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第3章 家光の元服 編
第28話 美代の秘密
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美代が天秀からお茶を受けとり、暫くすると、幾分、落ち着いた様子。涙の方も止まっていた。
だが、「ごめんなさい。明日、お話するのでは、駄目でしょうか?」と、小さな声を絞り出すのである。
それ以上は何も語らず、うつむいてしまった。
「仕方ないねぇ。今晩、ゆっくりと考えて、頭の中で整理するんだよ」
お多江も、身元調べの続行は不可能と判断し、優しい言葉をかける。
頷く美代を確認すると、女中を呼んで、部屋を案内させた。
まぁ、勇気を持って駆け込んだはいいが、美代のように、その行動に思い悩む女性は少なからずいる。
そういった相手には、十分に考える時間を与えて、気持ちを整理させるのが一番なのである。
明日の午前から、身元調べを再開することにした。
しかし、翌日、その前にある事件が起きてしまうのだった。
「おい、ここに美代って、女はいるかい?」
「何じゃ、ぬしらは?」
丁度、甲斐姫が出かけようと下に降りてきた時、ガラの悪い男が数人、柏屋を訪れたのだ。
出て来た女性の思わぬ迫力に、一瞬、たじろぐが、最初から、力押しする気はなかったよう。
「いや、ここで揉める気はなぇよ。俺たちは、美代って女に用事があるだけさ」
ついこないだ、柏屋の前で行われた大立ち回りは、ちょっとした有名話になっていた。
裏柳生の手練れを撃退したという噂は、尾ひれがついて、酒の肴にはぴったりの武勇伝となり、巷で囁かれている。
あれからというもの柏屋で暴れようとする手合いは、随分と減ったのだった。
柏屋としては、余計な手間が減って、大助かりである。
この男たちの来訪に、お多江たちより先に登羽が気づいた。すると、目を細めて、凝視する。
『あの男たち、・・・もしや?』
記憶の淵を辿っているところ、美代が慌てて、やって来た。男たちの顔を見て青ざめるが、今は東慶寺の庇護を受けている。
勇気を振り絞って、前に出た。
「こんなところまで来て、何の用事ですか?」
「大した手間はとらせねぇよ。ただ、親切にあることを伝えておこうと思ってな」
そう言いながら、男の一人がゆっくりと美代の後ろに回り込んで、耳元で囁いた。
「由吉って野郎を預かっているぜ。どうする?」
「なっ・・・由吉さんは関係ないでしょ。こうして、縁切り寺にも来ているのだから」
「あのなぁ。縁切り寺に来たって、離縁状もらってなければ、まだ夫婦だ。じゃあ、夫には、嫁の借金を支払う義務があるよな」
男は柏屋の中に響きわたるほどの大声で、わざと叫ぶ。
美代の立場を苦しくしようとしたのだ。
『美代さんに借金』
確かに狙い通り、柏屋の中は、一時、騒然となった。
そこにお多江が登場し、女中たちを貫禄で落ち着かせる。
人間、生きている以上、すねに傷を持つことだってあるのだ。そもそも、こんな男たちの言い分を、一方的に信じるほど、お多江は馬鹿ではない。
本日、行う予定の身元調べで、はっきりとさせればいいだけの話なのだ。
借金取りたちは、手強そうな女将の登場に、さっさと自分たちの仕事をしようと、美代の手を引いて連れ出そうとする。
「駄目です。美代さんは、東慶寺で身柄を預かっている途中です」
それを天秀が美代の反対の手を取って、止めた。まだ、美代の口からは、何も聞かされていない以上、東慶寺の立場は変わらない。
「そういうことじゃな」
甲斐姫が柏屋の出入口に仁王立ちすると、借金取りは舌打ちをした。
あともう少しで、上手くいったのにと、悔しがるのである。
美代は、そんな借金取りの手を振り払うと、意を決して、驚くことを言うのだった。
「あなたたちは、勘違いをしています。由吉さんと私は、結婚なんかしていません」
「えっ」
その爆弾発言には、借金取りはおろか、柏屋の中にいる全員が驚いた。
何か訳ありの感じはしていたが、そんな事実が隠されていたとは・・・
しかし、それでは、何のために東慶寺に駆け込んできたのかと、疑問が残った。
借金取りたちも動揺するが、ここで引っ込むわけにもいかない。
「そ、そんな言葉に騙されるわけがねぇだろ。・・・とにかく、由吉は預かっている。それだけは、伝えたからな」
今すぐ、美代を連れ出すことは無理だと判断した借金取りたちは、当初の目的の一つである、由吉の情報だけを伝えて、去って行った。
男たちがいなくなった柏屋の中が、しばらく静かになるのだが、「ちょっと、詳しい話を聞かせてもらえるかい」と、お多江が沈黙を破る。
「分かりました。全てをお話します」
もはや、何も隠すことはできないと覚悟を決めた美代は、昨日、身元調べを行ったお座敷へ、自ら歩き出した。
その時、佐与が慌ててみんなの前に現れる。
「お、奥で、登羽さんが倒れています。お、お医者さまを呼んで下さい」
一堂、急いで登羽の元へ駆け寄ると、顔面蒼白で床に倒れていた。
時おり、登羽が嫌な咳をしているのを、天秀も気にはしていたのだが、まさか倒れるほどとは・・・
「まずは、お布団の上に寝かせましょう」
お多江の指示で、登羽を皆で運んだ。
色んなことが同時に起きて、収拾がつかなくなってくる。
そこに柏屋の出入口の方から、甲斐姫の声がした。
「おぬし、一人で行っても解決しないぞえ。まずは、全てを話してからでも遅くはないと思うがのう」
「でも、由吉さんが・・・分かりました」
慌ただしくなった隙をついて、美代が単独で借金取りのところに向かおうとしたようだが、どうやら甲斐姫に見つかってしまったらしい。
美代はうなだれて、柏屋の中へと戻って行く。
「もう、何から手をつけりゃいいんだい」
お多江の叫びに、皆、心から同意するのだった。
だが、「ごめんなさい。明日、お話するのでは、駄目でしょうか?」と、小さな声を絞り出すのである。
それ以上は何も語らず、うつむいてしまった。
「仕方ないねぇ。今晩、ゆっくりと考えて、頭の中で整理するんだよ」
お多江も、身元調べの続行は不可能と判断し、優しい言葉をかける。
頷く美代を確認すると、女中を呼んで、部屋を案内させた。
まぁ、勇気を持って駆け込んだはいいが、美代のように、その行動に思い悩む女性は少なからずいる。
そういった相手には、十分に考える時間を与えて、気持ちを整理させるのが一番なのである。
明日の午前から、身元調べを再開することにした。
しかし、翌日、その前にある事件が起きてしまうのだった。
「おい、ここに美代って、女はいるかい?」
「何じゃ、ぬしらは?」
丁度、甲斐姫が出かけようと下に降りてきた時、ガラの悪い男が数人、柏屋を訪れたのだ。
出て来た女性の思わぬ迫力に、一瞬、たじろぐが、最初から、力押しする気はなかったよう。
「いや、ここで揉める気はなぇよ。俺たちは、美代って女に用事があるだけさ」
ついこないだ、柏屋の前で行われた大立ち回りは、ちょっとした有名話になっていた。
裏柳生の手練れを撃退したという噂は、尾ひれがついて、酒の肴にはぴったりの武勇伝となり、巷で囁かれている。
あれからというもの柏屋で暴れようとする手合いは、随分と減ったのだった。
柏屋としては、余計な手間が減って、大助かりである。
この男たちの来訪に、お多江たちより先に登羽が気づいた。すると、目を細めて、凝視する。
『あの男たち、・・・もしや?』
記憶の淵を辿っているところ、美代が慌てて、やって来た。男たちの顔を見て青ざめるが、今は東慶寺の庇護を受けている。
勇気を振り絞って、前に出た。
「こんなところまで来て、何の用事ですか?」
「大した手間はとらせねぇよ。ただ、親切にあることを伝えておこうと思ってな」
そう言いながら、男の一人がゆっくりと美代の後ろに回り込んで、耳元で囁いた。
「由吉って野郎を預かっているぜ。どうする?」
「なっ・・・由吉さんは関係ないでしょ。こうして、縁切り寺にも来ているのだから」
「あのなぁ。縁切り寺に来たって、離縁状もらってなければ、まだ夫婦だ。じゃあ、夫には、嫁の借金を支払う義務があるよな」
男は柏屋の中に響きわたるほどの大声で、わざと叫ぶ。
美代の立場を苦しくしようとしたのだ。
『美代さんに借金』
確かに狙い通り、柏屋の中は、一時、騒然となった。
そこにお多江が登場し、女中たちを貫禄で落ち着かせる。
人間、生きている以上、すねに傷を持つことだってあるのだ。そもそも、こんな男たちの言い分を、一方的に信じるほど、お多江は馬鹿ではない。
本日、行う予定の身元調べで、はっきりとさせればいいだけの話なのだ。
借金取りたちは、手強そうな女将の登場に、さっさと自分たちの仕事をしようと、美代の手を引いて連れ出そうとする。
「駄目です。美代さんは、東慶寺で身柄を預かっている途中です」
それを天秀が美代の反対の手を取って、止めた。まだ、美代の口からは、何も聞かされていない以上、東慶寺の立場は変わらない。
「そういうことじゃな」
甲斐姫が柏屋の出入口に仁王立ちすると、借金取りは舌打ちをした。
あともう少しで、上手くいったのにと、悔しがるのである。
美代は、そんな借金取りの手を振り払うと、意を決して、驚くことを言うのだった。
「あなたたちは、勘違いをしています。由吉さんと私は、結婚なんかしていません」
「えっ」
その爆弾発言には、借金取りはおろか、柏屋の中にいる全員が驚いた。
何か訳ありの感じはしていたが、そんな事実が隠されていたとは・・・
しかし、それでは、何のために東慶寺に駆け込んできたのかと、疑問が残った。
借金取りたちも動揺するが、ここで引っ込むわけにもいかない。
「そ、そんな言葉に騙されるわけがねぇだろ。・・・とにかく、由吉は預かっている。それだけは、伝えたからな」
今すぐ、美代を連れ出すことは無理だと判断した借金取りたちは、当初の目的の一つである、由吉の情報だけを伝えて、去って行った。
男たちがいなくなった柏屋の中が、しばらく静かになるのだが、「ちょっと、詳しい話を聞かせてもらえるかい」と、お多江が沈黙を破る。
「分かりました。全てをお話します」
もはや、何も隠すことはできないと覚悟を決めた美代は、昨日、身元調べを行ったお座敷へ、自ら歩き出した。
その時、佐与が慌ててみんなの前に現れる。
「お、奥で、登羽さんが倒れています。お、お医者さまを呼んで下さい」
一堂、急いで登羽の元へ駆け寄ると、顔面蒼白で床に倒れていた。
時おり、登羽が嫌な咳をしているのを、天秀も気にはしていたのだが、まさか倒れるほどとは・・・
「まずは、お布団の上に寝かせましょう」
お多江の指示で、登羽を皆で運んだ。
色んなことが同時に起きて、収拾がつかなくなってくる。
そこに柏屋の出入口の方から、甲斐姫の声がした。
「おぬし、一人で行っても解決しないぞえ。まずは、全てを話してからでも遅くはないと思うがのう」
「でも、由吉さんが・・・分かりました」
慌ただしくなった隙をついて、美代が単独で借金取りのところに向かおうとしたようだが、どうやら甲斐姫に見つかってしまったらしい。
美代はうなだれて、柏屋の中へと戻って行く。
「もう、何から手をつけりゃいいんだい」
お多江の叫びに、皆、心から同意するのだった。
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