桜は今日も息をする

凪司工房

文字の大きさ
上 下
4 / 5

4

しおりを挟む
 皮膚に一枚、桜の花びらが付着していることに気づいた。だからそれを剥がそうとしたのだけれど、まるでタトゥーでも刻んだのかと思うくらいぴったりと皮膚と一体になっていて剥がれない。無理矢理に取ると皮が破れて血が滲んだ。
 それが桜病に気づいた一番最初の変化だった。
 次の日にはお腹の右側にうっすらと樹皮模様が現れるようになり、ほどなくして歩けなくなった。
 
 ベッドの上で一日の大半を過ごすようになり、ご飯から体の清拭、着替えにトイレの世話まで、全てをトワさんに頼るようになってしまった。彼女はまるで経験があるかのように、特に文句も何も言わず、スムーズにそれらをこなしていたが、ミスギの方はどうにも申し訳ないやら恥ずかしいやらで、なかなか素直に彼女の世話にはなれなかった。
 ある時から、彼女は毎晩寝る前に綺麗な水でミスギの全身を拭うようになった。もう体の半分に樹皮模様が現れ、桜に変わってしまうまでそう長くないだろうという頃だ。
 けれどミスギの桜病の進行は姉のそれに比べると随分遅く、それどころかある日、ぽろりと鱗状うろこじょうになって皮膚を覆っていた桜の花びらが落ちたのだ。
 それから日に日に回復していき、やがて体中に浮き出ていた樹皮状の模様もほとんど消えてしまった。
 しかしそれと入れ替わるようにして、今度はトワさんに桜病が発症した。
 
 ミスギは彼女が自分にしたように綺麗な水で体を清め続ければ治るのだと思って、毎晩恥ずかしいのを我慢しながらその細い体を拭い続けた。でも、何も変化は訪れない。それどころか、彼女の病状の進行は驚くべき早さで、体に樹皮状の模様が浮かび上がってからおよそ一ヶ月で、ほぼ全身が桜化してしまった。
 
 もういずれ喋ることすら出来なくなる。そんな状態の彼女は、ある晩、ミスギに「頼みがある」と、まるで遺言のような話を始めた。
 それは彼女の母、そして祖母についてのある秘密だった。
 
 世界で一番初めに桜病に罹患したのはトワの祖母だった。ある日、突如としてその右手の小指に桜の花が開いたのだ。それからほどなく全身が桜へと変わっていき、やがて人の形をした桜そのものになった。
 その珍しい現象に世界各国から学者や研究員、あるいは企業の開発担当が訪れた。調査してみると人間としては認められないが、生物、つまり桜としてはちゃんと生きていて、光合成をし、呼吸もしていることが分かった。それで学者の端くれだったトワの母親は、祖母の桜を実家の裏山で一番見晴らしの良い丘の上に植えたのだ。
 その日以降、世界各地で桜病になったという人間が見つかった。多くの学者たちが治療法や原因について調べたが、何も分からないまま、元人間の桜だけが増えていった。
 やがて誰もが不治の病として諦め、それでも焼却処分をされたくないという一部の人たちがこの桜の森へとやってきて、ここに植えて下さいと依頼するようになった。
 最初はわずか数本の、無限桜だったが、徐々に噂は広まり、桜だけの森が完成した。
 その一番奥、コンクリートの壁で覆われたところに、最初の無限桜が植わっている。それはトワさんの祖母、そして母親の桜だと言う。その桜に、自分を接ぎ木してくれないかというのが、彼女の最期の願いだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ダンシングマニア

藤和
ファンタジー
平穏な日常を過ごす村で、村人たちが楽しげに踊る。 はじめは賑やかな日常だと思ったその踊りは、村中に感染する。 これは病か、それとも呪いか。 錬金術師はその謎に迫る。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

都々逸庫

じゅしふぉん
現代文学
都々逸置き場 7・7・7・5のリズムも面白い

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

病窓の桜

喜島 塔
現代文学
 花曇りの空の下、薄桃色の桜の花が色付く季節になると、私は、千代子(ちよこ)さんと一緒に病室の窓越しに見た桜の花を思い出す。千代子さんは、もう、此岸には存在しない人だ。私が、潰瘍性大腸炎という難病で入退院を繰り返していた頃、ほんの数週間、同じ病室の隣のベッドに入院していた患者同士というだけで、特段、親しい間柄というわけではない。それでも、あの日、千代子さんが病室の窓越しの桜を眺めながら「綺麗ねえ」と紡いだ凡庸な言葉を忘れることができない。  私は、ベッドのカーテン越しに聞き知った情報を元に、退院後、千代子さんが所属している『ウグイス合唱団』の定期演奏会へと足を運んだ。だが、そこに、千代子さんの姿はなかった。  一年ほどの時が過ぎ、私は、アルバイトを始めた。忙しい日々の中、千代子さんと見た病窓の桜の記憶が薄れていった頃、私は、千代子さんの訃報を知ることになる。

処理中です...