キスマーク

凪司工房

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 大学のキャンパスまで歩いて来たけど、午後の授業中だからか誰もベンチにはいなかった。

「な、引いただろ?」

 そこに座って水川にラーメン屋で話せなかった続きを全て話し終えると、俺はからりと笑う。

「おう、デート中だったか。そりゃ失礼したわ」

 先輩は俺の姿を見つけて手を上げながらやってくる。その手には頼んでおいた講義の過去問だろう。紙の束が握られていて、俯いたままの水川を気にしながらも手渡してくれた。

「すんません」

 小さく下げた頭を軽く叩き、眼鏡の奥の目が鋭い喜多見が尋ねる。

「この子。この前連れてきてた子か。サークル入るの?」
「えっと」

 水川は助けを求めるように俺を見てくるから、仕方なく代わりに答えてやる。

「サークルは軽音入ってるらしいんで」
「あっそ」

 先輩はそのまま立ち去るかと思ったが水川が気に入ったのか、彼女の前に立ったまま俺に週末の清掃ボランティアに参加するように言ってくる。

「今週はちょっと」
「ちょっとって何だよ? 彼女とデートか? そんな暇あったらお前ちゃんと勉強しろよ。留年なんてなったらかっこつかないぞ」

 話しながらもちらちらと彼女のシャツの中を覗き込む。

「じゃあさ、こいつの代わりに出てみる?」
「え? わたしですか?」

 見た目は派手に思われるけど、水川はあまり対人関係が得意じゃない。

「そうだよ。真面目そうだしレポートとかは大丈夫でしょ? サークル入らなくてもいいから。体験ってやつで」

 水川は困った様子で何度も俺に助けて欲しいと視線を投げる。俺が小さく首を横に振ると凍えたような声で「遠慮します」と絞り出した。

「そう? ま、いいけど。あ、そうだ。蜂須賀君は女に優しくないから気をつけなよ。この前の彼女なんてさ」
「先輩」
「おお、悪い。他人事だから口出さないでおくけど、引きずり回して迷惑掛けるのだけはやめろよ」
「分かってますって」
「じゃ」

 先輩は小走りに文化部の部室棟へと戻って行った。

「ねえ」
「喜多見さん結構適当なこと言うから、あんま気にすんな」
「じゃなくて、その……キスマークの話」

 ああ。
 俺は辺りを見回してから立ち上がると、水川の手を引いて講義棟に入った。
 廊下にはどこかの部屋で心理学だか社会学だかの授業の声が響いている。
 えー、虐待には身体的虐待、精神的虐待、性的虐待、ネグレクトの四種類があり――。
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