22 / 134
第3章 家光の元服 編
第21話 竹千代の訪問
しおりを挟む
「誰かあるか?」
東慶寺、御用宿・柏屋の敷居を三人の侍が跨ぐ。
三人とも若いのだが、真ん中の侍が際立って若かった。
それもそのはず、その一人の髪型は若衆髷。つまり、元服前なのである。
この侍たちの対応をしたのは、お多江だった。
「へい。何か御用でしょうか?」
「うむ。こちらに天秀という尼僧見習いがいると聞いている。会えるか?」
その問いにお多江は、考え込む。天秀に、侍の知り合いがいるとは思えなかった。
名前を確認しようにも、相手の侍は妙にはぐらかす。これでは、どういう関係かまったく分からないのだ。
『本当のことを話して、天秀ちゃんが問題に巻き込まれるのも困りもの・・・』
判断がなかなか、難しいのである。
お多江が苦心している場面に、自室から出て来た甲斐姫が出くわすと、瞬時に身を隠した。
『あの真ん中の侍。・・・もしや・・』
思い当たる人物だと確信すると、そのまま、身を隠して、事の成り行きを見守ることにする。
「いるのか、いないのか、はっきりして頂きたい」
返答にまごつくお多江に、業を煮やして、侍の一人が語気を強めた。この程度、恫喝の部類にも入らないため、お多江にとっては慣れたもの。
特に慌てることなく思案した結果、まずは正直に答えようと決める。
「天秀ちゃんでしたら、今はお寺で修業中です。あと、一時※1ほどすれば、戻ると思いますので、お待ちいただけますかね」
「一時も待てと言うのか」
強い口調の侍が更に声を高くするが、年少の侍が止めた。
「よい。約束もなく、訪問した我らに非がある。当然、先方にも都合があるだろう。今日は、風も心地よさそうだ。外で待たせていただこうではないか。」
どうやら、元服前の侍が主筋で、他の二人はお供のようである。
お多江と話していた侍は、待つと言った侍に渋々ながら従うのだった。
元服前の侍と、もう一人の侍は礼儀正しくお辞儀をする。ただ、興奮している一人は、まだ、納得していないのか、プイとさっさと出て行った。
その様子に、お付きのもう一人の男が謝罪する。
「事情があって、あまり長居できないので、つい態度に出てしまったのだ。申し訳ない」
「いいえ。ここに来る男性の中では、全然、ましな方ですよ」
お多江は、まったく気にせず、微笑んで送り出すのだった。
侍がいなくなると、ゆっくりと甲斐姫が現れる。
「それにしても、お多江殿の肝っ玉には敬服するのう」
「何のことです?それより、甲斐姫さんに相談があるんですよ」
「先ほどの侍のことじゃな?」
どうやら、甲斐姫も侍たちが来訪していたことに気づいていたようだ。
話が早く済んで助かる。
「天秀ちゃんに用って、一体、何でしょうかね?」
「徳川の跡取りの考えることじゃ。妾にも分からん」
「え?」
聞きなれない言葉が甲斐姫から出たことに、お多江の動きが固まった。
自分の聞き間違いの可能性があるため、念のために、もう一度、確認する。
「あの・・・甲斐姫さん、今、何て、おっしゃいました?」
「先ほどの元服前の侍は、秀忠の息子の竹千代じゃ」
「えーっ」
お多江の悲鳴に近い叫び声が、柏屋の中にこだまするのだった。
外で待つ竹千代は、手ごろな大きさの石を椅子代わりに腰を掛けていた。
何やら柏屋が騒がしくなっているのを楽し気に見つめた。
「それにしても、落ち着きのない御用宿ですね」
「正勝、そう言うな。愉快なところではないか」
先ほど、お多江に対して興奮した姿を見せたのは、竹千代の乳兄弟である稲葉正勝。
そして、もう一人の侍は、竹千代の知恵袋、松平信綱である。
その信綱は、ある心配をしていた。
「お福さまに伝えずに来ましたが、本当に良かったのでしょうか?」
「伝えていたら、絶対、止められたであろう。豊臣の遺児に会うなど」
竹千代の言葉に一堂、頷く。お福とは、斎藤福のことで、竹千代の乳母を務めた女性だった。
後の世では、春日局と呼ばれ、大奥制度を確立させた人物でもある。
「しかし、母上のこと。今頃、勘付いているやもしれませんぞ」
お福の息子、正勝は自分の母のことをよく知っていた。もしかしたら、竹千代を追って、すでに江戸から鎌倉へ向かっている可能性も考えられる。
「まぁ、間もなく天秀に会える。少し話がしたいだけじゃ。ここまで来れば、お福に邪魔されることもあるまいて」
竹千代は、そう言って天秀の戻りを待った。
一方、その頃、当の天秀は丁度、お勤めを終えて、東慶寺の山階段に足を踏み出すところ。
「少し、遅くなったかしら」と、いいながらも、慎重に一歩ずつ降りて行った。
この階段は、慌てて降りると、転げ落ちそうになるのである。
やっとのことで、階段を降りきり、通りに出ると、そこで見慣れぬ薬売りとすれ違った。
その時、ふと何か違和感を覚える。しかし、天秀が振り返ると、その薬売りの姿は、どこにもなかった。
首を傾げる天秀だったが、そんなことに構っていられない。今日はお勤めが手間取って、帰りが遅くなっているのだ。
急ぎ足で、柏屋へと向かうのであった。
※1:現代の2時間程度
東慶寺、御用宿・柏屋の敷居を三人の侍が跨ぐ。
三人とも若いのだが、真ん中の侍が際立って若かった。
それもそのはず、その一人の髪型は若衆髷。つまり、元服前なのである。
この侍たちの対応をしたのは、お多江だった。
「へい。何か御用でしょうか?」
「うむ。こちらに天秀という尼僧見習いがいると聞いている。会えるか?」
その問いにお多江は、考え込む。天秀に、侍の知り合いがいるとは思えなかった。
名前を確認しようにも、相手の侍は妙にはぐらかす。これでは、どういう関係かまったく分からないのだ。
『本当のことを話して、天秀ちゃんが問題に巻き込まれるのも困りもの・・・』
判断がなかなか、難しいのである。
お多江が苦心している場面に、自室から出て来た甲斐姫が出くわすと、瞬時に身を隠した。
『あの真ん中の侍。・・・もしや・・』
思い当たる人物だと確信すると、そのまま、身を隠して、事の成り行きを見守ることにする。
「いるのか、いないのか、はっきりして頂きたい」
返答にまごつくお多江に、業を煮やして、侍の一人が語気を強めた。この程度、恫喝の部類にも入らないため、お多江にとっては慣れたもの。
特に慌てることなく思案した結果、まずは正直に答えようと決める。
「天秀ちゃんでしたら、今はお寺で修業中です。あと、一時※1ほどすれば、戻ると思いますので、お待ちいただけますかね」
「一時も待てと言うのか」
強い口調の侍が更に声を高くするが、年少の侍が止めた。
「よい。約束もなく、訪問した我らに非がある。当然、先方にも都合があるだろう。今日は、風も心地よさそうだ。外で待たせていただこうではないか。」
どうやら、元服前の侍が主筋で、他の二人はお供のようである。
お多江と話していた侍は、待つと言った侍に渋々ながら従うのだった。
元服前の侍と、もう一人の侍は礼儀正しくお辞儀をする。ただ、興奮している一人は、まだ、納得していないのか、プイとさっさと出て行った。
その様子に、お付きのもう一人の男が謝罪する。
「事情があって、あまり長居できないので、つい態度に出てしまったのだ。申し訳ない」
「いいえ。ここに来る男性の中では、全然、ましな方ですよ」
お多江は、まったく気にせず、微笑んで送り出すのだった。
侍がいなくなると、ゆっくりと甲斐姫が現れる。
「それにしても、お多江殿の肝っ玉には敬服するのう」
「何のことです?それより、甲斐姫さんに相談があるんですよ」
「先ほどの侍のことじゃな?」
どうやら、甲斐姫も侍たちが来訪していたことに気づいていたようだ。
話が早く済んで助かる。
「天秀ちゃんに用って、一体、何でしょうかね?」
「徳川の跡取りの考えることじゃ。妾にも分からん」
「え?」
聞きなれない言葉が甲斐姫から出たことに、お多江の動きが固まった。
自分の聞き間違いの可能性があるため、念のために、もう一度、確認する。
「あの・・・甲斐姫さん、今、何て、おっしゃいました?」
「先ほどの元服前の侍は、秀忠の息子の竹千代じゃ」
「えーっ」
お多江の悲鳴に近い叫び声が、柏屋の中にこだまするのだった。
外で待つ竹千代は、手ごろな大きさの石を椅子代わりに腰を掛けていた。
何やら柏屋が騒がしくなっているのを楽し気に見つめた。
「それにしても、落ち着きのない御用宿ですね」
「正勝、そう言うな。愉快なところではないか」
先ほど、お多江に対して興奮した姿を見せたのは、竹千代の乳兄弟である稲葉正勝。
そして、もう一人の侍は、竹千代の知恵袋、松平信綱である。
その信綱は、ある心配をしていた。
「お福さまに伝えずに来ましたが、本当に良かったのでしょうか?」
「伝えていたら、絶対、止められたであろう。豊臣の遺児に会うなど」
竹千代の言葉に一堂、頷く。お福とは、斎藤福のことで、竹千代の乳母を務めた女性だった。
後の世では、春日局と呼ばれ、大奥制度を確立させた人物でもある。
「しかし、母上のこと。今頃、勘付いているやもしれませんぞ」
お福の息子、正勝は自分の母のことをよく知っていた。もしかしたら、竹千代を追って、すでに江戸から鎌倉へ向かっている可能性も考えられる。
「まぁ、間もなく天秀に会える。少し話がしたいだけじゃ。ここまで来れば、お福に邪魔されることもあるまいて」
竹千代は、そう言って天秀の戻りを待った。
一方、その頃、当の天秀は丁度、お勤めを終えて、東慶寺の山階段に足を踏み出すところ。
「少し、遅くなったかしら」と、いいながらも、慎重に一歩ずつ降りて行った。
この階段は、慌てて降りると、転げ落ちそうになるのである。
やっとのことで、階段を降りきり、通りに出ると、そこで見慣れぬ薬売りとすれ違った。
その時、ふと何か違和感を覚える。しかし、天秀が振り返ると、その薬売りの姿は、どこにもなかった。
首を傾げる天秀だったが、そんなことに構っていられない。今日はお勤めが手間取って、帰りが遅くなっているのだ。
急ぎ足で、柏屋へと向かうのであった。
※1:現代の2時間程度
3
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。

矛先を折る!【完結】
おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。
当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。
そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。
旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。
つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。
この小説は『カクヨム』にも投稿しています。
日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―
優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!―
栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。
それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。
月の後半のみ、毎日10時頃更新しています。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる