一つ。 ~豊臣家最後の姫君

おーぷにんぐ☆あうと

文字の大きさ
上 下
44 / 134
第5章 宇都宮の陰謀 編

第43話 与五郎とお稲

しおりを挟む
下野国宇都宮しもつけのくにうつのみや藩の城下町で、若い男女が向き合っていた。
情熱的に抱き合った後、お互い深刻な顔をする。

与五郎よごろうさん。私たちは、この町で一緒になることは、どうしても難しいのかしら?」

その問いに与五郎は目を伏せた。自分は流れ者で、まだ見習い大工。
そして、目の前の女性、おいねは、この町の名士。庄屋、植木藤右衛門うえきとうえもんの一人娘である。
立場があまりにも違い過ぎるのだ。

せめて与五郎が一人前となり、大工の棟梁にでもなっていれば、胸を張って、「娘さんを下さい」と申し込めるのだが、それは現状、無理な話。

与五郎が一人前になる頃には、親の勧めで縁談話の一つや二つ、持ちあがり、お稲が望まぬ相手とやむなく結婚ということもあり得なくはない。

それを避け、どうしても添い遂げたい二人が出した結論は、駆け落ちしかなかった。

しかし、残念ながら、先立つものがこの二人にはない。
中々、決行を渋る理由がそこにあった。

そこで、何とか円満解決する方法はないかと、お稲は与五郎に聞いたのである。
この町でとなると、打開策が見つからない与五郎だったが、資金を得る方法に関してなら、光明が差す話が転がり込んでいた。

それは、徳川家の大々的な法要に関係する。
今年、家康の七回忌が日光東照宮で執り行われるのだが、将軍家が参拝したおりには、日帰りということはせず、宇都宮城に一泊するというのが常だった。

しかも、今回の年忌法要では、将軍の秀忠ではなく、お世継ぎの家光が参拝することが決まる。
これは、翌年の西暦1623年に秀忠が将軍職を退き、代わって家光が征夷大将軍に任じられることが内々で決まっていることから、その報告を兼ねてということだった。

この件で気合を入れたのは、藩主・本多正純ほんだまさずみ
家光の参拝が決まると、彼のために寝所を含めた宇都宮城の普請申請を幕府に申し出る。

この改修工事のために宇都宮藩では、腕のいい大工を募集することになったのだ。
与五郎は、それに応募すると言うのである。

これはまさに藩を上げての大仕事で、報酬が普段の仕事とは比べ物にならないくらいによかった。
また、ここでの仕事ぶりが評価された場合、お稲の父、藤右衛門に認められる可能性だってあるかもしれない。

まぁ、多くは望まなくても、完成報酬の小判二十両だけでも手に入れることができれば、与五郎としては十分なのだ。
それだけはあれば、お稲との駆け落ち資金としては十分にお釣りも来る。

「お稲さん。俺は宇都宮城の仕事に参加しようと思っている」

与五郎の言葉を聞いたお稲は複雑な表情を示す。その仕事の話は、父からも聞かされていたのだが、その条件の一つが気にかかったのだ。
それは、着工から落成まで、城から出ることも城外の者と連絡を取ることさえも許さないというもの。

将軍が休む寝所だけに、安全のため秘密を保持しようということだろうが、お稲からすると少々、やり過ぎなような気がしてならない。

お稲にはこの報酬の良さが、かえって不気味に感じるのだ。
しかし、二人の将来のために頑張ろうとしている与五郎に、正面切って、応募するのを思い留まるようには言えない。

「しばらく会えなくなるのは、淋しいわ」と、暗にほのめかすのがやっとだった。
ところが、与五郎は、そんなお稲の心情を察することができず、仕事が完了した後の明るい未来の事しか頭になかった。

「それは、俺も同じさ。だけど、この仕事が終わったら、ずっと一緒にいられる。それまで、我慢してくれよ」
「分かったわ。体にだけは、気をつけてね」

ここは、折れるしかないと思ったお稲は、与五郎の体の心配と無事に戻って来ることだけを願うことにする。
普通に考えれば、藩の公式な仕事で、滅多なことが起きるものではない。

「それじゃ、明日も早いから」
「ええ、おやすみなさい」

お稲の家の近くまで、他愛のない会話をしながら歩き、角を曲がれば、お屋敷というところで、二人は別れる。
植木家の家人に見られるのを避けるための措置だ。
これは、二人が逢引きした後、定番の別れ方である。

与五郎がいなくなると、お稲は大きくため息をついた。
本当は、もっと大切な話をしようと、今日、与五郎と会ったのだ。

でも、仕方がない。与五郎は、精一杯、自分のために頑張ってくれている。
そう言い聞かせると、お稲は、そっと自分のお腹に手を当てて慈しむように撫でた。
臨月には、まだ、程遠いが、この中に二人の大切な赤ちゃんがいたのである。

もし、この話をすれば与五郎は宇都宮城の仕事に集中することができなくなるだろう。
大工仕事は危険も伴う。それで、与五郎が怪我をするようなことがあれば、お稲はきっと後悔するはずだ。

幸い、工事は一月ほどで終わるらしい。
その程度であれば・・・

再会する時には、お腹もやや膨れかけ、与五郎にも話しやすくなるのではないかとも考える。
その時の、満面の笑顔となる与五郎の姿を思い浮かべた。

お稲は、家に着くまでの僅かの帰路で、暗いことを考えるは止めようと思い直す。
待つのも女の仕事と腹を据えるのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。 当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。 そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。 旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。 つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。 この小説は『カクヨム』にも投稿しています。

日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!― 栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。 それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。 月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...