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第4章 茶器と美しい姉妹 編
第39話 賊との闇対決
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夜半過ぎ。東慶寺、御用宿の柏屋。
皆が寝静まっている時間帯に、二階の廊下に潜む影がある。その正体は、権兵衛に雇われた鼠賊、通称『風』だった。
寺の朝は非常に早い。これよりもう少し、遅ければ起き出す者が出始める頃合いで、実に絶妙な時間帯での侵入である。
通常であれば、このまま難なく依頼達成といったところなのだが、この柏屋では、そうはいかなかった。
妙な気配を察した者が、二人ほどいたのである。
それは戦国最強の女傑・甲斐姫とその弟子の天秀だった。
しかも二階は、ちょうどこの二人に宛がわれた部屋がある階。侵入者にとっては不幸としかいいようがなかった。
『お、天秀の奴も気づいたようじゃな』
窓のない廊下は、月明かりも入らず闇夜と化している。
その中、甲斐姫は気配で、愛弟子も自室を出たのを感じた。
お互いの部屋の丁度、中間地点に侵入者がいるようで、師弟はこの賊を捕らえるべく、徐々に距離を詰めていく。
それにしても柏屋に賊が入るのは珍しい。少なくとも天秀がお世話になってからは、初めてのことだ。
相手のいる位置から、狙いは紫乃の部屋だと推測する。何故なら、今、柏屋には紫乃以外の客がいないからだ。
賊に狙われる可能性が一番高いのは、普段、柏屋にはいない紫乃ということになるのである。
紫乃には、この御用宿の決まりなのだが、施錠をしっかりとお願いしてあった。
一流の盗賊であれば、難なく解錠できる程度の鍵ではあるが、時間を稼ぐには十分。
賊が扉を開けようと作業に入った瞬間、二人は一気に距離を縮めて、挟み撃ちにする。
「なかなか手際がいいようじゃが、そこまでじゃ」
突然、背後から声がかかり、侵入者は扉を背に身構えた。
それまで気配を消していた甲斐姫が、牽制のために一気に殺気を放つ。
すると、侵入者は闇の中で、低い唸り声を発し始めるのだった。
何とも不気味なお腹に響く音である。これは敵に対する一種の威嚇方法なのだが、甲斐姫は昔、この技を得意とする人物と出会ったことがあるのを思い出した。
しかし、その人物はすでに亡くなっているはず。では、賊は技を継承する者かと勘ぐる。
だとすれば、非常に危険な相手だ。甲斐姫は、天秀に注意を促す。
「天秀、気をつけるのじゃ。もしかしたら、こやつ風魔の生き残りやもしれん」
甲斐姫の警戒を呼び掛ける声に天秀は、返事をしない。
声で位置がばれてしまうからだ。
甲斐姫の言葉通りであれば、ただのコソ泥ではなく自分の力量をはるかに上回る相手。
迂闊な事はできなくなった。
風魔とは昔、相模国、小田原城を居城としていた北条家に仕えた忍び集団の名前。
甲斐姫の実家、成田家は昔、小田原城の支城・忍城を守っていた関係から、風魔の技を見知っていたのであろう。
天秀は、自分は牽制役に務め、とどめは甲斐姫に刺してもらうしかないと考えた。
ところが、闇夜は風魔の主戦場。
どうやら、天秀の位置が相手に知られたようで、与しやすい方、めがけて飛び込んできた。
初太刀を何とか短刀で受け止めるも、飛ばされて肩を痛打する。
幸いだったのは、天秀の体が軽すぎて、予想外に遠くに飛ばされたことだった。それで相手との距離が開いたのである。
そこで賊が、天秀に詰め寄ろうか判断に迷っている間を甲斐姫に狙われた。
まぁ、それは虎に背中を見せた賊も悪い。
瞬時に間合いを詰められて、手刀を喰らい気絶させられるのだった。
ただ、それは天秀に襲いかかろうとした瞬間でもあったため、気を失った相手の重みが倒れている天秀の上にのしかかる。
運悪くというか間が悪いというか、賊が倒れた拍子に天秀と顔が重なるのだった。
一瞬、唇同士が触れ、瞬間的に賊を払いのける。
「きゃー。痛い」
痛めた肩に力を込めたため、悲鳴と悲痛の叫びが立て続けに天秀から出た。
この大声が柏屋の中に響きわたると、驚いた柏屋の住み込みの人たちが目を覚ます。何事かとぞろぞろ起き出してくるのだった。
「うむ。骨には異状がないようじゃ、大丈夫じゃろ。ただ、二、三日は肩が上がらぬかもしれんのう」
天秀が痛めた肩を甲斐姫が診断すると、ただの打撲のようだったので安心する。
ただ、天秀は別のことで心臓が爆発しそうだった。何とか平静を取り戻そうと努力する。
『あれは、ただの事故なのだから、気にすることないわ』
そう思いながらも、自身の唇に触れると、顔を赤らめてしまうのであった。
そんな天秀とは別に、柏屋の面々は、甲斐姫が捕らえたという賊を前にして騒がしくしている。
縄目姿とはいえ、目の前の人物が伝説にも近い忍びの一人とあっては、落ち着いていられないのだ。
「この人が本当に風魔の一族なんですか?」
「うむ。恐らくな」
明るい所で見た賊は、意外と若く。まだ、十代のように見える。
猿ぐつわはしていないが、先ほどから、そっぽを向いて黙っていた。
こうして見ると、ただの少年のようにしか見えず、そう証言するのが甲斐姫ではなかったら、誰も信じない話である。
それにお多江の記憶では確か風魔一族は、十五、六年前に幕府の手によって一掃されていたはずだ。
高坂甚内というこちらも後に大盗賊と判明するのだが、彼が主導して風魔狩りが行われたと、当時、世間を相当、騒がせたのである。
目の前の少年は、随分と若く、どうやってその時の難を逃れたのか不思議であった。
「まぁ、朝になってから右衛門に引き渡して終わりじゃ。皆は、また眠るがよい。妾が見張っている」
そう言われても、簡単に眠れるものではない。
狙われた本人、紫乃に至っては、尚更だった。
ただ、この紫乃に関しては、朝一にでも再び身元調べを実施する必要が生まれる。
このような手練れを雇ってまで、盗みに入られる何かを隠し持っているということになるからだ。
そうこうしている内に、朝鳥の鳴き声が聞こえ始めた。
空が白ずんでくると、朝の到来を誰もが知る。
今日は、何だか長い一日になりそうだった。
皆が寝静まっている時間帯に、二階の廊下に潜む影がある。その正体は、権兵衛に雇われた鼠賊、通称『風』だった。
寺の朝は非常に早い。これよりもう少し、遅ければ起き出す者が出始める頃合いで、実に絶妙な時間帯での侵入である。
通常であれば、このまま難なく依頼達成といったところなのだが、この柏屋では、そうはいかなかった。
妙な気配を察した者が、二人ほどいたのである。
それは戦国最強の女傑・甲斐姫とその弟子の天秀だった。
しかも二階は、ちょうどこの二人に宛がわれた部屋がある階。侵入者にとっては不幸としかいいようがなかった。
『お、天秀の奴も気づいたようじゃな』
窓のない廊下は、月明かりも入らず闇夜と化している。
その中、甲斐姫は気配で、愛弟子も自室を出たのを感じた。
お互いの部屋の丁度、中間地点に侵入者がいるようで、師弟はこの賊を捕らえるべく、徐々に距離を詰めていく。
それにしても柏屋に賊が入るのは珍しい。少なくとも天秀がお世話になってからは、初めてのことだ。
相手のいる位置から、狙いは紫乃の部屋だと推測する。何故なら、今、柏屋には紫乃以外の客がいないからだ。
賊に狙われる可能性が一番高いのは、普段、柏屋にはいない紫乃ということになるのである。
紫乃には、この御用宿の決まりなのだが、施錠をしっかりとお願いしてあった。
一流の盗賊であれば、難なく解錠できる程度の鍵ではあるが、時間を稼ぐには十分。
賊が扉を開けようと作業に入った瞬間、二人は一気に距離を縮めて、挟み撃ちにする。
「なかなか手際がいいようじゃが、そこまでじゃ」
突然、背後から声がかかり、侵入者は扉を背に身構えた。
それまで気配を消していた甲斐姫が、牽制のために一気に殺気を放つ。
すると、侵入者は闇の中で、低い唸り声を発し始めるのだった。
何とも不気味なお腹に響く音である。これは敵に対する一種の威嚇方法なのだが、甲斐姫は昔、この技を得意とする人物と出会ったことがあるのを思い出した。
しかし、その人物はすでに亡くなっているはず。では、賊は技を継承する者かと勘ぐる。
だとすれば、非常に危険な相手だ。甲斐姫は、天秀に注意を促す。
「天秀、気をつけるのじゃ。もしかしたら、こやつ風魔の生き残りやもしれん」
甲斐姫の警戒を呼び掛ける声に天秀は、返事をしない。
声で位置がばれてしまうからだ。
甲斐姫の言葉通りであれば、ただのコソ泥ではなく自分の力量をはるかに上回る相手。
迂闊な事はできなくなった。
風魔とは昔、相模国、小田原城を居城としていた北条家に仕えた忍び集団の名前。
甲斐姫の実家、成田家は昔、小田原城の支城・忍城を守っていた関係から、風魔の技を見知っていたのであろう。
天秀は、自分は牽制役に務め、とどめは甲斐姫に刺してもらうしかないと考えた。
ところが、闇夜は風魔の主戦場。
どうやら、天秀の位置が相手に知られたようで、与しやすい方、めがけて飛び込んできた。
初太刀を何とか短刀で受け止めるも、飛ばされて肩を痛打する。
幸いだったのは、天秀の体が軽すぎて、予想外に遠くに飛ばされたことだった。それで相手との距離が開いたのである。
そこで賊が、天秀に詰め寄ろうか判断に迷っている間を甲斐姫に狙われた。
まぁ、それは虎に背中を見せた賊も悪い。
瞬時に間合いを詰められて、手刀を喰らい気絶させられるのだった。
ただ、それは天秀に襲いかかろうとした瞬間でもあったため、気を失った相手の重みが倒れている天秀の上にのしかかる。
運悪くというか間が悪いというか、賊が倒れた拍子に天秀と顔が重なるのだった。
一瞬、唇同士が触れ、瞬間的に賊を払いのける。
「きゃー。痛い」
痛めた肩に力を込めたため、悲鳴と悲痛の叫びが立て続けに天秀から出た。
この大声が柏屋の中に響きわたると、驚いた柏屋の住み込みの人たちが目を覚ます。何事かとぞろぞろ起き出してくるのだった。
「うむ。骨には異状がないようじゃ、大丈夫じゃろ。ただ、二、三日は肩が上がらぬかもしれんのう」
天秀が痛めた肩を甲斐姫が診断すると、ただの打撲のようだったので安心する。
ただ、天秀は別のことで心臓が爆発しそうだった。何とか平静を取り戻そうと努力する。
『あれは、ただの事故なのだから、気にすることないわ』
そう思いながらも、自身の唇に触れると、顔を赤らめてしまうのであった。
そんな天秀とは別に、柏屋の面々は、甲斐姫が捕らえたという賊を前にして騒がしくしている。
縄目姿とはいえ、目の前の人物が伝説にも近い忍びの一人とあっては、落ち着いていられないのだ。
「この人が本当に風魔の一族なんですか?」
「うむ。恐らくな」
明るい所で見た賊は、意外と若く。まだ、十代のように見える。
猿ぐつわはしていないが、先ほどから、そっぽを向いて黙っていた。
こうして見ると、ただの少年のようにしか見えず、そう証言するのが甲斐姫ではなかったら、誰も信じない話である。
それにお多江の記憶では確か風魔一族は、十五、六年前に幕府の手によって一掃されていたはずだ。
高坂甚内というこちらも後に大盗賊と判明するのだが、彼が主導して風魔狩りが行われたと、当時、世間を相当、騒がせたのである。
目の前の少年は、随分と若く、どうやってその時の難を逃れたのか不思議であった。
「まぁ、朝になってから右衛門に引き渡して終わりじゃ。皆は、また眠るがよい。妾が見張っている」
そう言われても、簡単に眠れるものではない。
狙われた本人、紫乃に至っては、尚更だった。
ただ、この紫乃に関しては、朝一にでも再び身元調べを実施する必要が生まれる。
このような手練れを雇ってまで、盗みに入られる何かを隠し持っているということになるからだ。
そうこうしている内に、朝鳥の鳴き声が聞こえ始めた。
空が白ずんでくると、朝の到来を誰もが知る。
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